夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「パチ、パチ、パチ、パチ、……」
 盛大な拍手に迎えられて、ソードとその付き人達は愛想良く笑顔でやって来た。独特のデザインの煌(きら)
びやかな飾りの付いた特製のローブを着ている。もうそれはローブとも言えない国王の着用する衣装の様な
印象を与えるものだった。
 頭にはかつて金森田玄斎が被っていた、SH教代表者のシンボルとも言える冠を載せていたのである。そ
の為にいっそうゴージャスな感じがしていた。

『やっぱり何かが違う。おかしい、以前のソードさんとは印象が全く違う。第一顔が違うじゃないか!』
 コンポン君は直接会って、偽物だと確信した。気持ちがそうさせるのか、顔形さえ違う様に感じたのである。
「ソード先生お久し振りで御座います」
 それでも一応それらしく挨拶して見せた。

「ああ、コンポン君か、懐かしいね。その節は世話になったね」
「いいえ、先生のお陰で、私まで良い思いをさせて頂きました。今日も一つ良い記録をお願いしますよ」
「はははは、余り期待しないでくれたまえ。ここのところ忙しくて殆ど練習していないものですからね。まあ、
やれるだけはやってみますがね」
 ソード一行は顔見知りのスタッフ達と簡単に話をして直ぐその場を去った。

『ふふん、違和感が無い様に、大分練習して来たみたいだな。しかし化けの皮が剥れるのも時間の問題だと
思うけどな。急いでここからいなくなったのは、ボロが出ない様にする為じゃないのか?
 だけど、潜水競技はそう簡単には上達しない筈。……まさか不正行為をするんじゃないだろうな? まてよ、
フラッシュ暗算の例がある!
 うーむ、これは注意深く見ている必要があるな。よし! 偽物説はまだ話せないけど、一般論として他のス
タッフにもそれと無く話をしておこう!』
 コンポン君は例え世界的な花形スター選手であっても、不正等が無いように気を付けるようにと、顔馴染み
のスタッフに話して回ったのだった。番組の進行係を務めている芳樹にも、その点を話しておく事を忘れなかった。

 午後六時過ぎ、いよいよ最初の決勝種目、変則百メートル障害物競走が始まる事になった。数時間ほど前
まではがら空きだった競技場は大入り満員になっていた。
 世界トップレベルのアスリートが三人招待されているのである。彼等を見ようという観客も多かった。しか
も今回、観客が特に多いのは、ここ『東京スーパー競技場』で新年を迎える為のカウントダウンが、花火等を
打ち上げて盛大に行われる事も理由の一つであったようである。

「さあ、盛大なカウントダウンショーの始まり、始まり! 先ず最初は、変則百メーター走の決勝です。ソード・
月岡選手に敗れたとは言え、世界歴代二位の記録を持つルーカス・ロイス選手を始めとする、世界のトップ
アスリート三人が、招待選手として来日致しました。
 その三人の輝かしいプロフィールや、近況等などをビデオに収めておりますので、先ずはそちらの方から
御覧下さい」
 コンポン君は割合あっさりと言った。何時もの時間引き延ばし作戦である。百メートル走等は今回の様に変
則的なものであっても、実際にはあっと言う間に終ってしまう。
 それでは番組的に拙いので勿体を付けるのである。仕方の無い事ではあったが司会者としては余り腕を
振るう事も無いので、ちょっと退屈だった。ついその気持ちが現れてしまったのである。

 十数分のビデオ放送も終り、いよいよ本番となった。六時開始と称しながら実際には六時三十分開始なの
だった。
「さあ、いよいよ始まります。海外からの招待組三人に対して、迎え撃つのは予選を突破した五人です。その
中で特筆すべきなのが、大黄河夕一郎選手です。
 これは余談ではありますが、私共事前にどの程度のタイムになるのか、モニターテストを行っておりました。
その結果は最速で二十二秒でした。そこから類推いたしまして、如何に世界のトップアスリートと言えども、
二十秒の壁は破れないだろうというものでした。ふうっ!」
 そこでコンポン君は一息入れた。余りべらべら一人で喋り続けては視聴者を退屈させる事を知っていたの
である。

「何故ならば、足の早い彼等は体重もそれなりにあって、雲梯を速く渡り切る事は相当に難しいと考えられる
からです。その点大黄河選手は小柄ですのでかなり有利とも言える訳です。
 ところで大黄河選手は第5コースです。これは不利です。雲梯があるのは第2、第4、第6コースだけです
ので、彼はコースを外れなければなりませんが、その場合は、隣のコースを走る選手の邪魔になってはいけ
ません。ぶつかる可能性がある場合には後ろに並ばなければならないルールです。
 しかし予選とは違って彼等を大きくリードする事は相当に困難です。果たしてどうなるのでしょうか? さて、
いよいよスタートです!」
 コンポン君の長い前置きでやっと所定の時間がやって来た。

「位置について、用意、パンッ!」
 原則としてスタートは日本語で行われる事になっていた。日本に何度もやって来ていてその位は分かる選
手が殆どであった事と、決勝は日本人が多いという事情によるものだった。

「あああ、速い! 大黄河選手、圧倒的なスピードです。第4コースはルーカス選手のコースですが、何と彼
に三メートル以上の差を付けて今雲梯に掛りました。いや素晴しいスピードです。例えチンパンジーでもこの
スピードには追いつけないでしょう!」
 コンポン君は半ば中継の事も忘れてレースの模様に見入っていたが、
「ゴール!! 大黄河選手圧勝です。タイムはあくまでも参考記録ですが何と十六秒でした。予選時より一
秒アップしての圧勝です!!」 
 他の選手の事を殆ど語らずに、大黄河選手を褒め称えたのだった。それにはちょっとした訳があった。

「勝利者インタビューは吉喜沢影美アナウンサーです。お願いします」
 コンポン君の呼び掛けに答えて、吉喜沢アナウンサーがインタビューした。
「優勝おめでとう御座います。本当に速かったですね。今のお気持ちを聞かせて下さい」
「ふう、何とか勝てて良かったです。ただ、まだ後三つ競技がありますので少し休ませて下さい」
 大黄河はかなり疲れた表情で答えた。

「ああ、そうですわね。それでは、これでインタビューを終ります。皆様盛大な拍手をお願いしまーーーす!!」
 吉喜沢アナウンサーは大黄河選手の意向を汲んで、直ぐインタビューを中止した。その判断は好感を持っ
て受け止められ、会場中を逆に大いに沸かせる事になった。
「パチ、パチ、パチ、パチ、……」
 万雷の拍手は大黄河選手にばかりではなく、アナウンサーの吉喜沢影美にも与えられたようである。

「いやーっ、本当に良かったです。尚、ルーカス選手は途中で雲梯から落下して失格となりました。ところで
一言だけ言って置きたいのですが、ルール的に言って、招待選手が圧倒的に有利でした。
 何と言っても雲梯がコース上にあるのですからね。私、このようなやり方には反対でしたが、一司会者の身
分ではどうにもなりませんでした。
 番組を盛り上げる為とは言っても、不公平なやり方では禍根が残ると思ったのですが、その様に不利なルー
ルにも拘らず良くぞ優勝して下さいました。大黄河選手、本当に有難う御座いました!」
 コンポン君は、まだ大黄河選手の残っていた競技場の方向に向かって、深々と頭を下げたのだった。

「次は女子の百メートル走です。勿論途中に平均台のある、変態、いや、変則百メートル走です。これには
何とついさっきまでそこいらにおりました、あの、河本アナウンサーが出場するのですね。頑張れ河本アナ
ウンサー!」
 コンポン君のやや私情を挟んだかのようなメッセージだったが、生憎と、女子は上位を全て招待選手が占
めて、河本アナウンサーは四位に終った。

「あーん、悔しいよう! どうしてあんなに速いのかしらね。……ま、いっか! それでは元気を取り直して行
きましょう! 次はフラッシュ暗算です。
 会場では予選突破の六人と招待された三人、合計九人で行われます。ご承知かとも思いますが、予選に
おいては電卓を隠して使うという、とんでもない不正が発覚してしまいました。
 そこで決勝ではより厳正に競技をします為に、デスクの上に常に手の平を上にして置く事。ボタン操作の時
だけデスク上から手を離してボタン操作が出来るというルールに変更になりました。選手の方々は大変でしょ
うが、これも不正防止の為です。とは言っても、気持ちの落ち着かない事でしょうね……」
 河本アナウンサーは本当に残念そうに言った。

「えー、それでは会場の方を呼び出してみましょう。相生方アナウンサー、実況の方をお願いします!」
 コンポン君が叫んだのだったが、そこで急遽、コマーシャルに切り替わってしまったのだった。生放送が、
不正発覚のアクシデントについて行けなかったのである。

「えーっ、突然のコマーシャルでしたが、皆さん今晩は。会場の方では既に競技が始まっております。それで
は遅ればせながら、ルールを解説致しましょう。
 ルールはマイナスポイント制になります。マイナスがつくポイントは二つあります。一つは間違えること。これ
はマイナス二点。
 もう一つは時間的にラストである事。これはマイナス一点。もし時間的にラストであって間違えた場合には、
一挙にマイナス三点になって仕舞います。マイナス五点になった者が脱落します。
 従って一度に二人以上の者が脱落する事も有り得ます。それで脱落者が出た時にはそれまでのマイナスポイントはチャラになります。そのやり方で最後まで残った人が優勝ということになります」
 相生方アナウンサーは何か楽しげだった。

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