夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

                              360


 時は過ぎた。もう眼前に直径が月の半分位の小惑星、ニューアメリカは大きく迫って来ていた。予想通り
のクレーターだらけの岩石の星である。
 ほぼ球形なのはその星の大きさを物語っている。恐らくそれより小さければ球形ではないのであろう。
球形になりえたのは、ひょっとすれば大きさだけの理由ではないのかも知れなかったが、昇にとっては早く
片を付けたい一件に過ぎなかった。

「それにしても未だに核ミサイルがやって来ないところをみると、金森田の言う通り、ニューアメリカを全世
界の核ミサイルで粉砕する計画は失敗に終ったんだろうね。
 実に悔しい話だけど、全然情報が無いから分からないんだよね。仮に今こっちへミサイルがやって来
て核爆発が立て続けに起こったら、ギブアップだ」
 昇は恐れているというよりも、むしろ望んでいるかのような言い方をした。

「駄目ですよ、ノボル様。そんな悲観的なことではいけません。間も無く減速が始まるんですよ。いよいよ
こっちの本番なんですからね、気をしっかり持たないと」
 チュチュが慰めた。

「ああ、済まないね、つい弱気になったよ。はははは、あれだけ、エッチを慎むようにと言っておきながら、
今度はこっちがしたくて堪らなくなって来ている。
 三週間も外からの情報が無いと気が滅入って来るね。ふう、早く人間に戻って、お風呂に入りたいよ。
はははは、いかんいかん、つい愚痴が出る」
「あと一分で減速開始です。かなりのGが掛ります。最大で3Gほどです。あと五十秒、四十九、八、七、
……、減速開始!」
 コンピューターは相変わらずの無表情さでカウントダウンをしたり、エンジン点火を伝えて来た。

「ニューケッペルスターはエンジンの逆噴射も可能なんだよ。可変式のエンジンを持っているからね。だ
から直進しながら減速しているんだけど、この方が後退しながらの減速より視覚的に分かりやすくて良い
ね。しかし、何と言っても、あと二十分後のミサイル発射が、一番の山だけどね」
「うん、上手く行くと良いね。でもノボル様のことだから、きっと上手く行くと思うよ。成功したらご褒美はあ
るんだよね?」
 チュチュは慎重に言った。ここのところ昇の精神状態に不安定さが目立つので、以前ほど陽気には言え
なくなっていた。

「ああ、ご褒美ね。う、うん、それはもう当然の事だよ。俺も楽しみだよ」
 何か無理している様な言い方だった。
「きっとですからね。ああ、あのう、これから難しい作業なんでしょう? 少し大人しくしていましょうか?」
 チュチュは相当に気を使って言った。元々彼女は昇の精神的な支えが目的で作られたロボットの様な
ものである。けっしてワンパターンで性的な行為をするだけのものではなかった。
 落ち込んだ場合の対処の仕方もある程度学んで来ていたのである。無論それはプログラムに過ぎない
のだが、そこに生きた脳の一部が使われていて微妙な味付けに役立っている様である。

「うん、そうしてくれると有難いね。核爆発によって岩石が砕けて宇宙が汚染されるのを最小限に抑えたい
からね。
 その為には地上すれすれで爆発させる必要がある。勿論余り離し過ぎると効果が無いからそれも駄目
だし、地上高千メートルの位置で爆発させるのがベストだというのがコンピューターの出した結論だった。
 本来はミサイルにセンサーがあれば良かったんだけど、急な事だったからそこまで間に合わなかった
ようだ。
 そういう時の為に、まあ、俺が選ばれたんだろうねきっと。それじゃあ、仕事に専念するから少しの間静
かにしていてくれ」
「了解!」
 それっきりチュチュは喋らなくなったのだった。

『はははは、余り静か過ぎて何だか気が滅入るね。ああ、駄目だ、駄目だ。あの煩いチュチュが気を利
かせているんだ、ここは期待に応える為にも、しっかりやらないとね。さて、一丁やるか!』
 ともすれば落ち込みそうな気分だったが、気を取り直し、自身に気合を入れて、コンピューターと連携し
ながら、核ミサイルの切り離し作業の準備に取り掛かった。

「逆噴射終了作業まであと一分! 再び無重量状態に突入します。……、四、三、二、一、エンジン停止
作業開始!」
 コンピューターはエンジンの逆噴射を徐々に弱めて行った。数分でその作業は終わり、再び無重量状
態になった。今度は核ミサイルの発射である。
 種々の計器類の再点検を実施して異常が無いことを確認すると、そのあとの操作は全て手動で操作
するのだ。

「それでは、健闘を祈ります。タイムリミットは十分以内。秒読み致しましょうか?」
「いや、それには及ばないよ。この日の為に大分練習を積んで来たんだからね。ただ、残り三分になった
ら警告してくれ。それまでは沈黙していてくれ」
「了解しました」
 コンピューターも沈黙した。

『ふう、徐々にニューアメリカに接近して来たな。地上から見ればまっさか様に落ちて来ている、そんな感
じだろうね。まだ少し早いね。……、落ち着いて、落ち着いて、さあ、発射ボタンを押すぞ!』
 全ては無言のうちに行われた。

「ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、……」
 凄い音が響いたが、それは直ぐ聞こえなくなった。真空の宇宙では音を伝える媒体が無いので、接続
が切れると、途端に音は聞こえなくなる。

『なんだか尻切れトンボみたいな音だな。よし、今度は回避しながら、爆破スイッチを押すぞ』
 そう思って声をコンピューターに掛けようとした時である。
「何だ、この光は!」
 後方から凄い量の光が襲って来た。

「後方約三百キロの位置で爆発が観測されました。次々に爆発しています。しかし三百キロ離れていては、
小惑星ニューアメリカの進行方向には大した影響は無いと思われます」
 突然コンピュータが緊急に放送した。

「爆発は核か?」
「そのようです。こちらは予定通り実行致しますか?」
「ああ、そうだ。予定通りエンジンに点火して、ニューアメリカから離脱してくれ」
「了解。あと一分でエンジン点火。点火の前にこちらの核ミサイルの爆破をお願いします。ミサイルはス
ローペースでニューアメリカに接近中。正確な高度は測定出来ませんが、入射角はほぼ九十度。
 角度にも問題はありません。あと四十秒以内にミサイルに搭載された核爆弾のスイッチを入れて下さい。
三十五、四、三、二、……」
 昇は電波望遠鏡の様になっている、自分の目を皿のように見開いて、タイミングを計っていた。

『遠いのは論外。地上高千メートルは勘しかない。遠くては駄目。しかし近過ぎても駄目。もう少し、もう少
し、……、今だ!!』
 意識スイッチをその瞬間に押した積りだったが、上手く作動せず、一秒遅れた。しかしまずまずのタイミ
ングで核爆発が起こったようである。

「エンジン点火します。急激なGの変化にご注意下さい。後方からの爆風と地上からの爆風の両方を避け
る為に一気に出力を上げますから」
「ド、ド、ド、ド、ド、ド、……」
 今までに無く大きな音が響いた。急激なGの増加にチュチュは必死で機体にしがみ付いていた。

「チュチュ、頑張れ!」
 思わず昇はそう叫んだ。
「ガ、ガ、ガ、ガ、ガ、ガ、……」
 下方からの衝撃は予定していたから大したことは無かったが、後方の核爆発の衝撃は予想外だったの
で全力で回避行動を取ったが、間に合わなかったのである。機体は今迄で一番大きく揺れた。

「機体の揺れは微小エンジンの噴射で収まりました。現在は無重量状態ですが計器類の機能はどうでしょ
うか?」
 暫くするとコンピューターは昇にそう聞いて来た。
「今、点検中。ああ、どうやら無事だったようだ。それにしても今頃の爆発と言うのもあれだけど、金森田
に妨害されて、ものの見事に失敗した様だな」
「金森田? それは入力されておりませんが?」
 コンピューターに話し掛けたのでは分かる筈もなかった。

「ああ、今のは何でも無い。独り言だ。そうすると予定通りに行くのかな?」
「いいえ、若干コースがずれました。核爆弾の爆風でかなりの距離飛ばされてしまいましたが、逆に良い
結果を生んだようです。
 このまま行けば地球から一千万キロ以内の軌道上に乗ります。ただ唯一の問題点は核による汚染です。
核爆発由来の物質が多数飛来しましたので、放射線による汚染が考えられます。
 残念ですが当機には放射線測定装置が積載されておりませんので、汚染の状態は不明です。一刻も早
い対策が必要です」
「ああ、はははは、分かった」
「それではこれからコース変更の作業に入ります。残りの燃料はごく僅かしかありません。万一の為の予
備燃料には手を付けませんが宜しいでしょうか?」
「ああ、それは当然だ。予備燃料は残して実行してくれ」
「了解!」
 コンピューターはテキパキと作業をこなして行った。

「ふう、やれやれ、もう話しても良いぞ、チュチュ」
 必要な作業を全て終了し、今また無重量状態になったニューケッペルスターの昇は、やけに大人しい
チュチュに呼び掛けた。しかし何の応答も無かった。

「チュチュ、どうした、眠っているのか?」
 やはり答えは無い。
「えっと、ユウカリさん、貴方でも良いんですよ」
 その呼びかけにも応答は無かった。

「ど、どうしたんだ? 冗談じゃないよね?」
 何の反応も無かった。
『まさか、まさか、死んだ?』
 昇の心は一気に凍りついたのだった。

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