夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
147
「何と、ゴッドマン、後ろ向きのままジャンプしてロープの最上段に飛び乗った!」
新宅アナウンサーは蒼ざめた表情で叫んだ。格闘技の実況中継に慣れていて、様々なパフォーマンスを
見せる格闘家を見て来たが、ロープの最上段に飛び乗るだけでも彼の記憶には一人位しかいなかった。し
かしそれは見るからに身軽そうな男だった。
ゴッドマンの体重は推定百三十キロ位である。それだけでも奇跡的だったが、後ろ向きのまま飛び上がっ
てロープの最上段に飛び乗れたのは勿論彼が初めてだった。
「ソリャッ!!」
ロープの最上段にいたのは一秒に満たなかった。直ぐ気合諸共高く高くジャンプして大黄河の後ろ数メート
ルの所に空中で一回転して飛び降りた。
大黄河も黙ってはいない。直ぐに振り向いて、着地した瞬間を狙って跳び蹴りを食らわそうと、これも素晴
しいジャンプ力で素っ飛んで行ったのだった。
「ハアリャッ!!」
しかしゴッドマンは素早く振り向くと、太い腕をガッシリと胸の前で交差して、大黄河のとび蹴りを受け止めた。
「ウアッ!」
小柄な大黄河は弾き飛ばされて仕舞った。飛び蹴りに行ったのは失敗だった。地に足が着いていないと、
体重の軽い彼の場合、力は三分の一にも満たないものになるのである。更に悪いことが重なった。偶然とは
言え、ロープとロープの隙間から場外に飛び出してしまったのである。
「頭からリングの下に落ちてしまった!! 大黄河選手大丈夫か!!」
新宅アナウンサーはもう決着がついたと思いながら叫んだのだった。
「ウワアアーーーッ!!」
驚きのどよめきが起った。場外に落ちてしまった大黄河だったが、両腕を突いて飛び込み前転の様にして、
ショックを和らげ、すっくと立ち上がったのである。
「ワン、ツウ、スリー、フォー、……」
だが、審判はルール通り、情け容赦なくカウントを数え続けていた。
「ハリャッ! ハリャッ! ハリャッ!」
最初の一声でリング上に飛び上がり、次にロープの最上段に飛び乗って、更にリング内に飛び降りてから
ファイティングポーズを取った。カウントナインまで行ったが、ギリギリ間に合って、試合は再開されたのであ
る。
「ウウウウオオオオーーーーーッ!!!」
物凄い大歓声が湧き起こった。ここまでで約三分。僅かの時間の間の、想像を遥かに超える凄まじい攻防
に、場内は興奮の坩堝(るつぼ)と化したのだった。
「ソリャーーーッ!」
試合再開と共に、激しい気合を入れて、
「ブンッ!!」
物凄いローキックを今度はゴッドマンが放った。唸りを上げて大黄河選手の足を狙う。足首の上の辺りで
はなく、それより少し高い位置の膝の辺りを狙ったのだ。これだと足を上げて軽くかわす事は出来ない。
「ハイッ!」
大黄河は後方回転をして、まるで忍者映画の様に何とか逃れたのである。しかしゴッドマンは執拗に追い
掛けて行って、また強烈なローキックを放った。
「ハッ!」
今度も大黄河は後方回転で逃れようとしたので、
「このおっ!!」
ゴッドマンは素早く、走り寄って、後方に着くであろう両腕を狙ってもう一度ローキックを放った。しかし大黄
河は両腕を着かなかった。ゴッドマンの動きを予測したかの様に後方空中回転で逃れたのである。
「オオオオーーーーッ!!!」
大黄河選手の切り替えの素早さに驚きの声が上がった。しかし今のまま逃げてばかりでは判定で不利とみ
なされる。
「大黄河選手見事な動きですが、防戦一方では判定で負けてしまいます。早く反撃に転じて欲しい!!」
やや大黄河にひいきの新宅アナウンサーの声が飛ぶ。判官びいきとでも言うのだろうか、どうしても体の小
さい方に応援したくなるのが人情だろう。観衆の六、七割は大黄河に声援を送っていたのだった。
ただ競技場に来ていた殆どの者が二人の熱戦に酔いしれていた頃、別のとんでもない事件が起こっていた
事には、当事者以外誰も気が付いていなかったのだった。
「トォリャッ!」
大黄河は今度はロープに飛び乗った。それから高々と飛び上がり、急降下する様に飛び蹴りに行った。高
く飛び上がった分、かなり勢いがついている。これは如何にゴッドマンと言えども防御は不可能である。
「おっと! 危ねえ!」
間一髪でかわした積もりだったが凄い事が起った。
「トオリャーーーーッ!」
とび蹴りに行った大黄河が着地せずに、空中回転して、右足を目一杯伸ばして、かかと落しの荒業に出
たのだ。
「ガシッ!」
完璧な直撃は免れたが、少しずれたとは言えゴッドマンは肩をかなり痛打されたのだった。
「チッ、この位屁でもねえ。ええい、ちょこまかと、煩いハエだ!」
本当はかなりのダメージだったが、顔には出さずに、いよいよきめ技に入ることにした。
『くそっ! 軽く一億円の方も稼ぐ積もりだったのに、これじゃあ骨折り損の草臥(くたびれ)儲けだ! よしっ、
奥の手を出すか!』
ゴッドマンはこのままでは埒が明かないと感じて、必殺技を出す事にした様である。時間はおよそ半分を経
過していた。
「ソリャッ! ソリャッ! ソリャッ!」
スピード感のあるパンチを繰り出して、大黄河をコーナーに追い詰めた振りをして、クリンチ宜しく抱きつく
と、そのまま体重を掛けて押し倒したのだった。なかなかずる賢い方法である。
「バンッ!!」
大黄河はゴッドマンの戦略が見抜けなかった。もろに後頭部を床に打ってしまったのだった。体格の差か
らすれば、並の人間ならば即死である。鍛え抜かれた肉体の持ち主でも相当のダメージの筈だった。
「ソオリャッ!!」
動きの鈍くなった大黄河にゴッドマンは必殺の関節技、腕ひしぎ十字固めできめようとしたのである。しかし
奇妙な事が起った。
「ウリャッ!!」
ついさっきまでノロノロと動いていた大黄河が、あっと言う間にゴッドマンの後ろに回りこみ、首を裸絞めの
技にきめたのである。完璧に腕が首に深く入り込んでぐいぐいと絞めて行く。
「うぐぐぐっ!」
ゴッドマンは体を激しく動かして逃れようとしたが、次第に酸欠で動きが鈍くなり、失神寸前になった。それ
でもギブアップしなかったのだが、
「そこまで、大黄河選手の勝ち!!」
いち早く審判が大黄河の勝利を宣言したのだった。そして直ぐに二人に駆け寄って、大黄河の腕を外した。
ゴッドマンは意識朦朧として、暫くは動けなかったのである。
「ウウウウウオオオオオーーーーーーッ!!!」
凄い歓声が上がった。応援していた選手が勝ったこともあって、競技場は総立ちで大黄河を礼賛したのだっ
た。
「やりました! 大黄河夕一郎選手、素晴しい勝利です。早速、勝利者インタビューと行きましょう! 間も無く
リング上から下りて来ると思いますので、えっ、あれ? まさか……」
勝利者インタビューをしようと待ち構えていた新宅アナウンサーは、思い掛けない大黄河の行動に理解し難
い顔になった。
「えええーーーーっ!!」
会場もざわついた。大黄河がやっと立ち上がろうとしていたゴッドマンに、襲い掛かったかの様に思えたか
らだった。
「ああああーーーーっ!!!」
会場中から悲鳴が上がった。ゴッドマンの覆面を大黄河が外してしまったのだ。法律的には微妙なところ
だろうが、普通に考えればマナー違反であろう。しかし現れた顔を見て殆どの者達は信じられない思いをし
た。
『やっぱりそうだった! 金森田玄斎!!』
コンポン君達には予想通りだったが、それでも相当の衝撃だった。度重なる情報操作もあって、彼は凶悪
な犯罪者、国際的なお尋ね者になっていた。
彼が犯罪者である事はその通りなのだが、その背後には様々な思惑もあったのだった。しかし、それ等は
一切公表されていなかった。
「驚きました! 覆面で隠されていたのは、国際的な指名手配犯、元SH教の代表、金森田玄斎です! こ、
こ、これは、警察に連絡した方が、良いのではないのでしょうか?」
新宅アナウンサーは顔面蒼白になりながら、一般社会人としての常識的な判断で言った。
「ウワワワワワーーーーッ!!」
場内は騒然となった。会場内には携帯電話を持って来ている者が大半だったので、警察には猛然と通報
が入ったのだった。
「へへへへ、ばれちまったか。ふん、警察署の中の方が安全かも知れないからな。しかしお前は誰だ? 大
黄河夕一郎だって?
あれだけの攻撃を受けて、フラフラの振りをしやがって、本当は何でもなかった。普通の人間じゃないだろ
う! お前はひょっとして本物のソード・月岡じゃないのか? それとも、別の誰かなのか?」
リングの上に座り込んだまま、こそこそとゴッドマンは大黄河に言ったのだった。
「誰でも良いだろう。どういう目的でこの大会に出た? 一億円の優勝賞金が欲しかった? ふん、別の思惑
があるんじゃないのか?」
大黄河も全然別人の様な言い方をした。
「そろそろ、警察が来た様だな。これ以上の会話はお互いちょっと拙いんじゃないのか?」
「まあな。しかし、お前が逮捕されれば、俺はまあ、どうなっても、良い。随分探したんだぜ! さて、俺は、帰
らせて貰おうか」
大黄河はそう言ったのだったが、
「警察だ! 二人とも来て貰おうか。手錠を掛けろ! 抵抗した場合には射殺する!」
警察の言葉は二人にもその他の者達にも意外だった。