夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「お待たせ致しました。数々の試練を乗り越えて、『無差別&異種格闘技決定戦』もいよいよ大詰め。これか
ら準決勝の二試合が行われます。
 対戦カードは最初が、『悪魔の握力を持つ男』というニックネームまで付いてしまった、ゴッドマンと最有力優
勝候補と言われたアーノルド選手を破って勝ち上がって来た、覆面格闘家ミスターRです。
 ゴッドマンも覆面をしていますから、なんと覆面をしたもの同士の対戦となっています。これは興味が尽き
ません。
 ここからの現場中継は、新宅裕也(しんたくゆうや)アナウンサーにお願い致しましょう。色々な手違いから、
なかなか出て来れませんでしたが、やっと本来のアナウンサーの登場です。新宅さん、おねがいしまーす!」
 コンポン君は少し安心した。大幅に乱れていたスケジュールが、夜十時を過ぎてやっと軌道に乗り掛けて来
たからである。

「はい、こちらは格闘技の会場です。私、先程まで女子の競技の中継をやらされておりました。それはそれで
目の保養になりまして良かったのですが、ああ、いいえ、それは私の個人的趣味の問題でした。
 大変失礼致しました。それでは雑念を振り払いまして、先ずは第一試合からですが、その前に第二試合の
方も簡単にお伝え致して置きましょう。
 第一試合の組み合わせが決れば、おのずと第二試合の組み合わせも決ります。これもまた今大会屈指の
好カードでしょう。
 何かと噂の大黄河夕一郎選手とミスターノックアウト選手の組み合わせであります。大黄河選手の破壊力
十分の回し蹴りは、まともに喰らったら、如何に頑強な肉体のプロレス系のミスターノックアウトでも一溜りも
ありません。
 しかしそこは百戦錬磨のミスターノックアウト。別名千の技を持つ男とも言われています。どんな技を繰り出
してくるのか今からとても楽しみですねえ。
 さあそれでは第一試合が始まります。覆面同士、何か奇妙な印象なのは、見慣れない二人の奇妙な動きか
らなのでしょうか?」
 新宅アナウンサーの印象どおり、二人ともプロレス系ではないので、覆面が余り似合わない感じがしたので
ある。

「ハッ!!」
 ミスターRはゴッドマンの強力な握力を知っていたので、捕まえられない様に離れて勝負をする事にしたよう
である。彼なりの強力なローキックを見舞った。

「ソリャッ!」
 そのローキックをかわす意味も込めて、ゴッドマンは跳び膝蹴りをミスターRの胸の辺りに喰らわした。
「何の!!」
 ミスターRは両腕を交差してガッシリと受け止めた。体格が良かったので何とか受け止める事が出来たが、
その防御の右腕をすかさず掴まえられてしまったのだ。推定三百キロ以上はあろうという握力で激しく握り締
められた。

「くそっ!!」
 ミスターRは苦痛に耐えながら、掴んでいた相手の腕に左手の拳で、至近距離から何度も打ちつけた。
「ふふんっ!!」
 ところがその腕を今度は左手で掴まえられてしまったのである。右手ほどではないようだが、それでもやは
り相当の握力があって、ミスターRは苦痛に顔を歪(ゆが)めた。

「うりゃっ!」
 小さく気合を入れて、至近距離からで威力は余り無かったが、兎に角必死の思いで回し蹴りを繰り出した。
一発では効き目がないと分かると、
「りゃ、りゃ、りゃ、りゃ、……」
 立て続けに十発以上ごく小さなローキックを打ち続けた。

「うあっ!!」
 同じ場所を十数回も蹴られて、流石に効いて来たのだろう、苦痛で手を離してしまった。
「そりゃーっ!!」
 その一瞬の隙を突いて、強烈なかかと落しが、ゴッドマンの左肩を襲った。顔面への攻撃は反則で即負け
になるが、肩への攻撃なら許されている。

「ほりゃーっ!!」
 しかし何という反撃技だろう、瞬時に跳び上がって、逆に肩の筋肉を足首にぶつけたのである。
「うあっ!!」
 ミスターRは空中に弾き飛ばされてしまったのだった。

「そりゃっ!!」
 更にゴッドマンの攻撃は続く。空中にいるミスターR目掛けて、腰の辺りに飛び上がっての頭突きを喰らわし
た。威力は大した事が無かったが、相手のバランスを崩す効果は十分にあった。

「バーーーンッ!!」
 ミスターRは受身を満足に取れずに床の上に落下したのである。
「はりゃーーーっ!!」
 ゴッドマンはこの時とばかりに後ろ手にミスターRの腕をねじ上げ、同時に渾身の力で握り締めたのだ。
「バンッ、バンッ、バンッ!」
 ミスターRは堪らずに床を三回叩いてギブアップしたのだった。

「それまで! ゴッドマンの勝!」
 審判はすかさず止めに入って、ゴッドマンに勝った事を伝えて、攻撃を止めさせた。
「はははは、勿論止めますよ。へへへ、もうちょっとだったのにな……」
 ゴッドマンは相手の腕をへし折りたかったのかも知れなかった。しかし、審判の制止を聞かないと反則負け
になる恐れがある事を知っているからか、ニタニタ笑いながら止めたのだった。

「いやー短い時間でしたが、内容のある凄まじい攻防でした。このような試合はちょっと見た事が無いですね。
あのゴッドマンの身のこなしの軽い事。
 体重は軽く百キロ以上あるでしょうに、軽量級の選手の様に軽々と飛び跳ねる。いやはや驚きました。これ
で無名だというのですから信じられません。
 しかしひょっとすれば著名な格闘家なのかも知れません。訳あって覆面をしているという事も考えられます。
ただ、私の記憶にはちょっとそういう格闘家は無いのですがねえ……。勝利者インタビューは、駄目ですか。
ここでコマーシャル!」
 資金調達の為の大量のコマーシャルが入っていて、まるでコマーシャルの合間に番組がある感じになって
来ていた。

「はははは、しかしコマーシャルが多過ぎるよな。次の試合は大丈夫なんだろうねえ」
 コンポン君が言うと、
「そうよねえ、コマーシャルが多いとは聞いていたけど、ここまでとは思わなかったわ」
 河本アナウンサーもやや呆れ気味だった。
「まあ、今年限りだろうな、こんなやり方は。視聴者からの抗議が殺到しているからね。でもどうやら次の試合
には間に合いそうですよ」
 芳樹も合間を縫って、少し喋ってから、また自分の持ち場に戻って行った。

「いやあ、間に合いました! 早速ですが、大黄河選手とミスターノックアウトの試合が始まりました!」
 コマーシャルが終るのと殆ど同時に、
「カーンッ!」
 試合開始のゴングが鳴ったのだった。

「ハアアーーーーッ、リャーーーッ!」
 試合開始と同時に、ミスターノックアウト選手は右腕を横に上げて突進した。腕を喉に食い込ませるラリー
アットの技である。
 勢いで相手を後ろに押し倒し、後頭部を床に激突させるという、プロレスの中でも危険な技の一つである。
これも、顔面ではなく、喉への攻撃なので許されていた。

「ハアーッ!!」
 信じられない事が起った。横に伸ばした二の腕に、気合諸共繰り出した大黄河選手の蹴りが、見事に決っ
ていたのである。丸太棒のように腕が太かった事が災いした。かかとが絶妙のバランスで、深く深く食い込ん
でいる。

「ウアアアアーーーーッ!!」
 余り攻撃を受けた事の無い場所に、見事なほどのカウンターで強烈な蹴りを喰らったから堪らない。筋肉が
切れそうになっていたのである。激痛でのた打ち回るより他無かった。これ以上試合を続ければ完全に筋肉
が千切れてしまう。

「ストップ! 大黄河選手の勝ち!」
 審判は状況を素早く判断して、試合を止めさせた。最もノックアウト選手は、既に戦意を完全に失っていた
のだった。結局立って歩く事も出来ずにタンカで病院送りになってしまったのである。

「凄まじいです。……何と言ったら良いのでしょうか。こんな技があるのでしょうね。……勝利者インタビュー
をしたいのですが、あああ、コマーシャルです!」
 新宅アナウンサーは一瞬言葉を失った。一ミリでもずれれば大黄河選手の技はきまらないのである。恐る
べき修練の技か、さもなければ奇跡としか言いようがなかった。

「何か凄い反応ですよ。世界新記録を続出させた、一頃のソード・月岡さんみたいだ。視聴者からの問い合
わせが殺到しています。何処の誰なんだって!」
 コマーシャルタイムの間に芳樹が走って来て、コンポン君や河本アナウンサー、その他のスタッフに伝えた。

「そうでしょう、そうでしょう。こりゃ、新年早々、午前零時からの決戦が楽しみだぞ。メーンイベントに格闘技
の決定戦を持って来て良かったよ。
 ソードさんの出る、潜水競技をラストに持って来る案もあったけど、少し地味だからね。こっちの方が派手だ
と思っただけ何だけど、予想外に上手く行きそうだな」
 コンポン君は事前の協議で、自分の主張が取り入れられた事に責任を感じていたのだが、思いがけずに
上手く行って、ホッとしていた。

「私って、格闘技はちょっと苦手なんだけど、大黄河選手って、何か芸術作品の様な印象があるわ」
 河本アナウンサーは長時間の放送に疲れを感じて来ていたが、大黄河選手の活躍に少し目が覚めたよう
であった。

「芸術作品の様な印象とは上手いこと言いますね。そうなんですよ。今の場合、大黄河さんは身長が低い。
ミスターノックアウト選手は身長が高いです。
 彼は大黄河選手の強さを知っていますから、一発で仕留め様と思ったのでしょう。そこで必殺のラリーアッ
ト、プロレスの超危険な技ですがそれできめにいきました。
 その技は首を狙いますから、当然斜め下に向かう。大黄河選手のかかと蹴りは下から斜め上に蹴り上げ
る形になる。腕とかかとが一直線上にあって、激突する。
 これは野球で言う所の『芯で捉える』ということ、つまりボールの中心をバットの中心線で叩くのに似ていま
す。一番ボールが飛ぶ状態になる。
 大黄河さんのかかとがノックアウト選手の二の腕に、最も大きなダメージが与えられるという事なんですよ。
ただ野球のホームランでもそうなんだけど、理屈は分かっていても何時もホームランが出る訳じゃない。
 さっきの場合、一ミリでもずれれば逆に大黄河さんが大きなダメージを受ける事になるんだよな。殆ど神業
ですねえ……」
 コンポン君は敢えて淡々と言ったが、心の奥底から感動が滲み出して来ていて、目頭が少し熱くなっていた
のだった。

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