夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 ソード一行が裏娼妓X号館に戻ってみると、大型のメディカルバスが来ていた。もしもの時の為に、ソードと
研究者の間で、密かに一定の時間でやって来る様に打ち合わせしてあったのだ。
 今回はアメリカ政府も軍も一切関知しない事になっているので、静観するだけなのである。また秘密保持
の為に、救急車なども呼ばなかった。
 今回の事件では死者一名、重傷者六名、軽傷者一名の惨事だったが、秘密裏に処理される事になる。妊
娠した女性達の堕胎手術も行われる事になっているがそれも無論極秘である。

 銃声がしたという通報が数十件ほど警察に寄せられたが、映画の撮影だという事になっている。全てはSH
教の内紛で済まされる事になっていたのだ。
 その事は日米両政府ばかりではなく、ヨーロッパの幾つかの国やアジアの幾つかの国など、他の国の政
府首脳からも圧力が掛っている。
 SH教に関わった数多くの国政の幹部達が献金などを受け取り、また過去の事件に加担した者さえ多数居
たので、発覚すれば超特大のスキャンダルになる。どうしても秘密にしたかったのである。 

 しかし奇妙な事が一つあった。ソード用の防弾チョッキの一部が無かったのだ。ヘルメットと胸に当てる防弾
チョッキである。
「ソード先生、何か変です。栄太郎さんが二人居ます!」
 研究員の一人がひょっとするとという顔で館に着いたばかりのソードの側に走って来て言った。

「何だって! 栄太郎さんは三階に倒れている筈だぞ! 二人居るってどういうことだ!」
 ソードは珍しく声高に叫んだ。
「それが、皆さんが金森田の偽物を追い掛けている間に、私共の側に足を引き摺りながらやって来て、『足を
やられたけど、ソード先生の命令だから、至急SH教のマッサーズ支部に行く』と言って、迎えに来た車に乗っ
て行ってしまわれたんです。でもその後で、三階にもう一人の栄太郎さんが居て……」
 研究員は失態を咎められると思って最後までしっかりとは言えなかった。 

「しまった、車で行った男が金森田だったのだ。そうか、ヘルメットを被っていたから分からなかったのか! 
言われて見れば確かに二人の背格好は似ていた。……逃げられたか!」
 ソードは悔しそうに唇を噛んだ。

「それにしても予め替え玉を用意しているなんて!」
 プラチナも悔しそうだったが、
「デモ、ヤカタノナカハ、シラベタホウガ、イイデスヨ」
 マイケルは冷静に言った。

「で、中の人達はどうした?」
 ソードはほぼ諦めた気持ちで言った。
「はい、現在、銃弾を受けた少女と栄太郎さんはメディカルバスの中で手術中です。一度に二人が限度です
ので、他の人達は応急処置はしましたが、研究所に着いてから手術という事になると思います。
 それと堕胎手術の方も研究所の方で行われます。今もう一台バスが来ますので、人質の女性達はそのバ
スで運びます」
 研究員はソードがそれ程怒らなかった事にほっとして事実を述べた。

「ユウカリさんはどうしてる?」
 ソードは一番辛い目にあわせた彼女の身を案じた。
「はい、館の一階の部屋で他の女性達と一緒に休んで貰っています。彼女もバスで連れて行く予定です」
「そうか、兎に角、精神的なケアが彼女も含めて全員に必要だな。宜しく頼む。ああ、そうだ、彼女何か言って
いなかったか?」
 ソードは会うべきかどうか迷っていた。

『自分を酷い目にあわせた張本人の俺と会って大丈夫だろうか?』
 そう感じていた。
「いいえ、特に何も。ただ全身の傷は鞭で叩かれたのでしょう。肉が相当に抉(えぐ)れて居ますから。彼女の
傷も応急手当をして置きましたが、やはり手術も必要な気がします。精神的なダメージも相当に大きそうです
し」
「分かった。もし何かあったら伝えてくれ。それから少女達の事なんだが、一人は亡くなったんだね?」
 ソードは聞くのも辛かったが、聞かない訳には行かなかった。

「はい。頭を撃ち抜かれていて、即死のようでした。遺体はメディカルバスの中に冷却保存してあります。研
究所に運んで解剖して厳密に死因等を調べる予定です。
 それと軽傷の女の子は、思ったより元気で、部屋の中で遊んでいます。念の為に申しますと、少女五人とも
全く身寄りの無い子供達だそうです。
 彼女達の世話係の女が申しておりました。施設から数年前に引き取られて、ここで働かされていたようで
す。
 ここいら一帯はそもそも金森田の支配する街なので、少女を引き取って働かせたのも金森田の仕業だと思
います」
 ソードに気を使ったのか、研究員は悪いのは全て金森田のせいだと言いたげだった。

「分かった。今は兎に角、館の中を徹底的に調べよう。何か手掛かりがあるかも知れない」
 ソードは激しい自責の念に駆られたが、その様な感情を一切排して、金森田の逃げたのが確実であるのか
どうか、逃げた先の手掛かりになるような物は無いかどうか、それを調べる事を最優先にしたのである。

 それから翌日の明け方まで、ソードと、マイケルとプラチナも含めた研究員達は徹底的に館の中を調べた。
トイレや物置や冷蔵庫の中も調べたし、屋根裏や通風孔等も人が入れそうな場所は全て徹底して調べたの
である。屋上にある貯水塔の中までも調べたが人っ子一人居なかった。しかも何一つ手掛かりが無かったの
である。

『かなり前からこの日の来る事を予測して、失敗した場合の事も考えていたのだな。悔しいが相手が一枚上
手だったか!
 しかしこれで彼は表立っては何も出来ないぞ。公式には行方不明になる。いや、逃亡した事になるだろう。
そうなれば彼の追放の為の選挙はいらない。
 SH教は理由無き逃亡は罪を認めたものと考える教義を持っている。ううむ、随分不利になるが、不利を承
知で今回の事をやったのだろうな。 待てよ、もし何もしなければ、彼の追放の為の選挙になるけど、勝てる
自信が無かったとすればどうだろう。
 仮に追放の為の選挙で辛うじて勝ったとしても、ギリギリでは今後の主導権は握れない。遅かれ早かれ俺
が主導権を握る事になるだろう。
 そうなる前に一発逆転する積もりだとしたら? 俺が人質の命を惜しんで彼の命令に従えば、恐らく強制的
に逃亡させられるのだろう。
 俺は最低でも月一回位は手術して、体を取り替えないと生きて行けないのだからな。それは俺の死を意味
する。そうか、あいつの狙いがやっと分かったぞ。
 そして今度はあいつがサイボーグになって世界記録を塗り替えて、SH教の主導者になる積もりだったのに
違いない。一か八かの大博打(おおばくち)だったんだ!』
 何時間も家捜ししながら考え続けて、ソードはやっと金森田の真意が掴めた気がした。

「無いですね、何も。徹底的に片付けたんですね。言いたくは無いですけど、敵ながら天晴れだわ。でもこれ
からどうするのかしら?」
 かなり疲れた様子でプラチナは言った。
「キット、オカネハモッテイルカラ、チカカツドウデモ、スルンジャナイデスカ?」
 マイケルは気の利いた事を言った。

「そうかも知れない。もうここまでにしよう。怪我人とか人質になった人とかはもう研究所に運んだのかな?」
 ソードが研究員の一人に言うと、
「はい、もうかなり前に運びました。宜しければ私達も戻りましょうか?」
 流石に疲れた様子で言った。

「当分、ここには人を入れない様にしないと拙いから、研究員のうち三人位ずつで交替で見張ってくれ。それ
と裏口の鍵を壊したから修理も頼む」
 ソードは研究員達に指令を出して、マイケル、プラチナと共に研究所に行く事にした。

 マッサーズシティにはかなり大きなSH教の研究所と呼ばれる施設がある。総合病院の様な建物で、元は
金森田が作ったのだが、大幅な増改築は今年の春頃にソード主導で始まったのだった。
 秋には完成し、表向きは病院の様な仕事をしていた。勿論一番重要な仕事は『神のマシン』の完成の為の
支援活動であり、その延長線上にあるソードの支援であった。

「ソード先生がいらっしゃったぞ!」
 ソードがここに直接来るのは初めての事だった。研究所内に異常な位の緊張感が走る。ソードが立ち寄る
かもしれないという情報はあったのだ。
 しかし、
「来るか来ないか分からないという事は、十中八、九来ないんだろうな……」
 そんな声が圧倒的だった。

 ソードが紛れも無く正真正銘のサイボーグである事を知っている者はごく少ない。体の一部、脚だけとか腕
だけとか、顔だけとかの部分的なサイボーグだと考えられていたのである。
 従ってソードの体の一部を実際に作っていても、彼がほぼ完璧なサイボーグであるとは知らないのである
し、敢えてそうしていたのである。その方が余程神格化し易いからであった。

 もしすっかりサイボーグだと知った場合は彼の熱心な崇拝者だった若川原和寿や大山田宗徳でさえもつい
て来れなかったように、
『すっかり熱が冷めてしまうかも知れない』
 と、ソードや彼の側近中の側近の研究員明日葉唯心等が考えたからである。
『万一そうなった場合、金森田玄斎の支持者が増えることになりはしないか?』
 その様に考えると、思い切って公表は出来なかった。

「よ、良くいらっしゃいました。研究所所長の大岩一秋(おおいわかずあき)です。宜しくお願い致します」
「副所長の賢台雁隅(けんだいかりすみ)です、どうぞ宜しく」
「総事務長の吉永美鈴(よしながみすず)です、どうぞ宜しく」
「ソード・月岡です、宜しく」
 ソードはトップスリーとだけ会って挨拶と世間話をして終った。しかし彼等は飾りに過ぎなかったのである。
本当のトップスリーはそこでもやはり地下に居たのだった。

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