夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 やはり『東京スーパー競技場』にある、屋内プールでは、午後十時三十分いよいよソード・月岡も登場して、
潜水競技が始まる事となった。かつての栄光を知っている観客達は全員総立ちでソードを迎えた。
「おおお、ソード!!」
「ソードさあん!!」
「ソード頑張れ!!」
「世界記録を出してーーーーっ!!」
 兎に角物凄い声援だった。

「さあ、年も押し詰まって、ラストに相応しい、潜水競技が今正に始まります。先ず男子の部からです。この後
女子の部、それが終るとカウントダウンショーが始まり、盛大に花火等を打ち上げまして、新年早々の最初の
番組が、とんでもない怪物同士の対戦となります、『無差別&異種格闘技決定戦』の決勝戦が始まります」
 コンポン君はソード・月岡の正体を暴くべく、登場三十分前から執拗にカメラで彼を追い掛けて貰っていた。
表向きはファンに対するサービスの一環という事だった。勿論実際には不正が出来ない様に見張る意味が
あったのである。

「ここからは競技終了までコマーシャルはありません。安心して御覧下さい。えっとそれでは潜水会場の吉喜
沢アナウンサー、中継の方宜しく!」
「はい、はーーーいっ! 今回私は御覧のように美しいビキニの水着姿でご案内致します。いやー、裸の男
達が一杯ですねえ。
 えへへへ、済みません、私とした事がはしたない。……まだ全員プールの外ですが、今回の特別ルールを
説明致しましょう」
 吉喜沢アナウンサーは出場した潜水競技女子の部で予選を突破すれば、準備の関係もあって男子の方の
中継は免除される予定だったが、突破出来なかったので、水着での中継となった。一種の罰ゲームの様な
ものだったが、当の本人は実に楽しそうであった。

「カメラさん、水中の映像お願いします」
 吉喜沢アナウンサーの要求に応えて、画面は水中の映像に切り替わった。
「はい、プールの底の方を良く御覧下さい。小さな小さな真四角の袋の様な物が点々とコースの中央辺りに
置いてあるのが見えると思います。
 中に空気が入っているので四角い袋がミニミニ座布団の様に膨らんでいます。ですが浮かびません。何故
でしょうか?
 中に重しが入っているって? 惜しい! 実は中に入っているのは前回のオリンピック記念十万円金貨だっ
たんです。その金貨入りの袋は一メートルおきに置いてあります。
 今回のルールでは、競技を終わる時には必ずその袋を取ってから浮上しなければなりません。そしてその
袋を高く掲げれば、潜水成功とみなします。出来なければ潜水失敗となります。
 勿論その袋の中の金貨は取った方に差し上げます。何枚入っているかは、袋を開けてのお楽しみ! ふふ
ふふっ! 十枚入っていれば百万円よ。女子も同じルールだったのに、予選落ちして悔しい!」
 吉喜沢アナウンサーは本当に悔しそうである。

「吉喜沢さん、もう直始まりますから、選手の紹介をして下さいよ!」
「そうよ、何寝言言ってんのよ!」
 コンポン君と河本アナウンサーは脱線しがちな吉喜沢アナウンサーに活を入れた。

「あははは、申し訳御座いません。ついお金に目が眩(くら)んでしまって。それでは選手の紹介です。時間が
ありませんので急ぎます。予選突破が六名。
 決勝で待ち受けるのは勿論、第一人者のソード・月岡選手。この競技に限っては、招待選手はソード選手
ただ一人。
 何しろ凄いギャラなので、一人しか呼べなかったとか。ああ、今のは聞かなかった事にして下さい。……え
えと今回撮影の為に第一のコースと第九のコースは空けてあります。
 それでは紹介致しましょう。先ず、第二のコース、海江田三月(かいえだみつき)さん。第三のコース、春岡
部弥太郎(はるおかべやたろう)さん、第四のコース、田屋敷翔波(たやしきしょうは)さん。
 そして第五のコース、本命中の本命、ソード・月岡さん。それから、そのソードさんを脅かす予選ブッ千切り
トップの大黄河夕一郎さんが第六のコース。
 第七コースは仙波洋平朗(せんばようへいろう)さん、最後は若毛伊太郎(わかげいたろう)さんが第八の
コースとなっています。ああ、もう始まりますね、それではカメラさんプールの選手の方お願いします」
 かなり脱線気味の吉喜沢アナウンサーだったが、何とか選手名紹介だけはこなした様である。

「すうううう、はーーーーっ! ……」
「きゅうっ! きゅうっ! ……」
「すっ、すっ、すっ、すっ、……」
 潜水競技の場合は通常プールに入った状態でスタートする。大半の選手は独特の呼吸法を会得していて、
銘々なるべく息を沢山吸い込む様にしていた。

「位置に着いて、用意、パーーーンッ!」
 呼吸が一段落した所で号砲と共に一斉にスタートした。多少ばらつきがあったが、タイムを競うのではなく、
競うのはあくまでも距離なので、それは構わなかったのである。

「あああ、スタートして間も無く、若毛伊太郎さん、早くも浮上です。しっかりと金貨入りの袋を高く掲げましたの
で潜水は成功です。記録は四十メートル。どうしたのでしょうか? まさか、金貨が、いいえ何でもありません」
 吉喜沢アナウンサーは『金貨が欲しかったのだろう』と言い掛けたのだが、それは言い過ぎだと思って慌て
て、別の言葉に言い換えたのだった。

「アッと、今度は第三コースの春岡部さん、五十メートルのターンをした所で浮上してしまいました。金貨入りの
袋はしっかり握っています。高く掲げました。記録は五十五メートル。予選の時より大分悪いですね。どうした
のでしょうか?」
 吉喜沢アナウンサーはやや冷淡に言った。金貨が欲しかったのだろうと内心は思っていた様である。自分
も欲しそうにしていた事はすっかり忘れている。

「あああ、海江田三月さん、若毛伊太郎さん、相次いで浮上しました。記録は七十メートル、七十二メートル。
残念な記録です。
 ええっ、今度は仙波さんですが、金貨を持っていません。フラフラです。ああ、直ぐ救助されました。残念な
がら記録無しです。悔しいでしょうねえ。金貨も無く記録も無いなんて」
 相変わらず吉喜沢アナウンサーは金貨に拘っていた。

「私、プールサイドにおりますが、水中の状態は良く分かりませんので、テレビのモニターを見ております。先
行しているのは大黄河さん。
 その後を追う様に、ソードさん、ああ、ここで、田屋敷翔波さんが浮上ですが、良い記録を出しました。金貨
もしっかり握って高く掲げました。記録は百六十八メートル! 自己記録も大きく更新しての素晴しい記録で
す!」
 吉喜沢アナウンサーはやっと納得した感じで言った。

「ああーーーっ、どうしたのでしょうか? ここで大黄河選手浮上です。ソード選手はまだ泳ぎ続けています。あ
あしかし浮上してしまいました。
 お二人とも金貨入りの袋は高く掲げて潜水成功ですが、あれ? 距離は同じでしょうか? ほぼ同じ位の所
ですが? 大黄河選手がかなり先行していたと思ったのですが?」
「吉喜沢さん! 全然違うでしょう!」
 じれったくなって、河本アナウンサーが叫んだ。画面に彼女の姿は現れず、叫び声だけがはっきり聞こえた。

「あああっ! 記録が出ました! 何とソードさんは二百二十メートル! ですが大黄河さんは、さ、三百二十
メートル! 物凄い記録です!」
「ウオオオオオーーーーッ!!」
 会場中大歓声が湧き起こった。

「優勝おめでとう御座います。それにしても素晴しい記録でした。ご、ご感想を!」
 吉喜沢はかなり興奮して叫んだ。
「まあ、その、勝てて良かったです。ですが直ぐ休養しませんと、まだ試合がありますので、失礼します」
 大黄河はいたって平然と受け答えして、直ぐその場を去ってしまった。

「では、惜しくも破れましたソード選手にお話をお伺い致しましょう。ソード選手残念でしたね。なかなか良い
記録だったのですが……」
「はははは、今日はちょっと体調が十分じゃなかった。いずれそのうちにもっと良い記録を出してみせますよ。
じゃあ、失礼します」
 ソードはかなり無念そうに去って行った。

「あ、新しいヒーローの誕生です。ここまでで既に二冠。フラッシュ暗算も時間さえあれば優勝の可能性は十
分あったのですから、兎に角これは大変なニューヒーローの誕生です。
 尚表彰式等はこの大会では特にありません。ただ優勝した方々には後日テレビに出演していただく予定に
なっております。大黄河夕一郎選手、今、最後の格闘技の決戦目指してじっくりと休養しております。あああ、
ワクワクしますねえ! これで潜水競技会場からの中継を終ります!」
 吉喜沢アナウンサーはホッとした様子だった。ここまでで今日の彼女の出番は終りだったからである。例に
よってそこでコマーシャルが流れた。その後の女子の部の中継は相生方アナウンサーが担当する事になっ
ていたのだった。

「指紋は取れたか?」
 コマーシャルタイムの間にトイレに立った芳樹とコンポン君はヒソヒソと話し合った。
「ああ、バッチしさ。奴さん、競技の前にトイレに入ったんだよ。あいつを追っていたカメラもそこまでは入れな
かったんだ。
 しかし個室に入ったんだぜ、仲間のスタッフが一緒にトイレに入って確認している。そこで大急ぎでそのドア
のノブや個室の中のあちこちから指紋を取ったんだけど、三個ほど取れた。
 後は家に隠してある指紋と照合してみれば万事オッケーさ! だけど、競技の前に個室に入るなんて如何
にも怪しいよな?」
 芳樹も半ばソードが偽物だと確信している様だった。

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