夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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それから一時間ほど経った後、今度の中継は、リングの上だった。今回の目玉の一つで、予選から勝ち上
がったベストフォーの四人と、著名な格闘家四人でかなり夜遅くに決戦が行われるのだが、優勝賞金は一億
円と大奮発である。
ただし、二位以下には何も無い。トップだけが優勝トロフィーと副賞の車と賞金一億円が貰えるのである。
賞金に釣られたのかどうか、招待されなかったアマチュアやプロの格闘家がわんさと集まった。
『無差別&異種格闘技決定戦』と名付けられたこの戦いは格闘技の真の世界一を決定しようとするものだっ
たが、予想を遥かに超えて三百人以上も集まったので、止むを得ず一組一分の試合時間で行われる事と
なった。
予選も決勝もトーナメント戦だったが、予選に限って、特別ルールとなる。まず一分以内にどちらかがKO
勝ちした場合は無条件で次に進め、負けたものはそれで競技終了となる。
ただ決着が付かなかった場合には、一回戦が終了した時点で、審判が協議して両者勝とするか、或いは両
者負けとするかが決められるのである。
その様にして出来るだけ過不足の無いようにし、二回戦以降も同様に決めて行く。力量にかなりバラつき
があるので、強者同士の対戦や弱者同士の対戦もあると考えられるからだった。
勿論ベストフォーを決める最後の一戦だけは、きっちり判定などもする予定になっていた。そこまで勝ち残っ
て来るまでの間にバラつきは調整されると考えられたからである。
「さあ、今度は何と格闘技です。皆さん驚いて下さい。ここにもあの大黄河さんが出場しています。並み居る重
量級の猛者の中ではまるで子供の様に見えます。
彼が格闘家の中では身長も一番低いですが体重も最も軽いです。これで本当に大丈夫でしょうか? いや、
きっと彼はやってくれるでしょう」
「でも何だか心配ですわね。……それはそうと、出場者の中に覆面している人も沢山いますわよ。どうしてなの
かしら?」
河本アナウンサーは不思議そうに言った。
「はい、それではご説明致しましょう。先ず覆面している人の大半はいわゆる覆面プロレスラーなのです。諸
般の事情で素顔を見せられない人達が覆面している訳で、これは職業柄と考えて下さい」
「諸般の事情って何ですか?」
河本は素直に聞いた。
「はははは、本当のところは本人に聞いてみないと分かりませんが、私の想像では例えば前科者だとか、或
いはプロレスをしている事が秘密の場合とかじゃないかな。
他に仕事をしていて、アルバイトでやっているとすれば、ばれたら仕事を首になるとか。まあ、これは私の
想像ですから、当っていなかったら御免なさい。ただプロの人の場合にはイメージアップの為ってこともある
かも知れない。素顔が分からないって、何かミステリアスだからね」
「へえーっ、私、前科者だとしたら分かるわ。有名な殺人犯だったりしたら、とても素顔じゃ出られないし、でも
すっかり更生していたとすれば、それも仕方のないところかなって思うもの。じゃあ、アマチュアの人は多分そ
うなのかしら?」
「さあ、そこまでは分からないし、それ以上はプライバシーの侵害になるんじゃないかな?」
コンポン君は、余り番組のイメージダウンになるような事は言いたくなかったので、そこいらでお茶を濁して
おく事にしたのだった。
「さて、前置きはこの位にして、この予選の模様は、有力選手の場合だけの中継となりますので宜しくお願い
します。
何と言っても注目は大黄河選手ですが、十試合目に登場する予定です。それではそこまでの間コマーシャル
をどうぞ!」
「どうぞーーーっ!」
コンポン君はちょっと待ち遠しげに言った。河本アナウンサーは、待ち遠しげにしている事を気付かれたく
なくて、ややおふざけ調で言ったのだった。
そこからたっぷりとコマーシャルが入って、再開されたのは大黄河選手とその噂の覆面プロレスラーとの試
合が始まる直前だった。
「あ、いやいや、間も無く大黄河選手と相手は身長二百二十センチ、体重百七十キロの巨人、ザ・トルネード
です。実況の方は相生方敬三(あいうぶかたけいぞう)アナウンサーにお願いしましょう。どうぞ!」
コンポン君は大慌てで実況担当のアナウンサーにバトンタッチした。
「はいこちらは、『無差別&異種格闘技決定戦』の会場です。ああ、もう試合が始まるようですので、リング上
を見ましょう。
兎に角身長差が五十センチもあります。全く大人と子供の戦いです。何かこうこう言ってはあれですが、大
黄河選手、相手が悪かったのではないでしょうか。
新年早々の日本での試合の為に来日中の、ザ・トルネード選手は背が高いばかりではありません。ガッシリ
した鍛え上げられた肉体を持っています」
「カーン!」
アナウンサーの説明が終らないうちに、試合開始のゴングが鳴らされ、早速試合は始まった。
幾つかの基本的な禁止技以外は何をやっても良いという極めてラフなルールだった。今回は素足素手での
試合に限られていたのである。
これも珍しい試合形式だったが、それもまた一つの目玉になっていたのだ。靴の着用を許してしまうと、蹴
り技が制限されて興味が半減すると考えたらしかった。
「バシィッ!!」
試合開始早々だった。大黄河の凄まじい回し蹴りがザ・トルネードの足首の少し上の辺りにきまった。普通
に考えれば、大黄河の回し蹴りが如何に強力でも、先ず殆どザ・トルネードには通用しないだろうと思われて
いた。
実際ザ・トルネードはむしろ、相手を死なせない様に倒す方法を、あれこれ考えていた位だったのだ。
「ウウウ、ウガーーーッ!! 」
ザ・トルネードはたった一発で悲鳴を上げ、よろよろと歩きながら逃げ出してしまったのだ。
「ストップ! 大黄河選手の勝ち!」
ものの十秒も掛らずに勝敗は決着した。ザ・トルネードはこのままでは足の骨が折られてしまうと思ったらし
く、自らリングを降りたのだった。足の骨が折れてしまっては、新年早々のプロレスの試合に出られないので
自重したようである。
「す、凄まじい回し蹴りです。こ、こんなのは見た事がありません。今のは一体なんだったんでしょうか? 兎
に角、大黄河選手一回戦突破です。いや、これは先が楽しみというか、怖い位ですね……」
相生方アナウンサーは衝撃で顔を青くしながら言ったのだった。
「はい、大黄河選手、凄い勝ち方だったですね。今後も格闘技の予選の方は、有名選手や、注目の選手を
ピックアップして放映する予定です。
それではここで各地方のニュース天気予報等を入れまして、次は午前九時から再びお目にかかりましょう。
暫しのお別れです。それではまた九時からお会い致しましょう、さよなら」
「ちょっとだけバイバイ!」
コンポン君と河本アナウンサーは笑顔で別れを告げたが、次の放映までの間に朝食を済ませる予定だった。
「いや驚きましたね。大黄河夕一郎選手。何かこう、ソード・月岡選手が出てきた時と感じが似ているんだよ
ね」
コンポン君はスタッフの一人赤根沢芳樹、河本洋子アナウンサーの二人と一緒に、東京スーパー競技場内
にあるレストランで食事をしながら話をしたのだった。
「そうですよね。それでね、ソード・月岡選手の事なんだけどね、変な噂があるんですよ」
「何々、変な噂って?」
芳樹の言葉に河本アナウンサーが興味深々で喰らい着いた。
「それがですね、ここだけの話なんだけど、彼は偽物だって噂なんですよ」
「ええっ! 偽物!」
河本は大声で叫んだ。
「ほう、偽物ねえ……」
コンポン君も興味を示し始めたのだった。
「シッ! 声が大きいですよ。確かな話じゃないんだから、って、でも本当らしいところもあるんですよ。例えば
身長が少しだけ違います。
以前より大きくなっています。これは実際俺も調べてみたんだけど、確かにそうだったんですよ。ただ、僅か
一センチなので微妙な所なんですけどね」
「えーっ、一センチかあ。本当に微妙ねえ。それだけなの?」
河本はちょっとがっかりして言った。
「いやそうじゃないんですよ。顔の形も微妙に違うんです。これも徹底的にやってみたんですよ。そうすると、
良く似ているんだけど、何度やっても、以前の彼と最近の彼との二人の顔は重なり合いません。実寸法にし
てたった一ミリなんですが、どうしても合わないんですよね」
「何だ一ミリなの。少し太ったとかじゃないの? それだったら二、三ミリかそれ以上合わない事もあるでしょ
う?」
やっぱり河本はがっかりして言った。
「いやいや、骨格が合わないんですよ。あちらこちら少しずつずれていて、合わせる事は不可能だった。それ
だけじゃない。声紋が違うんですよ」
「ええっ、それって、決定的な違いじゃないのか? だとすれば大変な事になる。世紀の大スクープになるぞ!」
ついコンポン君も大きな声で叫んだのだった。
「シッ!! コンポンさん、声が大き過ぎますよ。ただそれもごく僅かなんですよ、違いが。そこで俺は指紋採
取が出来れば良いなって思っているんですけどね。
一丁協力してくれませんか? 上手くすれば本当に世紀の大スクープになる。俺はねえ、以前のソード・月
岡さんと今のソード・月岡さんとは双子かも知れないって思っているんですよ。双子の場合も良く似ているけ
ど、微妙に違うって聞いた事がありますからね。指紋なら決定的だ」
「でも以前のソードさんの指紋ってありますか?」
根本君が疑問を呈した。
「蛇(じゃ)の道は蛇(へび)って言いますけど、ちゃんと取ってあるんだなこれが。詳しい事はまた後にしましょ
う、もうそろそろ時間ですからね」
芳樹は自信満々で言ったのだった。