夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
101
「秋葉カネエさんですか、ええと、素晴しい質問ですよ。先ずどうしてそういう質問をするのか教えて下さい。別
に何と無くでも良いですよ」
「アハハハハハ……」
ソードの受け答えに場内は大いに沸いた。しかしカネエは笑わなかった。
「何と無くではありません。私は星とか宇宙とかに興味を持っているのですが、読む本によって宇宙の大きさ
がまちまちでよく分からないのです。
観測出来る宇宙の大きさは130億光年と聞いていますが、その外側はどうなっているのか良く分かりませ
んし、観測可能領域だけが宇宙の大きさだという考え方もあるようです。ソード先生はどうお考えでしょうか?」
カネエはソードをじっと見詰めながら真剣な表情で聞いた。
「ほほう、なかなか詳しいんですね。ただ私は天文学者でも物理学者でもありませんから、私流に答えますが
それでも良いですか?」
ソードも真剣になった。
「はい、参考までに是非聞きたいです」
場内は急に静かになった。何か真剣勝負の様な雰囲気が漂って来たからである。
「先ず私は、存在するものには限りがあると考えています。しかもただ単に限りがあるのではありません。そ
れは極めて正確な数、巨大な正の整数だと考えています」
「正の整数? 正確な、ですか?」
「はい、偶数か奇数かまでは分かりませんが、最後の一桁まできっちり正確な数です。一つ一つを最小の単
位と考えて、それらが空間を覆い尽くしていると考えます。
それが宇宙の最大の大きさです。その内部に物質が出来るとすれば、その大きさはかなり小さくなります。
さっき言った様に上限があって、それより小さくはなれるけれど勿論下限もある。そんな風に考えています。
たださっき言った正確な数、巨大な正の整数が、どれほどのものなのかは分かりません。奇数か偶数か
それともひょっとして素数なのかは分かりません。それは今後の研究に待つしかありません」
ソードは明確な言い方をした。
「でもその外側は? 何も無いのですか?」
「はははは、それで正解なんですよ。何も無いのだから外も無い。如何なる方法を持ってしても、存在しない外
に出る事は出来ません。何しろ存在しないのですから。
それで一つだけ言っておきましょう、私達は内と外という概念を持っていますが、それは私達の脳の作り出し
た、一つのイメージに過ぎないのかも知れないのです。
例えば分かりやすい例で言いましょう、一番小さいものの内側って何でしょうか? もし何かあるとすればそ
れは既に最小のものではありません。
それと全く同じなのですが、最大のものの外側って何でしょうか? しかしもしその外に何かあるとすれば、
それは最大ではないのです。
私が言う存在する宇宙はそれが最大のものなのです。従ってその外は存在しません。しかしこういうことは
有り得ます。
例えば私達が光速に近いスピードで飛ぶロケットに乗って、何処までも何処までも真っ直ぐ進んだとしましょ
う。宇宙の果てに突き当たると思いますか?」
ソードは女子高生にばかりではなく皆に聞いた。
「はい!」
一人の青年が手を挙げた。
「はい、どうぞ、お名前と年令、所属する学年などを、或いは職業などを言ってから質問をどうぞ」
コンポン君は暫く出番が無かったので張り切って言った。
「大森家粋の助(おおもりかいきのすけ)、十八才。無職です。ええと、その、結局元に戻るんじゃないんです
か? アインシュタインは閉じた宇宙を提唱しました。外が無いという事は結局そういうことじゃないんですか?」
若者はかつての昇がそうだった様に、ニートらしかった。
「さあ、もう話は目茶苦茶難しい事になって参りました。もう。どうなる事か私は冷や汗をダラダラ掻いておりま
す。こんなんで視聴率は大丈夫なのでしょうか? ええい、もうどうにでもなれ!! です」
コンポン君は内容が難しくなり過ぎたので、それと無くソードに警鐘を鳴らしたのである。事前の打ち合わせ
で、余り話が難しくなった場合には、コンポン君がそれと無く注意して、ソードが内容を修正するか、或いは適
当に打ち切るか、または保留して後で個別に話し合う等の方法で対処する事になっていた。
「はははは、大丈夫ですよコンポン君。これから傑作な回答が始まりますから」
「傑作な回答ですか? 宜しい! どうぞソード先生!!」
コンポン君は愉快そうに、本当は内心ハラハラしながら言った。
「ではその回答を言いましょう。それはロケットの進む方向に、どんどん宇宙空間が作られて行く事が考えられ
る、ということです」
「ええーーーっ!!」
多少の失望感の混じった驚きの声が上がった。
「それって、詭弁じゃないんですか? SF小説の読み過ぎですよきっと!」
先ほどの青年がちょっとムカついた感じで言った。
「いいえ、私は大真面目ですよ。一つの例を挙げましょう。その最大の例はこの地球です。地球はあたかも生
命を守るがごとくに働いている。
たまたま偶然にそうなったのだと言う人がいますが、本当にそうでしょうか? 私は逆だと考えています。宇
宙は必ず生命を育む様に、その方向に向かって働いて行く。
その結果として地球が誕生したのです。勿論地球外生命体も当然あるでしょう。宇宙は生命を育む様に、そ
して生命を維持する様に働きます。
勿論限度があって、絶対に守る訳ではありませんが、生命を守る方向へ、守る方向へと働いて行く。先ほど
言ったロケットが何も無い空間を飛び続けているとすれば、宇宙はロケットを守る方向に働きます。
勿論限度があります。何も無い空間を永遠に飛び続けるのかも知れませんが、兎に角空間は、ロケットの飛
んで行く空間だけは維持されるだろうというのが、私の見解です」
ソードはそれで終る積りだったが、そう簡単には行かなかった。
「へえーっ、もしそうだとすると、一度に四方八方に沢山ロケットを飛ばしたらどうなる? 宇宙は段々大きくな
るんじゃないのか?」
粋の助は相手をソードとも思わないかの様に、ぞんざいに言った。
「はい、ところがそんなに沢山光速ロケットは作れません。未来の全人類の英知を結集したとしても、せいぜ
い一機程度でしょう。
他にも知的生命体があったとしても数には限りがあります。それに本当に準光速ロケットが作れるかどうか
も、まだ分かっている訳ではありませんから」
ソードはいよいよ締め括りに掛った。
「うそ臭い話だな。結局全体がどうなっているのか分からないんじゃないか!」
青年はちょっと毒づいたが、
「粋の助! ソード先生に向かって失礼だぞ!」
側にいた父親が我慢し切れずに怒鳴った。
「ああ、お父さん怒らないで下さい。粋の助君はなかなか筋が良い。むしろ将来が楽しみですよ」
ソードは父親をたしなめたが、これと少し似た光景を思い出していた。それは『夏休み未来教室』で、自分が
宝本賢三に何かと褒められた事だった。
『ああ、あの時の賢三先生の感覚は、こんな感じだったのか……』
そう思って少し感傷に浸った。
「ど、どうも申し訳御座いません。ここに来た事が間違いだったかも知れません」
今度は粋の助の母親が謝罪した。
「はははは、私は何とも思っていませんよ。それに、本当に粋の助君は、素質があります。ただまだ人間の認
識の限界が分かっていないだけですから、叱る必要は全くありません。むしろ才能を伸ばす様に、温かく見
守ってあげて下さい」
ソードは如何にも優しく言った。
「素質がある? まさか、才能なんて何も無いよ!」
粋の助は吐き捨てる様に言った。
『何だか本当に以前の俺に似ているな。俺も全く自分には才能は無いと思っていたからな。しかし本当に才能
の無い奴は自分に才能が無いなんて思わないものだ。それもまた粋の助が才能のある証拠なんだけど、今
は何を言っても無駄なんだよね』
ソードはそんな感覚を持ちながら更に言った。
「そうだな、五年経ったら、今言った言葉、やっぱり才能が無いと思うかどうか、もう一度考え直してみてくれな
いかな? 必ず違っている筈だよ。私も一時、君と似た様な感情を持っていたからね。
自分はどうしてこう駄目なんだろうと、毎日の様に思っていた事があったんだよ。五年だけ待って、それから
結論を出してみないか?」
ソードは何とも奇妙な事を言った様に、会場の人々や、テレビを見ていた人々には思えた。
「五年? ふん、多分何にも変化は無いと思うけど、まあ、待ってみるか」
ふて腐れ気味の粋の助はしかし何と無く納得した様である。
「さあーーーーっ! 何だか話が妙な方向に行きましたが、元々の質問者であるカネエさん、納得されましたで
しょうか?」
「あのう、結局宇宙の大きさはどの位なんですか?」
カネエはまだ粘った。
「はい、最大で恐らく数千億光年位だと思います。厳密には将来の研究や観測に頼るしかありません。でも一
つだけ。無限に大きい事だけは有り得ませんから。
それと念を押しておきます。最大でその位であるという事は、最小でどの位なのか明確な訳ではありません
し、くどいようですが、宇宙の外を考える事は無意味だという事をお忘れにならないで下さい。そんな所でどう
でしょうか?」
「はい、大体分かりました」
カネエが了承したところで、番組は三分間のコマーシャルタイムに入ったのだった。