夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「あのう、ただ何でしょうか。何でも仰って下さい。ソード様」
ユウカリは初めて様を付けて言った。ソードの苦悩がおぼろげながら分かった気がした。
『本当の意味の犠牲者になるお積りなのだ。敢えて憎まれ役を買って出る事が最大の自己犠牲となる。勇敢
に戦って死ぬのなら、後世に褒め称えられる事もあるでしょう。
でも幼い子供を道連れに殺したとなると、石を投げられ、さげすまれる事になる。後世に名を残すどころか、
末代までの恥になるわ。それを承知でやるというの? ……私は敬服するわ。前々から自分の命を捧げる積
りだったけど、悔いは無いわ!』
ユウカリの気持は他の付き人にも分かったようである。多少の違いはあったが皆ほぼ似た様な感覚を持った。
「私達がマッサーズシティに向かっている事は、極秘です。そればかりではありません。皆さんまで騙していた
様で恐縮なのですが、私にそっくりな男がSH教の北本部教会で金森田追放ののろしを上げている筈です」
「えええっ、それは初耳です。私達は信用されていなかったのですか?」
和寿はがっかりして言った。
「申し訳ないが、実際に裏切り者が出ました。アザミさんとメグミさんを裏切り者というのは心苦しいのですが、
仕方がありません。
万全を期す為には例え味方であっても騙す。これが金森田を倒す為の最低限の戦略です。何度も言うよう
ですが、金森田は並の男ではありません。
超一流の戦略家です。ですから、今後もその様な事があるかも知れない。それが嫌だったら、ここでリタイ
ヤしても良いですよ。
勿論その途端に裏切り者のレッテルを張る事になる。そこまでしなければならない相手である事を考えて貰
いたいのです。もう一度確認致しましょう。私と一緒に来ますか。それとも止めますか?」
ソードのそれが最後通告だった。
「私は、……残念ですが、もう付いて行けません。女子供を平気で殺せと言われても無理です。リタイヤさせて
貰います」
悔しそうにしながらも、毅然とした態度で大山田宗徳はリタイヤを宣言した。
「私はソード先生の一番弟子を自認していました。しかし先生はその私をも謀(たばか)られた。せめて、せめ
てもう少し信用して欲しかったです。私もリタイヤいたします」
若川原和寿がここに来てリタイヤの宣言をした。苦しげな表情は、自分が研究員達の下に見られていた事
の悔しさからなのだろう。
「私にはソード先生の苦しい胸の内がよく分かる。正直に言えば親戚に犯罪者というか前科者がいる。それが
どれだけ辛い事か、誰にでも想像がつくと思う。実際相当の差別を受けた。
それなのに敢えて罪人になろうというソード先生の心中は察するに余りある。だからこそ心の奥底から私は
信頼する事が今になって本当に出来たと思う。
先生、いや、ソード様。私を好きな様に使って下さい。例え虫けらのように殺されても恨みはしません。こう
なったら地獄の底までも付いて行きますよ!」
助乃川栄太郎は力強く宣言した。
「えへへへへ、あたしは、前にも言ったけど、何処にも行きようが無いからさ、先生について行くよ。たださあ、
一つだけお願いがあるんだけどな」
菱目川吉野は少し体をくねらせて言った。
「お願い? 何かな?」
「その、い、一度で良いからさ、ぎゅって、抱き締めて欲しいんだよね。それだけで、栄太郎さんじゃないけど、
地獄の果てまでも付いて行ける気がするよ。だ、駄目かな?」
「はははは、まあ、仕方が無いな。だけど、キスとかは出来ないぞ。人の口にそっくりに作ってあるけど、舌が
思うように動かせないし、本当に抱き締めるだけで良いのかな?」
ソードは吉野がキス位はしてくると思って念を入れて断っておいた。
「ああ、別に構わないさ。ユウカリ、あんたもそうして欲しいんじゃないのか? 多分これが最初で最後になると
思うからして貰った方が良いよ」
吉野はユウカリの心情を思いやった。
「あ、あたしはそのう、そ、それじゃあ、お願いします」
ユウカリは吉野の助言を素直に聞き入れた。
「それでは決まりですね。裏切り者には手錠を掛けさせて貰いますよ。唯心、和寿と宗徳にハイテク手錠を掛
けなさい」
「はい!」
唯心は双眼鏡を連想させるボックスタイプの手錠を二人に掛けた。二人は無論抵抗しなかった。ここで抵抗
したのでは、如何にも自分達が犯罪者であるかの様に思えたからだった。
「それでは一人に付き三人付いて、見張りをしなさい。事が終るまではこの飛行機から絶対に降ろさない様に。
万が一暴れでもして、逃亡しようとした場合には、……射殺しなさい」
ソードの非情な命令が下された。
「ええっ、射、射殺! ……な、何でもありません」
栄太郎は驚いて叫んだが、ソードに絶対服従を誓った今は異議を唱える事は出来ないのである。
「今に分かりますよ。私がこれほどまでに厳しい態度を取る意味がね。ああ、一応その風変わりなハイテク手
錠について言っておきましょう。
それはリモコン操作出来る手錠です。その他に自動防御機能も付いていて、無理に外そうとすると、締め付
けが急激に厳しくなります。
最大一トン以上の力で締め付けますから、最悪の場合腕の骨が砕けます。普通の手錠の場合、一流のマ
ジッシャンなら造作も無く外せますが、これは無理です。プロレスラーの様に力の強いものもこれだけは外せ
ません。
石の様に硬いものに思いっきり打ち付けても、三トン以上のパワーで無ければ壊れません。しかも仮に三ト
ン以上のパワーで壊しても、今度は腕も一緒に壊れます。そういう仕組みになっています。
これを外す方法はリモコンで操作するしかありません。つまり人間には絶対外せないという事です。お分かり
になったら、大人しく座っていて下さい」
ソードは一通り言うと、約束の実行に入った。
「じゃあ、こっちへ来て下さい」
和寿と宗徳から離れた場所で、最初に吉野を抱き締めた。
「あああーーーーっ!!」
至福の声を吉野は上げた。かなり性的な感情も入り混じっていた様であったが、本当のところは本人しか知
らない。
「じゃあ、ユウカリさん」
「ああああんっ!!」
ユウカリも歓びの声を上げたが、吉野以上に色っぽかった。ユウカリはソードより大分背が高く、見た感じは
珍妙であったが、本人は大満足のようである。
「感じているんじゃないの!」
嫉妬混じりの声が特に女性研究員から発せられたが、それ以上の事が無かったので、騒ぎにはならなかっ
た。
一つの儀式が終ると、ソードと最後まで残った付き人達、栄太郎、ユウカリ、吉野の三人とは最後の打ち合
わせの為に、やはり数人の研究員を見張りに立てて、ジャンボジェット機の片隅でヒソヒソと話し始めた。
「先ほどの続きをお話致しましょう。彼等は、金森田とその側近達はベガシティの繁華街の西の外れの辺りに
ある、日系人の経営する『裏娼妓X号館』という、主に日本人向けの売春宿を借り切って、連日連夜淫らな行
為に耽(ふけ)っているという情報があります。
特に問題なのは少女が五人いるということです。十二、三才の少女だそうです。何とか彼女達だけでも助け
出したいのですが、今のところ考えられる方法は一つしかありません。
吉野さん、ユウカリさん、あなた方に、言い難いのですが、売春婦として中に潜入して欲しいのです。そこで
は常時女性従業員を募集しているそうです。
お二人は面が割れていませんから、簡単に入れそうです。但し面接があります。……これも超言い難いの
ですが、面接と言っても、囮(おとり)捜査を防ぐ為に、体の面接になります。まあ、簡単に言うと複数の男性
とエッチする面接です。かなり激しくやるらしいですよ。
妊娠の覚悟も必要です。避妊具なんか使いませんからね。しいて言えば、妊娠させる事で囮捜査を防ぐと
いう訳です」
ソードは辛そうに言った。
「に、妊娠させられるの! ……あああ、だから死ぬ覚悟が必要だと言ったのね」
ユウカリはソードの心情をすっかり理解した。
「す、凄い事やるわね。へへへへ、お、面白いじゃないの。やってやるわ。そっか、そんなハードな事だと、へ
なちょこ女性研究員には務まらないわね!」
吉野は何かと視線をぶつけて来る、数人の女性研究員を目の敵にし始めていたのだった。
「ま、まあ、その分、身元確認とかはしないから、偽名で良いと思う。サリーとかチェリーとかそんな名前で良
いと思いますけど、詳しい事は向こうに着いてから、詰める事にします。
兎に角お二人には、一人でも二人でも特に少女を中心に助け出して貰いたい。手順はまた後ほど。それか
ら栄太郎さん、あなたには射撃の練習をして貰います。勿論実弾のです。日にちがありませんから、向こうに
着いたら、専門家の指導の下で早速やって貰います」
「射撃ですか? 全然やった事が無いのですが、他に適任の方がいるんじゃないんですか?」
栄太郎は自信が無かった。
「はい、ですからそれは前にも言いましたが、今回の事には、日米両政府は黙認はするけど、協力はしない
方針なのです。いざとなった時の責任逃れの為なのでしょう。勿論警察当局も同様に多少の便宜は図っても、
それ以上の事は一切してくれません。
事が事ですから迂闊に人には頼めません。栄太郎さんには私と一緒にX号館へ突入して貰いたいのです。
その時、私は真っ直ぐ金森田の始末に向かいますから、それ以外の連中は栄太郎さんにお任せしたい。
正直言って、死ぬ確率はかなり高いです。あれですよ、当然防弾チョッキも身に着けて行きますけど、それ
でも危険です。命の保障は出来ませんが宜しいですか?」
ソードは辛そうに、それから悲しそうに言ったのだった。