夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

                               12


 覆面パトカーとでも言うのだろうか、一般車両に見える車に乗せられて、警察署に連れて行かれた。しかし昇
の考えは甘かったようである。取調室らしい所に入れられて、早速尋問が始まったのだ。住所、氏名、年齢、職
業等を聞かれ、
「やったのはお前だな?」
 ベテランらしい刑事にいきなりそう言われたのである。

「えっ、な、何をですか?」
「惚けるんじゃないよ。ネタは挙がっているんだよ。先ず学校にどうやって呼び出したか、それとも連れて行った
か、教えて貰おうか?」
「それはこっちが聞きたいです。昨日お酒を、ワインを二人で一緒に飲んだ後は会っていません。今日初めて
先生が大怪我をした事を知りました」
 昇は何か大きな誤解がありそうだと思って、懸命に言った。

「怪我? ああ、確かに発見された時にはね。しかし搬送先の病院で亡くなったんだよ。殺人なんだよ、お前の
した事は!」
 刑事は語気を荒げた。
「えええっ! な、亡くなったんですか! あああ、……」
 昇はショックで暫く何も言えなかった。

「まさか死ぬとは思わなかった、そういう事だな?」
 刑事はすっかり昇を犯人だと信じ切っているようである。
「有り得ません。殺す理由が無いです。どうして俺が先生を殺すんですか?」

「その理由を俺達も知りたいんだよ。ただ、お前はいわゆるニートなんだってな? 仕事もせずにブラブラしてい
る。色々とむしゃくしゃする事があるんじゃないのか?
 何もかも正直に言ってみろよ。気が楽になるぞ。まあ言わなきゃ言わなくても良い。有力な目撃情報があるん
だよ」
 刑事は自信満々だった。

「有力な目撃情報? 一体誰が何と言っているんですか!」
 昇は頭に血が上った。
『有り得ない! 有り得ない! 有り得ない!』
 繰り返し心の中で叫んだ。

「名前を明かす訳には行かない。しかしその人の情報に寄れば、深夜に取り壊す予定の小学校の玄関の辺り
で、激しく言い争っている二人の人物、君と亡くなった宝本賢三さんを見たと言っているんだよ。
 嘘を付く様な人じゃないし、その必要も無いからね、その人の情報は頗る信憑性が高いと我々は考えている。
そろそろ自供しても良い頃じゃないのか?
 どうやら殺意は無かった様だし、傷害致死で初犯だから、それに二人とも酒に酔っていたとなると、上手くす
れば執行猶予で済む。
 しかし否定し続けると裁判は長く掛るぞ。君はまだ若いんだから幾らでもやり直しがきく。全てを認めてさっさ
と一件落着にしようとは思わないかね……」
 刑事は何処までも昇を犯人にしたいらしい。

「俺はやってない。何度も言うけど、怪我をさせたりする理由が無い。嘘を言っているとすればその目撃者の方
だ!」
 昇は声を荒げて言った。
「じゃあ、どうしても認めないんだな?」
「はい。俺は宝本先生を尊敬していました。ワインまでご馳走になって、お互いに機嫌良く別れたのに、どうして
喧嘩するんですか?
 それに俺は家に帰ってからかなり酔っていたので直ぐ寝てしまいました。朝までぐっすり眠っていました。酔っ
ていたのにどうやって学校まで行くんですか? 俺は車の運転も出来ないし、先生の車も家にありましたよ」

「ちょっと待て、先生の車も家にあった? じゃあ、宝本さんの家に行ったのか?」
「はい、今朝、九時位だったと思います。でも先生は留守だった。そのう、……先客が居ました。桜山林果とい
う女子高生です。二人とも昨日先生の講義を最後まで聞いて、彼の自宅に招かれたんです」
「ほ、ほう、それは面白い。その女子高生もワインを飲んだのか?」
「いいえ、彼女は梅ノ木マンション、直ぐ近くですが、そこに住んでいます。でも、先生は夜道は危険だからと言っ
て、彼女を先に帰したんです」
 昇は林果の名前を出来れば出したくなかったのだが、何としてでも疑いを晴らそうと思ってつい言ってしまった
のだった。

「ふむ、それで?」
「その後、先生が美味しいワインがあるからと、その、送別会代わりだと言って、二人でワイン一本を空けてし
まいました。
 俺も先生もお酒に余り強くなくて相当に酔っていたと思います。自分の家には近くだったから帰れましたけど、
そこから小学校までは、とてもとても歩けたものじゃありません。俺も先生もです!」
 昇は刑事が段々耳を傾けて来ている様なので、事件など起こせる状態ではなかった事を力説した。 

「ふうむ、宝本氏が泥酔していた事はそれで納得だ。それでその、送別会代わりって、何のことだ?」
「先生のお子さん二人が海外に住んでいるんですけど、そのお子さん達に近々会いに行くと言っていました。当
分会えなくなると言っていましたので、かなり長く滞在して来る予定だったらしいです」

「何時出発する予定だったんだ?」
「具体的な事は教えてくれませんでした。昨日出会ったばかりだったので、そこまで踏み込んでは聞けませんで
した」
「ふうん、一応辻褄は合っているし、確かに動機は見当たらない。しかしあのお方が嘘を付くとも思えんのだが、
まあ、人にはそれぞれ事情というものがあるのだろうからねえ、ふふふふふ……」
 刑事は何故かニヤニヤ笑いながら、
「ようし、今日の所は帰って良いぞ。だが勘違いするなよ。まだ疑いがすっかり晴れた訳じゃあないんだから
な!」
 そう言ったが、当初に比べると殆ど厳しさの無い雰囲気に変わっていた。

『ふう、酷い目にあったな。だけど先生が死んだ! ああ、信じられないよ!』
 昇は亡くなった賢三の事も勿論気になったが、
『しかし、彼女の、桜山さんの名前を出したのはやっぱり拙かったかな?』
 と、それもまた酷く気になったのだった。 

 警察署から自宅までは結構な距離があるが、
『運動不足の解消も兼ねて歩いて帰ろう!』
 早足で一時間余り掛けて何とか自宅に辿り着いた。外は曇り空で蒸し暑かった事もあって、汗でドロドロの感
じになった。

「ただ今!」
「ど、どうしたの、そんなに汗を掻いて。 それと、警察の方から電話があったわよ。夕べの事について色々聞
かれたけど、昇ちゃんが講義を受けた先生が殺されたんだって? やっぱり関わり合いにならない方が良かっ
たのに、うううっ、……」
 母親の水江は涙ぐみながら言った。 

「な、何! もういっぺん言ってみろ!! く、く、く、く、この野郎!!」
 昇はキレた。尊敬する先生を悪く言われた事が我慢ならなかった。普段は大人しい昇だが、彼にとっての、
この種の無神経な言動にはキレれて暴れる事があった。

「バシィ!!」
 昇は母親の顔を一発平手で殴った。しかしそれで終った。今までならもっと激しく暴れたのだったが、最近様
子が変わって来たのだ。少しだが我慢する様になったのだった。
「風呂に入るから! く、くそっ!」
 昇は怯えの表情の見える母親を睨み付け、一言罵ってから、ボイラーのお湯の温度を上げて、湯船にお湯を
入れ始めた。丁度良い頃合になるまでに二十分ほど掛る。

『ま、全く、先生の代りにお前が死ねば良かったのに! く、くそっ!』
 昇はベットに仰向けになりながら、心の中だけで暫く母親を罵り続けた。しかしそれもまた彼にとってはかなり
の我慢だった。以前だったら大声でかなり長い時間わめき散らしていたのだから。

 やがて風呂に入れる頃合になると、着替えなどを持ってお風呂場に行った。湯船に浸かりながら昇は何とか
気持ちを静めようとした。
『ふう、何とか生きた心地がしたな。……全く無神経な女だ。ええい、くそっ! 死者を冒涜するのにも程があ
る!!』
 自分の事を悪く言われたのなら怒ったとしてもそうそうキレはしない。キレたとしても暴力に訴える事は無い。
しかし自分の大切にしている人や物の場合にはしばしば暴れて来たのである。
 そこの所が母親には全く理解出来ていなかった。勿論、怒りの訳をきちんと言えない昇にも、問題はあったの
だが。

 その日の夕食時には昇は殆ど口を聞かなかった。気拙い雰囲気だったが、それでも一緒に食事した。これも
進歩である。この様な事があった時には、以前なら部屋に閉じ篭ってしまったのだった。

 食事も終り、そろそろ自分の部屋に戻ろうとした時、来客があった。
「今晩は、あのう、昇さんおられますか?」
 ドアの向こうから聞こえて来た声は、小姫だった。図体の割には可愛らしい声をしている。

「はい、今開けますから」
 昇がドアを開けると、小姫が一人立っていた。
「済みませんけど、ちょっと来て貰えないでしょうか?」
 丁寧な言い方だが、目の奥に怒りらしきものが見えた。

『何かあるな!』
 多少身の危険を感じたが、
『幾らなんでも殺される事は無いだろう』
 そう思って、
「ちょっと行って来るから!」
 母親に一方的に言って、靴を履いて外に出た。

「えっと、何処に行くんですか?」
 昇は聞いたが、
「直ぐそこですから」
 小姫はそれしか言わなかった。どんどん歩いて行って、やがてドアの壊れている空き家の中に入って行った。
中はかなり薄暗い。日は既に沈んでいたが、まだ夕闇に包まれる少し前で外は明るかったから、真っ暗という
ほどではない。

 そこで小姫は振り向いて、険しい表情で言い始めた。
「あんた、お嬢様を警察にチクッたんだそうね? 違う?」
「えっ! 確かに話したけど、別に悪く言ってないよ」
「友達甲斐の無い人ね。あんたみたいなカスが、いっちょ前の口を聞くんじゃないよ!! 二度とそんな口が聞け
ない様にしてやるから、覚悟しな!!」
 小姫は激しく怒鳴ると、拳を握り締めて攻撃の構えを取り始めたのだった。
            

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