夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 知美の証言でソードー教の教祖、宋道元こと、山本鯵男(やまもとあじお)や、その他の幹部数人が逮捕され
た。
 ソードー教は今回の事件の他にも、暴力行為、麻薬の売買、拳銃の密輸入、恐喝、数十件の詐欺、婦女暴
行、強盗など数多くの罪で起訴されることとなった。新興宗教団体というよりは犯罪者の集団の様なものだっ
た。宗教が隠れ蓑になっていたのである。

 今度の事件は、教祖を独り占めにしようとした吉野菊知美の過激な性格を嫌った鯵男が、ソードー教の発
展の妨げになると思われる、人気者のソードの暗殺と、彼女を切り捨てるという一石二鳥を狙って企てた犯
行だった。
 しかし公表されていないとんでもない理由でソードはかすり傷で済んだのであるが、そのことによって彼にとっ
ては厳しい状況が続くことになってしまったのである。

「じゃあ、悪いんだが、暫く君達はホテルで待機していてくれないか。彼等と一緒にちょっと行く所があるのでね」
 ソードはやって来た研究員達と一緒に怪我の治療という名目で、警察の許可を得て外出したのである。変装
し、ワゴンタイプの座席が外から見えない様にカーテンを引いてある車に乗ってのホテルからの脱出だった。

「ああ、また、研究員なのか。俺達は一体何なんだ!!」
 和寿は吐き捨てる様に言った。
「そうねえ、やっぱり思い切って聞いてみましょうよ」
 メグミもやりきれなかった。
「しかし怪我の治療ということになれば、俺達に何が出来る? もう少し時期を待とうよ」
 栄太郎にしては冷静な言い方だった。
「時期を待つ?」
 和寿は不思議そうに聞き返した。

「そう改まって言われると、ちょっとあれだけど、ちゃんと聞いてくれる奴がいるんだし、慌てても仕方が無いと
思うよ。しかしちょっと妙だと思わないか?」
 栄太郎には気に掛ることがあった。
「何が?」
 和寿ははぐらかされた感じで、気分が悪かったので、嫌そうな感じで聞いた。
「近くで見ていただろう、和寿もメグミさんも。ソード先生の胸に少なくとも二発命中した様に見えたけどね。
違ってたか?」
 栄太郎は和寿の気持をなだめる感じで言った。

「栄太郎さんも気が付いていました? 一瞬の事でよく分からなかったけど、なんだか四発全部命中した様な
気がしたけど、軽い怪我で済んだのが信じられないのよ。和寿さんはどう思います?」
 メグミは和寿の怒りを鎮めようとしている栄太郎に協力することにした。
『カッとなって行動してもろくなことにならないわね、きっと!』
 そう思い直したのである。

「ううむ、そう言われてみれば、そんな気がする。しかし、事の一部始終はテレビカメラで撮られていたんじゃな
いかな? 
 重要な証拠になるからおいそれとは見せて貰えないかもしれないけど、俺達は部外者じゃないし、遅かれ早
かれ見せて貰えるんじゃないのかな?」
 和寿は慎重な言い方をした。ある種の嫌な事に気が付いたのだ。

「でも、ひょっとすると、世紀のスクープって感じですっぱ抜かれたりしないかしら? それに、他にも撮影して
いる人もいるかも知れないし……」
 メグミも何と無く嫌な予感がした。
「なるほど、良くある事だけど、隠し撮りしている連中が大抵はいるものだよな。警察にカメラを一時的に押収
されても、そのこと自体が重大な犯罪という事でもないから、そのまま返して貰えるしね。
 何と無く何だけど、その様子を写したビデオを見てみたいね。何だか妙な予感がするんだよね、何かとんで
もないものが写っている気がする」
 栄太郎も気になって仕方がなくなって来た。

 三人の嫌な予感は当ってしまったのだった。事件そのものは最小限の公表で終ったが、その時の映像が、
極秘スクープという形で、ネット上に大々的に流されてしまったのである。
 結局は付き人全員が、ソードの拳銃で撃たれた瞬間のスロービデオを見ることになってしまったし、日本中
の、いや、世界中の人々の知るところとなってしまったのだった。

 不思議だったのは、ソードを神と崇める者もいれば、事件自体がでっち上げで、映像はトリックだという説も
出て来て、彼は胡散臭い男にも思われたことだった。世界中の世論が真っ二つに分かれてしまったのである。

「ソード先生。先生の秘密を教えて下さい。お願いします」
 事件から一月ほど経った、十二月上旬のある日、教会の中の一室で、遂に菱目川吉野は咎めを受ける覚
悟で言った。側には、ソードの付き人全員がいた。その他に付き人達の意向に賛同する比較的若い男女が
大勢いた。

「秘密? 何の秘密だろうね?」
 ソードは薄々感付いては居たが、惚けられる限り惚ける事にした。
「ソード先生の秘密の部屋から先に私達は入れません。その先に何があるのか是非知りたいのです。絶対
に秘密は守りますから教えて貰えないでしょうか?」
 吉野はその時点で本来ならば破門である。SH教でその様な事を聞けるのは、幹部クラス位のものである。
もしソードがノーと言えば、それでお仕舞。
 幹部クラスでさえそうなのだから、まして一信者に過ぎない吉野が聞くことなど、言語道断なことだったし、前
代未聞の事だったのだ。

「ふうん、そう来ましたか。皆さんこの間の事件の時のスクープ映像を見てそう言っているのですか?」
 ソードは相変わらず優しいものの言い方で、しかも、はぐらかそうとしていたのである。
「いいえ、それ以前からとても悔しく思っておりました。先生の一番弟子で付き人である私が、何故あの部屋
に入れないのか、それ以上進めないのか、納得の出来る説明が欲しいのです」
 思い余って、とうとう若川原和寿が悲壮感を漂わせながら言ってしまったのだった。しかしその言葉がソード
に重大な決意をさせるきっかけとなってしまったのである。

「うーむ、だったらこうしましょう。近い内に、一緒に私と中に入りましょう。但し、命を捨てる覚悟が必要ですよ。
その日までよくよく考えることです。
 この世の中には知らない方が良い事があります。知ってがっかりしても後戻りは出来ませんからね。それと
さっき言った様に、命を捨てて貰う事になるかも知れません。
 それから今言ったことは、絶対に口外しないこと。また話し合いも許しません。自分独りで考え、自分独りで決
断して下さい。
 何時その日が来るのかも教えません。その日が来るまでに、行くか行かないか決めて下さい。勿論行かな
ければ、それはそれで何の咎めもありません。しかし行った者は、何度も言いますが命を失う覚悟はして下
さい。
 それではこの場に居合わせた者は、全員、このノートに名前を書いて、拇印を押して貰います。私の付き人
達はこの部屋から誰も出て行かないように、それから誰も部屋に入れないように、手配しなさい。今直ぐ!」
 ソードは命懸けの覚悟を決めて言った。

『遅かれ早かれその日は来るのだからな。今月中にあの男を葬り去る。何かこう赤穂浪士の討ち入りみたい
な気分だな。地下の研究室に行った者は金森田暗殺の協力者になって貰う。その為に命を捨てる覚悟が
必要だと言ったのだ。何人来るか? 勿論俺一人でもやるけどね……』
 ソードは一人一人に名前を書かせ、拇印を押させ、その状況をケータイで写していた。裏切りを許さない為
である。その時のソードの表情は何時に無く厳しいものだった。
 そのことからソードが冗談等ではなく、正に本気中の本気であることが窺い知れた。その気迫に、何人かの
女性が涙ぐむほどだった。

「全部で二十七名。ここで最後の警告をしておく。……ここであった事は一切他言無用。……裏切り者には死
んで貰う。冗談で言っているのではありませんよ。一生涯、誰にも話してはいけません。
 その時が来たら、私が直接聞きますから、行くか行かないか、返事をして下さい。念を押しますが、行かなく
ても全然平気ですからね。それでは今日はここまで。近い内にまたお会いしましょう」
 ソードはまたしても秘密の部屋に入って行った。今度ばかりは誰もソードを追わなかった。いや、追えなかっ
たのだ。秘密の部屋の前まで行くことさえ怖かったのである。

 ソードの禁断の秘密に触れる事が、どれだけ恐ろしいことか、付き人達は誰も想像していなかったのだ。も
う少し甘いことを想像していたのである。
『ああ、誰とも話し合ってもいけないなんて、ソード先生を甘く考えていたわね。日頃優しいからつい……』
 アザミは少しばかり後悔して居たが、もう遅い。他の連中も後悔した連中が大半だった。ソードがその場から
いなくなると共に、皆おのおのの仕事に取り掛かった。しかし全員の気分は恐ろしく重かった。

『ここであった事は一切他言無用。裏切り者には死んで貰う』
 二十七人全員の脳裏にその言葉がこびり付いて離れなかった。
『あの優しいソード先生が、あんな事を言うなんて、信じられない……』
 そう思った者が殆どだった。

 しかし重い気分に違いは無かったが、独りだけポジティブに考えた者があった。菱目川吉野だった。
『えへへへ、何だか面白くなって来たわね。何があろうと私は絶対に行くわよ。どうせ何処にも行き所が無いん
だし、神様か、インチキ野郎か、その正体がもう直分かるだけでもワクワクするわね。
 直ぐ殺されちゃうのかも知れないけど、今更惜しい命でもないわ。欲しけりゃくれてやるだけよ。ああ、早くそ
の日が来ないかしら!』 
 そんな風に思うと、夜も眠れない位だった。

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