夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

                               16


「ところで一つだけ聞いておきたいのですけど、先生、宝本先生は本当に事故死なんですよね?」
 林果も少し気に掛っていた。何と無く府に落ちなかったのだ。
「新聞とかでは、事故死になっているけど、俺は少し違うと思う。ちょっと、こんな事を言うのはあれだけ
ど、林果さん通夜には来なかったよね? べ、別に責めている訳じゃないからね」
 昇は随分気を使って言った。

「はい、周囲が行かないようにととても厳しかったんです。特に小姫さんが猛反対しました。その、昇さんと会うこ
とになる事は、危険だとか言って。父からも厳しく言われたんです」
「そのう、小姫さんはどうして俺をそんなに嫌うんだろう。林果のお父さんが嫌うのは分かる気がするけどね。男
親が娘に言い寄る男を、排除したがる事は良くある事だと聞いているから。でも彼女は違うだろう?」

「それなんです。小姫さんは私に悪い虫がつかないように見張る役目も兼ねているんです。本人がはっきりそう
言いました。父に頼まれたって。もし失敗したら、即、首だとも言われたそうです」
「あああーっ、そうだったんだ。分からなかった謎が一つ解けた気がする。実はこんな事があったんだ、……」
 昇は小姫に呼び出されて殴られた事を、なるべく軽めに言った。嘔吐の事も発熱の事もそして今現在トラウマ
の様になっている事も一切伏せた。

「えーーーっ! 酷い! 小姫さんあんまりだわ!」
「いや、その、彼女を責めないでくれないか。良かれと思ってやったんだろうし、一晩寝たらすっかり良くなったか
らさ」
「ううう、許せないわ!」
 林果は自分の好きになった男をいたぶった小姫を相当に憎んだ。しかしその気持は今は抑えることにした。
『そのうちにきっと思い知らせてやる!』
 そう決心しただけで、あとは忘れる事にしたのだった。それより今はもっと重要な事がある。

「その、気持ちを抑えてくれないか? なるべく事件とかにしたくないしね。それより俺は宝本先生の死に疑問を
持っている。その方が重要だと思うんだよ。他殺に近いと思う。
 聞いているかも知れないけど、俺と先生は林果が帰った後でワインで乾杯した。二人ともお酒に弱くて、すっ
かり酔っ払ってしまったんだ。
 その後で、廃校になった小学校に歩いて行くなんて、絶対に有り得ない。きっと誰かに連れて行かれたんだと
思う」
「誰かって?」
「これは俺の個人的な推理に過ぎないし証拠も無いから、何とも言え無いんだけど、考えられる人物が一人だ
け居る」
「ま、まさか、金森田さん?」
「そう、彼しか居ない。彼か彼の周辺かだと思う。しかし証拠は一切無い。それに……」
 昇はちょっと口を濁した。

「それに何ですか?」
「この事件には警察も一枚噛んでいる様な気がするんだよ。最初は俺を犯人扱いしたのに、事情を詳しく話し
たら事故死と断定出来そうも無いのに、何時の間にか事故死で片が付いていた。ひょっとするとメディアの連中
も一枚噛んでいるかも知れない」
 昇の発言は林果にとっては爆弾発言だった。

「信じられない。それじゃあ、とんでもない陰謀に先生も昇さんも巻き込まれた事になるわ。ああ、ひょっとして、
まさか……」
 林果の表情は蒼ざめた。

「ひょっとしてまさかって?」
 昇には林果の考えはちょっと読めなかった。
「私達の働いているスーパー、万田屋梅ノ木店の事よ。先生の家が取り壊されて、直ぐスーパーが出来たわ。
よく考えてみると、先生の家の周りは空き家とか空き地だらけだった。
 人の住んでいる住宅も他に数件あったけど、先生の家が取り壊されるのを待っていたかのように、直ぐ引っ越
して行って、取り壊しが始まったのよ。タイミングが良過ぎるとは思わない?」

「えええ、そう言われると、確かにそうだな。だとすると、スーパーを建てるのに先生が邪魔だったのか? それ
で殺したとすれば、辻褄がすっかり合ってしまう。しかし殺人はリスクが大きい。そこまでやるかな?
 いや、待てよ。こんな風に考えたらどうだろう。犯人を金森田だとして、彼は先生と約束していたんじゃないの
かな?」
「約束?」
「うん。彼は宝本先生に何かと協力した。それは家と土地を明け渡す事が条件だった。ところが先生はその約
束をなかなか守ろうとしなかった。金森田が煩いので海外に逃亡しようとしたんじゃないのかな。
 海外に逃亡されたのでは勝手に家を取り壊したり出来ないから、その直前に、小学校に連れて行って、厳し
く談判した」
「ど、どうして小学校に連れて行ったのかしら?」
「一つは彼がお昼にそこで講義していたからだと思う。かなりの長時間だ。何か忘れ物でもあって戻ったと考え
れば、学校に居る事が自然に感じられる。
 勿論夜になれば、特に深夜だと全く人気がなくなるからね。大声を出したり殴ったりしても気付かれないと思っ
たんじゃないのかな?
 それに今のスーパーの場所と離れているから、スーパーとの関連を見破り難い。実際俺も関連は見破れな
かった」 

「ああーっ!! 見事な推理だわ。完璧に当っているかどうか分からないけど、多分正解に近いわね。そうする
と万田屋も一枚噛んでいる事になる。ああ、疑いたくは無いけど、父も一枚噛んでいるんじゃないでしょうね……」
 林果は辛そうな表情になった。

「えっ! お父さんが?」
「はい。スーパー万田屋はチェリーズグループの一員です。父の会社も同じくチェリーズグループなんです。無
関係だとは思えません。うううっ、信じたくない!」
 林果は昇の目の前で泣き顔を見せた。それから、歩いて行って、昇に抱き付き、またキスを求めた。慰めて
欲しかったのだ。勿論昇はキスの要求に応じた。

『林果の父親も一枚噛んでいる! あちゃーっ! これはとんでもない事になったぞ。しかし相変わらず何の証
拠も無い。時を待つしかないな……』
 昇は全てが推理に過ぎない事を悔しく思ったが、どうにもならない事もまた事実である。

「ああ、御免なさい。もしもの時の覚悟だけはしておきますから。本題に入り直しましょうか?」
「うん、じゃあ、俺の考えた事を少し言ってみるよ。……例えばチンパンジーが絵を描く事は知ってる?」
「ええ、テレビの番組とかで見た記憶があるわ。一応立派な抽象画だったと思うけど」
「そう、抽象画なんだよね。他の動物が描いた場合も必ず抽象画だったと思う。ところが人間の場合、二、三才
の幼児でも具象画を描く。人らしいものを、人の顔らしいものを描くんだよね。
 その事を全然別の方面から考えてみる。人の絵もまた文章等と同様にロボットなのだと広義に解釈すると、
人間の歴史はロボットとの関わり合いの歴史だとも言える。人類はロボットと共に生まれ、ひょっとするとロボッ
トと共に滅びるのかも知れない」
 昇は感慨深げに言った。

「滅びる? 滅びる事は無いんじゃないのかしら?」
「はははは、勿論、存在はするさ。しかしその全ての能力がロボットに負けてしまうとすれば、人類はロボットの
中に閉じてしまった存在になる。人はロボットの中で幸福に育ち、そして幸福に死んで行く。
 ロボットの中から一生抜け出せないとすれば、見方によっては滅んだのと同じ事になる。でも宝本先生がそれ
で満足するとは思えないな。
 とすれば、その先、どうやったら、そのロボットの壁を打ち破る事が出来るのか、それを考えるのが遠未来論
の仕事の一つなんじゃないのかな?」

「うーん、成る程ねえ。さすが先生が見込んだだけの事はあるわね。私は本当は凄く悔しかったのよ。ケンちゃ
んが最後に選んだのは私じゃなくて貴方だった事をね」
「ああ、でもそれは違うと思うな」
「どう違うの?」
「酒盛りをする為だと思うよ。賢三先生は海外に行く前の送別会の積りだと言った。でも、林果は未成年だし、
俺と先生だけがワインで盛り上がっちゃ悪いと思ったんじゃないのかな?」
 昇の言葉にはある種の思いやりがあるように感じられた。

「うふふふ、随分ポジティブに考えられるわね。羨ましい。……それじゃあ、私の見解を言ってみるわね。先生
は神の存在について言った。
 神は存在しないと。でも先生は意外にも仏像を見るのが趣味だった。しかもそれで何の矛盾も無いと言った。
それはこんな風に解釈出来るわ。
 つまり神の存在はフィクションなのだと。でもフィクションである筈の仏像に私達は、強く引かれ、そこに神の
姿を見る。
 そしてそれで良いのだと宝本先生は考えたし、彼の理解者である筈の金森田さんも納得したんじゃないのか
しら?」
「うん、まあそんな所だと思うよ。例えば河童という想像上の生き物が居るけど、想像上の生き物だという事を
忘れさえしなければ、河童についてあれこれ議論を交わしてもいっこうに差し支えない。
 河童がどんな姿形をしていて、何を食べ、どんな生活をしているのか、色々な事がまことしやかに言われて、
彼等についての調査研究まであったとしても、何の問題も無いのだという事だろうね」
「河童ねえ、確かに私達は河童の話を結構真剣に聞いたりするわね。あの川に一人で行くと河童に尻子玉(し
りこだま)を抜かれるとか言って恐れられていたりするものね」
 二人の会話は更に盛り上がりつつあったのだが、
「ピロン、ピロン、ピロン、……」
 林果のケータイが鳴った。

「はい、林果です。ああ、こ、小姫さん? ……、分かりました。まだ起きていますから大丈夫です。それじゃ」
 電話は小姫からだった。
「あの、小姫さんから。コマーシャルの撮影が順調に行って、予定より早く帰って来るらしいわ」
「ええっ、じゃあ、もう、話し合いは終わった方が良いね。あの、俺が来た事は内緒にしてくれないか。そうでない
と一騒動ありそうだから」
「うん、コーヒーカップとかも洗って証拠をすっかり消しておくわね。あの、ケータイのメールアドレスとか交換して
置きましょう」
「ああそうだな。それじゃ……」
 二人は互いのメールアドレスを教えあったが、少し不安もある。ケータイを密かに盗み見られたりして、アドレ
スを調べられてしまう恐れがあるのだ。

「……そういうことがあると拙いから、インターネットを使って、……」
 ネットのチャット等を使って連絡し会う方法も話し合って、それから終りにすることにした。しかし、
「帰る前にもう一度アレを……」
 林果はまたキスをねだった。

「ああ、分かった」
 二人はまた熱烈に抱き合って、深いキスに五分間ほど陶酔し続けた。終った後暫く見詰め合って、名残惜し
そうにしながら、玄関先で無言で別れた。
 声を出すと隣近所の人達に聞かれて拙いと思ったのだ。何も言わずに暗黙の了解だけで、そうする事が互い
に出来たのだった。

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