夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 ソードの肉体は今はもう百メートルで十秒を切ったり、マラソンで二時間を切ることは出来なかった。しかし、
瞬間的に二トン以上の衝撃があっても耐えられる、頑強なものに生まれ変わっていたのである。
 その強固な肉体を持って、彼の秘密を教えるという恐怖の宣言をしてから数日後、付き人達と一緒に、極秘
にアハーラ拳法の道場に行った。段級位認定試験のある日だった。
 勿論十分に練習を積んで来ていたのである。ただ極秘にしなければ何かと騒ぎになるので、その点は仕方
が無かった。

「いらっしゃい、お待ちしておりました」
 ソードを出迎えたのは、アハラ三人衆全員、アカツキこと赤木島夕一、ライジンこと家来陣矢、ハヤブサ
こと飛島三郎、だった。カスミは仕事の都合で今回は来れなかったようである。

「これはこれは、確かアハーラ拳法の達人、三人衆の方々ですよね? インターネットや、それから雑誌等に
大きく取り上げられていたので、お顔の方は良く知っております」
 ソードは勿論前から知っていたのだが、ネットや雑誌などで丁寧に調べた振りをした。

「恐縮です。世界最高のアスリートの方と是非お会いしたいと、急遽やって来ました。アカツキです宜しく」
「同じく、ライジンです宜しく!」
 ソードは二人と代わる代わる握手をした。

「しかし何かと大変ですね。マラソンの時には妨害がありましたし。あれはソードさんに負けた腹いせらしいで
すね、スピードスケートの何とか言った選手の」
「はい。まあ、もう引退しましたからね。もう過ぎた事ですから」
「いやいやなかなか、その寛容な精神は立派ですよ。さて、皆さんお待ちかねですので、早速、昇級昇段試験
の方、やってみましょう。
 防具を着けた上での実戦です。ただソード先生の場合、途方も無いパワーがおありなので、今回は有段者
の方々と試合をして頂きたいのですが、どうでしょうか?」
 ハヤブサは遠慮がちに言った。

「有段者の方ですか? やはり七人抜きですか?」
 ソードは少し面食らった。
「はい、先生のパワーでは、無段者では体力的に持ちません。最初に初段の者とやって頂きますが、状況を
見て、もし圧倒されれば、次は二段の者、それも圧倒されれば、今度は三段の者、それでも尚圧勝されれば、
四段の者、その次からは、私共、アハーラ三人衆がお相手いたします」
 今度はライジンが真顔で言った。

「はははは、ま、まさか、幾らなんでもそこまでは勝てないでしょう。買い被り過ぎですよ」
 ソードは過大評価されていると思った。
「いえいえ、けっして大袈裟な事では御座いません。ところで当道場の道着はお持ちですよね?」
 再びハヤブサが言った。前々からそうだった様に、相変わらずアカツキは余り話をしなかった。ハヤブサや
ライジンが居ると、話し辛いのだろう。 

「はい、勿論持って来ました。付き人達に持たせてありますが」
「その、最初の一戦に勝ったら、初段と認めますから、次の試合では、黒帯にして貰いたいのですが、宜しいで
しょうか?」
 ハヤブサは何とも遠慮がちに言った。
「え? しかし昇段試験が終るまでは、正式の段位は認定されないのではありませんか?」
 ソードは首を捻った。

「有段者が、特に二段以上の者が茶帯の選手に負けたんじゃ、格好が付かないからなんですよ。僕なんかもし
負けたりしたら恥ずかしくて、死んじゃいたくなりますよ」
 アカツキはやっと口を挟んだ。こういう格好の悪い事なら言えるのだろう。

「はははは、そんな事は無いでしょうけど、それじゃ着替えて来ますので、失礼します」
 ソードは逆に無様に負けたりしたら、格好が付かないと思って、顔が赤らんだのだった。
「ああ、あのう、一応、ソード先生は一番最後ですので、暫くは、他の者達の試合を観戦する事になりますので
宜しくお願いします」
 ハヤブサは更衣室に向かった、ソードとその付き人の一人、若川原和寿に向かって言った。今回は付き人
の主要メンバー、栄太郎、宗徳、アザミやメグミも来ていた。
 付き人の数が多いのは、銃による襲撃事件の影響である。それぞれが動き易いトレーニングウェア等を着
て常に周囲に気を配っていた。

 暫くして、着替えて来ると、
「ほほう! これは何か以前より一段と逞しくなった印象ですな」
 等と驚きの声が上がった。確かに体が一回り大きくなった印象を受けるのだが、それはその通りの事実
だった。
 強力なパワーと頑強な肉体のスーツを着ているのだから当然といえば当然であるが、体重も十キロは増え
ている。

 昇級昇段試験は、道場のメイン会場で行われる。畳数十畳のぐるりを門下生が取り囲む様に座って、順次
試験を受けるのである。
 但し日本の多くの格闘技で採用されている型の試験は、ここでは級位者が主に行い、初段以上の者は免
除される。ソードも東京支部の代表者ハヤブサの提言で免除される事になった。

「えいっ! やっ! たあっ!!」
 一番下の十級の者から試験は始まった。十級の者に限って実戦は無く、型だけである。それもごく少なく、
数分で終了した。実質的に全員合格と決っている。殆どが小学校の低学年だった。何とも可愛く、微笑まし
かった。

 次は九級以上の者であるが、ここからは防具を使った実戦がある。三戦して二勝すれば昇級する。但し七
級までは男女の区別は無い。大半が小学生であるからだ。
 たまに男子中学生も居るが、その場合、面子も考えて、必ず男子と試合をする様に組み合わせるのである。
女子中学生も同様に必ず女子と組み合わせる。ごく稀に高校生以上の者も居るが、中学生と同様に同性と
の試合となる。

 このクラスは家族の応援が凄く、実に賑やかである。負けた事が悔しくて泣き出すものもあって、何とも賑や
かで、何か運動会風な一面があった。
『ああ、何かのんびりしていて良いな……』
 ソードは観戦しながら、失われた過去、林谷昇と言う男子の過去を思い浮かべていた。何か懐かしさで胸に
込み上げて来るものを感じていたが、じっと堪えた。
『こんな場所で涙では、皆に気を使わせる!』
 そう思ったのである。

 しかし六級以上の者の戦いとなると、様相は一変する。五戦して三勝すれば昇級するのだが、その中心は
中学生であり、男子と女子とはこのクラスから明確に分けられる。まだ動きに切れは無いが、時折、素晴しい
動きを示す者も現れて、
「ほうっ!」
 とかの、感心した声が上がったり、声援も大人のそれと違わない、
「行け、行け、そこだっ! 回りこんで打て!!」
 等と、具体的な指示さえ飛ぶ。

 更に茶帯の連中の戦いは、有段者に近いだけあって、その中心は高校生であり、相当に激しい戦いとなる。
このクラスからは時折、かなりの怪我人も出る事があって、その為に準備してある医療チームの活躍となる。
 七戦して四勝すれば昇級するが、初段にだけは、七戦全勝が求められるのである。
 黒帯、この道場では欧米風にブラックベルトと呼ぶ事も多いが、そのベルトにはそれだけの重みがあるとい
う事なのだ。

 いよいよ有段者の昇段試験が始まった。流石に黒帯、ブラックベルトの連中ともなると、スピード、パワー共
に、級位者とは格が違うのである。防具を付けての戦いにも関わらず、大怪我をする事も決して珍しくは無かった。

「バキィッ!!」
 明らかに骨の折れる音がして、一人が倒れこみ、のた打ち回っている。グラブは指の動かせる軽量の物な
ので、拳が当った手首の少し上の腕の骨が折れたらしいのだ。
 腕には防具が無い。滅多に無い事だったが、絶妙のタイミングで当ってしまったらしい。直ぐタンカで運び出
されたのだった。それから何戦かして、いよいよ最終、ソードの出番となった。

「宜しくお願いします」
 ソードは何とも照れ臭かった。初戦でボロ負けでは恥ずかしくて二度と道場には来れない。しかし、
『まあ、やるだけやってみるさ』
 そう開き直るしか無かったのだった。

「互いに礼、始め!」
 試合時間は五分。有効打二本先取で勝となる。関節技や絞め技も有りなので、その場合相手選手がギブ
アップするか、主審の判断で勝ち負けを判断する事になっていた。主審の他に副審二名が付く。時間切れの
時は判定となる。

「えいっ!!」
 ソードは掛け声諸共、防具の上から相手の腹部を拳で突いた。
「うあっ!!」
 初段の青年は小柄な高校生だった。ソードの一撃で彼の体は宙に舞ったのである。
「ドシンッ!!」
 防具の上からだったが、余りにソードの一撃が強烈で、床に落ちた初段の青年は、もがき苦しんでいた。

『何だか、俺が小姫にやられた時と似ているな』
 そう思ったが、驚いた事に、青年は口から胃の内容物を吐き出していた。ますます自分のやられた時に似
ていたのである。

「ストップ、救急班、治療をお願いします。嘔吐しています。呼吸困難に陥る恐れがあります。早くして!」
 試合は一時中断したが、倒れた青年を運び出すと、
「ソード選手、TKO勝ち!!」
 主審はソードの勝を宣言した。会場の中は静まり返ってしまった。初段等という生易しいものではない。
『この道場で勝てる者がいるのか?』
 そう思えるほどだったのだ。
「ええと、ソード選手の黒帯着用を認めます。どうぞ、次からはそうして下さい」
 ハヤブサが蒼ざめた顔で言ったのだった。

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