夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「それでは、お言葉に甘えて、電話を掛けさせて頂きます。何処で掛ければ良いのですか?」
幾分ざわつく会議室の中で、夕一郎はすっかり覚悟を決めて言った。
『仲間の居場所が知られることは危険だが、今は信じるしかないだろう』
そう思ったのである。
「それは、君の、そうだな、付き人の三人に聞いてくれたまえ。原則としてその三人は君の監視役兼メイドま
たは秘書の様なものだ。午前中の会議はこれで終りとして、午後はもう一度ここに来てくれないか?」
シュナイダー博士は夕一郎が指示に従う意思を示した事で、一安心した様である。
「分かりました。じゃあ、えっと、詩織さん、サマンサさん、ローラさん、当分の間宜しく頼みます」
「はい、宜しくお願いね」
そこに至って、初めて夕一郎と詩織、サマンサ、ローラとは握手をしたのだった。彼女達とは切っ掛けが掴
めずに握手しそびれていたのである。
「じゃあ、皆も午後にここに集合してくれ。それで予定を変更して、これから直ぐに機材の搬入を行う。研究
員はゲーリーの指示に従って機材搬入の作業に取り掛かってくれ。
大黄河夕一郎君の身体能力の測定をする。君もその積もりで来て下さい。ええと、午後一時からになりま
すからね。時間厳守でお願いしたい。今日の予定はそれでお仕舞ですからね」
「はい、承知しました」
そこで、大黄河夕一郎という名前の、サイボーグを迎えての一回目の会議は終了した。多くの者が真っ先
にした事は、ヘッドホンを外す事だった。長時間やっていると汗ばんで仕方が無いのだ。その後は銘々の役
割を果たす為に散会したのだった。
「暫くは私がお話致しましょう。ヘッドホンが暑いでしょう?」
詩織が気を利かせた。
「あ、はい。助かります。普通の人の様に汗とかは掻かないのですが、何かこう邪魔な感じですし、それに皆
さんも大変でしょうからね」
夕一郎は詩織の気遣いが嬉しかった。
『俺はサイボーグだけど、一応日本人だからな。しかし、詩織さんはどうしてここで働いているんだろうね?
他の研究員の中にも日本人が何人か居たみたいだけどね』
気になったが、先ず電話が先だと思っていた。少し歩くと、直ぐそれらしい部屋があった。部屋はかなり
きっちり作られている印象だった。
「こちらが当分暮らすことになる大黄河さんのお部屋ですわ。申し訳ないのですが、キーは御座いません。内
鍵だけは掛けられますが、キーはシュナイダー博士と私だけが持っています。
えっと、その先ず、えへへへ、済みません、取り乱して、な、中に入りましょう。はああ、何だか暑いですわね。
どうしたのかしら?」
詩織は何か心を乱している様である。
四人一緒に部屋に入ると、中にベットが四つあった。
「えっ! どうしてベットが四つあるんだ?」
夕一郎には訳が分からなかった。
「その説明は後にして、先ず電話を掛けましょう。番号は分かっていますか?」
詩織は顔を赤らめながら言った。
「ああ、直通の番号を知っているけど、ここから普通に掛けられるのか?」
夕一郎は態度のおかしい詩織を気にしながらも、早く仲間に連絡しようと思った。
「はい、ここの電話でオッケーですわ。どうぞお掛け下さい。あの、この場所の事だけは仰らないで下さい。
ふう」
詩織は溜息を吐きながら言った。
「じゃあ、失礼して。ええと、直通番号は……」
受話器を取って番号を押すと、暫くして、繋がった。
「はい、どちら様でしょうか?」
「えっと、大黄河夕一郎です。その声は、灰田瀬知恵(はいだせちえ)研究員?」
「えっ! ゆ、夕一郎様! ご、ご無事だったんですか! 今どちらにおられるのですか? 警察に逮捕され
たとお聞きしたのですが」
「ああ、その通り。だけど、今はアメリカのある場所に居る。兎に角無事だから」
「うううう、ご無事で何よりです。あの、戻って来られるのですか? うううっ」
灰田瀬知恵研究員は泣き崩れそうになるのを必死で堪えて話し続けた。
「ああ、近々戻れるよ。詳しい話はそっちに着いてからにするけど、研究費やその他の費用を出してくれる
有力なスポンサーが見つかったんだよ。
ただ一つだけ条件があってね。全員アメリカに来て欲しいという事なんだ。どうすべきか迷ったんだけど、
お言葉に甘える事にしたのさ」
「アメリカですか? スポンサーって誰なんですか? 危ない事は無いのですか?」
瀬知恵は話が旨過ぎると勘ぐった。
「ふふふふ、なかなか良い勘だね。そう、確かに良い事ばかりじゃないけど、でも、極端に悪い訳じゃないし、
そうそう何時までも月岡家の人達のご好意に、甘えてばかりも居られないじゃないですか。
さっきも言った様に、詳しい話はそっちへ行ってからにしますが、アメリカ行きは決定事項なんだ。悪いけど
その積もりで居てくれないか。もう一度言うけど関係者全員だ。病人や怪我人も含めてですからね」
「えええっ! じゃあ、黄味麻呂さんとかもですか?」
「うん、病院などの設備の整った所だから安心して来てくれれば良いよ。ああ、そろそろ時間な様だから、電
話を切るけど、数日中にそっちに行く事になると思いますよ」
「そ、そうですか。一応皆さんにお話してみますけど、説得出来るかどうか」
「説得は私がします。瀬知恵さんは、今言った事を皆さんに正確にお伝えして下さい」
「は、はい、分かりました」
「じゃあ、失礼するよ」
「はい、失礼します」
夕一郎は酷く辛かったが、約束を違える訳には行かなかったのだ。彼の仲間数十人が路頭に迷うかも知
れないからだった。
「何か、お辛い電話でしたわね。ただその、月岡家の人達ってどういう事ですか?」
何時の間にかヘッドホンをして、翻訳機を使ったサマンサが言った。そこで使われている翻訳機はなかな
かの優れもので、同時通訳をしてくれる機能も付いているのである。少々話すのに時間は掛るが、一台だ
けでも事は足りる。
「ああ、SH教の縁でね、密かに匿って貰っていた。と言っても、臨時職員として働いていたんだけどね。彼等
には私の正体は知られていない。研究員の事も誰も知りません。
日本で食い詰めて、インドに渡ったけどさっぱりうだつが上がらなかった哀れな日本人の集団という事で、
期間限定で雇って貰っていたんです。向うでは私は古賀一郎と名乗っていました」
「古賀一郎? 何だか有名な作曲家だった様な気がしますけど……」
驚いた事にローラが言ったのだった。
「確かに似た様な名前の作曲家が居たと思うけど、ローラさん、良く知っていますね?」
「はい、私の祖父は日本人ですから、昔の流行歌とかを良く歌っていましたから。日本語を上手く話せなくて
申し訳御座いません」
翻訳用のヘッドホンを耳に当てながら、ローラは自分が日系人であることを初めて言ったのだった。
「ああ、そうだったんですか。それは知らなかったな。ただ古賀一郎と言うのは、大黄河夕一郎を省略して作っ
た偽名なんですよ。大黄河の大を取って、黄河。その黄河を短くして古賀。夕一郎の夕を取って一郎にした
んです」
「ああ、そう言われてみれば、そうですね。へへへ、ちょっと考え過ぎちゃったかな」
ローラは照れ臭そうに笑った。
「それで、ちょっと驚いたのは、日本から、テレビ局の関係者で、赤根沢芳樹っていう人が、まあ、彼の事は
私がソードだった頃にちょっと付き合いがあって、知っていたのですが、その彼がわざわざインドまで尋ね
て来た事があったんです。
ソード・月岡の正体を探りに、遥々(はるばる)やって来たみたいなんだけど、気の毒に真相が何も分から
なかったみたいでした。
彼が分かったのは、ソード・月岡は実際には月岡家の養子ではなかった事位だろうね。でも、ソード・月岡
が殺害された今となってはもうどうにもならないでしょうけどね」
「へえ、物好きな人も居るものね。骨折り損の草臥(くたび)れ儲けって奴ね。でも大体の所は分かったわ。
さあて、ここにベットが四つ並べてある理由を言わないとね」
詩織は平気そうに言ったがやはり顔が赤くなった。
「もう、恥ずかしがってちゃ、しょうがないでしょう。私がアッサリと説明するわね。シュナイダー博士が言った
様に、私達は貴方の秘書の様なものでもあるけど、監視役でもあるのよ。そこまでは良いでしょう?」
サマンサはなるべく平気そうに言ったが、やはり顔は赤くなった。
「ああ、聞いているよ。でも何も四人一緒に眠る事は無いんじゃないのか?」
夕一郎にはさっぱり意味が分からなかった。
「四人一緒に眠る訳じゃないわ。眠るのは一人ずつなのよ。その、私とサマンサと詩織さんが代わる代わる
八時間位ずつ眠るのよ」
今度はローラが言った。
「つまり、四六時中、私を二人ずつで監視するという事なのか?」
「そうそう、夕ちゃん、頭良い!」
急に詩織が砕けた調子で言った。
「ふうん、ご苦労さんだけど、どうしてだ? 私が逃げ出すとか、乱暴するとかを防ぐ為か?」
夕一郎はなお理解に苦しんでいる。
「それもあるけど、記録を取るのよ。一人は本当に見張り。もう一人はずっと撮影を続けるのよ。もう直始め
ますけど。今日から延々と撮影を続けて記録を取って研究するのよ。
世界でただ一人のサイボーグ、大黄河夕一郎の二十四時間を余す所なくね。食事もトイレも寝ていても、
それでその、エッチもよ」
詩織がそれを言った途端に、三人の若い女性は顔が真っ赤になってしまったのだった。