夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「ああ、それと言って置きますが、さっき倒した連中はほって置いて下さい。親切心で通報して救急車など呼
ばないように。通報すると必ず疑われますからね。
今は声紋鑑定などと言う方法があって、私達がやった事だと分かると後々面倒な事になります。大事の前
の小事です。
彼等が気の毒だとは思いますが、決して誰も何時間も通らない場所じゃない。直ぐに通報されて病院に運
んで貰える筈です。
それとさっきの栄太郎さんの質問ですが、まだ朝早いから良いのですが、これが夕方位になると大勢の人
が出入りして大変なんですよ。人手が余りに多く掛るのでやっていないようです。
それに一人一人チェックしていたのでは、時間も掛り過ぎますからね。あはははは、何だかここの経営者
みたいな言い方になりましたけど、事前に調査した研究員達によればそういう事のようです」
ソードは明快に言った。栄太郎はそれで納得した。
「ここまでのお膳立ては研究員の人がやったのですか?」
綾香は少し残念そうに言った。
「はい。研究員は数百人も居るのですよ。地下の研究所の他にも日本国中に。海外にもです。私の体を作っ
たり、『神のマシン』を作る材料や部品の調達が主な目的ですが、時々地下と地上との人材を入れ替えて、
リフレッシュして貰う意味もあります。地下にばかり閉じ篭っているのは健康上宜しくないですからね」
ソードはまた一つ秘密を暴露した。今まで一度も公表したことの無い事だったのだ。
「数百人も居るんですか! それも地上にも、その上海外にまで。驚きましたね、知らない事ばかりだ。でも
そんな秘密を話しても良いんですか?」
栄太郎は少し余計な事を聞いたかも知れないと思った。
「はい、もう皆さんは、既に特別な存在になっていますからね。もし事が上手く行ったら、皆さんは研究室にも
自由に出入りの出来る待遇になります。ですから言っても構わない訳です。上手く行ったらの話ですが」
ソードは複雑な思いだった。死に行く者に対する一種のはなむけの言葉みたいだったからである。
「……あのう、朝食はソード様も食べられますか?」
ユウカリが慎重に聞いた。雰囲気が重くなったので、話題を変えて、少しでも明るくしようとしたのである。
「はははは、申し訳ないが私は遠慮しておきます。前にも言いましたが、食べるという行為が私には苦痛な
のですよ、ふふっ」
ソードは笑いながらなるべく明るく言った。
「分かりました。その後はどう致しましょうか?」
ユウカリもやはり明るい雰囲気で言った。
「私は暫く眠っております。十時頃に起きて来ますが、それから今後の対応を言います。そして、お昼を皆さ
んで食べて下さい。
その後一休みしたら、部屋を出て、それぞれの任務に着いて貰います。再びここに戻って来るとすれば、
任務の終わった、年末30日頃でしょう。
もし再びここに集う事が出来ましたら、ビールか何かで乾杯と行きましょう。必ずそうなる様に頑張りましょ
う。じゃあ、適当に朝食を取って下さい。
ああ、眠る前に私はお風呂に入ります。それで、お風呂の順番は皆さんで決めて入って下さい。クローゼット
に下着とかも揃っていますから、適当に使って下さい。男性用が青、女性用が赤のクローゼットになっていま
すから直ぐ分かると思います。それじゃ失礼しますよ」
ソードは一通り言うと、青色のクローゼットから替えの下着とパジャマとを持ってバスルームに向かった。
「あのう、申し訳無いんだけど、車の運転をしたせいで、眠くて仕方が無いの。お風呂も朝食も要りませんから
直ぐに眠らせて欲しいのですが。私も十時位に起きて参りますから」
ソードに遠慮していたのか綾香はそれまで我慢していたらしいが、我慢出来なくなったのだろう、付き人達
に向かって言った。
「ああ、そうですか。じゃあどうぞ、奥の方の部屋でお休み下さい。ソード様には伝えて置きますから」
栄太郎は独断で決めたが、ユウカリや吉野にも異論は無かった。
「じゃ、お願いします」
綾香は小走りに奥の部屋に入って行った。
「さあて、じゃあ、お風呂の順番を決めますか。じゃんけんにします? それとも先に入りたい人が居ますか?」
栄太郎は相手が女性だった事もあって遠慮気味に言った。
「えへへへ、私はソード様の直ぐ後が良いわね。で、出来れば今直ぐ一緒に……」
吉野は顔を赤らめて言った。
「絶対駄目! ソード様が上がったら吉野さんが入れば良いわ。私が次に入っても良いかしら?」
ユウカリは吉野の行動に一本釘を刺してから、栄太郎に聞いた。
「私はそれで構いませんよ。それで朝食は誰が何を作りますか?」
栄太郎は風呂の順番は直ぐ了解したが、調理する料理が決っていない事に気が付いて言った。
「私は作る方はパス。せいぜいトーストを作る事位ね。お皿の支度とか」
吉野はあっさり言った。
「貴方料理が全然出来ないの?」
ユウカリがやや呆れ気味に言った。
「自慢じゃないけどゼロね。母子家庭だったんだけど、お母さんが生きていた頃は、お母さんが全部やってく
れたし、亡くなってからは専らコンビニとかスーパーの出来合いのお弁当とかだったわ。
それ以外は全部外食。今になって思うと、私がキレ易いのは、そのせいもあったかも知れないわね。栄養
のバランスなんか全然考えて無かったし。
SH教に入る前はタバコはガンガン吸うし、大酒は飲むし、本当にろくな者じゃないわね。我ながら呆れるわ
ね」
酷い生き様を何故か吉野は自慢げに語った。
「酷いわね。でもね、私も料理は全然駄目なのよ。私が唯一出来るとすれば、目玉焼き位ね。それに周囲の
人達が言うのよ、料理は作らないでくれって」
ユウカリの言葉に吉野はニヤニヤ笑いながら聞いた。
「どうして? よっぽど味付けが酷かったの?」
「そうらしいわ。塩と砂糖を間違えただけなのにね。私は結構美味しいと思うのだけど、周囲の人は、どうして
か、『人間の食う物じゃない!』って言うのよ。
大いにプライドが傷ついたわ。それから私は料理は食べる方が専門なのよ。……でも久し振りにやってみ
ようかしら?」
ユウカリは結構本気で言った。
「いや、やらなくていい。まあ、私に任せて下さい。簡単な物しか作れないけど、そこそこの物なら作れますか
ら」
栄太郎は即座に断った。
『どれほど酷い料理だったか想像が付く。塩と砂糖を間違えただけだって! 冗談じゃない、致命的なミスだ。
俺だって大して料理が上手い訳じゃないけど、吉野さんやユウカリさんよりはましだろう!』
栄太郎は冷や汗を掻いていたのだった。
「ああ、そうだ、目玉焼きは作れるんですよね?」
「はい、あれは、ただフライパンで焼くだけですから。不思議とそれだけは上手だって言われてました」
「だったらユウカリさんには目玉焼きを三つ作って貰って、それからトーストは吉野さんに、まだちょっと早いか
ら、お風呂から上がってから作って貰う事にしましょう。
私は肉と野菜の炒め物を作りましょう。それ位でまあ朝食は十分でしょう。後はお昼ですが、それはまた後
で決めましょう」
一応料理の方針は決った。
「じゃあ、お休みなさい。ああ、お風呂次の方どうぞ」
「あれ、もう上がったんですか?」
ほんの十分ほどで上がって来たパジャマ姿のソードに、付き人達は全員驚いたのだった。
「はい、私は、まあ、言い難いのですが、サイボーグですので、いわゆる人間や他の動物みたいに垢が出ま
せん。
肌は特殊な素材で出来ていますので、髪も含めてボディシャンプーを全身につけて、シャワーを浴びてそれ
で終りです。
湯船に浸かって体を温める必要がありません。体温は自動調節機能があって、むしろお風呂には入らない
方が良い位なのです。
でも体を洗って何かさっぱりしました。それじゃあ、十時位まで。もし起きれなかったら、起しに来て下さい。
それじゃ隣の部屋に居りますから」
ソードの説明には何処か物悲しげな所があったが、綾香が居ない事に気が付いた。
「ああ、あの、綾香さんは?」
「はい、車の運転で疲れたらしくて、奥の部屋で休んで貰いましたが宜しかったでしょうか?」
栄太郎は独断を気にして恐る恐る聞いた。
「ああ、そうですか。そうですね、彼女一人で運転していましたからね。分かりました。じゃあ、彼女にはなるべ
く長く寝ていて貰いましょう。それじゃあ失礼しますよ」
ソードもすっかり眠くなったのか少し急ぎ足で隣室に入って行った。
「ご自分をサイボーグと言う時のソード様は、本当に辛そうで、可哀想過ぎます。お慰めしてあげようかしら……」
吉野は珍しく敬語を使って、ソードの寝室に入って行きそうだったので、
「風呂に入れよ。もう、油断のならない女子だな。ソード様はエッチの出来ない体なんだぞ。抱きついたりした
ら、かえって苦しくなるだけなんだからから止めろよな!」
栄太郎はちょっと切れそうに言った。
「わ、分かったわよ。私は純粋にソード様をお慕い申し上げているだけなのに……。分かったわ。お風呂に入
りますから」
吉野は諦めた様に言って、赤色のクローゼットから下着を持って風呂場に向かった。
「さて、危険人物が風呂に入っている間に、肉と野菜の炒め物を作る支度に取り掛かる事にしよう。ええと、
目玉焼きは、直ぐ出来るから、私が風呂に入っている間に作ってくれませんか。私は今から野菜とか肉を切っ
て支度しますから、少し休憩していて下さい」
栄太郎は料理しなれている感じで言った。
「はい、じゃあ、少し寛(くつろ)がせて貰いますわ」
ユウカリはソファに座って直ぐ眠り始めた。ここに来るまでの間にあった、実にショッキングな沢山の事に精
神的に疲れたのだろう、直ぐに寝入ってしまったのだった。
「ええと、キャベツは、ああ、あった。にんじんとかは? それもあった。肉はどうかな? ああ、流石にアメリカ
だ。牛のバラ肉の塊がある」
栄太郎は大型の冷蔵庫を開けて調べてみると、目当ての野菜や肉類があったのでほっとした。
「それから調味料は、ああ、棚に並べてある。これなら万全だ。取り敢えず、キャベツとにんじんを切っておくか」
キッチンで早速キャベツを乱切りにし、にんじんは千切りにした。それをステンレスのボールに入れて、それ
から牛のバラ肉の塊を薄切りにして、更に数等分して食べ易い大きさに切った。その後、塩コショウを振って
下味を付け、やはりステンレス製のバットに積み上げて置いた。
後は炒めながら醤油を掛けて出来上がりである。なるべく出来立てを食べて貰おうと思って、吉野の風呂上
りを待った。
「お待たせ。どうぞ、ユウカリさん」
お風呂から上がって来た吉野を見て、栄太郎も目覚めたばかりのユウカリもギョッとした。パンティとブラだ
けの下着姿だったのである。