夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「あはははは、女の人の前で遊ぶという言葉はちょっと拙かったでしょうね。まあその、マッサーズ本部道場へ
行っても宜しいですか? あ、遊ぶ遊ばないは別として……」
ソードはやや苦し紛れに話を逸らした。
「え、ええ、も、勿論良いですわよ。大歓迎ですわよ。でも遊ぶのはちょっと。私と遊んでも宜しいのですし、何
も怪しい連中とエッチしなくても……」
カスミは相変わらずの大胆発言振りだった。
「カ、カスミさん、何ですかそれは! 先生は私と、その、……」
ムッとして言い出したアザミだったが、それ以上は言えなかった。
「アザミさんでしたっけ? 貴方、先生と何か関係でもおありなのかしら?」
カスミは挑発的である。女同士の激しい言い争いになりそうだったので、
「兎に角そういう事ですので、ごく近い内にマッサーズシティに、アハーラ拳法本部道場の方に寄らせて貰いま
す。事務的な手続きは、事務方にやらせますので、その節は宜しく。それでは失礼します」
ソードは嫌悪になって来た女同士の争いから、ほうほうの体で逃げ出したのだった。
「カスミ先生、マッサーズ本部道場の指導者にソード・月岡先生が就任という事で手続きを進めて宜しいで
しょうか? 八段という今まで空席になっていた最高段位ですので、最高指導者ということに致しますが」
事務責任者の石川洋之助が正に事務的に言った。
「ええ、勿論。彼だったら最高の指導者になると思うわ。出来るだけ早く事務手続きを済ませて下さい」
カスミはさも当然とばかりに言った。遊ぶ事に拘(こだわ)ったとは思えない口振りだった。
「それでは私は早速手続きに入りますので、これで失礼致します」
洋之助はカスミの方を、チラッと見てからその場を去って行った。三十五才、妻子があるが、カスミに気があ
るようである。その気持を悟られまいと、殊更に事務的な態度を取っているらしかった。
「カスミさんはソード先生がお好きなのですか?」
ソード一行が去って、洋之助もいなくなり、女二人きりになると小姫はストレートにカスミに聞いてみた。
「ええ、何と無く何だけど、昔好きだった男に似ているのよね。その彼は死んじゃったけど、それにソード先生
みたいにスーパースターじゃなかったけど、何処と無く性格が似ているのよ。
女ズレしていないというか、性悪な男だったら、女同士のいさかいを楽しんでいたりするのだけど、さっきみた
いに逃げ出す辺り、なんか似ているのよね。
ふふふふ、昼寝の得意な男だったわ。私の友人の林果さんに聞かされたことがある。確かまだやっているわ
よね、アニメの『のぼっ太君』って」
「ええ、まだ続いているらしいですわ。もう十年以上になるみたいですけど」
「その『のぼっ太君』は昼寝が得意らしいけど、まるで彼みたいにちょっとの隙にでも寝てしまうらしいのよね。
うふふふ、ソード先生をよく観察して、昼寝が得意かどうか確かめてみたいわね。もし得意だったら、百パーセ
ント決まりね」
カスミはニヤニヤ笑いながら言った。
「な、何が決まりなのですか?」
小姫は嫌な想像をした。
「勿論、彼を私のコレクションにするのよ。多分生涯を懸けた最高のコレクションになると思うわ。うふふふ、今
から楽しみね」
「………………」
小姫は開いた口が塞がらなかった。
『私もソード先生に大いに気があるけど、コレクションにしようなんて、一度だって考えた事は無いわ。ああいう
感覚には付いて行けないわね』
あきれ果てながら、小姫は自分の過去を少し振り返った。
『林果さんの所を結局首になって、私の人生観は大きく変ったわね。林谷昇、私は彼を、素人の彼をかなり思
いっ切り殴った。最低の男だと罵って。
でも彼に落ち度なんて無い。人の恋路を邪魔し、仲を引き裂こうとした私こそ最低の女だった。彼に謝ろうと
思ったけど、その前に彼は死んでしまった。
骨を埋める覚悟だった、『真理円武会』も辞めてしまったし、それまでの貯えを言わば使い果たす為に、それ
と日本に居たくなかった事もあって、海外をあちこち回って歩いたわね。
そのうちマッサーズシティに着いて、アハーラ拳法を知り、そのオーナーがカスミさんだと知って、もしやと思っ
たら、本当に林果さんが近くのマンションに居た』
そこいら辺りまで物思いに耽っていると、
「じゃあ、後は宜しく。私は仕事がありますから」
少しの間、カスミも何か考えていたようだが、時間が来たらしく席を立って、応接間を出て行った。
小姫は直ぐ先ほどの、過去の思い出の続きを再開した。
『私は泣いて土下座して謝ったわ。あの時は、もし『お前なんか死んでしまえ!』と林果さんに言われたら、本
当に死んで居たわね。もう殆どお金も使い果たしていたし、死に場所を探していた様なものだったから。
でも林果さんは言った。『生きて罪を償って欲しい!』と。……私は生きる事にした。幸いな事に向こうの道
場で女性のインストラクターを募集していた。
女性の有段者もいるには居るけど、余り強くは無かったのよね。それで実技試験は簡単に合格した。だけど
採用されたのは林果さんの口添えのお陰だって聞いている。
本当に何から何まで林果さんには世話になりっぱなしだと思うわ。……さっきカスミさんが言っていた昔好き
だった男って、昇君のことよね。
特に私は何も感じなかったけど、へえーっ、ソード先生に性格が似ているんだ。だとしたら好きになる気持は
分かるわね。
ああっと、こうしてはいられない、そろそろマッサーズシティに帰る支度をしないと。……うふふふふ、向こうで
ソード先生の指導を受ける事が出来るなんて、恋のライバルだらけだけど、何とかしたいわね』
小姫はウキウキした気分で帰り支度を始めたのだった。
「如何なる理由があっても今夜午後十一時、秘密の部屋の前に集まる様に。但し行く事を拒否する者はこの
限りではない。勿論一切の咎めは無い。ただ誰にも相談せずに、自分一人で決断する事。以上」
カスミ達との交渉が終って、数日後、ついにその日は来た。ソードは署名捺印した二十七名一人一人に耳
打ちをして回った。
ソードは午後十一時十五分ほど前に部屋の前に到着した。驚いたのは既に数名が来ていた事だった。
「はははは、やる気満々という事かな?」
ソードは笑いながら声を掛けた。
「当然です。ソード先生の一番弟子がビビってちゃ話になりませんからね」
若川原和寿が先ず自信たっぷりに言った。
「何があるのか楽しみですよ。私が一番先に来たんですからね。三十分も前に来たんだけど、誰もいなくて、
拍子抜けしちゃった」
少しがっかりした感じで言ったのは、菱目川吉野だった。
「愛さえあれば、きっと何とかなると思います。その、少しはお願いします。何でも致しますから。ほんのちょっ
と愛を頂ければ」
何かちゃっかりした感じで言ったのは、テレビの番組を通して親しくなった白金アザミだった。
「先生に目を掛けて頂いて、アハーラ拳法の指南役を仰せつかったのですから、私が外れる事は有り得ませ
ん。何があろうと付いて行くのみです」
助乃川栄太郎は豪気に言い放った。
「済みません、遅くなりました。まだ時間は大丈夫ですわよね?」
少し息を切らして来たのは、大橋メグミである。彼女は元女子アナウンサーだったのだが、ソードに惚れて、
テレビ局を退職して付き人になったのである。アザミとは仲も良いがライバル視もしている間柄だった。
来るべきか否か相当迷ったのだろう、しかし恋のライバルに負けたくない、その気持だけでやって来たもの
と思われる。顔に自信の無さが見え隠れしているのはその為のようだった。
「あと五分ありますから、全然大丈夫ですよ。さてあと何人来るか。しかしもうそろそろ危ないですね。せいぜい
あと一人か二人かな?」
ソードは元々数人程度と予想していたので、人数の少なさにさほど驚きはしなかったが、付き人の一人、大山田宗徳が来ないことが気になった。
「ご免なさい、遅くなっちゃって。ぎりぎりセーフよね?」
大柄な体で小走りにやって来たのは、スピードスケートでソードと対決した事のある黄味麻呂ユーカリだった。
彼女も何時の間にかソードの虜になって、今ではSH教の信徒の一人である。
菱目川吉野と同様にネット等のメールに目を通す役割を担っている。何分にも量が膨大なので、仕事は相当
にハードだが、率先してその仕事を引き受けたのだった。
「いや申し訳ない。正直少し迷いました。しかし、今後の事も考えると、やはり来ない訳には行きませんので」
僅か一分前に、大山田宗徳はやって来た。
「はははは、やれやれこれで私の通常の付き人は全員やってきた訳ですね。確かに宗徳君の言う通り、来た
者と来ない者とに、付き人が分裂しては拙い事になります。
その場合は、付き人を辞めて貰う事も考えていました。何にせよ、来たのですから、まあ良かった事になり
ます。この部屋の向こうには大変な秘密が待っておりますからね。それを知っているのと知らないのとでは天
と地ほどの違いがありますから。ところでそろそろ時間ですね」
ソードは持って居たケータイで時刻を確認した。
「ガチャッ!」
午後十一時丁度に、ソードの秘密の部屋の鍵が、中から開いた。ソードの良く知っている、明日葉唯心が現
れたのである。