夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「あのう、ちょっとお聞きして宜しいでしょうか?」
走る車の中でプラチナは慎重に言った。
「はい、何でしょう?」
プラチナの左隣に座っているソードは、緊張した面持ちではあったが、それでも微かに微笑みながら言った。
「このような時に聞くのはあれなのですが、パチンコとスロットマシンで大当りを続け様に出したそうですね。
あれはどうやったのでしょうか?」
プラチナはかなり恐縮した気分で聞いた。
「そんな事はどうでも良いのではありませんか?」
前の席に座っていた、栄太郎が釘を刺した。
「はははは、良いのですよ、栄太郎さんももう少し気楽に構えないと、精神的に参ってしまいます。せめて例
の場所に突入するまでは笑って過ごしましょうよ」
ソードは緊張しきっている栄太郎を少したしなめた。
「は、はい、申し訳ありません。神経がピリピリしておりました。リラックスせよと、そういう事ですよね?」
栄太郎は先回りして言った。
「はははは、そうです、リラックス、リラックスです。パチンコの場合はシールを貼りました。ごく薄いけれども
強力な磁力を持つシールです。
賞球の出る穴、チャッカーの上に貼って置いたのですよ。パチンコ玉の材質は鉄ですからどんどん吸い
寄せられる。ハズレ穴から出て行くパチンコ玉よりも、賞球の方が多いと、当然パチンコ玉はどんどん増えて
行く。そのうち大当りが来ると、更に賞球が増えますから、眠っていても勝てるという寸法ですよ」
ソードは丁寧に説明した。
「ソレハ、イホウコーイデハアリマセンカ?」
車を運転していたマイケルが突然言い出した。
「はい、ですから、儲けたお金の全額を返還する予定です。でもこの事は警察も知っています。一言で言えば
囮捜査の様なものです。
ただ騙す事になった、係員や景品交換所のお姉さんには後で謝罪する積りです。本当はとても心苦しかっ
たんですよ」
ソードは裏の事情を説明した。マイケルも納得したようである。
「じゃあ、その、スロットマシンの場合は? あれは磁石じゃ無理じゃないんですか?」
尚もプラチナは聞いて来る。
「はははは、なかなか好奇心が旺盛ですね。スロットマシンの場合は日本のパチスロと同じ様なものですから、
タイミングとかリズムが重要になって来る。
三つの絵柄があって、それぞれ単独で回っているのですけど、一定のリズムで止める事が出来れば、一度
大当りの出たタイミングで止めれば、かなりの確率で大当りを何度も出せる事になります。
何しろモーターで機械的に回っているだけなんですから。そこで、そのリズムを教えてくれる体感機という機
械があって、それを利用して大当りを高確率で発生させる犯罪行為が実際にしばしば行われています。
ただ私の場合、元々が機械の様な正確なリズム感を持っていますので、割合簡単に出来てしまうのですよ。
ご存知の様に、私はサイボーグですので」
ソードは仕舞には消え入りそうな声で言った。自分をサイボーグと言う事は如何にも辛かったのだ。
「わ、分かりました。そこまで聞けば十分です。申し訳ありません。言いたくない事を言わせてしまって……」
プラチナは少し聞き過ぎたと後悔した。ところが今度は運転中のマイケルが質問を始めたのだった。
「ボクモ、シツモンシテイイデスカ?」
栄太郎は怪訝な顔をしたが、特に何も言わなかった。
「はい、勿論良いですよ。何なりとどうぞ」
やはりソードは微笑みながら言った。
「ミンナデXゴウカンヲトリカコンデ、イッセイニコウゲキスレバ? ナゼソウシナイノデスカ?」
「うん、そうしたいのは山々何だけど、人質の命が危ない。うっかりすると全員死亡と言う事になりかねない。
それでも良いと思いますか?」
ソードは逆にマイケルに質問した。
「ソ、ソレハマズイデスネ。デモモウヒトツアリマス。ナカニセンニュウスルノガ、ユウカリサンダケデス。モット
オオイホウガ、イイノデハアリマセンカ?」
マイケルはもっともな事を言った。
「はい。先ず多過ぎると疑われます。それは分かるでしょう?」
「ハイ、タシカニ。デモサンニンクライナラ、ダイジョウブデショウ?」
「その積りでしたが、途中でリタイヤしてしまいました。無理強いは出来ません。一歩間違えば命がありませ
ん。いいえ、間違わなくても命の危険がありますから、単に体を売る事が出来るというだけでは駄目です。
大変な決心が必要なのですよ。身も心も汚して、決死の覚悟で少女達を助けるのですから。あの館に入る
為には妊娠させられるのですよ。そうもしなければあの館には入れません。ご存知でしたか?」
ソードの言葉に、プラチナとマイケルはかなりの衝撃を受けたのだった。
「エエエ、ニンシンシナケレバ、ハイレナイノデスカ?」
マイケルは青くなって言った。
「そうです。何人もの男達の相手をして、妊娠までしなければ、妊娠がほぼ確実だと思われない限り娼婦とし
て入館出来ないのです。それにちょっとでも疑わしければ殺されてしまう、世にも恐ろしい場所なのですよ。
現役のかなりの悪のコールガールでもビビるほど怖い所なのです。その様な所ですから何人も送り込める
ほど簡単な事ではないのです。お分かりになって頂けたでしょうか?」
「ワ、ワ、ワカッタ。ハハハハ、ナニカ、オモイチガイヲシテイマシタ。ゴメンナサイ」
マイケルはソード達がどれだけ難しい事をしようとしているのか、漸く理解したのだった。それから幾らもしな
いうちに、裏娼妓X号館の近くに到着した。建物はこの近辺の大きなビルに比べると地味でグッと小さく、僅
か三階建てのラブホテルだった。
「ここからだったら、正面玄関は良く見える。研究員の何人かは裏口を見張っている筈です。プラチナさんケー
タイで連絡頼みます」
「はい、今やってみます」
プラチナはケータイで裏口を見張っている研究員の一人に連絡してみた。
「はい、承知しました。準備は万端です。後はタイムリミットまで待つだけですね」
プラチナは研究員としっかり連絡が取れたことで安心して言った。
「そうか、分かった。タイムリミットは六時間。それ以上ではユウカリさんの身が危ない。その前に一人でも二
人でも少女と一緒に館から出て来たところで私と栄太郎さんは中に突入する。
もし六時間以内にユウカリさんが出て来ない場合には、その時点で突入する。
幾らなんでも一時間以内にユウカリさんが中から出て来るとは思えませんから、一時間経った辺りで、防弾
チョッキを着て、いつでも突入出来る支度をして置く事にします。栄太郎さん、その積りでいて下さい」
「はい、承知しました。今は午後四時。タイムリミットは午後十時ですね?」
栄太郎はもう完全に覚悟が出来たのか、何か清々(すがすが)しい感じで言った。
「そうです。ああ、雪が降って来ましたね。十二月二十八日、もうお正月も近いんですね。ええと、トイレはそば
のビルで出来ますから。
中には私の部下とも言える研究員達が待機しています。この日の為にここの貸しビルを借り受けていたの
です。裏口を見張っている連中は中型のバスで、中にトイレなどの設備があるので、車から出入りの必要が
無くて便利は良いです。
それで皆さんは少し早いのですが、午後五時になったら、食事に行って下さい。その後、栄太郎さんと私は
防弾チョッキの一部を着用します。全部だとトイレの時に困りますからね。
その辺りで日没です。後はタイムリミットが早いか脱出が早いか何れにせよ早い方に突入です。それと念の
為に言っておきます。
ユウカリさんがたった一人で出て来ても、突入するという事です。その場合は仕方がありません。なるべく少
女達を助ける行動を取りますが、場合によっては、助けられないかも知れない。
その時の責任は勿論全部私にあります。皆さんには何のお咎めもありませんから、その点はどうぞ安心して
下さい」
ソードは失敗時の責任を一人で請け負う積りだった。
「先生、ソード先生、いや、ソード様。ずるいですよ。先生にだけ良い格好をさせませんからね。私にも責任が
あると仰って下さいよ」
栄太郎は死ぬ覚悟で言っている。
「はははは、格好良過ぎましたか。じゃあ、まあ、栄太郎さんにも責任は取って貰いましょうか」
暫く歓談してから、ソードを残して、側の貸しビルに入って行った。中で夕食を取るのである。例によってソー
ドは食べないので、留守番役に回ったのだった。
『ふう、もうすっかり暗くなって来たな。流石に冬至過ぎたばかりのことはあるな。それにしても雪が止まない
ね。段々積もって来る。ああ、風情があって良いのだけれど、気分は重いな。X号館まで百メートルほど。
ああ、本当にユウカリさんには気の毒な事をした。無事に脱出出来れば良いのだけれど、ばれていないだ
ろうな……』
ソードには何とも気がもめる事だった。暫くするとビルに入っていたマイケル、プラチナ、栄太郎の三人が
戻って来た。
「ご苦労様ですソード様。防弾チョッキを身に着けて下さい。今、トランクから出しますから。ほぼ完全な全身
用の防弾チョッキですから安全ですわ。
でも全部着けるのは事が長引いた時、困りますので、ソード様の言う通り、一部だけ着けて、後は時を、時
を待つ事ですわ」
プラチナはちょっと洒落た言い方をして、ソードと栄太郎の緊張を少しでも解きほぐそうとしたのだった。