夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「あ、あのう、それって本当なんですか?」
黄味麻呂ユウカリが信じられないといった表情で聞いた。
「間違いありません。私が金森田代表御本人から直接聞いたのですから。元刑事と心中を装って始末した、と」
「あああーーーーっ!!」
ソードの淀みの無い受け答えに、それが事実である事を認めざるを得なかった。しかし辛くて、呻き声の様
な声が何人からも洩れたのである。
「あのう、コーヒーをお持ちしました。どうぞ少し寛いで下さい。まだまだショッキングな事は山ほどありますの
よ。うふふふふ」
何とも楽しげに皆を案内した女性研究員が言った。
「灰田瀬知恵(はいだせちえ)さん、さっき紹介してなかったと思うけど、これから皆さんの面倒を暫くみて貰う、
女性研究員の一人です」
「あ、あのう、助乃川栄太郎です。よ、宜しく」
真っ青な顔をしながらも、栄太郎は一応挨拶した。そのあとで一人一人が、同様に蒼ざめた顔で挨拶した。
「お砂糖とかミルクは適当に入れて飲んで下さいね。じゃあまた後で来ますから」
瀬知恵はにこやかにその場を去った。
「まだまだショッキングな事が沢山あるんですか?」
栄太郎はコーヒーを啜りながら、しかしかなり恐々聞いた。
「そういうことになります。言いたい事は色々ありますが、先ずもっとも肝要な『神のマシン』或いは『神のマシ
ン計画』について言わなくてはなりません」
ソードは一番の核心を先に言う事にした。順序だてて話しても、理解は難しいと判断したのである。
「神のマシン? 神のマシン計画? 何の事だか理解不能です」
宗徳は相当に混乱をきたしている様である。
「直ぐに理解しようとしなくても良いです。事実だけを言います。私もそうなのですが、金森田代表も神の存在
を信じてはいない」
「えええーーーっ!」
特にアザミとメグミが叫んだ。
「か、神は超越的に存在するのではないのですか?」
大橋メグミは裏切られた様な顔で言った。
「はははは、何とかも方便です。まあ兎に角話を聞きなさい。……ところが宗教団体としては、やはり神が存
在した方が都合が良いと考えたのです。
そこで金森田代表は自分が神になると宣言した。……ところで人間の寿命は最大で何年ですか? 和寿
君は知っているかな?」
ソードはわざと質問した。少しでも緊張感を解そうとしたのである。
「ええと、約120年だと聞いています。実際公式に記録の残っているもので、120年を超えて生きた者はいな
いと聞いています」
「そう、120年が限度らしい。しかし私の様にサイボーグになれば話は別だ。人間は全体としては120年しか
生きられないが、臓器だけならもっと遥かに長生き出来る事が知られている。
勿論倫理の問題があって、迂闊に実験すら人間の場合には出来ないのだが、金森田代表はそれをやって
いたのです。もし脳だけならば数百年は生きられるという研究をね」
「うええええっ!」
今度も女性陣は信じられずに呻き声の様な声を上げた。声こそ出さなかったが男性陣も話を聞くのが辛そう
だった。しかしソードは情け容赦なく続けた。
「実際に数百年生きられるかどうかは分かりませんが、その『神のマシン』の試作機が完成したのです。しかし
あくまでも試作機です。失敗の可能性が大きかった。
そこで彼は一人の青年、林谷昇という青年をそのマシンに乗せる事にしました。つまり実験材料にしたので
す。上手く行ったら、今度は自分が新しいマシンを作って乗り込む事にしたのです。
先ほど言った名前、林谷昇。それが私の本名です。私は脳と延髄と一部の神経とを肉体から切り離されて、
神のマシンの実験機に据え付けられました。
そしてソード・月岡という名前を貰って、今ではSH教副代表ソード・月岡と呼ばれているのです。林谷昇は死
んだ事になって、葬儀も終り遺骨は墓の中に納まっていますが、脳だけは未だにこうして生きているのです」
「は、は、林谷昇! 聞いた事があります。確か教会で食い逃げしたとか。あれがソード先生?」
栄太郎は信じられない表情だった。
「はははは、食い逃げは簡単に言えばでっち上げです。私が実験体に相応しいと考えた、金森田代表が私を
捕らえる為に流したデマだったのです。
私は私の愛する者達を人質に取られて、仕方無しに実験体になりました。予想以上に上手く行って、私の
体はどんどん作り変えられて、やがて人間らしく歩く事が出来る様になり、更には超人的な能力を発揮するま
でになりました。
私の出した世界記録は、全部体の能力をその様に作り変えて成し遂げられたものだったのです。それは私
の望みではなく、金森田代表の望みだったのです」
一気に言ってしまったが、理解するのが難しい様だった。
「あのう、金森田代表はどうしてその様な望みを命令したのでしょうか?」
恐る恐る吉野が聞いた。
「はははは、それは自分の名声の為です。いや、その前にSH教の信者数を増やす事が目的でした。ご存知
の通り、何百人もの命を奪った事件がありました。一部幹部の暴走という事になっています」
「あの、そうじゃないんですか?」
今度はアザミが言った。真相について薄々気が付き始めたようである。
「はい、お察しの通り、全ては金森田代表の指図だったのです。彼が数百人、いいえ、それすらも嘘です。彼
は数万人の命を奪っていたのですよ!」
ソードはついに最も衝撃的なことを言った。正に爆弾発言だった。
「えええええーーーーーーっ!!!」
全員が驚き叫んでしまった。
「ガッシャーーーーンッ!!」
驚きの余りコーヒーカップを落とした者もあった。
「あああ、御免なさい。す、済みません」
メグミはすっかり取り乱していた。
「あああ、大丈夫、私が片付けますから」
丁度良いタイミングで瀬知恵が入って来て、割れたカップを取り除いたり、床に零れたコーヒー等を布巾等
で拭いて始末した。ついでに空になったコーヒーカップをお盆に入れて一緒に持って行こうとした。
他の者は殆どがコーヒーを飲み干していたのである。飲んでいないのはソードだけだった。ソードは一滴も
飲んでいない。
「ソード先生これも片付けましょうか?」
一応出したコーヒーだったが、瀬知恵はソードのカップもお盆に載せて持ち帰ろうとしたのである。
「ちょっと、まだ飲んでないだろう!」
男っぽい口調で叫んだのは吉野だった。
「はははは、良いのですよ。私には味が分かりません。皆さんの前で食べたり飲んだりして見せましたが、あ
れは一種のパフォーマンスです。
美味しくも何とも無いのです。物凄く苦痛でした。ですから私は皆さんと一緒になるべく食事をしない様にし
ていたのです。
暴露します。私は女の人を抱く事が出来ません。女色断ちと言いましたがあれは嘘です。現在の私のマシ
ンには性機能が無いのです。
食べるという能力とセックスをするという能力が全く無いのです。私に可能だったのは唯一競争するという
能力だけでした。
どうも、他の能力が無い分、競争能力だけは極めて高かったようです。私は最初から世界記録を狙ってい
た訳ではありません。負けさえしなければ良いと思っていました。ところが独りでに体が動いてしまうというの
か、世界記録を出さずにはいられなくなってしまうのです。ああ、いやいや、じゃあ、カップはさげて下さい」
ソードはちょっと脱線したかと思ったが、直ぐ気が付いて瀬知恵にカップをさげさせた。瀬知恵は相変わら
ず微笑を忘れずに楽しげに去って行った。
「あのう、数万人を殺したなんて、とても信じられません。何かの間違いではないのですか?」
ユウカリは泣き出しそうな顔で言った。
「事実です。しかし決定的な証拠はありません。ですが、彼以外にその様な事をやって、しかも証拠も残さな
いなどという器用な真似をする者は有り得ません。
奇妙な言い方ですが、その殺し方の巧みさが、金森田代表に間違いないと私が思う最大の理由です。日
本国内で数千人、海外で三万人以上が謎の死を遂げています。
詳細はここの資料室にありますから、お疑いならば調べてみて下さい。その全てがSH教と関わっていて、
しかも多額の保険金が掛けられています。全て幹部が受け取っています。金森田の名前は一切出て来ませ
ん。だからこそ疑わしいのです。
幹部の受け取った保険金が彼に流れたと考える方が自然ではありませんか? 先ほどから言っている『神
のマシン』を作るのに数十兆円掛ったと金森田代表は言いました。
それ程のお金が何処から出て来るのですか? おいそれと出て来る筈がありません。SH教は様々な事業
にも手を出していますが、それでも遠く及ばない。
だとすれば考えられる事はただ一つ。SH教の罠に掛った、連中から搾り取れるだけ搾り取って、挙句の果
ては高額の保険金を掛けて殺害するのです。そうすれば一人十億位になります。数万人が犠牲になったと考
えると、ピッタリ数十兆円になる。見事に計算が合うのです」
「ああああ、信じたくない!」
泣き叫んだのは白金アザミだった。恐ろしい話が続いて錯乱しそうになっていた。
「信じたくない気持は分かります。しかしこれから皆さんに来て頂いた、真の目的をお話し致します。宜しいで
しょうか?」
ソードは理解しがたい事が続いて苦しそうな表情の七人に、駄目押しの一手を突きつける事にしたのであ
る。もうクリスマスも近いある夜の事だった。