夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
119
車の中では、特に栄太郎がそわそわしていた。ソードに何かあったらと思うと、どうにも落ち着かない。しか
しソードの命令は絶対である。車から降りて来いと言われない限り、降りて行く訳には行かないのだ。
「オレガ、アイテヲシテヤロウ」
聞き取り難い日本語で現れたのは、二メートルを超える巨漢だった。背が大きいばかりではない。ガッシリ
した岩山を連想させる様な硬く引き締まった筋肉を持つ男だった。
「こちらはポール・山下(やました)。私と同じ日系人だが格闘技一家に生まれ育った人で、フリースタイル格
闘技、スーパーヘビー級のチャンピオンだ。
最近ここに来たばかりだけど、彼は軍人でもあるが、格闘技の指導者でもある。体格が違い過ぎるから、
無理に対戦しなくてもいいぞ。ああ、ちなみに私は、ネルソン・平良(たいら)と申します」
ネルソン・平良は親切心で言っている様に思えた。
「はははは、大丈夫です。ただもし心配でしたら、少し力を入れて私の腹部を叩いてみれば良い。直ぐに分か
りますよ」
ソードは腹部を叩かれる事が、かつての小姫を思い出して、良い気分ではないのだが、あの時以来のトラウ
マを克服する為にも敢えてそう言ったのである。
「へへへへ、コウカイスルナヨ」
ポールにも日本語が分かるので、ネルソンが通訳する前に、
「バシィッ!!」
かなりの力を込めて、これまでよりもずっとスポーティになった特製のローブの上から、拳で突き上げる様に
腹部を殴ったのだった。並みの者だったら、いやかなりの強者であっても、普通はそれでもう起き上がれない
筈だった。
「はははは、どうしましたか? もう少し力を入れて貰わないと張り合いがありませんよ」
ソードの体は少し浮き上がったのだが、顔は満面の笑みを湛(たた)えている。全くノーダメージであったと
思われた。
「えええっ! あれで何とも無いのか!」
ソードには英語だったので理解出来なかったが、そんな趣旨の驚きの声があちこちから上がった。数十人
の軍人達はざわつき始めた。
「チ、チクショウ。コレナラドウダ!」
プライドを傷つけられたと感じたのだろう、ポールは怒りに任せて、拳で顔面を殴りに行った。
『殴らせても良いかな?』
と、一瞬ソードは思ったが、それで平然としていたのでは余りにも不自然で、
『変に勘ぐられるかも知れない』
そう感じて、軽くかわすと同時に、腹部に膝蹴りを入れておいた。カウンターになったので、恐らく三トン以上
のパワーがあったのだろう。鍛えに鍛え抜かれたポールの腹筋でも持ち堪えられなかった。
「うぐぐぐぐっ……」
ソードは自分の方に倒れ込んで来る、ポールを間一髪でかわして、少し離れた位置に立った。ポールは膝
を着いて苦痛に耐えて居たが、それ以上どうする事も出来なかった。口から少し胃液の様な物を吐き出して
いる。
「おおおお、凄い!! 正に神業だ!!」
その様な趣旨の言葉を何人も発している。
「さ、さ、流石ですね。恐れ入りました。実は貴方がソード・月岡氏である事は重々知っていたのですが、ポー
ルがどうしても貴方と対戦したいと言って聞かなかったものですから。
まあ私共も野次馬根性で、貴方とポールとどっちが強いのか見てみたいと思った次第でして。はははは、
め、面目御座いません。ど、どうぞお通り下さい。
勿論、ソード先生がここを通られる事が極秘事項である事は、皆良く知っておりますので。本当に申し訳御
座いませんでした」
ネルソンは丁寧に謝罪した。
「はい、それでは通らせて貰います。ああ、あの、早く手当てをされた方が良いですよ。多少手加減した積り
ですが、ひょっとすると内臓に悪影響があるかも知れません」
「えっ、あれで手加減されたのですか? ……あ、はい、分かりました」
ネルソンは青くなって、自分の部下らしい軍人達に指示を出した。タンカを要請した様である。
「それじゃあ、失礼します」
ソードは一礼して車に乗り込んだ。
「せ、先生。あのう、申し訳御座いませんでした」
車が走り出すと直ぐソードの隣の席の栄太郎が突然謝った。
「はい? 何か謝る必要がありましたか?」
ソードはちょっと面食らった。
「先生のお力を信じる事が出来ずに、私はてっきりやられてしまうのではないかと、心配してしまいました。ま
だまだ先生を信じ切れておりませんでした。
口では信じ切っている事を強調しながら、本当は信じ切れていない。情けない限りです。そういう意味で謝
らせて頂きました。本当に申し訳御座いませんでした」
栄太郎は車の中で深々と頭を下げたのだった。
「ははは、良いのですよ、その位。それよりも、向こうに着いてからが大変ですからね。今の内に眠っておい
た方が良いですよ。
あははは、いや、申し訳ないが、私はひと眠りさせて頂きますよ。さっきはちょっと緊張しましたからね。精
神的に疲れました」
「あんまり疲れた様にも見えなかったけど、お疲れになったのですか?」
吉野にしては珍しく敬語を使った。
「はい。手加減がとても難しかったのです。強過ぎれば死んでしまいますし、弱過ぎれば、向こうが舐めて掛っ
て来る。なるべく早く切り上げたかったので、一発で決めようと思ったので難しかったのですよ」
「強過ぎれば死ぬんですか?」
ユウカリが青くなって言った。
「はい、内臓破裂で即死する恐れがあります。私の蹴りやパンチはそれ程の威力があります。しかし金森田
はさっきのポールよりも手強いと私はみています」
ソードはそう断言した。
「ど、どうしてそんな事がお分かりになるのですか? 金森田代表は、いやその、金森田は格闘家ではありま
せんよ?」
今度は運転中の平島綾香が聞いて来た。
「そうですねえ、あのう、綾香さん、運転の方しっかりとお願いしますよ。これから皆さんにショッキングな事を
お話します。
はははは、付き人の皆さんにはショッキングな事ばかりですけど、仕方がありません。私と金森田の事に関
して実は余り知られていない事があるのです。
それは二人だけの秘密と言うことになっていたので、当然なのですが、もう話しても良いでしょう。私が言えな
かったのには勿論訳があります。
綾香さんにももう私がサイボーグである事はお話してあります。ただ、皆さんは最初から私が立って歩けたと
思っていると思います。しかし実際にはそうではありませんでした」
ソードはサイボーグになりたての、やっと生きていた頃の話をし始めた。
「……というような状態で私の命は風前の灯でした。歩くのもままならない状態でしたので、たまに尋ねて来る
金森田と辛うじて話していた訳です。
余りに哀れに思ったのかどうか、彼とは色々な話をしました。何しろその気になれば私を殺す事は簡単です
から、逆に油断があったのかも知れません」
ソードは感慨深げに思い出し思い出ししながら話を続けた。
「彼は、恐ろしい事実を告白したのです。彼は生まれながらに異常に力が強く、小学校低学年にして、中学生
の暴れ者と喧嘩して殴り倒したほどでした。
常識的には有り得ませんが、嘘ではないでしょう。そして問題なのは小学校五年生になった頃だったと彼は
話しました。同じSH教、当時はまだスーハー教と呼んでいましたが、同じクラスに居たスーハー教の両親を持
つ女の子をレイプしたのです」
ソードは少し辛そうに言った。金森田が気の毒なのでは勿論ない。相手の女の子が気の毒だったのである。
「ええっ! そ、それで!」
栄太郎が緊張した面持ちで聞いた。
「女の子は妊娠して、……自殺しました」
「えええっ! 何て酷い、むごい事を!」
ユウカリは怒りに震えた。
「そ、それで処分とかはどうなったの?」
吉野は怒りを抑えて言った。
「小学生を処分する法律はありませんし、SH教の大幹部の息子でしたから、見舞金、十万円で終ったそうで
す。本人には如何なる処分もありませんでした。子供同士の少し行き過ぎた遊びという事で一件落着だった
そうです」
ソードは悔しそうに言った。
「そんな馬鹿な! 死んだ女の子が可哀想過ぎるよ!」
吉野は思いっ切り叫んだ。
「ちょちょっと、大声で叫ばないでよ! 運転ミスるわよ!!」
綾香がややヒステリックに叫んだ。車がちょっとぐらついたので冷っとさせられた。
「も、申し訳ない。続きは着いてから話す事にしましょう。まだ一時間以上掛るから、私は眠りますから。はは
はは、先に寝ておけば良かったですね」
ソードはうっかり話して失敗したと思った。反省して、直ぐに眠ってしまった。
「それにしても、金森田という男は、子供の頃からの悪だったんだな。そんな者を代表だなんて……」
栄太郎はソードの話の続きがどんなに酷いか想像が付くだけに、泣き出したい気分だった。
「ううううっ、酷い、酷過ぎる。ソード様が金森田だけは生かしておけない、命を掛けてでも彼の首だけは取ると
言った意味が本当に今分かった気がする。金森田は悪そのもの、悪魔の様な男だわ。ゆ、許せない!!」
ユウカリは吉野ほどには声を出さなかったが、相当に激高して叫んだ。その後、車の中はかなりの間沈黙が
続いた。余りに酷い話は人を寡黙にさせてしまうようである。