夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「お飲み物をどうぞ」
 ホテル専属のウェートレス、ウェーター達が手分けして、会場内の家族やソード、コンポン君等に飲み物を
配った。その間ソードとコンポンは自由に話し合う事が出来た。

「いや、しかしソード先生、良く宇宙の事までご存知ですね。質問は予想されましたか?」
「はははは、ひょっとするとと思ってはいましたが、案の定出て来ましたね。ただこの場合説明が難しいばかり
じゃなく、なかなか理解して貰えないのが玉に瑕なんですよ。
 しかもまだ実体に関しては分からない事ばかりです。それに例えば私達は幾らでも細かく見る事が出来ると
信じています。
 しかし実際には限界があって、ある大きさ以下のものは存在しません。無いのです。当然ですが無い物は
見る事も想像する事も出来ません。勝手な空想は出来ますけどね。
 実は宇宙の外も同じ事なんですよ。さっきも言った事ですけどね。ところがそれを信じて貰えないのです。そ
こで仕方が無いので、ロケットの行き先に宇宙は作られると言った訳です」
 ソードはその後で、ストローでジュースを美味しそうに一口飲んで見せた。その後は全くジュースは飲まな
かったのである。何処までもポーズだったのだ。

「ええっ! ロケットの行き先に宇宙が作られる話は作り話だったんですか?」
 コンポン君は嘘も方便的な話かと思って聞いてみた。
「いいえ、嘘という事ではありません。ロケットが何処までも真っ直ぐ進むと、宇宙の大きさは有限ですから、宇
宙の形も変わって来るという事を言いたかったのですよ。
 例えばブラックホールによって周囲の空間が歪められるという事は、宇宙の内部の状態によって宇宙その
ものが変形してしまう事を暗示しています。
 準光速ロケットの様に巨大なエネルギーを持つ物が移動するとすれば、当然周囲に影響を与えます。ブラッ
クホールの様に空間を引き寄せる位の事はするだろうというのが、まあ私の想像なんですがね、はははは」
 ソードはちょっと照れ臭そうに笑った。

「なるほど、なかなか微妙な所なんですね?」
 コンポン君は漸くソードの意図、嘘と真実との境目にある微妙な所である事を理解した様である。
「まあ、端的に言えばそういうこと。これもさっき言いましたが、準光速ロケットは原理的に考えられてはいるも
のの、本当に作れるかどうかは極めて疑わしいし、出来たとしても乗って行く人がいるんですかね?」
「はははは、確かにそうですね、暗黒の宇宙を何処までもただ突き進んで行くんじゃ堪りませんよ。目的地が
あれば別ですけどね」
 そこいらでコマーシャルタイムは終わりになった。

「さーーーーてっ!! 次のご質問をどうぞ!!」
 早速ソード君は大張り切りで言った。
「はい!!」
 数百人もいる家族の中から一人を選ぶのはなかなか大変だが、今度は公平を期する為に、一番後ろの方
の席の比較的若い男性に質問して貰う事になった。

「はい、じゃあ、ズーーーッと、奥のスポーティな格好の若いお父さん、お名前とご職業と質問の方をどうぞ!!」
 コンポン君の指名にその男性は緊張した面持ちで立った。
「あのう、梨ノ木勇造(なしのきゆうぞう)です。会社員です。えー、私も趣味でマラソンをしているのですが、ソー
ド先生の様に速くは走れません。どうしたら速く走れる様になりましょうか?」
 勇造は簡潔に言った。人前で話すことには慣れている様である。

「それは私も是非知りたいですね。ひょっとすると企業秘密もおありかも知れませんが、ソード先生どうぞ!!」
 この質問は多くの者にとって聞きたいものの一つだったのだろう、皆ソードの説明に耳を傾けた。
「はい、結構難しい質問ですね。走るとか、泳ぐとかは個人差がありますので一概には言えないのですが、
梨ノ木さんはどの位のタイムですか?」
 ソードは慎重に聞いてみた。タイムによって対応が違うからである。
「はい、この間の市民マラソンでは二時間三十分丁度で、第七位でした」
 勇造は結構胸を張って言った。

「ほう、二時間三十分だったら、アマチュアだったらトップクラスですよ。特に教える事は無いと思いますが? 
もっとタイムアップしたいんですか?」
 ソードは驚いて言った。

「はい、出来れば、二時間二十分を切りたいんですが……」
 勇造は多分嘘を言っているとソードは思った。
『二時間二十分じゃなくて、十分を切ってトップアスリートになりたいんじゃないのかな?』
 と、思った。

「ふうん、参りましたね。失礼ですが、お年は?」
「はい、三十二才になりました」
「まあ、マラソンは四十才位まではタイムアップが可能だと思いますが、そうですねえ、そこから先は素質の世
界です。
 ですが、走り方の工夫やドリンクの工夫、マラソン当日を体調のピークに持って行く為の日頃の生活の仕方、
食事等、走る事以外の要素までもが絡んで来ます。
 しかしそれは個人ではかなり厳しいと思います。それと仕事があっては思う様に練習が出来ないと思います。
これ以上のタイムを望むとすれば、専門のトレーナーについて走り方を教わったり、毎日をマラソンの為にの
み費やさなくてはなりません。つまり事実上のプロになる必要があると思います。
 そこまでしてタイムを縮めたいですか? はっきり申し上げて、今以上のスピードアップは素人には無理です。
それでも運が良ければ二時間二十分を切れるかも知れませんが、それで満足出来ないでしょうか?」
 ソードは引導を渡した。

「ええっ! じゃあ、出来ないんですか?」
 勇造は失望感を滲ませた。
「マラソンで二時間三十分の記録を出せるという事は、既に十分にトレーニングを積んでいて、それ相応の知
識もおありになる訳です。
 ちょっとした工夫位でタイムを簡単に縮められる程甘くない事は良くご存知の筈です。ですからこれ以上のタ
イムの短縮は最早プロの領域だと言っているのです。
 まあ、ついでに言っておきますと、百メートル競走でも同じ事が言えます。私の場合、マラソンの時もそうなの
ですが、専属のトレーナーと言いますか、私共は研究員等とも呼んでいるのですが、私一人に十数人のアド
バイザーが付いていて、それこそプロフェッショナルなトレーニングに励んでいたのです。
 朝から晩まで、厳しいメニューが課せられていて、それで何とか記録が出せました。ですがもう体の方はボロ
ボロで燃え尽きてしまいました。歩く事さえも出来なくなって、それで引退せざるを得なかったのです」
 ソードは自分でも感心するほど上手く言い繕った。しかし厳しいトレーニングをしたことは事実であって、半
分は紛れも無く本当の事であった。

「ほーーーーーっ!!」
 何か感心した様な、大きく長い溜息が会場中から聞こえて来た。
「わ、わ、分かりました。自分の考えが甘かったようです。申し訳御座いません。ちょっとしたコツだけで十分や
そこいらのタイムなら縮められると思った私が浅はかでした。本当にお恥ずかしい限りです」
 勇造は自身の要求を引っ込める事にした。脳裏にソードの車椅子の姿が浮かんでいたのである。

「さあーーーて!! ソード先生の秘密の一端がちょっと暴露された所で、次の質問、どうぞ!!」
 コンポン君はタイミングを見計って、やはり明るく言った。内心では何かこみ上げて来るものがあったが、
番組の進行役として、
『泣いてはいられない!!』
 そう思って、敢えて明るく振舞ったのだった。

「はーい!!」
 やはり大勢が手を挙げていたが、手を低くしか上げていない若い女性がコンポン君の目に留まった。
「あの、会場のほぼ中央に座っておられます、青い素敵なドレスの女の方、どうぞ」
「あのう、私ですか?」
 女性はおずおずと立ち上がった。

「はい、もう、貴方しか居りません。私の好み、あ、いやいや、私情は捨てましょう。お名前とご職業、それから
ご質問の方宜しくお願いします。あれ? あ、いや、何でも御座いません、さあ、どうぞ!」
 コンポン君は応募して来て、選ばれた家族全員に一応面談していた。彼の記憶にはその女性は居なかった
筈である。
『これほどの美人、記憶に残らない筈は無いんだがな……』
 コンポン君は不思議に思ったが、今更出て行けとも言えずに、兎に角質問を受け付けることにしたのだった。

「ええと、私は吉野菊知美(よしのぎくともみ)です。職業は言えません。言わなくてはいけませんか?」
 知美は蒼ざめた表情で言った。
「あのう、ちょっとお待ち下さい。私は貴方に会った記憶が無いのですが、ご応募されて当選された方ではあり
ませんね?」
 コンポン君は思い切って言った。

「はい。本当は私の友人が来る予定でしたが、都合が悪くて来れなくなったので、私が急遽来たのです。係り
の人に聞いたら、それでも良いという事だったので、こうして出席したのですが、駄目だったら帰ります」
 知美は正直に事情を話した。彼女のグループは家族ではあったが、四人姉妹だったのである。そのうちの
一人が友人だったのであった。

「ソード先生どう致しましょうか?」
 コンポンはソードに判断を仰いだ。
「はい、別に構いませんよ。係りの人が良いと言ったのですから。係りの人をはっ倒して来たのじゃ拙いですけ
どね」
「はははははは!!」
 ソードのジョークに会場は沸いた。重い気分がすっかり解(ほぐ)れた。

「それではソード先生のお許しが出ましたので、どうぞご質問を!!」
「あのう、人間は死んだらどうなるのでしょうか? それから天国とか地獄とかは本当にあるのでしょうか? 
暗い話題で済みません」
 知美は青白いが美しい顔立ちだった。やや神経質そうに質問した。

「うーん、貴方はSH教の信者ではないのですか?」
 ソードの言い方はここでも優しい。しかし内心ではちょっと困っていた。
『美人過ぎるし、色っぽ過ぎる。不美人だけ選んだ積りだったけど、身代わりパターンは予想しなかったな。
まあ仕方が無い。なるべく顔を見ない様にして、頑張るしかないな』
 ソードは微妙に目を逸らしながら話を聞く事にしたのだった。

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