夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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通路を歩いて行くと間も無く、シュナイダー博士が何人かの助手らしい男女と一緒に立っているのが見えた。
大半の者はマイク付きのヘッドホンをしている。自動翻訳機を使っているようである。
「いや、良く来てくれたね。今後とも宜しくね」
シュナイダー博士は握手を求めた。一瞬躊躇ったが覚悟を決めて握手に応じた。その後求めに応じて、出
迎えた全員と握手した。意外に人数は多く二十人位は居る。
「まあ、取り敢えずはここの環境に慣れて貰いましょう。殆ど全てが揃っています、地上の景色以外はね。立
ち話もあれだから、部屋で座って話しましょう」
博士共々近くの会議室の様な部屋に全員入った。結構広くて日本の学校の教室の二つ合わせた位の広
さがある。
大きな長方形のテーブルがあってそのぐるりにイスが数十脚あった。ただ何故かテーブルは手前の方に
だけあって、後ろは大きく空いていた。
入って直ぐ右側の壁は、これもかなり大きなホワイトボードになっていて、学校の黒板代わりになっている
様である。
色々な色とサイズの油性ペンが下の方のペン置きに、無造作に幾つも置いてあった。小型の黒板消しの
様な物も二つ置いてある。
博士と夕一郎とが入って直ぐの場所に向き合って座ると、夕一郎の隣には詩織、サマンサ、ローラ、その
他の助手らしい連中が座った。
博士の隣には、比較的年長のリーダーらしい男性が座り、以下どちらかと言えば年長者が並んで座った。
特に決めていた訳ではなさそうだったが、自然に若い連中と年配の者とに分かれた様である。
総勢二十数名。夕一郎を研究する為の研究スタッフが勢ぞろいした感じだった。ただ必ずしも研究者だけ
ではなさそうである。
「ここは中会議室。今後もここで話し合いが持たれる事になる。今日はここしか空いてなかったのでここにし
たが、この他に小会議室と大会議室がある。
後ろの方が大分空いていると思うだろうが、それには訳がある。君の身体能力の測定にも使おうと思って
いるのだよ。まだ測定器具などは搬入されていないがね。近い内に入れる予定だ」
シュナイダー博士はまだ肝心な事は何も言っていなかった。話し難い事なのだろう。
「質問しても良いですか?」
夕一郎はちょっと焦(じ)れてそう言った。
「はい、何なりとどうぞ」
博士は一種の対決姿勢になった。話の内容によっては、夕一郎が暴れるかも知れないと思っている様で
ある。
「ここで何をするんですか?」
薄々想像は付いていたがはっきりさせたかった。
「一つは君を調べたいんですよ。我々の得た情報に寄れば、君か金森田とか言う男のどっちかはサイボー
グだという事なんです。
実は私共もサイボーグの研究をしていたのですが、ご承知の様に、倫理の問題があって遅々として進んで
いなかったのです。それがもう実現しているというのですから驚きました。
事情をもう少し詳しく言いましょう。アメリカ合衆国はテロの脅威に晒(さら)されている。そしてその背景に
は、大抵宗教が絡んでいる。
そこで我々の仲間である秘密情報員達の一部は、全世界の宗教団体、取り分け危険と思われる、過激な
宗教団体に目を付けていた。
ああ、話が少し長くなるから、飲み物を頼む。それじゃ、全員コーヒーで良いよね? 済みません、少々お
待ち下さい」
博士は助手の方を見て言った。夕一郎の側に座っていた何人かが部屋の外に出て行った。飲み物を持っ
て来るのだろう。実際数分後にトレーに載せてコーヒーが運び込まれた。その間博士は話はせずにじっと待っ
ていた。
「ところで一切食べたり飲んだりしないのですよね? 真似事をしてみせるだけだと聞きましたが」
博士は一応、夕一郎の前に置かれたコーヒーカップに目をやりながら言った。
「はい。これは良い匂いがします。良い匂いか、悪い臭いか、だけは判別出来ますが、記憶しているコーヒー
の香には程遠いものです。その、話の続きをお願いします」
夕一郎は早く真相を聞きたかった。
「我々はSH教という宗教団体の不穏な動きを察知しました。噂の域を出ていませんでしたがサイボーグの
話があったのです。
ガードが非常に固かった。ところが、逆にそれが真実である事を、我々に教えてくれたのです。誰も入れな
い秘密の部屋などがあるということは如何にも怪しい」
博士はコーヒーを美味しそうに啜りながら更に話し続ける。
「そうこうしている内に、ソード・月岡という人物が現れました。次々に世界新記録を打ち立てましたから、我々
は彼がサイボーグなのだろうと思っていたのです。
しかし妙な事になった。ある日を境にパッタリやらなくなったのですよ。色々調べている内に、元SH教の
代表の金森田玄斎という男とサイボーグとの間に何か重要な関連があると確信しました。
しかし彼も失踪してしまった。訳の分からない事になったのです。そこで我々は彼を誘き寄せる事にしました。
失踪していたのでは資金繰りに困るだろうと思って、日本のあるテレビ局に企画を持ち込みました。
アメリカの有力企業がメインスポンサーになって、多額の賞金を手に入れる事の出来る、スポーツイベント
の企画です」
博士の言葉には夕一郎ばかりではなく、他の連中も熱心に耳を傾けていた。恐らく実情を聞くのはこれが
初めてなのだろう。
「なるほど、それが『世界最強人間集合!』という番組だった訳だ」
夕一郎にも段々真相が分かり掛けて来た。
「そうです。勿論実際に資金を出したのは我々です。辻褄を合わせる為に、敢えて沢山コマーシャルを入れ
ました。
あのコマーシャルの中にはダミーのコマーシャル、実在しない会社のコマーシャルもあったのですが、まあ、
それは良いとして、予想外の事もありました。
金森田玄斎らしい人物も参加しましたが、我々を驚かせたのは貴方です。大黄河夕一郎という人物でした。
正に一頃のソード・月岡そっくりでした。何故ばれるかも知れないのにあそこまでしたのですか?」
今度は逆に博士が質問した。
「私には大勢の仲間がおりますが、それこそ資金繰りに困っていたのですよ。……そうですねえ、それこそ
少し長くなりますが、真相をお話致しましょう」
夕一郎はちょっと迷ったが、協力的な姿勢を示す事によって、仲間の窮状を救って貰う事を考え始めてい
た。
「是非お願いします。お話の内容によっては、貴方と貴方のお仲間とを救済する道が、開けて来るかも知れ
ませんよ」
博士は夕一郎が話し易いように誘導した。
「私は私の親しい者達を人質に取られて、金森田玄斎という男に無理矢理サイボーグにされてしまいました」
「ええーっ!」
かなりの者達が驚きの声を上げた。
「と言うことは、自分から進んでサイボーグになった訳ではないのですね?」
シュナイダー博士の隣に座っていたリーダー格の男が言った。
「はい。幾ら超人になれるからといっても、食べる事も出来ないし、セックスも出来ません。それどころか命の
保証も無かった。元々は金森田がサイボーグになる筈でした。
しかし失敗の可能性が大きかったので、私を実験材料に使ったのです。私で上手く行ったら、いずれ私を
殺して自分がサイボーグになって、神として全世界を支配しようと企んでいたのです。だから彼はサイボーグ
等と言わずに、『神のマシン』と言っていました」
「オオオーーーッ!!」
金森田玄斎の野望を聞いてどよめきが起った。しかし直ぐ静まり返った。続きを聞きたかったのである。
「それで私は彼に従う振りをして、彼の殺害を試みました。仮に私が犠牲になったとしても、彼が私の親しい
者達の命の保障をしてくれる、という確信が持てなかったからです。
彼は人を殺す事を何とも思わない男です。その様な男の約束など当てにはなりません。しかし私は逆に彼
の罠にはまってしまった。
もう一歩のところで逃げられてしまいました。仕方が無いので長期戦で行く事にしました。でも、顔を知られ
ています。
色々考えて、姿形を変える事にしました。私は当時はソード・月岡と名乗っていましたが、実はモデルが居
たのです。
彼の名前は十文字豹介。『神のマシン』計画の研究員の一人でした。ところがその彼が造反したのです。
ソード・月岡とそっくりだったので圧倒的な人気があり、逆上(のぼ)せてしまったのでしょう。
彼は私を始末しようと考えたようです。しかし幸いな事に、私はごく少数の者の手によって既に現在の姿形
になっていました。敵を欺く為に先ず味方からという諺通りに実行したのです。
SH教の一信者として彼の直ぐ近くに居たのにも拘らず、彼は遂に気が付きませんでした。しかし何時かは
バレるだろうと考えて、彼の元を数十人の研究者と共に密かに去りました」
そこまで話して夕一郎は一呼吸入れた。チラリと全体を見回すと、当然とは言え全員の視線が自分に当
たって来ている事に気が付いた。
『この真剣な眼差しが、林果や息子の昇一の安泰の為に、役に立ってくれれば良いのにな。あああ、本当は
会いたい! 今直ぐにでも!』
夕一郎は悲しげな感情が湧き起こって来ることに、じっと耐えながら、更に話を続けた。
「私は当時、既にほぼ完成していた『神のマシン』に乗り換えました。しかしまだまだ不完全なのです。先程も
言いましたが食べる事が出来ませんし、性機能も不十分です。
ですが研究には莫大なお金が掛かります。それ以上に私の体の現状維持だけでも年間数十億円のお金
が掛かります。
その資金の一部を調達する為に形振(なりふ)り構っていられなくなりました。正体がバレるかも知れない
と思いながら、番組に参加したのはその為だったのです」
「アアアーーーッ」
今度は同情する様な声が、何人かから洩れて聞こえて来たのだった。