夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「無駄な事は止めた方が良いですよ。ああ、そうですね、じゃあ、電話を掛けてみますか? ケータイでどうで
すか? その代わり、実現して確認したら、自供してくれますよね。誰に頼まれたのかとかね?」
 取り調べの刑事の一人は冷静に言った。幸か不幸か彼はソードの信奉者の一人だった。多少気持の動い
た刑事も居たが、彼にそう言われては淫らな行為に及ぶ訳には行かなかった。

「そ、そうね、ケータイで画像を見れば文句無いわね。頭良いわね刑事さん。約束は守るわ、何もかも言いま
すからソードが生きているのかどうか、確認させてよ」
 知美はソードが死んだという確信が少し揺らいで来ていたのを感じながら、
『そんな筈は無い。あれで生きているとすれば人間じゃない! ま、まさか……』
 そう思うと恐怖心も感じていた。

「えっと、こちらは今、容疑者を取調べ中の刑事の中沢波瀬木(なかざわはぜき)ですが、その、容疑者の吉
野菊知美がソード・月岡さんの容態を気にしておりまして、ケータイの映像で姿を見せて欲しいと言っているの
ですが。
 見せて頂ければ、素直に背後関係等を自供すると言っているのですが、ケータイで結構ですから見せて貰
えませんか?」
 波瀬木は若干ニュアンスを変えて別の刑事に連絡した。

「了解しました。少し待って下さい。今交渉してみますから」
 暫く待つと、ケータイで連絡が入った。
「ちょっと、驚いたのですが、う、撃たれたご本人が直接お話しするそうですよ。その吉野菊知美と。良いんで
すか? 前代未聞の話ですけど……」
 連絡を受けた刑事は驚きを隠せない様子で言った。

「分かった。ちょっと信じられないけど、吉野菊、ソードさんが直接話をするそうだ。それで良いか?」
「えっ、ええ、ま、まあ、良いわよ……」
 知美は相当に動揺していた。しかしまだ疑っていた。

「ピピン、ピピン、ピピン、……」
 刑事の持っていたケータイの着メロが鳴って、
「はい、こちらは取調べ中の中沢ですが、ソード先生でいらっしゃいますか?」
 波瀬木は緊張した面持ちで言った。
「はい。怪我は大した事が無いので、事情をお話してくれるのであれば、私自身も理由を聞きたいので、是非、
ええと、知美さんでしたか、その方とお話したいのですが」
 ソードはもうすっかり落ち着いている。いや、落ち着いた振りをしていた。

「じゃあ、どうぞ、お話して下さい。但し全て録音していますから、証拠として使われる事もありますが宜しいで
すか?」
 波瀬木は念を押した。

「良いわよ。じゃあケータイを貸して」
 一応気を落ち着けて、知美は話し始めた。
「いきなりであれだけど、あんた本当にソード・月岡なのかい?」
「はははは、信用出来ないんだったら、後で声紋鑑定でもして貰いましょうか? 私が生きている事が不思議
なんですか?」
「ああ、有り得ないね。至近距離で正確に命中している。人間だったら生きている筈が無い。訳が分からない
よ! まさか本当に神様だなんて言うんじゃないんだろうね?」
 知美の言葉は既に相当の混乱状態だった。人間に向かって言う言葉ではない。

「はははは、神様だなんておこがましい。単なる偶然ですよ。まぐれ当たりと言う言葉があるけれど、私の場合
はまぐれ外れだったようですよ。額と手の平にかすり傷がありましたけど、それだけですから」
「何だって! 心臓に二発当っている筈だよ。な、何とも無いのか?」
 知美は真っ青になって聞いた。

「心臓に二発? ああ、そうか、特殊な防護服を着ているからね、それで助かったんだと思うよ。はははは、気
が付かなかった。
 こっちも気が動転していたからね。言われてみれば胸に二回衝撃があった事を思い出したよ。しかしいきな
り撃つとはね。私に恨みがあるんですか? それとも何か別の理由ですか?」
 ソードは電話をしながら軽く胸をまさぐって、拳銃の弾二発が胸にめり込んでいる事に気が付いたのだった。
その時着ていたローブは、左胸の部分に飾りの金糸銀糸で縁取りした穴が幾つか空いていたので、それが
一種のカムフラージュの様になって、弾が貫通した事に誰も気が付かなかったようである。
 事件を予想した訳ではないが、頑強なボディの試作品を着ていたので助かったのだった。マラソンの後二週
間休んだのは、その試作品の装着具合や性能テストの為の期間だったのだ。歩くだけだったら次の日から
軽々と歩けたのである。

「特殊な防護服だって? あのローブがか?」
「いや、ローブの下に着込んでいるのさ。万一の時の為にね」
「だけど、額にも当ったろう! 絶対に頭にめり込んでいる筈だ。そういう角度で撃ったんだからね。頭の骨が
鋼で出来てでもいない限り、絶対に有り得ない!
 それに手の平にも当ったと思うけど、骨が砕ける筈だ。かすり傷なんて有り得ない! ……あんたのお陰で
私達ソードー教の者は皆迷惑しているのさ。
 ソード・月岡の名をかたるインチキ宗教呼ばわりされているんだ。あんたが死ねばそういうことも無くなる。
そう思って海外で射撃の練習をして来たのさ。お金が無いから、体を売ってね」
 知美は真実らしい事を語り始めた。

「ソードー教? 申し訳ないが知らないな。しかしその様な理由で殺人を企てたら、尚更ソードー教の評判は
落ちる事になるぞ。そこまでは考えなかったのか?」
 ソードの言い方は優しかった。

「あんたが死んだ事を確認してから、自殺する積りだったのさ。そうすれば誰にも迷惑は掛らない。ソードー教
の連中だって知らないんだからね」
 知美は全て一人でやったと臭わせた。
「ふうん、で、どうする? 私はまだ生きていますよ。また殺しに来るのか? ただもう二度とは会わないと思い
ますけどね」
「あんたは、……神様なのか?」
 知美は常軌を逸した質問をした。

「はははは、さっきも言ったけど、普通の人間ですよ。幸運にも弾が私を避けてくれたみたいですけどね」
 ソードは偶然の産物だった事を強調した。
「嘘だ、あんたは、いいえ、つ、月岡先生は神の化身の様なお方だ。たった今から貴方に、帰依いたします。
私に命令して下さい。死ねと言えば死にます。何でも命令して下さい」
 知美はソードを神と信じたのだった。

「ふうむ、困りましたね。本当に帰依したのかどうか、厳しい事を言ってテストしますが宜しいですか?」
 ソードは帰依という考え方が好きではなかった。しかし今回の殺人未遂事件の真相を知る、今はチャンスでも
ある。
「はい、何なりと。人を裏切れと言えば、裏切りもします。親を殺せと言えば殺しもします。何なりとご命令を」
 知美は本気の様だった。

「だったら今度の事件の真相を包み隠さず、例え身内やその他の親しい者、信じている者に迷惑が及ぼうと
も、すっかり話しなさい。それが出来たら、帰依したとみなしましょう。出来ますか?」
 ソードは駄目元で言ってみた。

「はい、今ここで一通りの事を言います。私は信徒数五千人ほどの、SH教なんかに比べたらはるかに小さい
ソードー教の信徒でした。
 いいえ厳密に言えば、教祖の宋道元(そうどうげん)の愛人でした。正確に言うと愛人の一人でした。今回の
事件の張本人はその道元です。私は彼の手先となって、ソード様を、恐れ多くも殺害しようとしました。
 あの男は本当は私が邪魔になったのです。しかし私は彼の命令を完璧にこなせば、彼の愛を独り占め出来
ると思いました。死刑になっても天国で二人仲良く暮らせると思ったのです。
 彼は言いました。SH教がある限り、天の国には行けないのだと。何か変だとは思いましたが、彼の言葉を
信じました。
 アメリカに渡って、銃の使い方を随分練習しました。体を売ったと言ったのは、もっともらしく思わせる為の
嘘です。
 確実に相手を仕留める方法も学んで来ました。ですが目が覚めました。もっと詳しくは警察の方にお話しし
ようと思いますが、この位で宜しいでしょうか?」
 知美はあっさりと事の真相の概略を言った。ここまで話せばソードー教は壊滅的な打撃を受ける事になる。
教祖が首謀者であるという辺りから考えて、嘘では無さそうだった。

「ああ、それで十分だ。念を押すが、警察には全面的に協力する様に。事件が一通り片付いたら帰依を認め
よう。
 警察のご厄介に暫くなると思うが終ったら、SH教の教会を尋ねて来なさい。ただ暫くは私には会えないかも
知れないけど、どうしてかは分かるよね?」
「はい承知しました。一生先生に会えなくても構いません。ただほんの少しだけでも先生の愛を私に下されば、
たった一言だけでも下されば、それで本望で御座います」
 知美は別人の様に低姿勢でものを言った。周囲の者は皆驚いたが、間接的に聞いていた付き人や、用心
深い連中は尚彼女を疑っていた。

『口では何とでも言える。上手いこと言って、結局またソード先生を殺しに来るのではないのか?』
 そう思う者も少なくなかった。ソードと知美の話し合いはそこで終った。しかし知美を取り調べていた刑事達
はその後で彼女と共に驚くべき情報を得る事になる。

「な、何だこれは!! ソード・月岡さんは人間じゃないのか?」
「やっぱり神様だったのですね。帰依して良かった!」
 ソードが拳銃で撃たれる瞬間のスロービデオを見せられて刑事も知美も唖然としてしまったのだ。ソードの
体はまるでスーパーマンの様に頑強で、しかも胸に二発の弾がめり込んでいる筈なのに、痛がりもせず平然
としていたのである。
 圧巻は手の平に当った弾丸である。手の平で、厳密に言えば指と指の間で受け止められた弾丸が、ポトリッ、
と下に落ちる様子を見るに至っては、その場にいた全員が、ソードを神だと信じずにはいられなかったので
あった。

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