夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「そろそろソード先生を起してくれないかしら。行き先はベガシティ付近と聞いているんだけど、何処なのか詳
しい事は知らないのよ」
「ええっ、運転手の貴方が知らないの!」
ユウカリはやや呆れ気味に言った。
「ソード様、ソード様、そろそろ着きますが、詳しい場所を教えて欲しいと言っておりますが」
栄太郎は遠慮気味に聞いた。
「ふぁーあ、ああ、そうですね、行き先は、ホテル・ピンクオレンジ。まあ、ホテルと名前が付いているけど、事
実上のカジノみたいな所で、売春宿でもある。通りに面しているし、結構大きいから直ぐ分かるよ。そこの地
下駐車場の9999番に止めてくれないか」
ソードは何の気無しに言ったが、全員が眠気を吹飛ばすほど驚いた。
「ば、ば、売春宿なんですか?」
栄太郎がうろたえながら言った。
「はははは、別に、エッチしに行く訳じゃありませんよ。一種の目眩ましですよ。皆さんが驚いたという事が、
つまり誰も予想していないという事になる訳です。
9999番の駐車スペースは、一種の予約席になっていて、梶旗仁志(かじはたひとし)という名前で予約して
ある。そこに着くと、係員がやって来るから、名前を言って三百ドル渡してくれないか。お金はあるよね、平島
さん?」
ソードは落ち着き払っていた。
「ああ、お金を、キャッシュで最低一万ドルは用意しろと言ったのは、その為だったんですか。梶旗仁志といっ
て、三百ドル渡すんですね。了解しました」
綾香は納得したのか安心して言った。
「あああーーーっ、夜が明けて来たわよ。もう午前七時になるところなのに、やっと夜明けなのね。でも何かと
ても綺麗だわ。砂漠地帯の日の出って、ロマンチックね……」
これから先の大変な任務の事も忘れて、ユウカリはうっとりと外の景色を眺めていた。しかしその景色も間
も無く、周囲のビル群にかき消されてしまった。砂漠地帯が終り、ベガシティ市内に入ったのである。
車の数もグンと増え、殆ど無かった信号が、そこいら辺りからずっと向こうまで並んでいた。
「ああ、あの少し先の一際大きなビルがそれだから。五十階建てで、確か十階位まではカジノとかの遊技場
で、その上がホテルになっている。
地下はかなり深くて、膨大な駐車スペースがあるんだけど、更に下の階があって、そこが実弾発射の有料
の訓練所になっている。
栄太郎君には一休みしたら、早速そこに行って貰って、四、五日で一応の腕前になって貰いたい。それか
ら、ユウカリ君と吉野君には本当に言い難いんだけど、三日間でいっぱしの娼婦になって貰いたいんだ。
その為にここを選んだんだ。先生に指導を受けて、実際に客を取って貰う。辛いだろうけど、頑張って貰い
たい。私はその間ここで平島さんと遊びながら情報収集に当る。
私は英語が駄目だから、平島さんには通訳をお願いする積りだ。それで皆さんの方には、日系の日本語の
分かる人をコーチにお願いしてあるから大丈夫だと思う。おおっと、平島さん次の信号を右に曲がって少し行
くとまた右側に地下駐車場の入り口があるから、そこから入ってくれ」
ソードは急ぎ足で説明した。
「はい、ここを右に、少し行って、地下駐車場に入ります」
綾香はソードの指示通りにした。
「9999番は地下九階になっている筈だ。つまり一番下の駐車場だ。ちょっと言い忘れたけど、ここの駐車場
は地下九階まであって、地下九階は全て、予約制になっている。
9999番は一番奥なので、場所的に分かり易いんだよ。エレベーターにも近いしね。まず全員で、ホテルの
部屋に行きます。後の事は部屋に着いてからお話します」
ソードが言っている間に、一行の乗ったワゴン車は9999番の駐車場に到着した。
「マイネーム イズ カジハタヒトシ」
「オーケー、……」
直ぐやって来た係員と綾香が、名前を言って、お金を渡して、交渉は簡単に成立した。駐車場は年内一杯
は、貸切になるようである。
ソード一行五人は、少し歩いて、間も無くエレベーターの前に着いた。エレベーターは沢山あって、様々なグループが待っていた。
エレベーターが早くやって来れば問題は無かったのだが、なかなかやって来なかった。そのうち、ソード達と、
もう一つのグループだけになってしまった。目付きの悪い黒人のグループだった。七、八人は居るだろう。嫌な
印象をソード達は受けたが案の定だった。
「バタ、バタ、バタ、バタ!」
その連中が走って来て、ソード達を取り囲んでしまったのである。全員がナイフを取り出して、
「マネー!!」
とだけ言った。恐らくアメリカ人ではないと思ったので、簡単に言ったのだろう。
「バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、ドンッ!」
ほんの三、四秒の事だった。何が起きたのか、誰にも理解出来なかった。
「ウグウウッ!」
「ウアアアアッ、ググッ!」
ソード一行を取り囲んだ全員が、床に倒れて苦しみ悶えていたのである。
「チンッ!」
その直後にエレベーターがやって来た。
「さあ、乗りましょう」
ソードは呆れるほど驚いている綾香や付き人達を促した。
「全員骨折している筈ですから、当分悪さは出来ないでしょう。特にリーダーらしい男には、大きなダメージを
与えておきましたから、最低でも二、三年は、歩くのがやっとでしょうよ。ひょっとすると一生車椅子かも知れ
ませんが、彼に相応しい人生だと思いますよ。これで悪事は出来ませんからね」
ソードは動き出したエレベーターの中で悠然と語った。
「さっきは一体何があったのですか? 訳が分かりません。ソード様が激しく動いていた事は分かりましたが、
それ以上の事が分からないのです。お、教えて下さい」
栄太郎はソードを神と崇める様な目で見て言った。
「はははは、相手は素人同然の連中です。それに全員ナイフを持っていたので、絶対優位に立っていると
思って油断していたのですよ。反撃は有り得ないとね。
しかしこっちは間髪を入れずに反撃に出た。彼等がそれを理解した時には、もう顎の骨が砕けていたという
訳です。
もしあの時、一瞬でも躊躇ったら危なかった。多分誰かが人質に取られて、とても危険な事になっていたと
思います。
もしそうなった場合には、申し訳ないが私は人質を見殺しにします。今、もし金森田を討ち損じたら、被害の
大きさはとても一人二人の命では済みません。
今後もそういう方針で行きますので、覚悟しておいて下さい。言いたくはありませんが、私達のしようとしてい
る事は、正に戦争です。
平和を主張する自分が率先して戦争をするのですから、情けない限りですが、仕方がありません。あの男は
最初のレイプ事件の後も、何度も何度もレイプをし続けた恐るべき男なのですから。
それらの全てが事件ではなく事故として処理されたと、彼自身が私に話したのですから間違いありません。
彼のレイプした女性の数は、数千人だと本人が言っているのです」
「ええええっ!」
栄太郎は激しい衝撃を受けて、思わず声を漏らした。
「人間じゃねえ!」
呻くように言った吉野は、今度は叫ぶ事さえ出来ない衝撃を受けたのだった。
「信じられない! それでも彼は罰せられなかったの?」
綾香は少し目眩を感じながら言った。
「はい、大人になってからは、SH教の力を悪用したようです。レイプではなく神の導きによるものだと言って、
SH教の信徒だけをターゲットにやり続けました。
しかも警察や弁護士、裁判官まで丸め込んでいたのですから、訴えてもどうにもなりませんでした。それどこ
ろか訴えた者が逆に名誉毀損で罪に問われる始末でした。それでそのうちに誰も彼を訴える者はいなく
なってしまったのです。北の国で彼は事実上の王者でした」
ソードの言葉に皆うな垂れて聞くばかりだった。もはや酷いという言葉すら虚しく感じられる。言うべき言葉が
見つからなかったのである。
「チンッ!」
エレベーターは49階に到着した。そこはお金持ち達が主に利用する、特別フロアとなっていた。一般客は
降りる事が出来ない階である。
「スペシャルカード・プリーズ」
エレベーターを降りたところで検問所になっていて、カードの提示が必要だった。カードはソードが持参して
いて、それを提示すると、一旦差込口に差し込んでから、オーケーのサインが出ると、ドアが開けられて、
通行出来た。
検問所にはごつい身体つきのガードマンが五、六人もいて、厳重に警戒している。全員が銃を持っていたし、
防弾チョッキも着ているらしかった。
ソード達が通り抜けると、再びドアは閉まって、警戒が続く。ガードマンの一人がソード一行が通行した事を、
専用電話で警備本部に連絡していた。同様の事は外に出る時も行われるようである。
少し歩くと目当ての部屋に到着した。部屋の中に幾つも部屋がある特別スイートルームだった。
「凄い警備ですね。でもここに来る前に警備して欲しかったですね。あれで大丈夫なんですかね、他のお客さ
んは」
部屋に入るなり、栄太郎はちょっと不満そうに言った。ソードはそれには答えずに、やや広くなっている応接
間に全員を案内した。部屋の構造などは調べてあるようだった。
「まあ、座りましょう。皆さんでここで一緒に朝食を取られればいいでしょう。キッチンもありますし、冷蔵庫に
は、かなりの食材が揃っていますから、適宜に調理されればいい。
ああ、その前にお風呂に入れば宜しいでしょうね。勿論一人ずつですよ。ここに居られるのは、今日、半日
だけですからね」
ソードはそれぞれの任務につく直前の、寛ぎの時間を大切にしようと考えていたのである。
『ひょっとするとこれが最後になるのかも知れないからな』
そう思うと気分は憂鬱だった。