夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

                              134


「えー、これはただ今入りました情報ですが、先ほどの大黄河さんの競技が放映されなかった事に対しまし
て、抗議が殺到しております。まあ、当然でしょうね。ええっ? 私が謝るんですか? 全く、しょうがないな。
 ええ、局の関係者の不手際で大変お見苦しいと言いますか、肝心の試合がお見せ出来ませんでした事
を、深くお詫び致します」
 コンポン君は結局まるで自分のミスの様に謝らざるを得なかった。

 女子の競技の模様は何故か丁寧に放映された。男子に比べると、接近撮影がやたら多かった。その為
にカメラマンと選手とが接触して、選手、カメラマン共々転んでしまうというアクシデントまであった。
「ああ、一体何をやっているんでしょうかね。また抗議が来そうです。おお、しかし、ブツブツ不平を言った割
には河本アナウンサー何と、予選トップですよ。いやあ、これは驚きました。人は見掛けによらないものです
ねえ。その諺を改めて実感致しました!」
 コンポン君は、局側の姿勢にムカついていたが、これから一緒に長時間司会を続けて行く、相方のアナウ
ンサーの一人が、思い掛けなく予選突破したので、幾らか気持が治まった様である。

「たっだいまーーーっ! うふふふふ、あたし勝っちゃった!」
 河本洋子(かわもとようこ)アナウンサーは意気揚々と帰って来た。仕方無しに行ったのとは、帰りは大違い
だった。
「いやー、驚きました。足が速かった事と、平均台が上手ですね。男子と同様、五十メートルの所に置いてあっ
て、他の選手が次々に脱落するのに、猛スピードで駆け抜けましたね。
 奇しくもタイムは、先ほどの大黄河さんと同様に、十七秒丁度でしたね。いや、お見事でした! 何と予選トッ
プの成績ですよ!」
 コンポン君は本当に嬉しそうだったし、河本洋子も実に嬉しそうにアシスタント役を務め始めたのだった。

「さて次の競技は、これはソード・月岡選手の出場する、潜水競技の予選ですね。今回は変ったルールを採
用しています。
 まあ、予選は違うのですが、本選と言いますか、決勝は面白いルールになっています。ただそれは決勝が
始まってからのお楽しみと言うことで、先ずは予選です。
 これは正式にはダイナミックと言われる潜水競技なのですが、最近人気なので、エントリー数が非常に多く、
一度に大勢の人が同時に予選を開始致します」
「五十メートルプールで同時に八人位ずつ予選をするのですよね?」
 河本洋子はややはしゃぎ加減に言った。 

「はい、そういう事になります。予選は七十五メートルを突破した者のみが決勝に進めますが、一般の方や
芸能人を合わせて、百人を超える方々が書類審査を突破して来ております。
 ええと、ああ、そうですか。まことに申し訳ありませんが、この中継は女子のみとなっております。決勝は男
女とも放映いたしますが、予選はこれから女子が始まります。
 男子の放映は御座いません。ええ、ちなみに、この競技にも先ほど凄い記録を出された、大黄河さんが出
場の予定だったのですが、まことに残念です」
 コンポン君はまた苦言を呈した。

「残念ですわねえ。小柄な選手ですよね、大黄河夕一郎選手って。でもあれでしょう五十メートル六秒という
のは大変な記録なんですわよね?」
「ええ、勿論です。何が凄いかといって、途中で、五十メートル地点で止る為には、かなり手前からスピードを
落とさなければならないからです。
 もし通常の百メートル競走でしたら、そこでスピードを落とす必要がありませんから、六秒を軽く切るタイム
になる訳です。
 勿論単純な比較は出来ませんが、少なくとも十一秒の壁は破っていたでしょう。ひょっとすると十秒の壁を
破っていたのではないでしょうか? まあ、これは期待過剰かも知れませんが……」
 コンポン君は何か胸騒ぎの様なものを感じていたのだった。

「ええと、ここで女子の予選についてお話しておきましょう。これは河本アナウンサーからどうぞ」
「はい、それでは、簡単に説明致しましょう。先程は男子の予選についてお話しましたが、女子の場合は、ま
ことに残念ながら、五十メートルすら超えられる人は殆どありませんので、プールの中央、二十五メートル地
点を突破した者のみ、決勝に進めます。
 エントリー数も男子に比べるとずっと少なくて、二十数名です。でもご安心下さい。水中カメラが前から後ろ
から、或いは横から、懸命に泳ぐ彼女達の美しい肢体が堪能出来ますわ。えっと、これは余計な事だったか
しら?」
 コンポン君が怖い顔で睨んでいた。

「し、失礼致しました。カメラマンの方、余り彼女達に近づき過ぎない様にご注意して下さいね、怪我をさせては大変ですから、うふふふふ」
 河本アナウンサーはまた上手く誤魔化したのだった。

「えー、先ほどカメラマンにぶつけられて、こけてしまった百メートル走の女子選手は怪我も無かったそうです
が、特例で決勝に進める事になりました。
 しかしとんでもない不手際で本当に申し訳御座いませんでした。それから男子の潜水競技の予選は、間も
無く始まります女子の予選が終り次第急遽放映される事に決りました!
 是非是非、大黄河様のお姿を拝見したいですわ。きっとかつてのソード様のように、水の中をお魚の様に
泳がれるのに違いありませんわ。ええっ、ちょっと言い過ぎなんですか? も、申し訳御座いません。あっと、
肝心の事を言い忘れました。
 私と同期の女子アナウンサー、吉喜沢影美(よしきざわかげみ)さんも出場します。とっても綺麗な方で、皆
さんどうぞ応援宜しくお願い致します。
 それにしてもまだ朝の七時なんですのよ。ああ、仕事とは言え辛いものがあります。あっと、洋子頑張りま
すう! へへへっ!」
 河本洋子はここでは可愛子ぶって誤魔化した。

「はい、それでは、女子の競技の方、あっと、ここでコマーシャルですか。あああ、男子を放映する為に、女子
は一部カットですか。
 ううう、悲しいですね。はははは、冗談はさておき、コマーシャルの後でまたお会い致しましょう。それでは
長ーいコマーシャルどうぞ!」
 コンポン君は覚悟を決めた。
『もう、こうなったら破れかぶれだ。どうなっても知らんぞ俺は!』
 そう感じていたのだった。

 潜水競技の女子の方は、これと言った、記録も出ずに終った。まだ予選なので、力を温存する積りらしい。
女子の場合記録そっちのけで、美しい裸身を披露する目的らしい者もいたし、お約束のオッパイポロリ等も
あって、男子からは概ね好評だったが、女子からの抗議が殺到したのだった。その度にコンポン君や河本
アナウンサーが謝り続けたのだった。

「さて、いよいよお待ちかね、男子の潜水競技が、ええと、もう始まっていますが、間も無く、大黄河さんの出
場のようです。ええと、吉喜沢さん、中継の方お願いします」
 コンポン君が言うと、先ほど潜水競技に出ていた、吉喜沢影美が本来の服装に着替えて、やや青い顔をし
て、紹介し始めた。

「はい、承知しました。先ほど私死ぬかと思いました。本当にきつい競技でした。記録は十メートルでしたが、
私にしては良く頑張った方だと、自分を誉めたい気分です。
 それはさておき、いよいよ肝心の大黄河選手が登場します。身長百七十センチ、体重七十キロ。現在まで
の男子の最高記録は百五十メートルです。
 七十五メートルを突破すれば宜しいのですが、決勝で他の選手にプレッシャーを掛ける意味もあるのでしょ
う。ただ規定の距離に達した選手は今迄で五人だけです。果たして大黄河選手はどうでしょうか?」
 吉喜沢アナウンサーが言うのと、大黄河選手が登場するのと丁度重なって、タイミング的には頗る良かっ
た。何しろ予定外の事なので、新人アナウンサーの彼女としては何かと大変な様である。

「さあ、ウエットスーツに身を包んだ大黄河選手が静かにスタートし始めました、いいえ、違います。他の選手
とは全く違います。
 泳いでいます。水の中を魚の様に見事に平泳ぎの形で泳いでいます。速いです。これで息が続くのでしょう
か?
 筋肉を使えば使うほど、酸素が消費され、直ぐ息苦しくなると言われておりますが、あああ、もう五十メート
ルを折り返しました。
 えええっ、百メートルを軽く突破しました。ど、どうなっているんでしょうか? あっと言う間に、百五十メート
ルを超えました。
 この泳ぎ、このスピード、前に見た事が御座います。ソード様の泳ぎにそっくりです。ま、まさか、いいえ、そ
んな筈はありません。ソード様は、夜の競技に参加されるのですから。これは楽しみになって参りました。
 二百メートル。大黄河選手は他の選手を圧倒して、物凄いスピードで、軽々と二百メートルに達して、浮上い
たしました。
 あああ、素晴しい。私、惚れました。大黄河様んっ、私とエッチ、あああ、いいえ、何でもありません。これで、
男子の潜水競技の中継を終ります。あああ、……」
 すっかり脱線してしまった、吉喜沢アナウンサーの中継だったが、大黄河選手の物凄い活躍を見たせいか、
殆どクレームは無かったのだった。少しだけあったクレームは吉喜沢アナウンサーの私情丸出しの中継報告
に対して位だった。

「何か見ていて、私はかつてのソード・月岡選手の勇姿を思い出しました。今回はそのソード・月岡選手が破
格のギャラで出演しますが、果たして決戦はどうなりましょうか?」
 コンポン君は今日の放送がただでは済まない様な予感がしていたのだった。まだそう多くはいないテレビ
の視聴者達もそう感じていたのであろう。夜の決戦に期待する声が数多く寄せられたのだった。

          前 へ        次 へ       目 次 へ        ホーム へ