夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「あーっ、こちらは警視庁、部長の吉岡家藤太郎(よしおかやとうたろう)です。国際指名手配犯、金森田玄斎
と密入国容疑の大黄河夕一郎の身柄を確保しました。
 えーっ、番組の方は終了致しましたので、速やかにお帰り下さい。どうぞ、速やかにお帰り下さい。以上で
す!」
 藤太郎は癖のあるだみ声で言った。場内は騒然としていたが、徐々に観客は帰り、一時間ほどでほぼ客席
は空になった。ただ、まだまだ通路等には人が残っていて、誰もいなくなるまでには、もう一時間位掛りそう
だった。

「なあ、こんな時にあれだけど、指紋照合してみないか? 奮発してタクシー代奢るからさ、家に寄って行けよ」
 芳樹はコンポン君に耳打ちをした。まだ周囲にスタッフがいる。二人はもう帰るところだったが、方角が違う
ので、本来なら別々になるのだった。その後は声を小さくして歩きながら話し続けた。

「ああ、悪いな。じゃあ、お言葉に甘えさせて貰うか。俺もさ、どうにも気に掛かってしょうがなかったんだよ。
大黄河さんが密入国? 何だか妙だよな? 密入国して普通こんなに堂々とテレビに出るか? 有り得ない
だろう?」
「ああ、それにもっと気になる事もある」
「気になる事って?」
「家に着いてから話すよ。タクシーの中でも話さない方が良いな」
「分かった」
 コンポン君と芳樹はこそこそと話し合ってから、タクシーで芳樹の二階建てのアパートに向かったのだった。

「ガチャッ!」
 鍵を開けて、芳樹は二階にある自宅のアパートにコンポン君と共に入った。直ぐ鍵を閉めた。
「用心しないとね、こんなボロアパートでも、空き巣に入る奴もいるようだしね」
「へえ、と言うか、流石に汚いね。男の一人暮らしって俺もそうだけど、こんなものかな。ただ家はもう少し綺
麗だけどね。一応元アイドルとしては何かあっても良い様に、身奇麗にしておかないとね」
 コンポン君は妙なところで自慢した。

「そんなこと言っている場合じゃないんだよ。どうも、指紋が引っ掛って、仕方なくてね。気に掛かることって
言うのはさ、何だか指紋が似ている様な気がするんだよね……。ああ、あった、これだ!」
 芳樹は本棚の中のノートを取り出して、挟んであった指紋を取ったフィルムをテーブルの上に置いて、持
ち帰ったフィルムとを重ね合わせてみたのだった。

「厳密に言うとこれはどっちもコピーなんだけど、指紋の照合にはこれで十分なんだよ。見易い様に加工して
あるから、さあ、どうだ?」
 芳樹は息を呑んで言った。
「あれえ? ピッタリなんじゃないのか?」
 コンポン君は少しがっかりして言った。

「そ、そんな筈は、ああああ、ピッタリ一致する! 嫌な予感が当っちまったよ。えええっ、俺の借金はどうな
るんだ!」
 芳樹はすっかり落ち込んでしまった。二人の探偵ごっこはそこでお仕舞になった。ソード・月岡の指紋は、
何かの時の為に、敢えて十文字豹介とそっくりにしてあったのである。

 そう、正にこのような時の為だったのだ。正体を絶対に見破られない様にする為に、そうして置いたのであ
る。それが良かったのか悪かったのかは後の人の判断に任せることにしよう。
 兎に角二人に手に負える事件ではなかったのである。元々家族がいなかったからお手本として採用された
十文字豹介だった。
 が、その豹介は行方が知れず、彼が成り済ました、ソード・月岡は、二人の男、金森田玄斎と大黄河夕一
郎の激闘の最中に、何者かによって彼の付き人諸共殺害されていたのだった。

 金森田と大黄河の試合をソードとその付き人達は、控え室のテレビで観戦していたのである。試合が終り
次第帰る積もりだったので、部屋には鍵が掛けられていなかった。
 複数の人間が侵入し、拳銃で全員を射殺したのである。場内は大歓声で溢れていて、殆ど誰もその惨劇
には気が付いていなかった。
 その後のリング上の二人の逮捕劇で場内の喧騒は凄まじく、そのドサクサに紛れて犯人達は誰にも見咎
められる事もなく、悠然と逃走してしまった様である。

 テレビのニュースは専らソード・月岡とその付き人の殺害を伝えていた。何故か金森田玄斎と大黄河夕一
郎の逮捕のニュースは一欠けらも取り上げられなかったのである。
 勿論ニュースの大きさとしては自然の成り行きだったが、不自然さを感じた者もかなりいたのだろう。しか
し数日も過ぎると殆どの者達は、二人の逮捕の事など誰も気にしなくなったのだった。

「へへえ、俺達は二人一緒かよ? 手錠を掛けちゃいるけど、護送車で相部屋と言うのも、乙だねえ。それ
も監視無しで、二人きりか?」
 逮捕された金森田と大黄河は手錠を掛けられているのに、特別護送車で運ばれた。乗り心地の良いソ
ファに二人並んで座らされたのだが、シートベルトを掛けて貰うと、何故か車内からは警察官などは降りて
しまって二人きりになった。二人共にプロボクサーが試合の時に着て来るガウンの様なものを羽織らされて
いるので、ボクサー二人が喧嘩でもして捕まった様な感じに見えていた。

 運転席からは完全に隔離されているので、何かをしても、分からない状態である。手錠を掛けてシートベル
トを締めたのは、暴れたりしない様にという考えからなのだろう。
「二人で自由に喋れ、ということなのかな?」
 夕一郎が言うと、
「ふん、そんな所だろう。盗聴器付きに決っているだろうがな、ふふふふ」
 玄斎は薄ら笑いをした。
「まあ、そうだろうね。あんたと一緒に並ばされるのは不愉快極まりないのだけどね。知っていたら捕まるん
じゃ無かったよ」
 夕一郎は逃げた方が良かったと後悔した。

「俺はそうでもないぜ。お前には色々と聞きたい事があるからな。本物のソードなんだろう?」
「さあ、何の事か、さっぱり分からないね。ただ分かっているのは、俺もあんたも賞金一億円を貰い損ねたっ
て事かな。まあ、俺の場合はもっと貰える筈だけどね。百メートル走と、潜水競技で優勝しているんだからね」
「へへへへ、そんな事が人間に出来る訳が無いだろう? 神のマシンは完成したのか?」
 玄斎は執拗に夕一郎に問い質(ただ)した。 

「何を言っているのか意味が分からないね。そろそろ眠くなったな。悪いけど眠らせて貰うよ。ふぁーあっ!」
 夕一郎は眠ろうとしたが、
「へへへへ、そうやって直ぐ眠れるんだよね、ソード・月岡。いや、本名、林谷昇! アニメののぼっ太君に、
似ていると言われた青年!」
「ぐっ!」
 眠りに逃げようとした夕一郎は図星だったらしく、玄斎を睨みつけたが、それ以上は何も言わなかったし、
眠りもしなかった。 

「しかしあれだな、俺を捕まえてどうする積もりなんだろうね? ふふふふ、後が怖い事になっても俺は知らん
よ。制限時間は48時間。その間何の連絡もしなければ、世界がひっくり返る位の大騒ぎになる。
 日本はもとより、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、中国、インド、その他の世界の主な国の高官
が何をしたか、インターネットですっかりバラす手筈になっている。動画入りでね。
 賄賂のお金を貰い、幼い少女達と情を交わしている様が、鮮明な画像で提供されるからね。勿論ぼかし無
しだ。それでも良ければやれば良い、あはははは」
 玄斎は如何にも可笑しそうに笑った。

「なるほどそういう仕掛けか。考えたものだな。しかしたとえ世界が引っくり返ったとしても、それは当然出すべ
き膿(うみ)だ。
 それに、多くの庶民にとっては何でも無い事さ。問題なのは俺達を捕らえた連中がどう判断するかだ。『雨
降って地固まる』の諺もある。
 俺達を捕まえたのは警察のようだけど、彼等が正義の為に働く事を俺としては期待したいね。政府のお偉
方の為じゃなくてね。もしそうじゃないんだったら俺にだって考えがある」
 夕一郎は盗聴されている事を逆手に取る積もりになっていた。

「おやおや、不思議な場所に着いたぞ。ここってアメリカ空軍の基地じゃないのか?」
 玄斎はやっぱりという顔になった。
「へええ、俺は密入国の罪だった筈だよな。それがどうして空軍のしかもアメリカ空軍の基地なんだ?」
 夕一郎は訝(いぶか)しげに言った。

「ここで降りて貰うぞ。お前等の言った通り、ここは米軍基地だ。ここからある場所に飛んで行って貰う。それ
以上は私も知らない。
 言葉は大丈夫だ。殆どの者が日本語が喋れるし、そうでない場合もちゃんと通訳が付く。但し、決して暴れ
たりしないように。その場合は後先を考えずに射殺するからな、よく覚えて置く事だ」
 警察部長と称した吉岡家藤太郎はそう言ったが、何か怪しい印象を受けた。

『こいつ、本当に警察部長なのか?』
 夕一郎はそう感じたが、玄斎は元から信じていなかった様である。
「ああ、分かった。いきなりズドンだけは止めてくれよな。ところで手錠は何時外してくれるんだ? そろそろ
小便がしたいんだがな」
「十五分待て。もう飛行機はスタンバイしてある。離陸して十分もあれば、手錠を外す。そういう約束になって
いる」
「分かった。だったら早く飛行機に乗せてくれ。我慢にも限度があるからな」
 藤太郎と玄斎はそんなやり取りをしながらも、夕一郎と共にどんどん基地の大型の軍用機に寄って行った。

 周囲は逃げられない様に、日本の警官数名とアメリカの軍人十数名が、ぐるりと取り囲みながら移動してい
た。物々しい警戒なのは二人の強さを知っているからだろう。実際、玄斎も夕一郎も手錠を引き千切る事位
造作も無く出来る力はあったのである。

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