夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「それじゃあ、行きましょうか」
 博士の先導で一行の中の数人と、夕一郎とその付き人の三人がエレベーターに乗って地上に向かった。
「ああ、ついでだから言っておくと、こちらがタイガー君、それからこっちがマリンさん。ゲーリー君と共に今
後長い付き合いになるかも知れないので宜しくね」
 狭いエレベーターの中で、博士は助手らしい二人を新たに紹介した。

「大黄河夕一郎です、宜しく!」
 改めて夕一郎はゲーリー、タイガー、マリンの三人と握手した。十人乗りのエレベーターに八人なのでか
なり狭く感じられる。

「しかし、あれですね、もう少し大きなエレベーターは無いのでしょうか?」
 夕一郎は素朴な質問を博士にしてみた。
「ありますが、それは機材運搬用でしてね、今使っている真っ最中なものですから、人間はこんなエレベー
ターで我慢しなくてはいけません。
 機材を運搬しないのであれば、人間だったらざっと百人は一度に運べます。その代わり速度が遅くて、こ
のエレベーターの三倍は掛るんですよ。それはそれでウンザリでしょう?」
 博士は多少のユーモアを交えて言った。

「なるほど、そんなにゆっくりでは、昼寝をしたくなりますね、はははは」
 夕一郎は陽気に笑った。空腹感がそろそろ薄れて来ていたので、大分気が楽になって来たこともあった
からのようである。
「大黄河さんは眠りの名人なんですのよ。何かというと直ぐ寝てしまうんです。まるでアニメの『のぼっ太君』
みたいなんですよ、ふふふふ」
 詩織もユーモラスに笑いながら言ったのでエレベーターの中は和やかな雰囲気になったが、ゲーリーには
気に入らなかったようである。逆に不機嫌そうにしたまま心を閉じたのだった。

「チンッ!」
 下に降りた時と同様にエレベーターは約三分で地上に出た。施設の中では軍服を着て銃を持った複数の
兵士や大学教授のゴールドマンが待っていた。
「さて、ここを一歩出れば、大黄河君は容疑者のままだ。一応逃亡の恐れは無いとしても、見張り役として、
この者達が一緒に行く事になった。シュナイダー博士、ご了承願いたい」
「何ですと! 何時の間にそんな事になったのだ! 私は何も聞いていない!」
 ゴールドマン教授の一方的な言い方にシュナイダー博士は激怒した。

「大統領の許可を貰っている。おっと、今後は大統領の名は出さない様にしないといかんのですね。兎に角
上からの指令ですから。
 ここに来た時のそちらの大黄河君の大暴れで死者が出ましたのでね。もっとも、実際にやったのは金森
田玄斎ですが、二人は同罪と考えられていますからね。
 そのような者を野放しには出来ません。ましてやか弱い女性連れ等とはね。まるで人質を取られているみ
たいなものですから」
 ゴールドマンは正当そうな理由を述べたのだったが、本当に正当な訳ではない。暴れて死人が出たと
言っても大勢の屈強の男達が、武器を持っていないたった二人の男に襲い掛かったのである。紛れも無く
正当防衛であった。

「金森田がやったのであるのならば、あの男を捕まえれば良かろう。彼はどうした?」
「彼は無罪放免ですよ。勿論、彼の命は常に我々が握っているのですから、解き放ってもどうという事は無
い。しかし大黄河君は違う。逃げられでもしたらえらい事ですからね。
 既にインドの月岡商事の方に我々の手の者が探りを入れている。ただ我が国とインド政府との関係は微
妙なものがあり、大っぴらな行動は出来ません。
 発覚したらただでは済みませんからね。あくまでも観光旅行を装って下さい。先行した連中もその様にし
ています」
 ゴールドマンは大幅な軌道修正があった事を認めた。

「仕方が無い。しかしその格好で行くのじゃあるまいね」
 シュナイダー博士は渋々認めたが、軍服を着た者が行くのだと思ったようである。
「はははは、この者達は単なる護衛ですよ。ケンピー君、ベンジャミン君、来たまえ」
 ゴールドマンが言うと観光客風に装った二人の青年が前に出て来た。

「そっちも女子三人。大黄河君と合わせて、三組のカップルが出来た事になる。組み合わせは既に決って
いる。詩織さんと大黄河君、ケンピー君とサマンサさん、ベンジャミン君とローラさん。
 身長も大体釣り合いが取れているし、ピッタリのカップルだ。念の為に言っておくが、彼等は特殊な武器を
使う。
 如何に大黄河君でも歯が立たないだろうから、逃げようとしたり、変に逆らわない事です。それじゃあ、別
室で支度してから行ってらっしゃい!」
 ゴールドマンは一方的に言い放った。それから数時間、三組のカップルは事前のコミュニケーションを積
んだ。 

 如何にも数ヶ月間親密に付き合っているカップルの様に振舞う特訓を受け、服装もなるべく地味な目立た
ないものにして施設を出る事になった。
 共通の趣味を通じての友人同士が、初めての海外旅行をするという設定である。共通の趣味というのは
インドに関わる宗教の一つ、仏教の研究ということになった。
 仏教ならば日本人がいても不思議は無い。また、日本人のカップルの影響で全員が日本語をかなり話
せる様になったという設定にもしてある。
 ゴールドマンが選んだ二人の青年は日本語が堪能だったのだ。しかも特殊な武器を巧みに操る術(すべ)
を心得ている事になっている。

「それじゃ、失礼します」
「どうもお世話になりました」
 そんな日本語での別れの挨拶をしながら、三組のカップルは施設を見学しに来たかのように装って、運
転手付きのリムジンカーに乗り、そこから最も近いオーランド国際空港に向かったのだった。
 車の中でも、役柄になり切る為に懸命の勉強がなされた。比較的楽だったのは、初対面ではない夕一
郎と詩織のカップルである。詩織は森坂詩織(もりさかしおり)が本名である事を夕一郎は初めて知った
のだった。

 ただ他のカップルは大変である。初対面であるだけではなく、特にローラとサマンサの場合には、事前
に何の準備もしていなかったのである。
 ベンジャミンやケンピーとの話し合いはとても恋人同士には見えなかった。しかも、ローラやサマンサ
は詩織と夕一郎の仲が酷く気になっていたのである。
 普通の恋人同士というよりも、かなり怪しい六人連れの様な感じになってしまったのだったが、今時そ
ういう怪しいグループは幾らでもあるので、逆に目立たなくて良かったのかも知れない。

 全ての手続きは終了していて、その日の夜、最終便で三組の俄かカップルはジェット旅客機でインドへ
と向かった。目指すのはインディラ・ガンジー国際空港である。
 時差の関係で、到着するのは翌々日のお昼頃だった。お正月休みもそろそろ終わる頃なので、ホテル
の予約も割合楽だったようである。ニューデリーの近く、デリー市内の月岡ホテルに二泊する予定になっ
ていた。

 空港からデリー市内まではシャトルバスも出ているが、これもリムジンでお出迎えだった。アメリカ空軍
関係者が絡んでいるらしいが、詳しい事は殆ど聞かされていなかった。
 相変わらず車中では恋人の演出に余念が無かった。それと、仏教に関する知識も勉強した。間も無く
月岡ホテルに到着。デリーの夏は相当に暑いが一月はやや寒く、東京の四月位の気候である。
 三組のカップル六人は勿論それなりの服装でやって来た。月岡ホテルは五つ星クラス、二十階建て
の最高級ホテルである。部屋は違うが十八階の同じフロアに全員が泊まる。

「じゃあ、今日はそれぞれの部屋でお休み致しましょう、うふふふふっ」
 十八階までは全員一緒にエレベーターでやって来て、そこから各部屋に向かう事となった。何と無くリー
ダー風になっている詩織はやけにはしゃいでいる。

「ケンピー、私達も行きましょう。ふう、外は結構寒いのね。ああ、良いなあ、あの二人は……」
 サマンサはちょっと不満気味だったが、ケンピーと連れ立って自分達の部屋に行った。
「ローラ、行こうか」
 ベンジャミンは小柄な男で、比較的小さなローラより更に少し背が低かった。身体つきも華奢で必殺技を
心得ているとも思えなかった。

「うん、でも、変な事をしたら承知しないわよ!」
 ローラは耳元で囁いたが、恋人同士とは思えない厳しい警告だった。
「皆のいる前で、そういう言い方は拙いだろう? はははは」
 ベンジャミンはちょっとムッとして、やはりローラの耳元で囁いた。笑いながら言ったので、ちょっと見た
目には楽しげだったが、実際には相当に怒ってもいたのである。
「うーん、分かった。へへへへ、ご免!」
 ローラもちょっと言い過ぎたと思って、直ぐに謝ったのでそれ以上こじれる事は無かった様である。

「はあーーーっ! 見晴らしの良い部屋ね。本当に恋人同士で来れたら最高なのにね。はあ、あのう、キス
は出来るんですよね?」
 部屋に入って二人きりになると、詩織は急に話題を変えた。

「まあね。やっと出来る様になったんだよ。……キスしようか?」
 夕一郎は詩織の感情を考えながら囁く様に言った。
「えっ、その、ええと、貴方が好き!」
 詩織はエッチが出来ない事は覚悟してのキスだった。一段落して午後二時頃に全員で昼食を取る事に
なっていたが、それまでの時間ギリギリまでキスを続けた。
 複雑な思いはあったが、その気持ちを全部シャットアウトしての濃密なディープキスだった。およそ二十分
の間、至福の時は続いたのである。

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