夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

                              161


 一行は午後二時頃最上階のスカイレストランに集まって、予約していた六人一緒の席で、昼食を取った。
インドらしく各種のカレーと、パン代わりのナンや、ご飯代わりの焼き飯プラオを注文しての和気藹々(わき
あいあい)の昼食である。

 皆の目は自然と夕一郎に集まる。予想通り夕一郎は、如何にも沢山食べたかの様に装ってはいたが、
本当にはごく少量しか食べていなかった。
「いや、しかし本場のカレーは美味しいですね。はははは」
 それでも如何にも美味しそうに食べていた。いや、食べた振りをしていたのである。

「わあーーーっ! 素晴しい景観ね。でもデリーは流石に大都会ね。高いビルが多いわね。ああ、そうそう、
これから行くのは何処の遺跡だったかしら?」
 ホテルの部屋に入る前に、仮の彼との間が少し気拙ずかったローラは、その反動からか何かはしゃぎ
加減で言った。

「何と言っても、世界遺産に指定されている、サーンチーの遺跡でしょう。ここからだとちょっと遠いから列車
で行けば良いかしらね。
 ただ遅れることで有名なインドの列車ですから、丸一日位の余裕は必要ですけどね。往復で半日やそこ
いら遅れて当り前の国ですから」
 サマンサは詩織の様子をチラチラ見ながら、インドの鉄道事情に詳しい事を披露した。

「ああ、その積もりだ。その前に、これから今日は市内観光と行こうや。明日の朝早く列車で行って、午後
からはサーンチーの遺跡を見学する。
 それから計画としては夕方また列車でここに戻って来る。サマンサの言った様に、行き帰りに五、六時
間位ずつ待つ覚悟が必要だし、かなりの強行軍になるけど大丈夫? 特に女性の方々は大丈夫かな?
 ローラさん大丈夫ですか?」
 ケンピーは、女性の中では一番体力の無さそうなローラに、気を使って言った。いや、それも勿論芝居
である。

「勿論大丈夫よ。こう見えても体力はあるのよ」
 そう言いながら、ローラも詩織を気にしていた。さっきから殆ど無言なのである。何かに陶酔している様
だった。
『ひょっとして、大黄河さんと、何かあったのかしら? 何かとっても良い事があったみたいだわね。あの様
子だったら間違いないわ!』
 そう確信した。

「じゃあ、そろそろ行きましょうか? 私はちょっと失礼して……」
 夕一郎は立ち上がって言った。そしてトイレに立った。何も言わなかったのは、皆に気を使ったからであ
る。実際にはトイレの個室で食べた物を吐き出すのだ。

 なるべく早く吐き出さないと、人工の胃袋の中で食べた物が腐敗する恐れがあった。勿論その様な事の
無い様に胃酸に似た消毒液が出て来る様にはなっている。
 だが、出せる時に出して置かないと、時によっては出せない場合も出て来るので、事情を知っている者
の前では遠慮なく出すことにしていたのである。

「さあ、市内観光に行きましょう!」
 トイレから戻って来た夕一郎と一緒に外に出たローラは、相変わらずはしゃぎながら言った。
「はははは、じゃあ、行きましょうか」
 ローラとの間がしっくり行かないベンジャミンは感情を押し殺して、しかし笑いながら言った。懸命の芝居
なのだった。

 一行がホテルを出て玄関先で待っていると、如何にも市内観光旅行者用に派手に色を塗られたリムジ
ンカーがホテルの前にやって来た。
「うわーっ! ど派手な車ね! さあさあ乗りましょう!」
 ローラはますますはしゃぐ。相変わらず詩織は無言だった。サマンサはきょろきょろと辺りを見回している。
三者三様の女達の様子を、三人の男達は代わる代わる見ていた。傍目には何とも奇妙な六人組に思え
たろう。

 六人を乗せた車が走ってから暫くして、何の変哲も無い三階建ての小さなビルの地下駐車場にリムジン
カーは吸い込まれて行った。そこまでの道のりは夕一郎が指示して走らせたのである。
 デリーの郊外である。周囲は人家もまばらで、木々の間に日が落ち掛っている。まず雪が降る事は無い
がかなり寒い。途中の道路に面した所に月岡商事の本社などもあるのだが、全く寄りもしなかった。

 車は地下の二階の駐車場に止められた。運転手も降りて部屋で仮眠を取るようである。地下のドアを開
けると直ぐそこは病院の様な施設になっていた。サイボーグ専用の病院の様なものである。ここで夕一郎
の部品交換の手術が行われるのである。

「お待ちしていました、夕一郎様。準備は出来ています。どうぞこちらへ。あのう、他の方々も見学なさって
下さい。一応キタロー袋も用意いたしましたので」
 今はサイボーグ大黄河夕一郎のバックアップをする、研究員達のリーダー的存在になっている、灰田瀬知
恵が先頭になって出迎えた。
 その場に迎えに来ていた者が数人のみだったのは、夕一郎の体の部品を取り替える手術の支度をして
いたからであった。

「えへへへ、なんか変な臭いがするね。血の臭いと消毒液の臭いと、あと何だろう? な、何か怖くなって来
たよ」
 ローラは笑っているのだが、顔が引き攣っている。彼女の表現が夕一郎以外の一行の気持ちを代弁し
ていた。
 ローラ、サマンサ、詩織、ベンジャミン、ケンピーの五人は、恐怖心も入り混じっている凄い緊張感で押し
潰されそうだった。

「ええと、撮影はベンジャミンさんかケンピーさんのどちらかの男の人にお願いします。もし気持ちが悪くなっ
たりして耐えられなかったら交替して下さい。
 男の人が耐えられなくなったら、ローラさん、サマンサさん、それから詩織さんどなたでも宜しいですから
お願いします。もしどなたも駄目でしたら、私共が撮影致しますから。あの、それで宜しいでしょうか?」
 灰田瀬知恵が何か申し訳無さそうに言った。しかし撮影したいと言ったのはアメリカ側からの申し出であっ
たのだ。

「は、はい、い、良いですよ」
 サマンサが硬直した顔で言った。
「も、勿論、大丈夫です」
 蒼ざめた顔で言ったのはベンジャミンである。

「じゃあ、着替えの方とかもお願いします。手術と同様に衛生的にしないと拙いので」
 瀬知恵は着替え室に案内した。着替えの指示や消毒の仕方なども指導した。全ての準備が終って手術
が始まったのは夜の八時頃だった。

「ううう、だ、駄目です。ケンピーさん撮影交替して下さい。うっ、うげっ!」
 手術台の上の全裸の夕一郎に、麻酔の注射をしたり、薬品を塗ったりしているうちに、もう気分が悪く
なって、ベンジャミンはあっけなくリタイアした。
 これから体の一部を切り離すという事を想像しただけで耐えられなかったようである。彼は別室で休む
事となった。

「うげっ、申し訳ない。ロ、ローラさん、お願いします。げっ、うげっ、げっ!」
 いよいよ腕を取り外した途端に、ケンピーがギブアップ。更に、顔面の取り外しでローラもサマンサもギブ
アップした。
 詩織は必死で耐えながら撮影を続けた。しかし途中で失神してしまったのだった。その時には夕一郎の
体は殆どバラバラであった。

「仕方が無いですわね。まあ、こうなるとは思っていましたが」
 結局は瀬知恵が撮影を続ける事になった。簡単な場合には一人でも可能なパートの交換だったが、今日
の手術には総勢で二十数人が関わっている。ハードな競技や格闘技があった事によるのである。
 それから喧嘩まがいの事、更には身体能力の測定などで相当に体を酷使したので、予定を変更してほ
ぼ全身のパートを取り替える事になったからだった。

 結局、月岡ホテルには、宿泊のキャンセルを連絡した。具合が悪くなった者達の回復には半日は掛ると思
われたからである。その日はそのビルの部屋で、男女別々に休む事となった。
 夕一郎の手術は延々と続いた。より良いパートを作っていたのだが、全身の交換ともなるとかなりの時間
を要するのである。

 翌日の朝方まで手術は掛ってしまったのだった。夕一郎は手術が終っても暫くは眠り続けた。新しいパー
トは極めて優秀で三年は持つと考えられていた。
 しかもより人体に近いものになっていた。とうとう味覚が復活したのである。ただ、食べた物を吐き出す事
は以前と変らなかった。

 しかし重大な問題もあった。この取り替えたパートが今の所最後のパートなのである。これ以上は予算が
底をついていて、もう作れないのだ。
 新しい全身のパートを作る為にはおよそ五十億円は必要なのである。このままではサイボーグ大黄河
夕一郎の命は三年しか持たない事は確定的な事になってしまったのだった。

「ふう、良く眠った。あれ? 他の皆は?」
 夕一郎は自分と一緒に来た者達の姿が見えないことを心配して言った。
「ああ、目が覚めましたか。皆さん別室で休んでおられますよ。まだ手術のショックから完全には抜け出し
ていないみたいなんですけどね」
 側にいて様子を伺っていたのは、明日葉唯心だった。研究員全体のリーダーは灰田瀬知恵だったが、
研究そのもののリーダーはずっと以前から彼であった。

 唯心の指導の下、夕一郎の体のパートの研究開発がなされたのである。ただ、パートが高級な物になれ
ばなるほど経費もより多く掛るのことになる。
 しかし唯心は当初から夕一郎を絶対者として崇めていたので、妥協はしなかった。
『何としてでも神のマシンを完全なものにして、夕一郎様を本物の神にしよう。必ず成し遂げてみせる!』
 その意気込みに燃えていたのだった。しかしその分経費がかさみ、もはや二進(にっち)も三進(さっち)も
行かない所まで来てしまったのである。

          前 へ       次 へ       目 次 へ        ホーム へ