夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 勿論、全く野放図にしていた訳ではない。彼なりの情報網を持って、本物のソードやその熱烈な支持者達の
行方は追っていたし、金森田の情報も得ようとしていたのだが、少なくとも彼の耳には入って来なかったのだ。
『これだけ探して見つからないのだから、少なくとも、例え生き残っていたとしても、大したことは出来まい。ま
あ、油断さえしなければ大丈夫!』
 と、楽観的に考えていたのである。

 彼は三十そこそこの年令だったが、自分がソードに成り代る決心をした辺りから猛烈に体を鍛え始めてい
た。ソードの示したパワーに少しでも近づこうとしたのである。
 しかしそれは容易な事ではなかった。それが彼にとっての唯一のしかし重大な懸念材料だったのだ。時折
彼に挑戦して来る者が現れるのである。

『申し訳ないが現在は布教活動に全力を挙げておりますので、ご容赦願いたい』
 等と言って、断り続けているのだが、
『たまには流石と思わせなければ拙いのではないか?』
 考えがついその方向に向かってしまう。

『止むを得まい。薬も使おう、トリックも使おう!』
 そう決心してしまったのだ。
『公式の競技にさえ出なければドーピングの検査もない。まあ、何とかなるだろう……』
 そう感じて、密かに禁止薬物を使い強健な肉体を作り上げて行った。更に格闘技もこれはビデオなどを見
て勉強した。
 誰かに教わったのでは素人である事がばれてしまう。本物のソードは世界最強クラスだったのだから。密
かにそれに少しでも近づけておく必要があった。

 その年の暮れ、あるテレビ局が『世界最強人間集合!』という企画を打ち出した。様々な分野の世界一を
決定する企画だった。司会はテレビでお馴染みのコンポン君が担当する事になっている。
「是非ソード先生にも何かの種目で参加して頂きたいのですが」
 テレビ局からその様な強い誘いがあったのである。

「前向きに検討させて貰いましょう。ただ忙しいので余り長時間は困るのですが」
「分かりました。正味四時間位の拘束時間でどうでしょうか? 勿論ギャラは弾ませて頂きます。先生なら間
違いなく世界一でしょうから、一億円でどうでしょうか?」
「お金の問題ではないのですが、まあ、宜しいでしょう」
 豹介はあっさりと承知してしまったのだった。どの競技に参加するのかは追って返事をする事にした。

『パワーは確かに付いたが、格闘技は無理だ。技はまだまだだからな。陸上競技も、とてもとても。普通の水
泳も無理だ。とすればあれしかないな』
 豹介は数日後、テレビ局に電話で連絡した。

「潜水競技に挑戦します。以前は百メートルの競泳でしたが、普通に距離を競うタイプのものにします。企画
は確かそうでしたよね?」
「はい。ソード先生の以前されたものは公式のものではありませんので。ただ今回はまあ、言葉は悪いのです
が、大晦日の夜の長時間スペシャル生番組でして、一言で言えば世界チャンプクラスのお遊びみたいなもの
なんですよ。
 ドーピングチェックもしませんし、それから、公式ルールにのっとってやる訳でもありませんので、一つ気楽
な気分でやって下さい。勿論やる以上は優勝を目指して頑張って下さい」
「ああ、分かりました。詳しい事は私の弟子達と詰めて下さい。ではまたその節にお世話になります」
「はい、有難う御座いました。それでは宜しくお願い致します」
 そんな風にして彼の出場種目は潜水競技と決った。

 息をせずに何メートル泳げるかというダイナミックという競技だった。但し公式記録としては採用されない。
通常は二十五メートルプールで行われる競技だが、今回は特別企画で五十メートルプールになったし、浮上
した後での動作は言葉を発する必要がなく、指でオーケーのサインを出せば良い事になっていた。

『申し訳ないが、自分の名誉を守る為だ。酸素供給剤を使わせて貰う。ソードさん、これはあんたの名誉を守
る為でもあるんですよ。
 ははははは……、まあ、如何にももっともらしく見せるのが大変ですがね。しかしばれないようにしないと。
それとタイミングが問題だ。
 早過ぎては酸素が無くなってしまう。遅いのは皆に見られて論外だし。何とか上手くやらなければ。全てはタ
イミングに掛っているな。しかしそれでも二百メートル位が限度だろうけどね……』
 豹介は若干の不安を感じていた。好記録は出せても、優勝出来るかどうかは微妙な所だったからである。
その日から毎日数時間ずつ潜水泳法の研究に懸命に取り組む様になった事は言うまでも無い。

「さあ、いよいよやって参りました、ここは総合屋内競技場、『東京スーパー競技場』です。何と何と、この中
に仕切りは御座いますが、グラウンドもあれば競泳プールもある。
 更にはスケート場まであるという今年出来立てほやほやの競技場で御座います。大晦日恒例の、超長時
間スペシャル企画、名付けまして『世界最強人間集合!』という、そのまんまのタイトルで御座います。私司
会の、コンポンでーーーす! 宜しくお願い致しまーーーす!」
 コンポンは相変わらず張り切って司会を始めたのだった。

 競技は数多くある。競技開始は何と午前中からだった。それも早朝からである。この番組には世界のアス
リートの著名人も参加するが、一部芸能人や一般からの参加者も募集していた。
 その様にして世界の強豪が如何に凄いのかを、一般人と比較してみる事が分かりやすく、かつ面白いだろ
うと考えての事だったのである。

 午前中から午後に掛けては、殆ど観客も居ない競技場の中での、一般人と芸能人の言わば予選だった。
途中に何度もたっぷりコマーシャルが入る。生放送なので時間調節が難しいのと、コスト調整の為にそうして
いたのである。

 従って、参加する芸能人の熱烈なファン以外は、余り一般には見る者は多く無かった。エントリー種目は
ダブる事が無い限り、原則何種目であっても可能だった。
 スポーツ好きな芸能人は好んで参加するが、新人の芸能人、またその局の新人のアナウンサー等は、殆
ど強制的に出場させられる。スポーツの苦手な新人達にはちょっとした試練とも言えるものであった。

 司会のコンポン君は途中で何回かの休憩はあるものの、早朝から深夜までまで出ずっぱりである。アシス
タントに女性アナウンサーが数人付く。彼女達も予選種目のどれかに、最低一つは参加しなければならな
かった。

「さあ、先ず最初の競技は、男子百メートル走の予選です。ただし、今回だけの特別企画、途中で何と長さ十
メートルの雲梯(うんてい)があります。
 腕の力だけで渡って行かなければならない訳ですが、落ちたら即失格! これは世界の短距離走の強豪
でもちょっと厳しい。
 しかも雲梯は全八コースのうち、2、4、6の三つのコースにしかありません。従って速い人の後について行っ
ても、その人が雲梯が苦手だったらさあ大変。
 さっさと落ちてくれりゃあ良いけれど、途中で止ったりしたらもう進めません。その場合は雲梯を逆戻りして、
別の雲梯で進むしかありません。
 もう目茶苦茶なルールで御座いますが、上手くすると世界の強豪に勝てるかも知れないのです。という訳で
先ず予選第一組、行きます!」
  コンポン君は調子よく競技を進行させて行った。しかし雲梯を渡るのに予想以上に時間が掛ってしまった
ようである。

「ええ、この競技には一般の方のエントリーが数名御座います。その中でちょっと驚いたのはですね、大黄河
夕一郎(だいこうがゆういちろう)さんです。
 名前も凄いですが、エントリー数も半端じゃありません。これで本当に大丈夫なんでしょうか? まあ、途中
でリタイヤしなければ宜しいのですがね。
 さて、変則百メートル走はこの五組が最後です。各組のトップだけが夕方に行われる決勝に進めます。勿
論、当番組がお呼びした世界の強豪達三人と一緒に走るのですが、一般の方の最後の切符は残り後一枚
のみです。ああっと、何とここでコマーシャル! 結果は後でお知らせ致しましょう。ちょっと残念!」
 コンポン君はやや苦い表情で言った。幾ら番組の進行が遅れているとは言っても、競技の最中にコマーシャ
ルではクレームが付きそうである。

「はい、長かったコマーシャルも終りました。それでは先ほどの結果をお知らせ致します。ダントツで大黄河さ
んでした。
 尚今回の競技はタイムの測定は公式には行われませんが、非公式のタイムは十七秒ジャスト、大黄河さん
が二位以下を四秒以上引き離しての圧勝でした。
 勿論これは参考記録に過ぎません。ただですね、彼は雲梯までの五十メートルをたった六秒で走っている
んですよ。
 このまま走ったらどうなるのか、そんな怖い位の記録でした。これは私事ですが、この様な怖さを私はかつ
て何度か経験した事が御座います。
 まさかとは思うのですが、しかしその怖さを体験させてくれたお人、ソード・月岡さんは今回潜水競技に参加
されます。
 アッと、もう次の競技、女子百メートル走の予選です。女子の場合は可愛らしく、平均台を途中で渡るだけ
です。
 しかし落ちればこちらも即失格。そしてやっぱり平均台は三台しか御座いません。さあ、アシスタントの河本
アナウンサー、行ってらっしゃい!」
「はあーーーい! あああ、憂鬱だなあ! どうして新人がこんな事をしなきゃ駄目なのかしらね」
「河本さん、独り言はもっと小さい声で言わないと聞こえていますよ!」
「ひゃーーーっ! もうコンポン君って、意地悪なんだから!」
 河本アナウンサーはコンポン君のせいにして誤魔化したのだった。

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