夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
151
「はははは、あなた方に有利な様に、させて頂きました。道着を掴んで投げても宜しいですよ。私達にはそれ
が出来ませんが、その位のハンディは差し上げましょう」
桑伊里は笑いながら余裕を見せて言った。
「ふうん、俺はまた道着の下に何か隠していると思ったんだが、違うのか?」
「馬鹿な事を言うもんじゃない。我々に恐れをなしてそう言っているのでしょう?」
「へへへへ、今に化けの皮を剥がしてやるよ。じゃあ、そこのでかいの来な。そもそも着替え室には俺達が
いたのに、何故既に着替えが終っている?」
玄斎は少し独り言の様に言いながら、モンスターマンと対峙した。
「ほほう、でかいだけはでかいな。しかし鈍そうだな」
「私語は慎みなさい。では練習試合を行う。モンスターマンと金森田玄斎、三十分一本勝負、始め!」
審判のゴールドマンは一応それらしく試合開始を宣言した。
床に描かれた四角い白線の外側に、百人を超える連中がぐるりと取り囲んで、味方のモンスターマンに声
援を送っている。
軍服を着ている者もあれば客室乗務員らしい服装の者、その他のフォーマルな服装の者もあって、声も賑
やかだったが、見た目も賑やかだった。
「フフフフ、モンスターマンハ、パワーダケナラ、ダレニモマケマセンヨ」
夕一郎の側にやって来た、通訳は自信満々で言った。
「道着の下が怪しいな。まあ、腕や、足首の辺りは露出しているから、何とかなるだろうね」
夕一郎も何かの不正があると睨んだ。
「そりゃっ!」
「バシィ!!」
気合諸共玄斎のローキックが足首に炸裂。
「ギャッ!!」
モンスターマンが悲鳴を上げた。
「は、反則だ! 靴を履いているんだから、キックは無しだ!」
慌ててゴールドマンが叫んだ。
「それならそうと早く言えよ。手を掴むのはどうなんだ?」
言いながら、玄斎は手首を掴んだ。
「ギャッ!!」
足首へのローキックでフラフラだったモンスターマンは、手首の骨が折れそうになって、またしても悲鳴を上
げた。
「それっ!」
「ドッシンッ!!」
モンスターマンを玄斎は、得意の抱き付き倒しで、思いっきり後頭部を床に叩き付けた。
「ギャーーーーッ!!」
玄斎より一回り大きいモンスターマンだったが、脆くも倒れて後頭部をしたたか木の床に打ち付けて、絶叫
し、気絶してしまったのだった。一方的な玄斎の勝だったが、観衆は反則で勝ったと、主に英語で息巻いて
いたのだった。
「へへへへ、服の下を改めさせて貰うぜ!」
玄斎は、慌てて止めに入ったゴールドマンを振り切って、上着を脱がせ、何故か着ていたシャツまで脱が
せた。
「おい、これは何だ? これは一種の防護服じゃないのか? 脚も調べてみよう」
今度はズボンを脱がせた。するとやはり目立たない肌色の防護服らしいものを穿いていたのである。
「オオ、ノーッ!!」
殆どの観衆が信じられないと言った顔をした。強さの秘密の一端がバレてしまったのである。
「おい、そこの、桑伊里とか言ったな。手前(てめえ)もそうなんじゃないのか? 確かにこれだったら、二倍
位の強さに見せ掛けられるだろうよ。だがな、俺は兎も角、大黄河先生にはそれでも通用しないんだぜ。嘘
だと思ったらやってみな」
玄斎は初めて夕一郎を先生と言った。冗談っぽかったが、互いに殺し合おうとしていながらの、奇妙な友情
の様なものなのかも知れない。何とも不思議な関係である。
「そこまで言うのなら、や、やってみましょう。ぼ、防具などは付けていないが、ど、何処からでも掛って来なさ
い。え、遠慮はいらない……」
言葉とは裏腹に、桑伊里の顔は蒼白になっていたし、恐怖に怯えている様でもあった。
「ふうん、無理しなくても良いと思うけど、どうしてもと言うのなら、対戦致しましょう。その前に、そこ片付けて
下さい」
夕一郎は失神したままになっているモンスターマンを指差した。慌ててタンカで運び出されると、
「では、次の練習試合を行います。桑伊里裕次郎対大黄河夕一郎、三十分一本勝負。蹴りは無しにして貰
いたい。それでは始め!」
ゴールドマンはまだ半信半疑のまま試合開始の宣言をした。反則で勝ったと思い込んでいたのだ。
「キエーーーッ!!」
試合開始早々だった。鋭い両足飛び蹴りを桑伊里は夕一郎に喰らわした。明らかに反則技である。しかし
夕一郎は落ち着いていた。
『窮鼠猫を噛むの例えもあるけれど、勝さえすれば良いと、必死になって禁止技を使って来る場合も有り得る』
そう感じていたので、むしろ思った通りだったのだ。
「そりゃっ!!」
難なくかわしながら、右腕を喉に食い込ませてそのまま体を浮かせた。まるでプロレスのラリーアットの様
な形になって、二人一緒に床の上に落ちた。
「ギャッ!!」
桑伊里は後頭部をしたたか打って悶絶した。
「アアア、センセイ!!」
その場に居たかなりの者が門下生だったのだろう。我慢出来ずに、夕一郎と玄斎に一斉に襲い掛かった
のだった。
「ギャッ!」
「ウアッ!!」
「ウゲッ!!」
「ギャーッ!!」
夕一郎と玄斎は一回だけ頷き合って、後は遠慮無しに襲い掛かる連中を叩きのめして行った。五十人以
上の気絶者の山が築かれたのである。
ただ不思議だったのは、リーダー格と思われる、ウィチガロン最高顧問やシュナイダー博士等は平然とそ
の様子を見ていたのである。
また通訳やゴールドマン教授も驚きの眼差しではあったが、やはり手出しをせずに見ていた。十数人いた
女性達は怖がって部屋の隅の方に何人かずつ固まって怯えていた。
「ああ、そ、そこまでにしてくれないか。大変失礼な事をした。君達の強さは良く分かった。それでは別室でゆっ
くり休んでくれたまえ。後の始末は我々がしておくから。ああ、その、案内してあげなさい、詩織、ローラ、サ
マンサ、それから……」
ゴールドマンは怯えた表情の女性達や、門下生ではないらしい男性達に指図した。予め係りが決っている
らしかった。そこでも夕一郎には女性達が、玄斎には男性が数人付いて別々の部屋に案内した。
「おい、俺には女は付かないのかよ!」
玄斎は不満を漏らしたが、
「本来なら付くのだが、飛行機の中で悪戯したと聞いているのでね。当分は無理だが、そのうちに何とかする
から暫くは我慢してくれ」
ゴールドマンは忙しそうにそう言っただけだった。気絶者達を病院に運ぶのに大変らしいのだった。
「こちらです」
夕一郎は玄斎とはかなり離れた部屋に入れられた。二人が組んで『彼等にとっての悪さ』をしない様にと考
えたのだろう。
「着替えなどはクローゼットの中に御座います。それから申し訳ないのですが、中からはドアは開きません。
食事は通常はここに運ばれて来ます」
飛行機の中で彼の面倒を見た同じ女性、詩織が壁に備え付けられている小さな扉を指差した。
「なるほど、何だか監獄みたいだな」
夕一郎は率直な感想を言った。
「申し訳御座いません。それで、食べ終わりましたら、食器類はここに戻して下さい。それからお風呂は日本
風のものにしてありますから。
あと、御用が御座いましたら、デスクの上にテレビ電話がありますから、それを使って下されば、係りの者が
応対致しますので。えっと、他に何かご質問は御座いますでしょうか?」
他にも二人アメリカ人の女性がいるのだが、かなり強張(こわば)った表情をしたままで、全く喋らなかった。
「ああ、一つだけ。もう、バレている様だから、言って置きます。食事は要りませんから。ただ一ヶ月に一回位
は部品を交換しないと拙いんだけどね。上の人に言っておいてくれないかな?」
夕一郎は自分がサイボーグである事をとうとう認めて言ったのだった。
「食事は要らないのですか?」
女達は顔を見合わせた。三人ともかなり険しい表情になった。恐怖心と好奇心の入り混じった複雑な表情
で、夕一郎を繁々と見たのである。
「じゃあ、それだけだから。ところで、次は何を何時やるんだ?」
「申し訳御座いませんが、それは聞かされておりません。今は着替えなどしてゆっくりとお寛ぎ下さい。それで
は失礼致します」
女達は用が済むとそそくさと部屋から出て行った。
「ふう、そうか、怖がる訳だな」
全身を映す鏡を見て、女達の怯えの意味が分かった。白いコスチュームが相当に血で汚れていたのであ
る。殆ど一撃ずつで倒していたので顔面を殴ったりもした。
鼻血が出たり、歯が折れたり、頬が裂けたりしたのである。夢中だったのでその時は分からなかったが、
要するに返り血を浴びて全身血だらけなのだ。
「洗濯物はここに入れれば良いのだな」
夕一郎は呟きながら、血で真っ赤に染まった元は白かったコスチュームを脱いで、それらしい籠に入れ、
やはり汚れてしまった下着なども入れて置いた。それから、風呂に入った。
「目を近づけて良く見れば、継ぎ目が分かるけど、ソードの頃に比べれば遥かに目立たなくなったな。しかし
性機能はかなり復活したけど、一緒に食欲まで復活してしまった。
ううう、くそ、空腹感が残忍性を生む。相手は素人だ。もう少し手加減しても良かったのにな。死人が出な
ければ良いが……」
夕一郎は激しい空腹感に耐えながらそんな事を考えていた。それから間も無く入浴中に眠ってしまった。呼
吸をしていない彼には、何とも無い事だった。そのまま数時間浴槽の中に沈んだまま眠り続けたのである。