夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「ふふふふ、君達がどうして失敗したか、教えてあげよう。募集などしていないのに、我々の偽情報を信じた
君達はこの女を潜入させようとした。その時点で君達は既に負けていたのだよ。
では何故偽情報を信じてしまったか。それは殆どの情報が正確だったからだ。99パーセントが真実で僅
か1パーセントが嘘だった。
勿論全てを信じた訳ではあるまいが、この館の構造や少女五人が娼婦になっていること、その他のあれや
これやが殆ど真っ正直に言ってあるものだから、裏をとって調べてみるとあれも本当だこれも本当だとなって、
結局信じてしまったのさ。
実際、ここで酒池肉林のパーティが開かれていた事は事実だ。いたいけな少女達が体を売っている事もね。
しかしそれら全てが大掛かりな罠だったとは気が付かなかったようだな。
あれだよ、赤穂浪士の大石内蔵助(おおいしくらのすけ)が、吉良方を欺く為に遊郭で遊んだ、本気で遊ん
だ。浪士の窮状を無視し、妾に子供まで作って、徹底的に堕落したと思わせる、その手を使わせて貰ったの
さ。
君も良く知っている手段だよ。勿論ここにいる女達は誰の子かは知らんが全員妊娠している。そこまでした
から君も信じたのだろう? 当然このユウカリ君も妊娠している筈だ。
さあ、どうする、サイボーグのソード君。大人しく私に従うか、さもなければ、君の事だ、私を殺す為に犠牲
をいとわないと言うのならそうすれば良い。
奥の部屋に女達と残りの少女達が一つの部屋に監禁されている。迂闊にドアを開ければ、中に仕掛けてあ
るガソリンの入った容器に点火されて、爆発的に炎上、全員死亡の筋書きだ。それでも良かったらやれば
良い」
淫ら極まりない雰囲気の幾分長い廊下で、長々と金森田玄斎は言った。ソードの仲間の突入して来るタイ
ムリミットまで七、八分しかない。
「タスケテ!」
ぎこちない少女の声が後ろから聞こえて来た。金森田に気を取られているうちに、何時の間にか少女三人
に一人ずつ男が付いていて、拳銃で頭を狙っている。少女達はガタガタ震えて怯えた目でソードと栄太郎を
見ていた。
金森田に捕まえられているユウカリは余程酷い目にあったのだろう、立っているのがやっとで目は虚ろだっ
た。声を出す事さえ出来ない状態だったのである。そのユウカリに金森田は拳銃を突きつけている。
「栄太郎、予定通りだ!」
「はい!」
ソードは犠牲を覚悟した。
『この男は今まで数万人を殺している。生かしておけば何十万、何百万の人間を殺すのに違いない。数十人
の犠牲で済むのなら!』
元々そう思って来たのだ。栄太郎にもその覚悟は出来ていた。思い悩めるだけ思い悩んだのだが、今、ユ
ウカリの無残な姿を見て本当に決心が付いたのである。
「パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、……」
栄太郎は情け容赦なく背後の少女達に銃を向けている三人の男達に三十連発銃を連射した。
「パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、……」
男達も負けずに応戦したが、装備が違う。完全武装に近い栄太郎に歯が立たなかった。
「ギャッ!」
「ウアーーーーッ!」
「グェッ!!」
男三人は十数秒で瀕死の重傷を負った。しかし栄太郎も無事では済まなかった。防弾チョッキの僅かな隙
間から、たった一発だけだったが弾が体内に侵入し、臓器の一部を大きく破損した。
「ウウウウッ!!」
呻き声を上げて栄太郎はゆっくりと倒れ込んで行った。
「バッターーーーンッ!!」
大きな音と共に倒れ伏し、そのまま気絶してしまった様である。しかし犠牲になったのは大人ばかりではな
い。一人の少女は男に頭を撃ち抜かれて即死だった。
もう一人の少女は栄太郎の撃った銃の流れ弾が当って重傷を負い、もう一人は弾がかすめただけだった
が、ショックで失神した。
「パンッ、パンッ、パンッ、パンッ、……」
栄太郎が銃を撃ち始めたのとほぼ同時に、ソードはユウカリを一瞥もせず真っ直ぐ金森田に向かって行っ
た。金森田は口で言っていたのとは裏腹に、真っ青な顔でひたすらソード目掛けて銃を乱射した。
勿論その為にほぼ完全な武装をして来たのである。幸いにも栄太郎の様に防弾チョッキの隙間から弾が
入り込む事も無く、ソードは全く無傷だった。
もはやユウカリが盾としての役目さえ果たさないと知ると、彼女を捨ててあたふたと逃げ出した。ソードは追
い掛けたが、防弾チョッキが重くて思う様に走れなかったので、ヘルメットを取り、脚や腕のチョッキも外し、
胸のチョッキも外して追い掛けた。その為に二十秒ほど遅れた。
二十秒の遅れはソードを迷わせた。
『くそっ、何処へ行った!』
館の中に潜んでいるかも知れないと思ったが、下まで降りて行って、一応外を見てみた。
『有り難い! 雪で足跡が見える! 月明かりで人影が良く見えるぞ!』
天の助けだろうか、正面玄関から必死で逃げる金森田の姿が、月明かりで良く見え、しかも新雪の上に足
跡が点々と続いていて何処を走っているのか一目瞭然だった。
「待てえーーーっ!!」
逃がしてなるものかとソードは追い掛ける。しかし金森田の足は驚くほど速い。ソードは走りながらケータイ
で連絡を取った。館の中の状況や、人質が居る場所、ガソリンタンクの仕掛け等を報告した。
「……、それで仲間はあと一人居る筈だ。多分人質の居る三階の部屋の中か、前かで見張っているのに違
いない。
その辺宜しく頼む。私は今金森田を追い掛けている。一人だけで北西の方向に走って逃げている。応援頼
む!」
ソードはやや詳しく状況を説明した。人質が危険な状態にあるので詳しく説明せざるを得なかったのだ。
『俺は大きな誤りを犯していた。くそ、俺とした事が! 赤穂浪士の大石内蔵助の敵の目を欺く放蕩三昧の
話はあの男とも話し合った事があったではないか!』
ソードはかつて金森田と色々な話をした事があった事を思い出していた。赤穂浪士の大石内蔵助の戦略は
二人で一致して褒め称えた事があったのである。
『しかし、あの男も俺を見誤った。十中八、九、俺は少女を見殺しには出来ないと思っていたのだろう。更に
仲間のユウカリさんを盾に使えば完璧だと思ったのだろうな。
……俺は全世界から轟々たる非難を受ける覚悟を決めていたのだ。もっとも、目の前に恐怖に震える少
女を見た時には流石にビビッたが、ユウカリさんの拷問の跡を見て、決心が付いた事までは考えなかったの
だろうよ。それにしても足の速い男だ。ええい、逃すか!!』
携帯電話を掛けた為に尚遅れたが、ソードはしかし徐々に追いついて行った。
「パンッ、パンッ、パンッ、パンッ!」
時折振り向いては銃を撃って来る。何発かは命中したが、ソードのハイテク超合金は弾丸を簡単に弾き
返す。ただ、欠点もあって、体の継ぎ目や目や耳等に当るとかなりのダメージを受ける。
頑強な人工の肉体にわざわざ防弾チョッキを着たのはその為だった。そのうち弾が無くなると金森田は銃
を投げ捨てて尚走って逃げた。
辺りは荒涼とした寂しい山岳地帯の麓になっている。もう人家も殆ど無い。後ろの方から急激に車が追い
ついて来た。
「ギューーーンッ!」
車は先回りして金森田の行き先を塞いだ。車からはマイケルとプラチナが降りて来て拳銃を構えた。更に
もう一台の車が走って来た。
離れた所から裏口を見張っていた研究員の乗った中型のバスだった。ややスピードが遅いのは雪でスリッ
プするからだった。
しかしそのバスも金森田の行き先で止った。バスからはかなりの数の研究員が降りて来た。ついに金森田
は取り囲まれてしまったのである。
「金森田玄斎、もう終りだ。えっ! ち、違う! 偽物だ!」
ソードは騙された事を知った。人相風体が良く似ていたし、着ていた超高級ローブもそっくりなのに、明らか
に別人なのだ。
「兎に角この男に手錠を掛けなさい。館に戻ります。マイケル、プラチナ、車で行きましょう」
ソードはかなり慌てて車に乗り込んだ。金森田の偽物は研究員達が双眼鏡風の特製手錠を掛けて中型バ
スに乗せた。二台の車は大急ぎで館に戻ったのである。
「うーむ、やられました。三階で出会った時には確かに金森田でした。万一に備えて替え玉を用意していたの
ですね。ああ、それで館の人質はどうなりました?」
ソードは気になっていた、人質達の事を聞いた。
「はい、まだ確かな情報ではありませんが、どうやら助かったみたいです。部屋の中には女達しか居なかった
そうです。でも人数的には辻褄は合いますね。三階で倒れていた、男は三人。さっきの金森田の偽物が一人
で四人。逃げたと思われる金森田も入れて合計五人。ですが……」
プラチナは悲しそうに言葉尻を濁した。
「犠牲者が出たということですね。全ての責任は私にあります。如何なる処分も覚悟しています。ただ、厄介
な事もありますので、それはこれから相談して決めましょう。
その前に金森田が本当に逃走してしまったのかどうか。ひょっとするとまだ館の中に潜んでいるかも知れま
せん。十分に調べてから結論を出しても遅くは無いでしょう」
ソードは逃げられただろうと思いながら、万一潜んでいる場合の事も考えていた。
『赤穂浪士の仇だった吉良上野介(きらこうずけのすけ)は炭小屋に潜んでいたのだよな。トイレや物置、ま
あその他全部しらみつぶしに調べてみれば良い。しかし多分逃げただろうな。だけど何故だ? 何故こんな
危険な事をする?』
ソードには金森田の真意が分からなかった。