夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「瀬、瀬知恵さん、何もこんな時に泣かなくても。これから泣くチャンスは幾らでありそうですから、今から泣い
ていちゃ身が持ちませんよ」
薫はなだめすかす感じで言った。
「ああ、そうですわね。余りにも先生がお可哀想でつい泣いてしまいましたけど、まだまだ戦いは始まったばか
りでしたわね。えいっ!」
瀬知恵は両手の平で自分の頬を、
「パチンッ!」
と、叩いて気合を入れ直した。
「戦いってどういうことですか?」
ユウカリは訳が分からないといった感じで聞いた。
「勿論、金森田玄斎との戦いですよ。戦闘を避けたいのは山々ですが、やらなければ私達はほぼ全員殺され
ます。殆ど小さい戦争ですよ。付き人の人達、貴方方が主力なんですよ。聞いてませんでしたか?」
薫ほどではないが、やはり小柄な男性研究員が言った。
「ええっ! 私達が戦闘の主力? な、何も聞いていませんが、ど、どういう事なんでしょうか?」
栄太郎が慌てて聞き返した。
「そうですか、ソード先生は余程言い難かったのでしょう。多分飛行機の中でお話しする積りだったんじゃない
のかな。
じゃあ、代わりに私が言いましょう。今回の作戦の最大のポイントは金森田を倒す事です。それはお分かり
ですよね?」
青年研究員はそう言ったが、
「し、失礼ですが、お名前の方をお教え願えませんか?」
和寿が丁寧に青年の名を聞いた。
「ああ、申し遅れました。私は蛇光院実篤(じゃこういんさねあつ)と申します。拍子木さんも変っていますが、
私の苗字も随分変っていて、直ぐ覚えて頂けると思いますが、以後宜しく」
実篤はペコリと頭を下げて言った。
「蛇、蛇光院ですか、確かに変っていますね。それに実篤という名前もなかなかに古風な名前で、趣があると
いうか……」
宗徳は少し言葉を濁した。
「はははは、古臭い名前だとお思いでしょう。良いのですよ、そう思って。本人もそう思っている位ですから。そ
れでさっきのお話なのですが、最新の情報によれば金森田はベガシティのある場所に立て篭もっているよう
です。
情報は刻一刻入って来ています。向こうに着いたら皆さんには戦闘訓練を数日間受けて貰います。そのあ
と実戦です。
金森田はどうやら、これは私達の責任でもあるのですが、ソード先生の造反を見抜いたようです。金森田の
犯罪はある程度まで日本国政府要人も知るところとなりました……」
実篤の言葉は一部入れ替わった付き人達を驚かせた。
「えええっ、日本国政府要人もですか? だったら日本の警察が動けば良いのでは?」
栄太郎が不思議に思って聞いた。
「ところがそうは行きません。何故ならSH教団事件は既に決着しているからです。事件の首謀者数人は既に
処刑されています。決着した事件、しかも既に犯人が処刑された事件を蒸し返す事は出来ません。
事が明るみに出たら、超特大のスキャンダルになります。日本の司法制度が根底から覆る位のいわば大パ
ニックになるでしょう。
幾ら金森田を庇った結果だったとしても、無実の人間を、いいえ、多少の罪はあるにせよ、死刑にするほど
の罪ではない者を三人も処刑してしまっているのですから」
実篤はやるせない顔で言った。
「そういうことだから、今回の行動は、あくまでもSH教団の内紛という形になるのですよ。日本国政府は密か
にアメリカ政府にも協力を依頼しています。
それで、今回の我々の行動は日米両国政府の了承の下に行われます。但し協力するのは、あくまでも後
方支援的なこと、我々の行動を容認する、それだけです」
久し振りに唯心が話しに加わった。
「ええっ! それってなんかずるくないですか? 自分達は手を汚さずに傍観しているだけって言うのは!」
かなり憤慨して吉野が言った。
「お偉いさんなんて、大抵その様なものですよ。もっとも、あたし等も色々やっているから偉そうな事は言えな
いんですけどね。
ですけど、念を押しておくと、サイボーグの件は絶対に秘密ですからね。ソード・月岡先生は何処までも人間
なのですからね。それだけは口が裂けても言っちゃいけない」
拍子木薫は珍しく真顔で言った。
「ふふふっ、どうしたの拍子木さん、やけにマジに言うじゃない?」
瀬知恵は笑いながら言った。
「大事な事ですからね。うっかり口を滑らせたら大変だと思って言ったんですよ。何事もソード先生の為です。
あああ、もう空港に着きましたよ。先生、ソード先生、起きて下さい! 着きましたよ!」
バスが空港に近づいた途端、薫は大声でソードを起したのだった。
「ふう、もう着きましたか。さてそれでは、あれ、まだ走っていますよ?」
ソードはもう到着したと思ったのだが、実際には空港までまだ数分あった。
「拍子木さん、早過ぎるんですよ。別に列車の乗換えじゃないんですから。本当に着く寸前で良かったんです
よ。もう、せっかちなんだから」
瀬知恵は呆れながら言った。
「はははは、まあ、良いでしょう。飛行機に乗ってからも眠れますからね。ふぁーあっ!」
ソードは欠伸(あくび)一つすると、少し感慨に浸っていた。
『ひょっとすると二度と生きて日本に戻って来れないかも知れない……』
そんな風に感じると、自分の生き様が次々に頭の中に思い浮かんでは消えて行った。間も無くバスは本当
に空港のターミナルの前に到着した。
ぞろぞろと降りたのはおよそ三十名。ターミナルの中に入るまでは少し歩くことになるが全員の吐く息は白
い。いや、唯一人ソードの息は無色だった。数人の研究員達は吐く息の色にまで気が回らなかった事に気が
付いて少し慌てていた。
「ソード先生の息が無色なのは拙いですよ」
「はい、しかし今は間に合いません。近々何とか致しましょう」
そんな会話がこそこそと研究員の間で交わされていた。
「しかし寒いですね。今年は雪が少ないけど、寒さはさすが北国ですね」
相変わらず薫はぺらぺらと良く喋る。何か彼の所だけ明るい雰囲気が漂っている様だった。
「そうねえ、あんたは九州出身だったわね。宮崎だったかしら?」
瀬知恵が明るさの輪を広げる。
「とんでもない、私はこう見えてもハワイ出身なんですからね。それから宮崎に暫くいて、それから東京、そし
てここに来たって訳です。段々寒い所に行って、最後はシベリア辺りかな?」
「はははは、北極じゃないの? それとも南極かしら?」
瀬知恵は調子を合わせた。戦地に赴く兵士を送って行く様な重苦しい雰囲気を少しでも軽くしようと、敢えて
明るいジョークを飛ばしている様である。一行は間も無くターミナルに入った。
まだ営業時間前だったので、中は小さな明りしか無く薄暗かった。大型のライトを携えて一行を出迎えたの
は空港関係者ではなく、その種の業務に精通しているSH教の信者達だった。
全てをSH教の信者が行う事になっていたのである。万一事が露見しても全てSH教団が勝手にやった事に
する積りの様である。
「ソード先生、お待ちしておりました。こちらです」
やや年配の男が出迎えた連中のリーダーらしく、一行を案内した。ターミナルの窓から見えたのは、巨大な
旅客機、ジャンボジェット機だった。
「ええっ! ジャンボで行くんですか? 三十人位ですよね。なんか勿体無いですね」
驚きの声を上げたのは栄太郎だった。他の付き人達も相当に驚いている。小型機かせいぜい中型機を想
像していたのだ。
「はははは、中に入れば何故なのか直ぐに分かりますよ。それに、中で待っている人達もいる筈ですよ。総勢
五十人位になるんじゃないかな」
ソードは明るく笑って言った。一行は旅客機の中に入って行った。中は流石(さすが)に明るい。ソード達を
出迎えた俄か空港関係者達はそこで別れを告げて帰って行った。
これから離陸作業の管制官等に早替りするのである。実際その直後から空港には全面的に明かりが灯さ
れ本来の機能が発揮される事となった。
彼等の作業は特別訓練という事になっていたのである。全ての空港関係者にその様に通知されていた。
ソード達を乗せたジャンボジェット機の離陸が完了した後で、通常の業務が始まる手筈だった。
「機長の岩崎です。ソード先生宜しく」
機長を始めとして、ジャンボジェット機の乗員全員がぞろぞろとやって来てソードと握手し、それからおのお
のの持ち場に戻って行った。ソードの影響力が如何に大きいかを物語っている。
「シートベルトを着用して下さい」
間も無くアナウンスがあり、数人の女性の客室乗務員が、笑顔で一人一人のシートベルトの着用状態を確
認して行く。勿論彼女達もSH教団の信徒である。
その他に飛行機のパイロット達も全てSH教団の信徒ばかりだった。それだけの人員をSH教団だけで賄え
るほど既にSH教団は巨大化していたのだった。
午前四時丁度にジャンボ旅客機は北岩空港を飛び立った。暫くしてシートベルト着用のサインが消えると、
ソードは付き人達に簡単な説明を始めた。
「後ろの方が仕切られて見えないでしょう? あそこに私の言わば人体改造の手術室があるのですよ。かなり
のスペースですがあの位のスペースがどうしても必要なので、ジャンボジェット機にせざるを得なかったのです。
ああ、それで、サイボーグの件は、乗務員の人達には秘密なので、内緒にして下さい。彼等には私が特殊
な病気だから、高度の治療を受けたり、手術をしたりする為の部屋だと言ってありますから。
これから手術に八時間ほど掛ります。その間に食事をしたり眠っておられれば宜しいでしょう。向こうに着い
てからの事はその後でお話致しますから。じゃあ、失礼しますよ」
ソードは明るい感じで、旅客機の後ろの方に急遽作られたらしい手術室に入って行った。