夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「それでは、栄太郎さん、私に付いて来て下さい。射撃練習場に行きます。徹底的にやりますから」
栄太郎を連れて行ったのは、結構体のごついアメリカの白人男性で西部のガンマンを思わせる様な男で
ある。
「それじゃあ、失礼します」
栄太郎も悲愴な顔で出て行った。
「さてユウカリさんとは当分会えません。栄太郎さんとはもう一度ここで会います。私達は情報収集の為に、
賭博場で暫くと言うか、数日間派手に遊びます。
持って来て貰ったお金はその為の資金です。ああ、そうそう、偽名を考えましょう。さっきの二人も偽名を
使う筈ですが、マイケルさん、ユウカリさんと栄太郎さんの二人の偽名は何でしたか?」
ソードが聞いたのは黒人の若い男性だった。
「ハイ、ユウカリサンハ『ケンシロウ』。エイタロウサンハ『シラギク』デス」
英語訛りの日本語で黒人青年は答えた。
「ええっ、男性の名前と女性の名前が逆じゃないの?」
驚いて綾香は言った。
「はい、わざとそうしています。ここはご承知の通り、大掛かりな売春とギャンブルのビルディングなのです。で
も一応は普通のホテルの顔も持っています。家族一緒に来て使う事もあります。
そのような時、お父さんが遊び易い様にという配慮なのです。『ケンシロウ君』に会いたいんですが、と言っ
て、家族の目を誤魔化す事も出来ます。ケンシロウ君と一緒に飲んでいたと言えば、そして他の誰に聞いて
もケンシロウ君と飲んでいたと言われれば、奥様も安心、という仕組みなのですわ。
それと奥様が男性を買う時もありますから、男性を女性名にしています。私には信じられませんけど、そうい
う女性も居るようですわ」
丁寧に説明したのは、かなり混血の進んだ若いアメリカ人女性だった。相当に知的なマスクをしている。
「ああ、そうそう、言い忘れていましたが、ここでは原則名前を言いません。まあ、必要最小限度になら言って
も良いのですが、さっきから名乗っていないのはその為です。
ここは大丈夫ですが、外では今後呼び合う時も偽名にします。それと偽名であってもなるべく名前は言わな
い様に。勿論不自然になってはいけませんが」
「はい、承知しました。あのう私達の偽名は決めてあるのですか?」
綾香は部屋に残って居た二人の男女の顔を代わる代わる見ながら言った。
「ハイ、アヤカサンハ『カンキチ』、センセイハ『ローズマリー』デス」
相変わらずの訛りだが、それ程聞き取り難くはない。
「へえ、私はカンキチ、ソード、いいえ、先生はローズマリーなんだ。で他の人達は? つまりあなた方なんだ
けど?」
綾香は名前を知りたがった。
「さっきちょっと言ったけど、こっちの青年はマイケル、勿論偽名。そちらはプラチナ。勿論偽名。お二人は夫
婦でここに宿泊している事になっている。私達はこちらのちょっとした知り合い。遊び仲間に近い関係という
設定。
それから私達はこの界隈のかなりの遊び人で、怪しい二人連れ。愛人かも知れないし、そうでないかも知
れない関係。愛人関係と言い切ってしまうと、キスして見せろと言われると困るからね。
まあ、そんな事を言われる事もないでしょうけど、念の為です。それじゃ、お二人にはお留守番を頼みます
よ。これから私達は賭場荒し、いや、ガンガン稼ぎまくって、ひと騒動起しますからね。
勿論お約束通り、ちょくちょく様子を見に来て、仲間に連絡を頼みます。さてそれじゃあそろそろ、私達も行
きましょうか」
ソードは一通り言うと意を決した様に唇を噛み締めて部屋を出た。綾香も後に続いた。
「ねえ、キスは出来ないって本当なの?」
エレベーターで二人きりになると、綾香は気に掛かっていた事を早速演技して友人らしく聞いてみた。
「はははは、真似事は出来ますよ。ただ、舌は食事か飲み物を飲む為の動きしか出来ないんですよ。まあ、
適当に絡めあう事は可能ですが、性の快感は私にはありませんから、あなたとキスしても、私は何も感じま
せん。私の舌には味覚もありませんし。ただ困る事があります」
ソードは秘密をまた一つばらす事にした。親しげな演技の練習も兼ねてである。
「困る事って?」
「前にも言った事がありますが、脳の中に性欲があるのです。女性と接触していると脳が感じてしまいますか
ら、脳は性的興奮状態になります。
ところがエッチ出来ません。サイボーグの私にはその機能がありません。性欲の捌け口がなくて大変困る
のです。
ストレスが溜って凶暴になる恐れがあります。私がキス出来ないと言ったのには、そういう事情があるので
すよ。分かって貰えますか?」
ソードはかなり残念そうに言った。
「わ、分かりました。ハアーッ、残念ですわね」
綾香も本当に残念そうに言った。
『折角二人切りになれたのに、どうしようもないわね。私だって性欲の捌け口はないわよ!』
そう思うと悔しくてならなかったが、
『でも良い友達でいれば、何か良い事があるかも知れない。確か『神のマシン』には性機能もあったとか。ま
あ、焦らない事ね……』
そんな風に思い直したのだった。
「あのう、もう一つ、二つ良いですか?」
「何かな?」
「私は汚れ役は無理ですか? なりたい訳じゃありませんが、私には魅力が無いのでしょうか?」
綾香は自分は魅力が無いから、汚れ役、つまり娼婦になれないのかと思って少し落ち込んでいたのである。
「はははは、綾、いや、カンキチはこっちでの暮らしが長いだろう?」
「ええ、そうですけど」
「そうすると、知っている人に出くわす確率が高いだろう?」
「はい、そうなります」
「それじゃ、後々困る事になる。属している宗教団体に多大な迷惑が掛る事になってしまうから、落選したの
さ。理由はそれだけであって、魅力が無い訳じゃない」
「そ、そうだったんですか。あの、分かりました。……それと話は違うのですが、さっきのあの合言葉は、何な
んでしょうか? 二月二十四日がどうしてあんな数値になるんですか?」
綾香は少し安心してもう一つの疑問を聞いた。
「ああ、あれは合言葉というよりも暗号なんだよ。計算出来る数値なんだ。二月二十四日はつまり、二の二十
四乗という事さ。二を二十四回掛けると、16777216になる。
三月六日だったら、三の六乗で729。七月三日だったら七の三乗で、343とかね。ケータイに電卓機能が
あるから分からなかったら計算して答えれば良い。
三月三日は何の日かって聞かれて、ひな祭りの日とか答えたら、それっきりドアは開かないのさ。なかなか
良いアイデアだろう?」
「す、凄いですね。全然想像も付かなかった。そのアイデアはひょっとして……」
「ああ、まあ、私ですよ。数学の苦手な私ですがこんな事は思いつくのですね。はははは、しょうの無い話だ」
ソードは少し照れて居たが、その直ぐ後で目的の五階でエレベーターは止まった。二人は打ち解けた気分
で降りたのだった。
「えええっ、ギャンブルってパチンコですか?」
綾香は狐に摘まれた様な顔をした。五階は日本のパチンコホールそのまんまで、数百台のパチンコ台がず
らりと並んでいた。
少し違うのは喫煙室が別にあったり、音楽が癒し系だったりする事だった。ただパチンコ台も良く見ると、イ
ラストがアメリカ風な感じの中国人だか日本人だか分からないような人物だったり、アメリカ人が忍者の服装
をしていたりする事だった。
しかしいわゆるパチスロは無かった。客の入りは三分の一位である。まだ開店間もないらしかった。
「日本ではパチンコは庶民の娯楽と言われているけど、公認ギャンブルと何も違わないんですよ。一日で五
万や十万使う人がざらですからね。まあ、今回はそんな事はどうでも良いのです。
目立つ事が必要なのですよ。『K』さんに目を付けられる様にするのです。実際には彼の仲間、彼の手下
に、ギャンブルで稼ぐ男がいる。それも凄腕だ、ということになれば、ひょっとして彼に会わせて貰えるかも知
れない。
そうならないまでも何らかの情報が手に入るかも知れないでしょう? その為にここに来たのですよ。パチン
コだったら私も知っていますし、その為の道具も持って来たし、改造も施してあるのです」
ソードはこそこそと綾香に耳打ちをした。聞かれては困る話でもあったが、仲の良さをアピールする目的も
あった。
「ええと、この台にしよう。何か南国ムード満点で、ビキニの女の子が沢山いるのがいい。ひょっとして大当た
りになるとスッポンポンになるのかな? ははははこりゃ良いや!」
ソードはすっかり遊び人風な砕けた感じで言った。
「そ、そうね、でも、私としてはちょっと妬けるけど。でも裸には自信があるわよ。胸の大きさだって負けていな
いんだから!」
綾香も調子を合わせた。二人はほぼ中央の一番奥の景品交換所の近くに並んで座った。ソードが端っこ、
その左隣が綾香である。
「ええと、百ドルで二千五百個のパチンコ玉と交換か。日本より少し割高だけど、まあそれ程違わないな。百
ドル紙幣を入れて、おお出て来た出て来た。このままだと溢れてしまうから、ケースに少し入れておこう。
カンキチ、君も同じ様にすれば良いよ。そこの紙幣入れに百ドル札を一枚入れればパチンコ玉が二千五
百個出てくるから。そうそう、それでそのままだと溢れちゃうから、ケースに少しとってケースは下にでも置け
ば良い」
ソードは綾香にも同じ様にさせて、早速打ち始めたが、
「うーん、なかなか玉が入らないな」
と言いつつ、天穴の辺りや脇の穴の辺り、更には下の方にあるかなり大きいチューリップの上の辺りに指
を擦り付けたのだった。
その直後からソードの台には大当たりでもないのにパチンコ玉がどんどん溜って行った。一番下のハズレ
穴に落ちるパチンコ玉が極端に少ないので当然の様に賞球が増えて行くのである。極めて高い率でチャッ
カーにパチンコ玉が吸い込まれて行くのだった。