夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「ふ、服を着ろよ! 全く常識の無い奴だな!」
 栄太郎は怒りに任せて、しかしソードが目を覚まさない様に控えめに叫んだ。
「ええっ、風呂上りは皆下着姿なんじゃないの?」
 吉野は当たり前の事をしているという態度だった。

「貴方恥ずかしくないの? 曲がりなりにも栄太郎さんは男なのよ」
 ユウカリは呆れて言った。
「へえーっ、そういうものなんだ。知らなかった。でも前に着てた服は汚れているから、別のを着ても良いわね」
 吉野はそう言うと、赤のクローゼットの方へ行って、サイズの合いそうな服を探して、栄太郎の前で堂々と
GパンとYシャツ風な縦じまの入った上着とを着た。

『全く、こいつはどういう育ちをして来たんだか! 親の顔が見たいって言ってももう死んでるか……』
 栄太郎は吉野から目を逸らしながらそんな事を考えた。偶然にも見てしまった吉野のプロポーションは、余
り良いとは言えなかった。
 日頃の食生活の乱れ、衝動的な行動、運動不足等が重なったせいだろうか、一言で言えばやや貧相だっ
た。ただその割には不思議に胸だけは大きかった。肌の色艶も極端に悪い訳ではない。若さ故という所だろう。

『ううむ、若さと、胸の大きさが、まあ何とか取柄と言えば言えるだろう。それが無かったら、売春婦にさえなれ
ないかも知れない。ふう、別の意味で際どい話だ。
 後五年で賞味期限は終りだな。おっとソード様に仕える身が何たるふしだらな事を。いかんいかん、自戒せ
ねば!』
 栄太郎はムカつきついでにとんでもない脇道にそれたが、慌てて訂正した。

「さあ、これで良いでしょう。今度はユウカリさんの番ね。栄太郎さん、覗いちゃ駄目よ」
 吉野は厳しく言われたお返しの積りで言った。
「だ、だ、誰が覗くか! あ、いや失礼」
 栄太郎は吉野の罠にはまった事に気が付いた。覗く事を余り強く否定すると、その女性がまるで魅力が無
いと言っている事になるのだ。ここいら辺りは実にデリケートで難しい。吉野はそれを知っていながら言った
のである。

「大丈夫ですわ、栄太郎さん。吉野さんの手に乗らないことね。じゃあお風呂に入って来ますから。ええと下着
と替えの洋服は持って行った方が良いわね」
 ユウカリは落ち着いて対処した。

「さて、肉と野菜の炒め物を作っておきますか。菱目川さん、テーブルの上にお皿を用意してくれないかな。肉
と野菜の炒め物用の中くらいの皿とトースト用の皿。それと目玉焼用の皿。それから……」
 栄太郎はテーブルの上に置く物を指示してから、自分は下ごしらえのしてあった肉と野菜とを、中華鍋にバ
ターを入れてから炒め始めた。バターの香が部屋中に充満して、何とも食欲をそそった。
 肉と野菜が炒め終わって、皿に盛り付けたところで、早くもユウカリが風呂から上がって来た。ソード並みに
速かった。

「まあ、随分速いわね。体とか頭とかちゃんと洗ったの?」
 吉野は不思議に思って聞いた。
「私はソード様とちょっと違うけど、頭はシャンプーで、体はボディソープで一緒に泡立てて、一気にシャワーで
流すのよ。湯船に浸かるのはその前後に一回ずつ、三十秒位ずつだから合わせても一分。
 全部で十分もあれば事足りるわ。私は長風呂って好きになれないの。三十分もお風呂に入っている人の気
が知れないわ」
 ユウカリは正にカラスの行水だった。勿論服はちゃんと着て来ている。彼女も下はGパン。上は丸首の長
袖シャツだった。しかし、どうもノーブラの様である。

「あら、ユウカリさん、ノーブラよね。ちょっとはしたないんじゃない?」
 吉野はここぞとばかりに追及した。
「うっ、湯上りはノーブラって決っているのよ。でないと暑くって堪らないわよ」
 ユウカリにも言い分はある。
「へえ、私も暑かったから下着姿だったんだけどな。栄太郎さん、これって許されるの?」
 吉野は敢えて栄太郎に聞いた。

「ま、まあ、良いんじゃないか。下着姿じゃないんだから」
 栄太郎は少し苦しそうである。ノーブラ姿のユウカリがなかなか色っぽくて目のやり場に困った。特に胸の
ポッチが気になった。
「へへえ、そうなんだ。あたしもそうすれば良かったな。ちぇっ!」
 吉野は不満そうに舌打ちをしたが、
「それより朝食にしようよ。菱目川さんはトーストを作って下さい。ユウカリさんは目玉焼きを三つ作って。後
飲み物は、牛乳とかジュースとか冷蔵庫に入っている物を出せば良い。
 私はその間にお風呂に入りますから。十五分位で上がりますから、お願いしますよ。ああ忙しい、忙しい。
えっと男性用は青のクローゼットだったよね」
 栄太郎は逃げる様にして風呂場に向かった。ユウカリと同様、下着と着替えの服を持って行った。

 暫くして栄太郎が風呂から上がって来ると、もう準備は万端に整っていた。栄太郎も直ぐ席について朝食と
なった。
「それじゃ頂きましょうか。『今食事が出来る幸せを、ソード様に捧げます。息を深く吸って、……息をすっかり
吐いて、……それでは頂きます』」
 栄太郎と一緒に吉野もユウカリも唱和して食べ始めた。SH教では何時もこの様に言う訳ではないが、何か
の節目の時、自分達が崇拝するSH教の幹部の名前を言って、彼を神とみなして感謝し、SH教独特の考え
方である、何か事を行う時に必ずする深呼吸をしてからの食事となった。

「お風呂に入ったりしたから、大分時間を取られたな。もう九時半過ぎている。食事が終ったら直ぐソード様を
起さないと」
 栄太郎は時間が気になった。

「それもそうだけど、この肉と野菜の炒め物は美味しいわね。うーん、上手ね料理が。栄太郎さん私と結婚し
ない?」
 吉野がまたもとんでもない事を言い出した。
「ブッ! ど、どうしてそうなるんだ!」
 栄太郎は危うく噴出しそうになりながら呆れて言った。

「そうよ、私達生きて帰れるかどうか分からないのよ。と言うより死ぬ確率の方がずっと高いのよ。それに貴
方栄太郎さんの事が好きなの? そうは思えないんだけど」
 ユウカリは母親か姉になった気分で言った。

「だからよ。生きて帰れないかも知れないから、結婚の約束をしておくのよ。えへへへ、私の下着姿をバッチ
リ見たわよね?」
「あれは見たと言うより、見せられたんだ。あの場合仕方が無いだろう。それに直ぐ目を逸らしたぞ」
 栄太郎はかなり慌てた。確かにまじまじと見てしまったのである。

「へへえ、そうだったかしら? 私の姿をすっかり見て、それから見ながら怒鳴った。私が服を着始めるまで
じっくり見ていた。それから目を逸らしたのよ。もしソード先生だったらそうはしないわ」
「ソード先生だったらどうしたと言うの? いいえ、ソード様だったら」
 吉野の言葉にユウカリが反論気味に言った。

「ソード先生、ソード様だったら、直ぐ目を逸らすわ。それから『菱目川君、服を着てくれないか』って言うのよ。
嘘だと思ったらやってみましょうか?」
 吉野は自信有り気だった。ユウカリも栄太郎も反論出来なかった。確かにソードならそうするのに違いなかっ
たのだ。

「やるには及ばない。ソード様だったら確かにそうするだろう。しかし、それがどうした。たまたまそうしただけ
だよ。あれは私の性格なんだ。少なくとも私には君を好きだと言う感情は無い」
 栄太郎は開き直った。

「そっちに無くても、こっちにあるのよ。下着姿を見せたのは好きだからよ。誰が好きでもない男に下着姿な
んか見せるもんですか。それぐらいピンと来てよね」
 吉野は想像も付かない方法で愛の告白をしたのだった。しかももうプロポーズまでしている。

「うっ、げほっ、げほっ!」
 俄かに咳き込みながら、栄太郎は油汗を掻いた。
「そ、そんな事を急に言われても、へ、返事のしようが無い。まあ、私は一応独身だから結婚は可能ではある
が今はそういう状況に無い」
 栄太郎は吉野の真剣な眼差しにどぎまぎしていた。

『しょ、賞味期限があと五年などと考えたのはちょっと、いや、大いに拙かった。あれは取り消す!』
 そんな事も考えていた。更に、
『言われてみれば、どうしてじっくり菱目川さんの下着姿を服を着るまで見ていたのだろう? あれ、何か変だ
ぞ?』
 などとも考えて、
『ひょっとすると、無意識的に好きになっていたのかも知れない。ユウカリさんが同じ事をしたら、多分直ぐ目を
そむけるだろうな。ということは……』
 自分の感情の中に吉野が居た事を少しばかり認めざるを得なかったのだった。

「私は娼婦になるのよ。本当の事を言うと耐えられないのよ。馬鹿ばっかりやって来たけど、体だけは売らな
かった。その位のプライドは私にも残っているのよ。
 まあ、あんまり威張れた話じゃないけどね。わりと簡単にエッチして来たんだから。でも商売にだけはして来
なかったわ。
 そのプライドが今消えてしまうのよ。ソード様に心は捧げるわ。でも体は貴方に捧げたいのよ。気持だけで
良いのよ。それだけで汚れる覚悟が出来る。
 本当に駄目な女ね。口ばっかり達者で。内心は気がとっても小さいのに、今度の事だって本当は怖くて堪
らないのに、全然平気な顔をして見せて。……ううううっ!」
 吉野は初めて弱音を吐いた。勿論、ユウカリも栄太郎も本心は怖くて堪らないのだ。

「ふうん、どうしたんですか?」
 三人の気持ちを知ってか知らずか、ソードは時間になったので起きて来たのだった。

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