夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 ソード一行が飛行機でマッサーズシティに向かっていた頃、SH教北本部教会では珍しく、ソード自らによる
説法が行われる事になった。
 皆の前に現れた男は、正にソードに瓜二つだった。いや、本当は彼の顔がソードの顔のモデルになってい
たのである。
 彼は地下研究員の一人だったが、精悍なマスクで、ソードが彼の顔に似た顔を希望したのだった。体形は
幾分痩せぎすだったが服装で誤魔化した。
 厚手の下着を二枚着てふっくらさせたのである。冬とは言え暑くて大変ではあるが、暑さには頗る強い男だっ
たので難なく凌(しの)げている。

 ただ、事が発覚する事を恐れて、彼、十文字豹介(じゅうもんじひょうすけ)は普段は髭を生やし、髪は茶髪
に染め上げ、髪型も今風な癖のあるものにして、更にサングラスを掛けていた。
 身長はソードより一センチ高いだけだったが、敢えて身長を十センチ高く見せる靴を履いて、違いを強調し
ていたので、事情を知るごく少数の者以外はそっくりな男だとは誰も気が付いていなかったのである。

 しかしその事情は金森田も知っているので、うまく騙せるかどうかは微妙な所だが、多少なりとも引っ掛って
くれれば良い、と考えた苦肉の策でもある。
『使える手は何でも使いましょう』
 研究員達とソードとの話し合いで決ったカムフラージュ作戦の一つだった。

 豹介はここ数週間、病気療養中ということにして、実際にはソードにそっくりな仕草や話し方等の特訓を積ん
でいたのである。今日の説法の原稿をすっかり暗記し、ソードらしい喋り方で、皆に訴えかける事にしていた。
 しかも今日の説法は他でもない、金森田からの決別を宣言するものだったのだ。勿論彼自身熱烈なソード
ファンでもあったのである。

 正午から三十分の予定で「緊急説法会」と銘打って、大講堂で三千人の信徒の前で話をするのである。何
時もと明らかに様子が違うのは、そこここに屈強の男達が立っていて、如何にも警戒が厳重であった事だっ
た。
 金森田派は少なくなったとは言え、一般の信者の中では二割位はいる筈だった。説法の最中に金森田派
が騒ぎ出す事も予想され、それを押さえ込む為の人員の配置でもあった。

「さて、年末のお忙しい中、緊急説法会に参加して頂いて有難う御座います。今日は重大な発表をしたいと考
えておりますので、宜しくお願い致します」
 立って話をしていたソードに扮した十文字豹介は、イスに座ってじっと耳を傾ける聴衆を、ゆっくりと見回した。
大きく息を吸い、気持ちを落ち着けてから次の言葉を続ける。

「私は、私は金森田代表と決別する事に致しました!」
「ええーーーっ!!」
 驚きの声は明らかに金森田派であろう。ソード派は金森田と何時かは袂(たもと)を分かつであろうと、想像
していたのでそれほどには驚かなかった。

 金森田のベガシティにおけるふしだらな行動を、噂としてソード派は数日前から流し続けていたのである。
ネットを使っての噂作戦は功を奏していたのだった。
 勿論噂は噂に過ぎないので、信じる者もあれば信じない者もあったのだが、それで十分だった。ソードに傾
倒する者は、その上に君臨する金森田を邪魔な存在に感じていたのである。

『圧倒的な力、世界新記録を次々に出される、神のごときソード先生に比べると、金森田代表は唯のお人。真
の代表はソード・月岡先生であるべきだ!』
 そう思う者が少なくなかったのである。

「ひょっとすれば、皆様も聞いているかも知れませんが、金森田代表はアメリカのベガシティで宗教者とも思え
ない淫らな生活をしています。
 その様な噂を聞き、嘘であって欲しいと思いながら、私はここ数日、SH教マッサーズシティ支部の者に調査
を命じました。
 その結果、まことに残念ながら、それが事実である事が判明致しました。本当に、本当に残念至極です。こ
の上は彼を除名処分にしようと考えて、この緊急説法会を開催したのです」
「嘘だーーーーっ!!」
「でたらめだーーーっ!!」
 案の定、金森田派が大騒ぎで反対の意思表示をした。

「何を言う、金森田を追放しろ!!」
「そうだ、追放だ!!」
 ソード派が金森田派に激しく詰め寄る。一触即発の睨み合いが続く。

「争いは止めなさい! 私の趣旨に反対の者はこの場を立ち去りなさい。真実を自らの目で見、耳で聞きなさ
い。さあ、道を開けてその者達を通してやりなさい!」
 豹介は原稿には無かった事をアドリブで言った。相当に緊張したが、彼をソードではないと疑った者は一人
も居なかったようである。

「出て行け!」
「言われなくても出て行くわ!」
 かなり罵り合いながらも、金森田派のおよそ六百名は、暴力行為には至らずにその場を立ち去ったのだった。

 その後の決議では満場一致で金森田玄斎の追放処分が決った。ただこれは仮処分であって、正式には成人のSH教信徒による選挙によって決定される。
 代表追放は最重要課題なので投票数の八十パーセント以上の賛成が必要であった。これはソード派にとっ
てもかなり厳しい数値である。何にせよ選挙は年の明けた一月下旬に実施される事が決ったのだった。
 ソード役を演じた十文字豹介の名演技で、彼は確かにその日の午後まではSH教北本部教会に居たと、殆
どの者が信じたのだった。

 豹介はその後は精力的に選挙に向けて活動を開始し、日本国中を動き回る事になっている。海外の支部
回りもする事になるのだが、それは年が明けてからの事になるという計画案が発表されたのだった。
『ソード・月岡は少なくとも年内は日本にいる筈だ。その間に何とかしよう!』
 金森田玄斎はそう思うだろう、というのがソードと研究者達の思惑だったが、実際に彼がそう考えたかどう
かは無論定かではない。
 聞こえて来るのは、ベガシティに籠りながらも、金森田とその側近は相変わらず女遊びに夢中になっている
という情報ばかりだった。

 北岩空港を飛び立って、もう八時間を越えたが、ソードの肉体改造手術はまだ続いている。その様子を覗い
て見たい衝動にも駆られるが、
『また吐き気をもよおしては拙い』
 ソードの付き人達はそう思って、結局誰も見に行けなかった。

『情けないけど、これだけは苦手だわ。まさかこの私が気絶しちゃうなんてね。ううう、駄目、思い出しただけで、
震えが来ちゃう!』
 吉野は怖くて手術室の側にさえ寄れなかった。研究員達の殆どは手術室に入った切り誰も出て来なかった。
難しい手術をしているらしいと想像が付いた。

 飛行機の中では現地時間に修正してある。十四時間遅れで時計が進んでいるようで、現地時間で今は午
前一時過ぎ。手術は九時間を経過している。
「バタンッ!」
 手術室のドアが漸く開いて、研究員達が幾分疲れた様子でドヤドヤと出て来た。少し遅れて、ソードが現れた。
「ソード先生、大丈夫ですか?」
 和寿が真っ先に声を掛けた。

「はははは、別に病気の手術とかじゃありませんからね。まあ、似たようなものかも知れませんけどね。兎に
角元気一杯ですよ。中で十分に眠りましたし。それより皆さんは眠られましたか?」
 ソードは付き人達の心配をした。

「はい、十分に眠りましたし、食事も美味しく頂きました。……あのう、何かお話があるのじゃありませんか?」
 やや厳しい表情で宗徳が言った。
「おいおい、手術して間もないんだぞ、少しは遠慮しろよ」
 栄太郎が顔をしかめて言った。

「いや、良いのですよ。大切な事を後回しにした私が悪いのですから。……ふうっ!」
 ソードは一つ大きく深呼吸をした。勿論実際に呼吸をしている訳ではないのだが、一つの区切りとしてやっ
たのである。
 それから研究員達に見張りをさせて、客室乗務員が不用意に側に寄って来ない様にしてから、おもむろに
話し始めた。

「まことに言い難いのですが、死ぬ覚悟をして貰います。絶対死ぬと決った訳ではありません。しかし覚悟を決
めて掛らないと全滅するでしょう。
 私達が狙うのは金森田一人なのですが、その側近がいます。更に、あの男には卑劣な事を平気でやるとい
う特技がありますから、女子供を盾に使うかも知れません。
 いや、必ず使うでしょう。彼が立て籠もっているのは、裏娼妓X号館という、特に如何わしい場所と聞いていま
す。そこでは女ばかりではなく子供が体を売っています」
 ソードは眉をひそめて言った。

「ええっ、子供が!!」
 思わずユウカリが叫んだ。
「はい。その子供達を盾に使うのでしょう。多分その積りがあって、その場所を選んだのだと思います。そして、
恐らくは、その後は常に子供と一緒に行動すると考えられます。
 これでは手も足も出ませんが、だからと言ってそのままにしていたら彼の思う壺です。彼の野望は果てしな
い。どれほどの事をするのか考えただけで吐き気がしてきます。ですから私は彼を倒しますが、彼とその側近
は子供達の陰に隠れて銃を撃って来るでしょう。
 最悪の場合には子供も一緒に彼等を射殺する覚悟をして貰いたいのです。ふふふふ、無理強いはしません。
手術中にあれこれ考えました。
 そんな事をしたら全世界から嵐の様な非難を受けるでしょう。だから、ふうっ! 無理にとは言いません。本
当は皆さんにそうして貰いたいと思ってここまで来て貰ったのですが、残酷過ぎますね。
 ……非難を受けるのは私一人で十分です。今のは聞かなかった事にして下さい。はははは、これがヒーロー
ものの映画だったら、子供はちゃんと助かって、悪党だけが死ぬのでしょうが、現実はそうは行かないのです
よね。だから悪はしぶとく強いのです。ただ……」
 ソードは言い掛けて、少し躊躇した。秘策を言うべきかどうかちょっと迷ったのである。言ってしまえば、結局
秘密を知った事になり、行動を共にしない者は裏切り者とみなさざるを得なくなるのだ。

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