夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「これまた素晴しい勝ち方です! 古武道の達人神野選手は決して打たれ弱くはありません。こう見えても私、
以前彼を取材した事が御座いました。
 鋼の様な肉体で御座いましたよ。それがいとも容易く崩れてしまうのですから、大黄河選手のパワーには計
り知れないものがあるのでしょう。
 えっと、少し時間がありますか? それでは急な事では御座いますが、勝ちました大黄河選手にお話をお
伺いしてみましょう」
 相生方アナウンサーはワイヤレスマイクを持って、リングの上から降りて来たばかりの大黄河に駆け寄った。

「予選突破おめでとう御座います」
「はっ、有難う御座います」
「いや、お強いですね、何か流派とかは御座いますでしょうか?」
「いえ、自己流です」
「自、自己流ですか! お、驚きましたね。それでその、この競技とか、他の幾つかの競技に参加されたご趣
旨は何でしょうか?」
「まあ、出稼ぎみたいなものです。生活の糧ですね」
「へええ、これまたビックリですね。ああ、それでは今後も優勝される様に頑張って下さい」
「はい、頑張ります!」
 大黄河の力強い一言が入ったか入らないかの内に、番組は突然コマーシャルに切り替わったのだった。

「さて、昼食休憩と行きますか。えっと、芳樹、個室に行くか?」
 テレビの画面はコマーシャルに切り替わり、河本アナウンサーが別の女性スタッフと一緒に、昼食を取りに
行ったのを見届けてから、コンポン君はスタッフの一人、赤根沢芳樹に耳打をちした。

「俺はそんな趣味は無いぜ」
 結構真顔で芳樹は言った。
「おいおい、俺だって無いよ。偽物と言うか双子の件だよ」
 コンポン君は小声で言った。

「何だ、そのことか。えーと、最近金欠病でねえ……」
 芳樹はわざとらしく言った。
「分かったよ、奢るよ。その代わりメニューは俺が決めるからな」
「ちぇっ、しっかりしてるな。じゃあ、同じものにしろよな。ライスだけなんてのは無しだぞ!」
「はははは、その手もあったな。ライスに醤油を掛けて食えば、一応は食えるからな」
「おい、まさか本気じゃないよな……」
 芳樹は結構本気にして言った。

「まあ、しょうがない、これから長丁場だ。スタミナをつけるんだから、うな重でも取りますか」
「オッケー! 武士に二言は無いよな?」
 芳樹は大乗り気で言った。
「はははは、この期に及んでじたばたしないよ。もっと詳しく知りたいんだよ。色々知っていると言うか、調べて
あるんだろう?」
 コンポン君は山を掛けてみた。

「へへへへ、それは、うな重食ってからの話だな」
 芳樹は用心深く言った。かなりの秘密を握っているらしかった。コンポン君は了解した事を示す為に、二、三
度頷いて見せてレストランに向かって芳樹と並んで歩いて行った。

「予約していた個室をお願いします。コンポンと言いますけど」
 巨大な屋内競技場である、『東京スーパー競技場』には大小様々なレストランがある。予約会員制の個室レ
ストランもその一つだった。

 何かと物騒な昨今、誰にも邪魔されずに会食を楽しみたい、或いは重要な商談の為等に使われる、個室
専用レストランである。
 防音がしっかりしているのと、セキュリティのレベルの高さが自慢であった。構造はホテルの部屋にそっくり
だが、ベットやお風呂などは勿論無い。食事をする為のイスやテーブルが主な家具である。

「コンポン様で御座いますね。1115号室で御座います。キーをどうぞお持ち下さい」
 レストランの入り口に受付があって、中を見ると、廊下の両側にズラリとドアが並んでいて、すっかりホテル
のようだった。

 少し違うのは軽快なBGMが流れているのと、美味しそうな料理の匂いが濃厚に漂って来る事位だろう。コ
ンポン君と芳樹は、レストランである事と、健全さを強調するかの様な明るい照明の下、赤い絨毯(じゅうたん)
の敷かれた廊下を、目当ての部屋を探しながらどんどん奥へ入って行った。

 丁度お昼時である。廊下を歩いている者も何組かあった。その中で、コンポン君達の少し前を行く数人の
男女が目に付いた。
 一際大きく覆面をしているのはゴッドマンだろう。間も無く個室に入って行った。他の男女は中肉中背だが、
二人いた女性は驚くほどの美形だった。

「オイ、見たか、ゴッドマンだ。それにしても凄い美人が二人だぞ。他に男が二人。目付きが鋭くて、頭の切れ
そうな連中だ。ただのパワーマンじゃないぞあれは!」
 芳樹は声を潜めたが、つい大声で叫びそうになった。
「しっ! 他にもお客がいるんだ。部屋に入ってからにしろよ」
 コンポン君がたしなめた。

「バタンッ!」
 二人は捜し当てた1115号室に入ると、直ぐモニターテレビのスイッチを入れた。ここでの注文は画面上に
出てくるメニューに指で触れて注文する方式になっている。
 原則としてウエートレスの出入りは無いのだ。注文した料理は部屋の奥のやや小さい扉の向こう側に、ベル
トで運ばれて来る。巨大な回転寿司の様な感じである。

「ええと、うな重、松竹梅とあるけど、松は五千円か、ちょっと厳しいな。竹は三千円。梅は千五百円。まあ、
庶民としては梅だろうな」
 コンポン君は梅にしようとした。

「松は次の楽しみとして、せめて竹だろう? 天下の根本新之助、コンポン君ががまさか梅か? ファンが泣
くぞ!」
 芳樹が強い口調で言った。
「天下の根本新之助か。あの頃は何時でも最上級の物が食べられたんだけどねえ。今は高級マンション代
の支払いに四苦八苦しているから、他は出来るだけ節約しているんだけどねえ。
 まあ、いっか、他ならぬ赤根沢芳樹君のたっての頼みとあれば仕方ない。それじゃ、注文するよ。えっと、
画面の写真に触れて、個数は二個だな。OKに触れれば、後はベルトコンベヤーで運ばれて来るのを待つば
かり。さあ、これで文句は無いだろう?」
 コンポン君は少し痛そうな顔で言った。スーパーアイドルだった頃に比べると、ギャラは十分の一にも満た
なかったのだ。マンション代の支払いに四苦八苦している事は本当だったのである。

「さて、水とかはセルフサービスだな。それは俺がサービスしよう」
 芳樹は立って行って、水やお湯、お茶の出る装置の所で、コップに冷水を二つ汲むと、それを持って来て一
つはコンポン君に渡し、自分は直ぐに飲んだ。コンポン君も一口飲んだが、早速本題に入って行った。 

「ところで指紋は取ったんだよね、ソード・月岡さんの」
「ああ、勿論さ。指紋は意外な所で取ってある。何処だと思う?」
「さあ、あれだろう、迂闊にやったら、人権侵害になるよね。ヤバイんじゃないのか?」
 コンポン君はかなり心配して言った。

「まあ、その点は抜かりないよ。もし万一の時は、全てを公表して世論を味方に付ける積もりなのさ」
 芳樹は抜け目の無さをアッピールしてみせた。
「そうか、それで、どうしたんだ? 本当に指紋はあるんだろうね?」
「勿論。以前のテレビ番組『一にスポーツ、二にスポーツ!』でソード・月岡選手の使った道具の類は今でも
大切に保管してある。それは知っているよね?」
「ああ、そうらしいね。詳しくは知らないけど」
「スピードスケートをやったことは覚えているよね?」
「ああ、あれは凄かった。そう言えばあの時使ったスケート靴はどうしたんだろう?」
 コンポン君は薄々気が付き始めた。

「そう、それだよ。彼が使ったスピードスケートの靴は二、三足あったんだけど、全部大切に保管されている。
もう今じゃ大変な値段になっているよ」
「だけど綺麗に手入れされているんじゃないのか?」
 コンポン君は疑わしそうに言った。

「はははは、まさか。彼の指紋が付いているところに価値があるのさ。勿論汚れたまま保存するのは大変何
だけど、それだけの値打ちがあるのさ。今じゃ数千万の値が付いているんだからね」
「へえーっ、貰っておけば良かったな」
 コンポン君は何か残念そうに言った。

「ピピピ、ポポポンッ!」
 その時軽やかなメロディーが流れて、料理が運ばれて来た事を知らせた。
「おっと、待ってました! うな重、竹!」
 芳樹は早速扉を開けて、うな重二つを取り出した。一人分ずつお盆に入っている。

「だけど、うな重の松竹梅って何処が違うんだ?」
 芳樹は食べながら言った。
「書いてあったろう? 梅は中国産のうなぎとお吸い物も普通の澄まし汁。竹は国産の養殖うなぎ。お吸い物
は椎茸。松は国産の天然物のうなぎ。お吸い物も松茸なんだってさ。
 でもこれで十分美味いよ。ああ、ところで、そのスピードスケートに指紋が付いていたとしても、指紋の採取
は出来ないんじゃないのか? 迂闊に触れないんだろう?」
 コンポン君もうな重を食べながら言った。

「ふふふふ、その点に抜かりはありませんよ。このハイテク時代だぜ。特殊な光を当てて、その反射光をコン
ピューターで分析する。するとおや不思議、ちゃんと指紋が浮かび上がって来るという寸法なのさ。
 勿論そう簡単には行かなかった。そういうグッズを集めている収集家に何度も頭を下げて、やっと許可を
貰ったんだからね。
 それに、さっきは簡単に行った様に言ったけど、実際にはなかなかうまく行かなくて、何十回もやってやっと
成功したんだよ。その採取した指紋の写真はある場所に大切に保管してあるけどね。
 今度はソードさんがテレビで映されるから、指を上手く映せれば最近の高画質のテレビだと指紋まで分かる
可能性があるから、それに期待しているんだよ」
 芳樹は一気に一番肝心な事を言ったのだった。うな重、竹が良く効いているようである。

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