夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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SH教マッサーズ研究所もまた、日本の北地区にある地下研究所同様、一般の者は入れない場所がある。
信者と言えども入れるのはごく一部の幹部のみだった。
しかもやはり入り口は迷路の様になっていて、秘密の入り口を通らなくてはならない。ソードはマイケルや
プラチナを含めた数人の研究員達と一緒にその中に入り、早速手術室に向かった。
大きな手術は、アメリカに来た時にジャンボ旅客機の中でして居たので、一時間で終る程度の小さな手術
で済む。しなくても大丈夫なのだが、出来るだけ万全を期する為と、こっちの設備の性能のチェックを兼ねて
いる。
「暫く一人にしてくれないか。休養を取りたいし、色々と考えたいことがあるのでね」
手術が終ると、ソードは自分用に作られた部屋で暫くの間寛ぐ事にした。
「承知しました。隣室に何人か人を配置して置きますので、御用の節は声を掛けて下さい」
「ああ、分かった。それでは後の事は頼むよ」
ソードはかなり疲労を感じてもいたので、部屋に入ると先ず眠りに付く事にした。何時もだと手術の最中に
眠るのだが、今回は眠れなかった。
『ううむ、駄目だ眠れない。直ぐ眠れるのが特技だったのだけど、流石に今回だけはそうは行かないようだ。
仕方が無い、兎に角考えよう。
……今日は大失敗だった。あれだけの犠牲を出しながら、結局金森田に逃げられてしまった。ユウカリさん
にはお詫びのしようが無い。亡くなったり大怪我をした少女には本当に申し訳ない事をしてしまった。
それに栄太郎さんにも大怪我をさせてしまった。どうやら一命は取り留めた様だけど、完治するのに三ヶ月
以上掛るとか……』
ソードは寝返りを打ちながら考え続けた。考えること自体がとても辛かったが考えずにはいられなかった。
『くそ、あのような状態であると分かっていたら、ユウカリさんの潜入など何の意味も無かった事位、想像が付
いたのに!
しかし、何としてでも金森田は仕留めなければ。そうでなければ犠牲になった人に対して申し訳が立たない
所じゃないぞ!
……一人でやれば良かったんだ。少女達や他の人質をどうせ助けられないんだったら、一人で立ち向かっ
て行けば良かったんだ。今度はそうする事にしよう。犠牲になるのは俺一人で沢山だ!』
ソードの次の方針は大体決った。まだ眠れそうもなかったので更に考え続ける。
『世界中から轟々(ごうごう)たる非難の嵐があるかも知れないが、何時かは真相を全て公表しなければな
るまい。
しかしまだ当分は秘密を守り通さないと、今度は世界中の政府を敵に回す事になってしまうからな。そうなっ
たらもう金森田を倒すどころじゃない!』
ソードは当分は秘密を守り通す事をこの時点で決めたのである。
『しかし金森田は一体何処へ行ったんだ? 誰もあいつを乗せて逃げた乗用車のナンバーも車種も知らない
のだ。分かっているのは黒っぽい乗用車だという事だけだった。
逃げた方向がマッサーズシティの方向、というだけじゃ雲を掴む様な話だ。何も分からないのと一緒だ。
ああ、それにしても何という失敗だったんだろう!
もし、金森田がこのまま大人しくしているのだったら何もする事は無いのだが。……いいや有り得ない。あの
野望の塊の様な男がこのままおめおめと引き下がっているものか! 必ず何かして来る!
悲しい事だが、あの男が何かして来るのをむしろ待つしかないのかも知れない。手掛かりが少な過ぎて捜し
ようが無いのだからな。
うううう、また犠牲者が出るのか。ああああ、堪らない! しかしそれしかないのだろうな、隙を見せて襲わ
せるしか多分方法は無い。そう簡単に尻尾を出す様な男ではないのだからな。くそう、くそう、ううううっ!』
ソードは悔しくて悲しくてどうしようもなかったが、用心深い男を捕らえるのには十分警戒をして見せつつ、
ごく僅かな隙を見せて誘き寄せる方法しかないと感じていた。苦しくはあったが一つの結論に到達すると、漸く
眠る事が出来たのだった。
ソードがマッサーズシティに現れた時点で、日本にいる、偽者のソードは急に姿を晦(くら)まして、マッサー
ズシティに向かった事にした。
それと同時に、金森田代表が正当な理由も無く、姿を晦ませた事も公表されたのである。ソードの付き人
だった、若川原和寿や大山田宗徳、白金アザミ、大橋メグミ、そして最後の最後で裏切った、菱目川吉野の
五人は特殊な任務で、世間から姿を隠したことになっていた。
実際には、ソードを裏切った五人は、マッサーズシティの地下研究所の一角に幽閉されていた。とは言って
も、ちょっとしたスーパー位の広さがあり、比較的広い個室が沢山あって、それ程窮屈でもない。
その中での行き来は全く自由だった。彼等はソードが金森田玄斎殺害に失敗した事、犠牲者が出た事な
どを知らされていた。
そして最長でも十年でそこを出られる事を伝えられていた。食事などはとても良く、閉鎖された場所の中に
居る限りは行動もかなり自由であった。無論それはソードの配慮だったし、その事は彼等にも十分に分かっ
ていた。
やがて新しい年を迎えた。ソードの周辺では極秘中の極秘の作業が進行しつつあった。本物のソードは何
時の間にか姿を現さなくなり、代ってソードにそっくりな十文字豹介が専らソード・月岡として世に出ていた。
本物のソードは世間には殆ど姿を現さなくなっていたのである。いや、本物のソードが何処で何をしている
のか知っている者はほんの一握りの者達だけだった。豹介でさえソードの行方は知らなかったのである。
ソードは新たな活動を殆どしていなかったが、前年の圧倒的な世界新記録を出した活躍の影響もあって、
ついにSH教はその信者が全世界で二百万人を突破したのだった。
また金森田代表が逃亡した為に、ついに代表の肩書きを無くして、彼を信奉していた者の中からさえも、
ソード・月岡氏に鞍替えする者も多くなって、それに反対する者は殆ど居なくなった。
その年の春、四月にはついに正式にソード・月岡がSH教の代表となったのだった。何処までも金森田玄斎
を信奉する者達は、SH教を辞めてしまったのである。結果SH教は完全にソード・月岡の支配体制が出来上
がったのだった。
ところがおかしな事になって来ていた。十文字豹介は次第に自分こそが真のソード・月岡だと思う様になっ
ていたのである。何処へ行っても物凄い人気であり、
『本物は何処へ行ったんだ? ひょっとすると死んだのかも知れない。全く音沙汰が無いし、人々はソード・
月岡を求めている。
そもそもソード・月岡は自分の姿形がモデルなのだ。彼がいないとすれば、自分がソード・月岡になるのは
自然の成り行きだ。
しかし事情を知っている少数の者達が邪魔だな。人々はソード・月岡という神を求めているのだ。SH教はそ
もそも、誰もが神になりうるという教えを持っている。
だとすれば私は正に神なのではないのか? 神ならば何をしても許される。私は神になる。私こそ神に相応
しい!』
何時しか彼はその様な妄想に囚われる様になっていた。
そして彼はついにその妄想を実行する事を決意したのだった。その年の夏のある日の事だった。全国的に
猛暑が続いていて、その暑さが或いは彼の思考を狂わせたのかも知れない。
幸か不幸か彼にとっても危険な要素の一つだった金森田玄斎は、全く姿を現わさなかったのである。その
危険性を彼はすっかり忘れてしまっていた。
その分、彼の器が小さいのだという事を彼は知らない。目の前の危険にしか考えが及ばないのは愚かな証
拠である。
『神のマシン? はははは、くだらない! 自分は幸いにも健康そのものだし、何を好き好んで機械に組み込
まれる必要がある? 正に無駄金使いも良いところだ!』
十文字豹介はその様に考えてその年の秋ついに計画を実行した。
「研究者は全員捕らえる。抵抗する者は情け容赦なく殺せ。もし私に良く似た者が居たら、直ちに殺害せよ!」
彼は元々優秀な研究員としてソードにも彼の側近の明日葉唯心にも信頼されていたので、日本のみならず
海外の地下の研究所の事も良く知っていた。
それらは勿論極秘の事だった。世界中の地下研究所は閉鎖された。二度と復活しない様に完全に破壊
されてしまったのである。
僅かに残されたのはSH教オーストラリア支部の地下研究所だけだった。そこでは研究施設は取り払われ
て、本物のソードに忠誠を誓う研究員や一部の信者等が収容される牢獄に作り変えられて、実際に収容さ
れたのである。
ただごく一部の研究者と、捕らえられていた、和寿、宗徳、アザミ、メグミ、吉野の五人の姿は見当たらな
かった。そして何よりも本物のソード・月岡の姿は何処にも無かった。
豹介が地下の研究所を破壊し尽くしたのは、ソードが活動出来ない様にする為だった。月に一度位は体の
部品の交換が必要だったからである。
『あいつを見つける事は出来なかったが、研究所を破壊したから、例え直前に手術していたとしても、冬まで
にはくたばる筈だ。
これで完璧だ。幸いにも殆ど抵抗する者がいなったからな。研究者達に聞いてみても、ソードの行方は全
然掴めない。手術中の事故で死んだと言う者さえある。まあ、大方そんな所だろう』
そう思って、安心して更に思いを廻らした。
『いよいよ私の天下が来た。SH教の信者はますます増えて、年内には全世界で三百万人の大台を超えるだ
ろう。
研究者として私は優秀であった筈。しかし何時も二番か三番に見られている。ソードにだってそうだった。
何故私が明日葉唯心の下なのだ、チェッ!』
豹介は悔しそうに舌打ちをした。しかし次には愉快な気分になっていた。
『邪魔者は完全に排除出来たぞ!』
と、確信していたからである。
『はははは、とうとう頂点に立つ日がやって来た。私は神として君臨するのだ! 上手くすれば十年以内に
信徒一千万人も夢ではない。そうすれば世界の誰であっても対等に、いや、それ以上の態度で接する事も
可能になる。
SH教の信徒は、何しろ単なる国家の国民等とは違うのだ。国民の中には、例えば大統領に背を向ける者
もあるだろう。
しかしわが信徒は私だけを見ている。私を絶対的に支持しているのだ。その意味では例えアメリカの大統
領と言えども私には敵うまい。信徒一千万。世界をゆり動かす力を必ず手に入れてみせる!』
十文字豹介はもう天下を取った様な気になっていたのである。