夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「どうぞお入り下さい。ええと、男性三人に女性四人ですか。ふふふ、いざとなると女性の方が度胸があると良
く言いますが、本当かも知れないですね」
唯心は案外楽しそうに笑った。
「それでは鍵を閉めますから。あの、もし嫌だと思うのでしたら今のうちですよ、入ったら後戻りは出来ません
からね、うふふふ」
部屋の中に居た女性の研究員がこれもにこやかに言った。
「ええっ、女の人も居たのですか?」
驚いて声を出したのは栄太郎だった。他の者達もかなり驚いている。
「はははは、数は少ないのですが、優秀であれば男女を問いませんからね。もっとも皆さんの前にはお目見え
した事が無かったかと思いますが。ええと、これが最終チェックです。森尾君今からキタロウ袋を渡しておいた
方が良いでしょう」
ソードは嘔吐物を入れる為の袋を渡す様に、別の男性研究員に言った。その森尾という研究員は確かに白
い色の折り畳まれたやや厚手の袋を十数枚持っていた。
「はい、かしこまりました。中に入る人にはこれを持っていて貰います」
「どうしてそんなものが必要なんですか?」
袋を受け取りながら、大橋メグミが不思議そうに言った。しかし今に分かるという感じで笑うだけで、特に誰も
答えなかった。
「……鍵を掛けますよ、良いですね?」
女性研究員はなお念を押した。
「くどいわね、良いのに決っているわよ。早く鍵を閉めれば!」
相当ムカついて菱目川吉野が怒鳴った。
「ふふふ、威勢が良いわね。じゃあ、閉めます。ふふふ、威勢の良いのも今のうちだと思うけど」
女性研究員はニヤつきながら鍵を閉めた。
「さてそれでは暫く歩きますから、付いて来て下さい」
先頭は唯心、そのあとに女性研究員、その後をソード一行。最後尾には森尾研究員がついてぞろぞろと歩
き始めた。
「何処まで歩くのかな?」
少し不安げに宗徳が言った。
「はははは、もう直ぐですよ。さっきから同じ所をグルグル歩いている様な感じでしょう?」
ソードは涼しげに言った。
「あのう、これって何か意味があるんですか?」
アザミが不思議に思って聞いた。
「これが何百人の警察の人達が徹底的に調べてもついに分からなかった、秘密の地下研究所へ至る迷路な
んです。同じ部屋や廊下や階段に見えても、実は違う場所を歩いているのですわ。完璧に同じに作ってある
部屋や廊下や階段が幾つもあるんです」
女性研究員がチラチラと後ろを向きながら自慢げに話したのだった。
「秘密の地下研究所!」
驚きの声を何人もが上げた。その声に応える様に、ソードが説明を始めた。
「はい、極秘にしなければならない事のそれが始まりです。まだまだ極秘事項は沢山あります。ここを普通に
歩くと普通の地下研究所に辿り着く様に仕組まれています。
一見無駄に思える歩き方をしない限り、秘密の地下研究所には辿り着けない様になっているのですよ。つ
まり地下の研究所は二つあって、警察の捜査は全て普通の地下研究所の方でした。
その様な仕組みを考えて、警察の目を上手く誤魔化す事に成功したのは、金森田代表の力です。全ては金
森田代表の指図によるものなのです」
「えええーーーっ!!」
今度はソードと研究員を除く全員が驚きの声を上げた。
「か、金森田代表って一体、何なんですか!」
栄太郎が思い余ったのか叫ぶ様にソードに聞いた。
「はははは、慌てなくても、これからじっくり教えてあげますよ。さあ、秘密の地下研究所の入り口の前に着き
ました」
ソードはそう言ったが、何も無い廊下の突き当りである。目の前には壁があるだけである。
「コン、コン、コン」
宗徳が小走りに壁の側に寄って叩いてみた。
「別に空洞じゃないですね。ドアなんか何処にも無いじゃないですか?」
理論家らしい言い方をした。
「はははは、そこまでへまじゃないんですよ。じゃあ、開けて下さい、唯心君」
「はい」
唯心はそう言うと、ケータイ電話を出した。それを操作して少し経つと目の前の壁が後ろに去って行く。一
メートルほど奥に引っ込んだ所で止った。左右に隙間が出来て人がらくらく通り抜けられる。一行はその中に
入って行った。全員が入った後で厚さ一メートルの巨大な壁が元に戻された。上下にレールがあって、その上
下共に車輪が設置されている。その車輪を回すことで壁を移動する様である。壁の重さは数十トン。
叩いてみても空洞かどうか、奥に部屋があるかどうかなど分かる筈も無かった。また左右に扉を移動するス
ペースが無いので尚更扉には見えない。もっともその位置に警察は誰も至っていないので、調べようも無かっ
たが。
直ぐ階段があって、そこを降りて行くと、間も無くドア。それは普通のドアで、ノブを捻って中に入ると、まるで
別世界だった。何処かの大学病院の様な感じで、多くの研究者達が忙しく働いていた。
しかも研究所らしく精密機器が数多くあり、大抵の研究室がガラス張りだった。
「きゃーーーーっ!!」
その部屋の中を覗いた途端、特に女性陣の悲鳴が上がった。中ではソード用の生体パーツが作られてい
た。手や足が無造作に置いてある。しかもその部屋にだけある訳ではない。
別の部屋では頭部を作っていたし、眼球だけがぎろぎろ動いていたり、全裸の首の無い体が歩き回ってい
る部屋さえあった。勿論研究の為にやっているのであって、人を驚かせる為にしている訳ではない。
「おえーーーーっ!!」
「ひーーーーっ!!」
早速先ほど渡した鬼太郎袋が役に立ったし、強気の塊だった吉野は気絶してしまった。アザミとメグミはしゃ
がみ込んで嘔吐しながら泣き出してしまった。初めてここに来た七人で平気な者は一人もいなかった。
結局気絶した吉野を除いた全員が激しい嘔吐に襲われ、暫く休憩室で休むしかなかったのである。三時間
ほども休んでやっと気持ちが落ち着いて来たところで、ソードがやって来た。
「逃げ出したくなりましたか? まあ、無理も無い。だから知らない方が良いと言ったのですが、何かご質問
は?」
「あれは一体何なんですか? どうしてあんな酷(むご)い事が行われているのですか? 意味が分かりませ
ん。狂気の沙汰としか思えません」
理論家の宗徳が理解不能の意思表示をした。
「あれは私の体を作っているのです。私は普通の人間ではありません。サイボーグなのです。自分から望んだ
訳ではありません。全ては金森田代表のなせる業です」
「サ、サイボーグ!!」
栄太郎が激しく反応した。
「ううう、サ、サイボーグって何ですか?」
気絶から目覚めた吉野が気味悪そうに言った。
「元々の私の体は脳とそれに付随した延髄や主な神経だけです。後は人工的に作った機械の様な物です。
但し生体機械と言って、さっき見た様に機械と生物の合の子みたいなものです。
その研究水準は世界一と言って良いでしょう。もう一度言いますが、全ては金森田代表が命じたのです。
数々の世界記録を出す事も全てが金森田代表の演出と言って良いと思います」
ソードは金森田代表の指揮である事を強調した。
「か、金森田代表がどうしてそんな事を!!」
和寿が信じられないといった表情で言った。ソードに帰依していても金森田代表は何と言ってもSH教の代
表者である。
「ちょっと信じられません。あのう、ソード先生は、ええと、人間ではないのですか? 金森田代表がそうしろと
言ったのは本当なんですか? ええと、あのう、何が何だか訳が分かりません」
ユーカリは全くついていけないと、諦めの表情でさえある。
「これから真実をお話します。その為に貴方方の命さえ貰うという事を言った訳です。……私は、本当は、ソー
ド・月岡ではありません。ソード・月岡なんて、本当は何処にもいないのです」
「どういうことなんですか? さっぱり訳が分かりません!!」
大橋メグミがややヒステリックに叫んだ。
「本来の私を知っている者がこの中に一人だけいます。菱目川吉野さん、貴方は本来の私を知っています」
「わ、わ、私が、ソード先生の本来の姿を知っている? 覚えがありません!」
吉野はキッパリと否定した。
「それはそうでしょう。私は死んだ事になっている。キラ星、鏡川キラ星という女性の名前を知っているでしょ
う?」
ソードは吉野に話し掛けた。他の者は一斉に彼女の顔を見る。
「えっ、キラ星? キ、キラちゃんのこと?」
吉野はやっと思い出したようである。
「そう、彼女が亡くなった事は知ってますか?」
「ええ、新聞とかに載っていたし、テレビのニュースでも言っていた事がありますから」
「そのキラちゃんと貴方は、喫茶店『マリナー』で一緒でしたよね?」
「え、ええ、良くご存知ですね。でもそれと何か関係がありますか?」
「首になったんでしょう、貴方は。ある男性を怒らせて」
「男性を怒らせた? ええと、うーん、そう言えばそんな事があった気がします」
「山盛りのあん蜜を出して、男の客を怒らせたでしょう?」
「済みません余り良く覚えていないんです。似た様な事をあちこちでやって来たものですから」
吉野は懸命に思い出そうとしていたが、記憶はハッキリしないようだった。
「その、鏡川キラ星さんのことだったら、私も知っています。確か元刑事と心中したと聞いていますが」
少し思い出したのだろう、この地方出身の大山田宗徳が言った。
「はい、一般的にはね。しかし彼女は本当は金森田代表に殺されたんですよ」
「ええーーーっ!!」
ほぼ全員が驚きの声を上げた。殺人事件にまで関与しているとなると、これは確かにただ事ではない。ソー
ドが命を貰い受ける等と言った意味が、ますます明確に分かって来たのである。