夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「SH教の信者で無ければやっぱり駄目なんですか? 係りの人は構わないと言ってくれたのに……」
 知美は悲しげな表情で言った。
「いいえ、そういうことではありません。貴方が尋ねた質問の答えは、教本に全て載っているからです。例えば
天国や地獄は無いということや、死後はこの宇宙と一体化するのだという事をです。
 もっと詳しく知りたければ、教団が出版している本をお読み下さい。そこには他の宗教団体には無い真実が
書かれています。
 ただ、今この番組は公共放送ですので、これ以上の事については、話す事を差し控えさせて頂きます。また、
何処までも天国や地獄があるとお考えの方は、私共とは相容れませんので、それはそれで仕方がありません。
 私共は争いを好みませんので、自らの教義を振りかざして論戦を挑む事はしません。勿論正当な論戦を挑
まれるのでしたら受けて立ちますが、そこが宗教の悲しさ、幾ら真理を語っても受け付けては貰えませんが、
それは仕方の無いところです。ああ、随分説明が長くなりましたが、お分かりになりましたでしょうか?」
 ソードは大雑把に相手の方を見て言った。しっかり目を見て言いたいところだが、魅力が有り過ぎて困るのだ。

「分かりました。一つだけ聞きますけど、SH教の本は誰でも買えるのですか?」
「はい、大抵の書店に売っていると思います。興味が御座いましたら本屋さんか、図書館にもあると思います
から、一度読んでみて下さい。それで気に入られましたらお買い求め下さい」
 ソードは内心冷や汗を掻いていた。
『拙いな、男の本能とでも言うのか、つい綺麗な顔に見とれそうになる、ふう、危ないな』
 ソードの気持を知ってか知らずか、知美は更に食い下がって来た。

「あのう、本当はもう一つ聞きたい事があるのですけど、私近眼なので先生のお顔が見えません。もう少し前
に出てお話しても良いですか?」
「ええと、ご質問はお一人様、一つだけにして頂きたいのですが……」
 コンポン君がなだめる様な感じで言った。

「分かりました。じゃあ、諦めますけど、後で先生のお顔の写真を取らせて下さい。友達に頼まれたので。あの
う、コマーシャルタイムの時なら良いでしょう?」
 知美はケータイを取り出してそれで写真を取ることを示した。
「はい。でもコマーシャルが終ったら、速やかに席に戻って下さいね。お願いしますよ」
 コンポン君は念を押して言ったが、
『何だ、結局はケータイで写真を取りたかっただけなんだな』
 と思った。デジカメで写真を撮っている者も少なくないが、ケータイだと拡大機能が貧弱な場合が殆どなので、
側に寄らないと、顔などを大きく撮れないのである。どうしても側に寄って写す必要があった。

「あれまあ、もうコマーシャルタイムが来てしまいました。それでは三分間のコマーシャルタイムです!」
 コンポン君がそう言うと、何人もの参加者達がソードの近くに寄って来て、ケータイで写真を撮り始めた。
それまでは多少遠慮していたのだが、知美との話し合いで、至近距離での写真撮影が許可されたので、かな
り側によって写真を撮るものも現れた。

 青く際どい感じのドレスに身を包んだ知美もケータイを持って、早速ソードの側に寄って写真を撮り始めた。
しかし、そのケータイを胸の谷間に仕舞い込むと、替りに取り出したのは小型の拳銃だった。
「死ねえ、ソード!!」
 そう言うなり、
「パン、パン、パン、パンッ!!」
 拳銃をソードに向けて撃ったのである。

「キャーーーーーッ!!」
 会場内は騒然となった。拳銃を四発撃った所で、知美は複数の私服の警備の者達に取り押さえられた。万
一に備えて、会場に来ている参加者やウェートレス、ウェーターの中にも警備員がいたのである。

「ソード先生をお守りしろ!!」
 直ぐ駆けつけた付き人達と一緒にソードはその場から立ち去った。ソードは額と手から血を流していたが、
軽傷の様だった。

「放映中止!!」
 テレビ局のスタッフが大声で叫んだ。直ぐ警察に連絡され、観客達は会場から一歩も外には出られない。
勿論現行犯の知美は、間も無くやって来た刑事達に身柄を確保されて、手錠を掛けられて連行されて行った。
取り敢えずは、ホテルの一室で、事情を聞くようである。

「えー、大変申し訳御座いませんが、警察の捜査にご協力下さい。番組は中止になりました。申し訳ありませ
んが、警察からの許可があるまでは絶対にお帰りにならないで下さい。
 現在全ての出口は警察官の方が固めておりますので、勿論出られません。本当に申し訳御座いませんが、
警察の事情聴取が終るまではここに残って頂きます。何とかお願い致します」
 コンポン君が状況を説明した。彼自身も事情を聞かれる事になるのだが、
『どうしてこんな事になったんだ? 彼女は本当に友達と交換だったのか? 友達も臭いし、許可した係員も
臭いぞ!!』
 ソードを尊敬して止まないコンポン君はどうにも府に落ちなかった。

「先生、大丈夫ですか!」
 和寿は真っ青になって言った。
「はははは、幸いな事にかすり傷程度だから、心配する事は無いよ。それにしても驚いたね、私はこんなに恨
まれていたのかな?」
 ソードの傷は額と手の平の二箇所だけだった。後二発は外れた様である。傷口を消毒し、大型の救急絆創
膏を貼って、治療は終った。

「先生良かったです。うううう、本当に良かったです。死んじゃったらどうしようかと思いました!」
 メグミは泣きながら言った。
「先生申し訳御座いません。あの吉野菊とか言う女性が怪しいと気が付くべきでした。本当に迂闊でした、申
し訳御座いません」
 栄太郎も深々と頭を下げて侘びを言った。

「はははは、私が気を付けるべきでした。あの会場に不釣合いなほど美人であった事に、もっと危機を感じるべ
きでした。皆さんが謝る事じゃありませんよ。幸いかすり傷です。少しヒリヒリするだけで、大して痛くも無いです
から」
 ソードは付き人にむしろ申し訳ないと思った。しかしそれ以上に怖い事があった。
『拳銃の弾は本当は何処に当ったんだ? 多分映像はしっかり撮られている。ううむ、拙いな……』
 拳銃の弾が当たったらしい事は分かったが、不自然なことになっていないかそれが心配だったのだ。

「ああ、悪いんだけど、研究員に連絡しないと」
 ソードは独り言のように言ってから、ケータイで研究員に一部始終を話した。
「分かりました。東京に居る研究員に行って貰います。不用意な言動はされない様に、お願いします」
「ああ、分かった。出来るだけ口は開かない様にする。至急来てくれ」
 研究員とその様なやり取りをした。しかし付き人達は納得しなかった。

「先生、私達では頼りになりませんか? まあ今回の失態は認めます。しかし、怪我はそれ程でないのですか
ら、わざわざ研究員の方々を呼ばなくても宜しいのではありませんか?」
 和寿が思い余ったかのように言った。

「いや、その、念の為ですよ。君達が不足だというんじゃない。ただ医学の知識は無いでしょう? 研究員達は
医学的知識も持ち合わせていますから、来て貰うのです。それだけですからね」
 ソードは上手く誤魔化すのに必死だった。

 しかしテレビ局のスタッフ達は、事件の一部始終を捉えた映像を見て、奇妙な事に気が付き始めていたので
ある。
「あれ、弾は四発ですよね?」
「うーん、そうなんだけど、当ったのは二発と聞いているけど、何か変だね? 全弾命中しているんじゃないか?
 二人のスタッフが何人かの刑事と一緒に映像を見ていたのだが、何かおかしいのだ。

「額と手の平とその他に胸に二発命中している。普通なら即死か、大怪我かどっちかだ。かすり傷なんて有り
得ない。スローで見せてくれませんか」
 刑事がスロー再生を要求した。

「はい、じゃあ、やってみますよ、……ええええっ、そんな馬鹿な!!」
 スタッフは大声で叫んだ。
「額に当った弾が弾け飛んでいる。直角に当っているのに!! それに、おおお、拳銃の弾が指と指の間に
挟まれている。それから下に落ちている。
 えええっ!! 胸に、心臓付近に二発命中しているぞ。防弾チョッキを着けているのか? しかしそんな風に
は見えないがなあ、やっぱりソードさんは神様だという噂は本当なのかも知れない……」
 今度は刑事が奇妙な感じで感嘆して言った。

「ソードはどうしました? 死にましたか? 死んだ筈ですよね。刑事さん教えて下さい。あの男は死んだんです
よね?」
 ホテルの一室で取調べを受けていた知美は、ソードの死を確認したがった。
「殺す積りで撃ったんだな?」
 刑事は裁判用の質問をした。
「はい、勿論です。で、彼は死んだんですか、正直に教えて下さい。教えてくれたら、何もかも喋りますから」
 知美は取引をしようとした。
「悪いんだが、そういう取引には応じられないね。しかし、気に掛るだろうから言って置こう、彼はぴんぴんして
いるよ。怪我はほんのかすり傷程度だそうだ」
「ま、まさか、有り得ません。少なくとも二発は心臓に命中した筈ですから。かすり傷なんて有り得ません。それ
に念の為に頭にも一発撃ち込んで置きましたから、死んでいる筈です。
 ねえ、嘘なんでしょう? 彼がぴんぴんしているなんて、絶対に有り得ないです。……彼の様子を見せてくれ
ませんか? 何でも言う事を聞きますから、何をされても文句は言いませんから、うふふふふ」
 知美はそこにいた男達を色仕掛けで誑(たぶら)かそうとしたのだった。

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