夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「はい。これも予選がありますが、もう間も無く始まります。大黄河さんもこれに出場する事になっているんで
すよ。彼が出場するのはそれで全部です。
それと先ほどの答えはですね、ここにありますのが、選手の方々が使うデスクと同じものなのですが、モニ
ターテレビの画面があって、ここに問題が出ます。
問題が出し終わりますと、『?』のマークが出て、答えはここにあります0から9までの数字のボタンを押し
て、最後に『OK』のボタンを押しますと回答終了となります。
では先ほどの回答を早速表示してみましょう。ええと、1、6、1、OK、のボタンを押して、正解だと御覧の様
に『○』が画面に表示されます。
間違うと『×』が表示されます。何度でも訂正可能ですが、問題は六秒ごとに出題されるので、その前に終
らないと、次の問題が出来なくなりますので注意が必要です。説明は以上です」
吉喜沢アナウンサーはかなり得意げに言ったのだった。
「ちょっと聞きますけど、さっきの計算の答えは吉喜沢さんが自分で出したんですか?」
コンポン君は悔し紛れに聞いた。
「はい、さっきの例題は私が作ったのですから、当然答えは分かりますわ。ケータイの電卓機能を使って計
算したから間違い御座いません」
吉喜沢はしゃあしゃあと言った。
「なーんだ、暗算したんじゃないのか。それだったらね、当然ですけど私にも出来ますよ。まあ、どんどんやっ
て下さいな。しかしフラッシュ暗算なんて、まあ、誰が考えたんだか、面白いのかなそんなものが……」
コンポン君はまだ腹の虫が納まらなくて、暫くブツブツ言っていた。
「さて、コンポン君が沈没したところで、会場ではスタンバイオッケーになりました。問題は六秒毎に一問ずつ、
一分間に十問、十分間に合計百問出題されます。
会場のあちこちに設置されたモニターテレビの大画面にも、同じ問題が出題されますし、テレビを御覧の
皆様にも問題が表示されますので、興味のおありの方はどうぞご一緒に解いてみて下さい。さあ、スタート
です」
次第に吉喜沢アナウンサーはその場の雰囲気に合わせて声を潜めた。会場には百人余りの挑戦者がい
る。
事前のペーパーテストで選ばれた百人である。ただ海外からの参加者数名は無条件参加となって、全部
で百人を超える事になったのだった。
「17、×27、×37、−47、?」
これが第一問だった。問題表示は二秒間。一度に全部表示されるのではなく、数値に演算子の付いた物
が
「パッ、パッ、パッ、パッ」
と、次々に表示され、正にフラッシュの様に直ぐ消えてしまうのである。
残り四秒以内に答える必要がある。出来ても、出来なくても、『クリア』ボタンを押して、スタンバイしないと、
次の問題は表示されない。
「−35、×23、+63、÷21、?」
これが第二問。以下同様の問題が、次々に出されて行った。
「皆さんお分かりでしょうか? 私には勿論、分かりません。筆算だったら良いのですけど、暗算では無理で
す。凄いですね、こんな問題が瞬間的に解けるなんて天才ですわ。尊敬しちゃいます」
吉喜沢アナウンサーはヒソヒソと本当に声を目一杯潜めて言った。会場内ではボタンを押す
「カチャ、カチャ」
という音だけが響いていた。
「終了でーす! 今、成績優秀者、予選突破された方のお名前を発表いたしますので、少々お待ち下さい」
最終の百問が終ると、係員が大きな声で終了を告げた。問題の解答の集計等は全てコンピューターが瞬
時に行う。
係員の前のデスク上のプリンターに、百余名の名前と成績が一覧表となってプリントアウトされ、自動的に
出て来るのである。
「お待たせしました。全問正解者が一人。あと一問だけミスした方が三人います。本来は上位三人が決勝進
出なのですが、同点の場合は何人であっても予選突破とすると予め決めて御座いますので、次の四人の方
が予選突破致しました。
満点はキャサリン・ロベルトさん。99点が山際厳庸(やまぎわげんよう)さん、同じく愛伊達花江(あいだ
てはなえ)さん、同じく、キム・ヨンシャクさん、以上の四名です。皆さん盛大な拍手をお送り下さい!」
「パチ、パチ、パチ、パチ、……」
会場は大きな歓声と拍手で満ち溢れたのだった。
「ああーっ、残念ですねえ。ただ今、プリントアウトされた成績一覧表が手元に届きましたが、大黄河夕一郎さ
んは二問不正解のグループに入っています。同点の方が四人おられます。
うーん、何とかならないのでしょうか? とても惜しいですわね。でも仕方がありません。ルールはルールで
すからねえ……」
吉喜沢アナウンサーは如何にも残念そうに言ったが、僅か一点でも次点は次点である。それが勝負の世
界の厳しさであり、だからこそ面白いのである。
それを面白いと思わない人は、勝負事に関与する事は止めた方が良いのだろう。それもまた一つの生き
方である。
「いやー、残念でしたね。それにしても、一般参加の決勝進出者四人のうち三人までが女性でしたね。驚きま
したよ。女性は暗算に強いという事が何だか実証されましたね。
でも大黄河さんが落ちてなんかホッとしましたよ。彼も人間だったんだなって改めて認識させられました。あ
れ? いや、その、合格した人の中で、愛伊達さんですか、お綺麗な人ですねえ。ああ、その他の方々も、
勿論お綺麗な人ばかりですが……」
コンポン君は愛伊達花江に見覚えがあった。
『確か、ゴッドマンと一緒にいた女性だ。へえ、グループで参加していたのかな? とすると他の連中もかな?』
コンポン君は他の連中も普通に観光等で来ている訳では無さそうだった事を思い出していた。
「ちょっと、コンポン君、何ニヤニヤしているの、いやらしいわね。男の人ってちょっと綺麗な人を見ると直ぐこ
れだから嫌よね!」
河本アナウンサーはテレビ放映中である事も忘れてかなりムッとして言った。
「ああ、いや、知り合いの女性に似ていたものですから。ああ、でも全然別人でした。それでは、ああっと、コ
マーシャル!」
コンポン君はうまくコマーシャルに逃げられてホッとしたのだった。
「ちょっと、何も本気で怒らなくても良いだろう、本番中に。本当に知り合いに似ていたんだからさ、確認の為
に見ることだってあるだろう、誰だって!」
コンポン君は顔をしかめて強い口調で言った。
「どうかしらね。コンポン君だけは違うと思っていたのに、何だか裏切られた様な気がするのよね。でも、御免
なさい。放映中は拙かったわね」
河本アナウンサーは少し言い過ぎだった事を詫びたのだった。
『待てよ、してみると、あの男性も、確か山際厳庸とか言ったよな。あの目付きの鋭い男もいたような気がす
る。ふうん、まあ、一位の賞金が結構な額だから、グループで荒しに来たのかな?
まあ、正当な方法だったら、特に文句の付けようが無いのだけどね。後二人位いたと思うけどね。他の競
技に出ているのかな?
しかしそれだけか? うーん、次の休憩時間に芳樹と話し合ってみよう。何だか妙な気がするよ。何か変だ
よな?』
コンポン君は何かただならないものを感じていた。
その後も様々な種目の予選が行われ、午後五時夕食休憩時間になった。午後六時からは、いよいよ決勝
戦が始まる。観客の数もどんどん増えつつあった。
「あの、コンポン君、あたしが奢りますから、一緒に食べに行かない?」
河本アナウンサーはお詫びのつもりで言った。
「ああ、申し訳ないけど、芳樹とちょっと大事な話があるんだよ。それはまたこの次という事にしてくれない
か?」
コンポン君は如何にも済まなさそうに言った。
「そ、そう。分かったわ、さっきの事まだ怒ってる?」
「いや、もう忘れたから。本当に芳樹と大事な話があるんだよ。気にしなくって良いよ」
コンポン君は早く芳樹と話をしたかったのである。
「うん、ふふっ、分かったわ。じゃあね」
河本アナウンサーはコンポン君が気にしていなさそうだったので、安心してお気に入りの女性スタッフと夕
食を取りに行った。
「芳樹、個室に行こうぜ。もう一回奢るよ。ただし、今度は安い物にしてくれよな」
「ホイ来た、合点承知の助! でも随分混んでいそうだけど大丈夫か?」
歩きながら芳樹は満席を心配した。
「そんな事もあろうかと、早目に予約していたからね。バッチリだよ、はははは」
コンポン君は言いたい事を我慢して言わなかった。いや言えなかったのである。
「1210号室で御座います。混み合っておりますので、お食事は一時間以内にして頂きたいのですが……」
受付の女性は申し訳なさそうに言った。
「ああ、休憩時間は丁度一時間だから、全然大丈夫ですよ」
「ああ、そうで御座いましたか。有難う御座います」
受付嬢はホッとしてキーを手渡したのだった。
「さあて、何にするかな? 芳樹は何が良い? 予算は千円以下だぞ。良いよなそれで?」
部屋に入ると、コンポン君は先ず金額の上限を示した。
「ああ、十分さ。確か千円ポッキリでハンバーグセットというのがあったろう? 食後にアイスクリームとコー
ヒーが付く奴。あれは断然お得だよな。
しかも、事前に食後に付く奴の時間を予約出来るんだよね。まあ、二十分もあれば楽々食い終われるから、
いや、待ちたくないから十五分後位で良いよ。それにしようよ」
「目敏(めざと)い奴だな。ああ、じゃあ、それにしよう。芳樹、やってみるか?」
「ああ、やらせてくれ」
芳樹はかなり慎重に画面の操作をした。何とか間違えない様に操作出来たようである。