夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

                          361(最終回)


「ええい、これでどうだ!」
 昇は精神的にかなり参っている。必死の思いで、ペニスを勃起させてチュチュに三枚舌を使わせようと
した。しかし何の反応も無い。数分間待ったがチュチュも勿論の事、ユウカリも全く反応しなかった。

「ううう、嘘だろう?」
 そのあとも暫く勃起を続けて、ペニスを振ってみたりしたのだが、全く反応の無い状態が十五分以上続
いて、ついに諦めた。昇にはそもそも顔が無いので、涙も何も無かったが、心は泣き続けていた。
 何時間泣いただろう。スペースプレーンの昇は疲れ果てて眠ってしまっていた。全ての作業はコンピュー
ター任せであるが、既に、地球と火星の中間位の軌道に乗ってしまったので、特にする事は無かった。

 その頃地上では、小惑星ニューアメリカの地球との極接近が、回避された話題で持ちきりになっていた。
詳しい事情は知らされていないのだが、サムライ号という名前が一人歩きして、ニューケッペルスター『サ
ムライ号』が地球を救った事になっていた。

 ただサムライ号の本体、林谷昇の意向に反して多くの人々が神に感謝を捧げていたのである。殆どお
祭り騒ぎのような状態でもあった。
 商売上手な一部の宗教者達は身勝手にも、
『我等の神が地球を救ったのだ!』
 などと豪語してはばからなかった。しかもそれが功を奏して、信者はますます増えているのだった。何か
に頼りたい人の弱さが、本当は何もしていない宗教者達を、ますます肥えらせる結果になったのは、皮肉
という他は無いだろう。

 しかし事件の大きさの割には余り大きくは報道されなかったのだが、クラストファー大統領は不慮の事
故で亡くなった事になっていた。だが真相は自殺だったのだ。
 彼の自殺によって、金森田玄斎の優位性は一気に地に落ちてしまったのである。彼に脅されて一番困っ
ていた大統領がいなくなると、もう彼の命令に従うものはなくなっていた。

「ドオオオーーーンッ!!」
 金森田玄斎の生まれ変わりとも言うべき、ニューケッペルスター2号機はこれも事故に見せかけられて
アメリカ空軍の基地の片隅で爆破されたのである。
 爆発炎上したその機体は、すっかり焼けてしまって原形をとどめていなかった。完全に消失したと言って
良いだろう。金森田玄斎の名前は、恐怖のダウクーガーと共に、そこで完全に消え去ったのである。

 小惑星ニューアメリカは、地球から数万キロ離れた月と地球の間を通り抜けて、何事も無かったかのよう
に過ぎ去って行く事がマスメディアによって大々的に報じられた。
 もっとも、本当に影響が無い訳ではない。極端な事は起らないという程度の意味である。

 今日はその当日である。アメリカ東部時間で12月25日午前一時頃。肉眼ではっきりと月よりも大きく
最接近地点のニューヨークの真上を通り抜けて行ったのである。多くの人々は今は安心してその一大
天体ショーを見物したのだった。

「はあ、コンピューター、君はセックスが好きかね?」
 もう数ヶ月間宇宙をさ迷っているニューケッペルスター1号機の林谷昇は、駄目元でそんな質問をコン
ピューターにぶつけてみたのだった。

「今の言葉は理解出来ません。セックスって何ですか?」
「ああ、分からなければ良いよ。しかし何時になったら助けが来るのかな?」
「大変残念ですが、シュナイダー博士からは何の連絡もありません。連絡する為の装置が一部破壊され
ています。
 しかし、ニューケッペルスター1号機は地球から現在のところ一千二百万キロ離れています。これから
徐々に接近して行き、最接近は最新の計算では約八百五十万キロになるものと思われます。
 これは私達の機体に地球が追いついて来るからなのですが、その頃を目掛けてロケットエンジンを噴
射すれば、地上から或いは地球を周回している宇宙船、または宇宙ステーション等に発見される可能性
があります。そうされたらどうでしょうか?
 それでもし予備の燃料を使いきっても良いのでしたら、恐らく地球から百万キロ位までに最接近出来る
と思いますが、そうしましょうか? そうすれば一段と発見される確率が高くなります。」
 コンピューターは遠慮がちな言い方をした。この様な時には大きなリスクがある事を意味している。

「ふうむ、しかしリスクがあるんじゃないのかな?」
「はい。問題なのは最接近後の事です。当然の事ですがその後は地球から離れる一方になるのです。
細長い彗星の様な軌道になって、次に地球に最接近するのは数十年後になるでしょう」
「はははは、それは却下したいね。しかし他に手段が無いとすると、それもやってみる価値があるかも知
れないね。だけど失敗したら、それっきりだしね。ううむ、暫く考えさせてくれないか?」
「了解しました。ただ出来るだけ早く決断して下さい。この種の決断は早いほど有利なのですから」
「はははは、良く分かった。数時間後には結論を出すよ。それまで待てるか?」
「数時間後ですね?」
「ああ」
「了解しました」
 その後は宇宙独特の静寂が辺りを包んだ。正に何一つ音がしない。絶望的なほど静かなのである。

『予備の燃料を使い切っても百万キロまでしか接近出来ないのか。しかし予備の燃料を使い切ると、俺
の寿命も短くなる。
 どうする? これは一種の賭けだ。賭け事には強かったか? いいや、全然弱かった。ギャンブラーに
は向かない性格だよな』
 その時は、止めようと思った。

「えっと、結論を出したから、伝えておくよ」
 一時間ほどで予備燃料の使用の断念を言う積りでコンピューターを呼び出したのである。
「ええっ!」
 その瞬間だった。かなりのショックで思わず大きな声で叫んでしまったのだった。

「予定よりも大分早かったですね。そのう、今の叫び声は何ですか?」
 コンピューターは自然な疑問を呈した。しかし昇はそれどころではなかったのである。
「何だ、スースーするな。あああ、とうとう、チュチュが外れたんだな。ううう、今まで俺の陰部を覆って隠して
いてくれたのに!」
 恐らくはバッテリー切れでモーターなどが働かなくなり、吸引力が低下してクモの様な八つの吸盤の力が
低下し、機体から外れて行ったのだろう。
「今まで持っていたのが不思議な位だな、うううっ!」
 これでチュチュやユウカリとも永遠にお別れだと思うと何とも悲しかった。

「あのう結論の方は、どうされますか?」
 コンピュータの女性の声は情け容赦が無い。
「ああ、最接近を試みてくれ。予備燃料を使い切ってくれ。なるべく早く実行して貰いたい」
 昇は実際のところやけくそになっていた。失敗した方が良いと思う気持ちが七割位もあったのだ。
『陰部の珍妙な様を見られる位だったら、死んだ方が良いかも知れない』
 そう思ったのである。

「了解しました。それでは十分以内に実行致します」
「ああ、そうしてくれ」
 心の中を虚しい風が吹き抜けて行く。十分という時間はあっという間だった。

「ではただ今より、エンジン点火一分前のカウントダウンを実行致します。55秒前、……、50秒前、49、
8、7、……、1、点火!」
 放心状態の昇に委細構わず、コンピューターは予備燃料を使ってエンジンに点火。全力を挙げての出
力なので十五分位しか燃料は持たなかった。

「ただ今燃料切れになりました。現在、地球に最接近の距離や日時を計算しています。……、分かりまし
た。再接近は三日後。アメリカ東部時間で午後二時ごろです。
 距離は地球から七十八万キロほどです。地球と月の凡そ二倍の距離です。尚完全に燃料切れですの
で、今後は原則として無言になります。貴方の生命維持を最優先するのでそうなりますが、宜しいでしょう
か?」
「ああ、了解した」
「では暫くの間さようなら」
「うん、さようなら」
 そこでコンピューターは自らの電源を落としてしまった。もしコンピュータと話し合うとすれば、昇が意識
スイッチでコンピューターの会話の部位のスイッチを入れるしかない。

『これで完全に孤独になったな。はははは、太平洋一人ぼっちどころじゃないね。ううむ、俺も機能を落と
して生命維持を最優先にしよう』
 昇は自らの電源を切った。これでまだ暫くは生き続けられる。電源は実際には完全に切れる訳では無
い。ただ無用の電源は無いにこした事が無いので、そのようにしたのである。

 こうして地上には地球を救ったとして、「サムライ号」の模型が随分な人気を誇る事となった。ただその
模型には無論ペニスなどは付いていないし、三枚の舌を持つクモの様な女性ロボット、サイボーグに近い
ロボットもへばりついてはいなかった。

 また、様々な紆余曲折を経て、地下都市ノアシティは一般に公開され、今では一大観光スポットして脚
光を浴びている。
 ただ一般の住宅は改築されて研究者用の住宅になった。地下千メートルにはそれなりのメリットやデメ
リットがあり、関連の研究施設が数多く作られた為である。

 地上では地球の救世主、『サムライ号』として崇拝されていたが、林谷昇の機体は依然として行方不明
だった。
 地球との最接近を果たしたニューケッペルスター1号機は、しかし結局誰にも発見されずに、宇宙の彼
方へと飛び去って行ったのである。
 チュチュとユウカリの死亡の理由も判然としなかったが、それも含めて公表されなかった真実は闇の中
にあり、伝説だけが残ったのだった。

                          完

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