夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「何だか雪が強くなって来たみたいですね。ユウカリさん、上手くやっているでしょうかね……」
マイケルやプラチナに手伝って貰いながら、胸部の防弾チョッキだけを身に着けた栄太郎は、如何にも心
配げに言った。
「幸運を祈るしかないね。ただ事前の情報では、金森田とその仲間は金森田も含めて五人と聞いている。子
供が五人。
他に、娼婦達が二十人ほど居て、彼女達が炊事、洗濯、掃除、と勿論男達との相手とをやっているそうだ。
男の料理人やガードマンも居たらしいが、その連中は全員首になったようだ。情報はその首になった連中か
らもたらされた物だから、信頼度は高いと思う。
厄介なのは金森田とその仲間の全員が拳銃を持っている事だ。一人二丁ずつ持っているらしい。その他
に、万一に備えて、ガソリンがポリ容器に入れて五個位あって、あちこちに置いてあるそうだ。
もしもの時にはそれを拳銃で撃って爆発炎上させる積りなのだろう。栄太郎さんはその事は聞いて来ている
よね?」
栄太郎と同様にマイケルとプラチナに手伝って貰って、胸部の防弾チョッキだけを身に着けたソードは、詳し
く話しながら、事前に聞いているかどうか、確認した。
「はい、私の拳銃の先生に聞きました。ユウカリさんが一人でも多くの人を連れて逃げ出せれば良いのです
けど、最悪の場合は誰も逃げ出せないかも知れないと聞きました。
それに持っている銃は特殊な改造拳銃らしくて、一回に二十発撃てるらしいですね。自慢げに金森田が首
になった連中のうちの一人に見せびらかしたそうです。何を考えているのか、金森田という男の気が知れま
せん」
栄太郎は少し首を捻って言った。
「ああ、金森田と言う男はそんな男なのですよ。来るなら来いっていう、自信の現われなのかも知れない。そ
れとも、私の造反を知って、挑発しているのかも知れない。
しかしガソリンは厄介ですね。いざという時は自分も含めて皆殺しにする積りなのかも知れない。幾ら私が
サイボーグでも火には弱いですからね。唯一の良い点は、煙には頗る強いという事です。ああ、しかし雪が
段々積もって来ましたね。雪の少ない地方だと聞いていたんですがね」
ソードは降り積もる雪に何か嫌な予感を感じていた。ソード達の居る場所は明かりも無くかなり暗い。敵に
見つからない様に、わざと暗くしているのだが、その暗さが前途の暗さを暗示している様にも感じられるの
だった。
「はははは、済みません、ちょっと小便を……」
栄太郎はタイムリミットの迫った午後九時過ぎにトイレに立った。どうもタイムリミットの午後十時までユウカ
リが出て来そうにも無い様な気がするのだ。突入に備えて、最後の小便に立ったのだろう。
「ああ、雪が止みましたね。十センチ位は積もりましたか。この地方としては大雪でしょうね」
「はい、今ネットのニュースを見ているのですが、各地でスリップ事故が多発しているようです。でも空が晴れ
て来ましたね。星が見えます」
プラチナはこれから起きるかも知れない惨劇をなるべく考えない様に、美しい冬の夜空に気持を向けたの
だった。
「お待たせしました。まだ動きは御座いませんか?」
栄太郎は少し重そうに歩いて車に乗り込んで来た。防弾チョッキは結構重い。
「はい、今のところは。タイムリミットまで後三十分。そろそろ全身の防弾チョッキを着けられたらどうでしょう
か?」
プラチナが意を決した様に言った。
「良し、じゃあそうしよう。全身の物となると車の中じゃ身に着けるのは大変だから、ビルの中で身に着けま
しょう」
ソードもいよいよ決心してそう言った。悲惨な結果が目に見えている様な気がするが、余り考えない事にした。
ビルの中に持ち込まれた全身用の防弾チョッキは両腕、両脚、それと、レーサーなどの被る様な頭全部を
覆うヘルメットとである。
不慣れなせいもあって装着するのに手伝って貰っても十五分位掛った。そして少し早いが突入する事に決
めたのである。
「もし、ユウカリさんが捕まってタイムリミットを言ってしまったとしたら、それを考えればむしろ早い方が良い
だろう」
というソードの意見を取り入れたのである。
「それじゃあ、一旦X号館を十メートルほど通り過ぎて、止ってくれ。行き過ぎた様に思わせてから、私と栄太
郎さんは、車から降りて歩いてX号館の裏口から侵入する。栄太郎さん、銃は準備しているだろうね?」
「はい、拳銃二丁。あいつ等に負けない特殊な三十連発銃ですから、最大六十発撃てます。私共のタイムリ
ミットは三十分ですよね?」
栄太郎も最後の確認をした。
「はい、ここまで来たら、援軍を頼む事になるかも知れません。三十分経っても何事も無ければ、仕方があり
ません、今防弾チョッキを着たりして支度をしている、研究員の人達に突入して貰います。
大事(おおごと)にしたくないのですが、金森田だけは、あの男だけは何としてでも仕留める必要が有りま
すので、最後の手段です、マシンガンを持って突入して貰います。それじゃあ行きましょうか」
ソードも相当に緊張して来ていた。
「フォーダブリューディーノクルマデヨカッタデスネ。スリップセズニハシレル」
マイケルは降り積もった雪を心配した様だったが、4WD車だったので事無きを得た。直ぐ目の前で時折ス
リップして危うく事故になりそうになる車が何台もあったからである。
「さあ、着きました。ドアはばたんと閉めませんからね。栄太郎さんも音がしない様にして下さい。私達が中に
入ってから、少し間を置いてドアを閉め直して下さい」
ソードは念を押す様に言った。
「了解」
プラチナが了承すると、二人は静かに車から降りて、ドアは半ドアのまま裏娼妓X号館の裏口に向かって歩
いて行った。時折通り掛る車はあるが人通りは殆ど無い。
「………………」
「………………」
ソードと栄太郎は並んで歩いていたが、一言も言わなかった。直ぐ裏口に着いた。当然鍵が掛っている。
ソードの出番である。
「ムンッ!」
小さな気合を入れて、力付くでドアを回した。
「バキッ!」
鍵が壊れてドアは簡単に開いてしまった。三トンを超えるパワーで鍵を破壊してしまったのである。幸いだっ
たのはそれほど大きな音がしなかったことである。
「オオオッ!」
飛び上がるほどの驚きを感じた栄太郎だったが、大声を出す訳にはいかないので、呻く様な声で驚きを表し
たのに止めた。
「静かですね。一応このビルの見取り図とかは頭に入れてあるのですが、話に聞いたのは何時も淫らな音楽
が全館に鳴り響いているという事だったんですがね」
ソードは独り言の様に呟いた。栄太郎もソードと同様の話しは聞いて来ているので、ソードの呟きの内容は
想像が付いた。
「暗くはありませんが、匂いもありませんね? 情欲を刺激する匂いが充満しているとも聞いていたのですが?
それにピンクや赤色の照明が使われているとも聞いていたのですが、別の部屋なんですかね?」
栄太郎も呟いた。ヘルメットをすっぽり被っているので、大きな声を出さないと相手には聞こえないので、独
り言で済ましているのである。ソードにも栄太郎の呟きが何なのか想像が付いていた。
二人は部屋を一つ一つ調べて回ったが、一階には何も無かった。ただ余りのんびりはしていられない。タイ
ムリミットは三十分である。二階の部屋は一階の時よりずっと早く見て回ったが、やはり何も無かった。
様相が一変したのは、三階に上がってからだった。BGMは淫らな女のヨガリ声、照明はピンクや赤色が妖
しく入り乱れている。
大抵の男や女が変になってしまいそうな甘い隠微な香りがそこいら中に充満していた。気が付くと目の前に、
下着姿の少女が三人、ポカンと二人を見ている。
「お客様いらっしゃいませーっ!」
三人の少女はその様に躾けられているのだろう、一斉にそう言って、きちんとお辞儀をした。日本語だった。
しかし顔はアメリカ人や日系人の様である。
「この三人を連れて、逃げてくれ。三人だけでも助けたい。後は私に任せろ!」
ソードは栄太郎に強い口調で言った。
「で、ですが、ソード様、ソード様のお命が!」
栄太郎はつい本名を言ってしまったのだった。
「ほほう、ソード・月岡さんがここに居るとはね」
声は後ろからだった。振り向くと、金森田に捕まえられたユウカリが、手錠を掛けられて下着姿で立ってい
た。あちこち殴られた形跡がある。恐らく拷問に掛けられたのだろう。
しかしソードの名前を聞いて驚いている所を見ると、ユウカリは拷問に耐えて、決してソードの名前を言わな
かったのに違いなかった。
「ユ、ユウカリさん!!」
後悔の情を込めて栄太郎が叫んだ。ソードの名を言った事を激しく悔やんだが、もう遅かった。
「ふふーん、その声は、確か、助乃川栄太郎君だったね。君一人か、かっ! 情けないね、神と崇めるソード・
月岡大先生にユウカリとか言う女性と君と二人だけなのか。
ソード君、人の使い方はもう少し上手でないと拙いんだよね。君の造反は最近知ったのだが、何故分かった
か分かるかね?
勿論分かっているよね、ある時期を過ぎたらパッタリと君の情報が入らなくなった。何故なのかは簡単明瞭、
君が私を殺そうとしているからだ。
しかし、驚いたよ、日本に居る筈の君が、今ここに居るんだからね。その点は誉めてやるよ。なかなかの戦
略だったとね。しかし詰めが甘い。
私がここで、酒池肉林の宴でも開いていると本気で思ったのかな? 嘘に決っているのさ、君が何時来る
か、今日来るか明日来るかと準備を整えて待っていたのだよ。ここを首にした連中にもっともらしい事を吹き
込んでね」
金森田玄斎は余裕で言ったのだった。