夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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その日の夕刻、夕一郎一行を乗せた飛行機は、来た時と同じオーランド国際空港に向かったのだった。た
だ折角の男女三組のカップルのカムフラージュは、飛行機に乗り込む直前のよそよそしい態度で、殆ど無
意味なものになってしまった。
これは命令違反で拙い筈なのだが、たとえ罰を受けても、それだけは我慢出来ないという事なのだろう。
夕一郎の手術、全身を交換するそれは、それ程激しいショックだったのだ。
機中では夕一郎は仲間の研究員達と専ら話をした。アメリカ空軍関係者の詩織、ローラ、サマンサ、ケン
ピー、ベンジャミン達とは殆ど話をしなかった。
いや、側に寄る事も結局出来なかった。あからさまに嫌な顔をされて、取り付く島が無かったのだ。ただ、
事務的な話はケンピーとだけした。
時差の関係で、チャーター機はオーランド国際空港には同じ日の夜に着いた。機外に出てみると幾分デ
リーよりは暖かいが暑くは無い。時期的なものだろうが、気候的に大差ないので服装にはさほど違和感が
無かった。
機内でのケンピーと夕一郎との話し合いで、夕一郎は空軍基地の地下研究所のある施設まではバスで
行く事になった。
もはや同じ車で行く事も拒否されてしまったのである。詩織達は来た時と同様のリムジンカーで帰る事に
していた。
『ふっ! 徹底的に嫌われてしまったな。まあ、仕方が無いか。俺に絶対的に帰依したと称する連中でさえ、
駄目だったのだからな。まあ、しかし、何とか残っている者もいるのだからそれで良しとしよう』
夕一郎は泣きたい気分だったがそれはじっと耐えたのだった。
『俺の為に、酷い目にあった連中もいるのだからな、泣き言は言っていられない!』
そう心に強く言い聞かせていたのである。
地下千メートルの研究所に行くのにも、二手に分かれた。詩織達は、十人乗りの以前乗ったエレベーター
で降りて行った。
夕一郎とその仲間の研究員達、及び彼等の見張り役の数十人の兵士達は、機材運搬用の大型エレベー
ターで地下研究所まで運ばれる事になった。
エレベーターの乗り場が百メートル位も離れていて、しかもボックスにはなっていないのである。フェンスは
あるものの、四方の側面はむき出しになっているので、頗る危険でもあった。
その上スピードが遅く、到着するまでの約十分間は、およそ気持ちの良いものではなかった。しかしその様
な厳しい仕打ちにも今は耐えるしかない。
「いやあ、良く来てくれました。ご苦労様です。早速で悪いのですが、今日はゆっくり休んで貰うとして、明日
から我々のプロジェクトチームに参加して頂く事になる。
詳しい事は明日話す事にするが、これは既に決定事項なのでね。トップも了承している事だから。それ
で、もし、計画が上手く行ったら、君に自由な時間を三日ほどあげよう。詳細は明日という事で宜しくね」
相変わらずの流暢な日本語でゴールドマン教授は言った。
「今後は私達が貴方の面倒を見ますので宜しく!」
再び翻訳機を使う事になったが、ニューデリーに行く時に、エレベーターで握手を交わしたタイガー青年
研究員とマリン女史だった。
リーダーのゲーリーの下で働いているとは言え、二人ともいっぱしの研究者なのである。本来夕一郎の
面倒を見る筈の、詩織、サマンサ、ローラの三人は、断固拒否した為に急にそうなったようである。
翻訳機を使わなければならないので大変ではあるが、止むを得なかった。夕一郎にとってある種屈辱であ
るのだが、心情は理解出来るので、特に何も言わなかった。
「本当に我儘な人達で申し訳御座いません。詩織さん等は貴方と特に仲が良いと思っていたのですがねえ。
ああ、それから、ゲーリーはその、個人的な理由から今回のプロジェクトを降りました。
まさか彼までとはね。本当に困った人達だ。でもあれですよ、彼女達もベンジャミン君、ゲーリー君も処分
を受ける事になりますよ。
ここは研究所と言っても曲がりなりにも軍隊ですからね。上官の命令に背く事は、正当な理由以外は絶対
に、何があっても認められませんからね!」
極めて強い口調でタイガー青年研究員は言った。
「そうですわ。処分は当然です。それじゃあ、こちらへどうぞ。それから念の為に申し上げて置きますが、今
後は私共の指示に従って行動して下さい。たとえお仲間であっても自由な交流は認めません。
ゴールドマン教授も申し上げたと思いますが、詳細は明日お話致します。わがアメリカ合衆国が総力を
挙げて取り組まなければならない、重大な計画があるのです!」
マリン女史はタイガーとは少し異なるニュアンスで強調して言った。
「今夜からここで寝泊りして頂きます。と言っても前に使った部屋と同じですけどね。ただ詩織さん達のお
話で、セックスは不可能だと聞きました。どうしても絶頂には達しないんですね?」
マリン女史は恥ずかしげも無くあっさりと聞いて来る。
「は、はい。そうです」
夕一郎は新しい体になったので、ひょっとすると可能かも知れないと思ったが、自信が無かったので、イ
エスという事にしたのである。
「それでですね、もしかしてお相手が欲しければ、その旨仰って下さい。私が頑張ってみますから」
マリン女史は相変わらず平然と、普通なら赤面する事を言った。
「あ、はい、そうします」
夕一郎はマリン女史の迫力に押され、素直に従ったのである。
「そ、それでは、ごゆっくりお休み下さい。ええと、味覚が復活したと聞いたのですが? 夕食お持ちしましょ
うか? あは、あははは……」
マリンは平然としていたが、何故か顔を赤らめているタイガー青年研究員が、夕食について話をした。
ちょっと顔が引き攣った様な声で笑いながら話したのだった。
「そうですね、簡単なもので良いですから何か欲しいですね。相変わらず消化吸収や排泄は出来ないので、
吐き出すしかないのですが、何年かぶりに味が分かれば、嬉しいですね」
夕一郎はそこでも半信半疑だった。機内では関係者が遠慮したのか、彼の食事は無かったのだ。
「何が良いですか? 私がお持ち致しましょう」
マリン女史は積極的に言った。
「うーん、ここで有りそうな物とすると、ステーキはありますか?」
夕一郎は遠慮がちに言った。
「はい、勿論ありますわよ。じゃあ、少々お待ち下さい。私が焼いて参りましょう!」
マリン女史は何とも張り切っている。
『俺の正体を知る前の詩織達みたいだな……』
余り張り切り過ぎているので、夕一郎は逆に憂鬱になった。
『もし、マリン女史があの手術を見たら、やっぱり鼻も引っ掛けなくなるんじゃないのか?』
その様に思えて仕方が無かった。
「それじゃ、失礼します!」
「少しの間お別れね。また直ぐ来ますからね。うふふふふ、美味しいステーキを持って来て差し上げます
わよ」
タイガー青年はもう今日はここには来ないニュアンスだった。しかしマリン女史の態度は如何にも怪しかっ
た。
「バタンッ!」
ドアを閉めて行って、七、八秒後だった。ドアが急に開いて、
「ああ、あの、美味しいワインもお持ちしますから、一緒に飲みませんか? ステーキもご一緒して食べたい
のですけど、宜しいかしら?」
マリン女史が再びやって来て言ったのだった。
「あああ、はいはい、良いですよ。いやあ、ビックリしましたよ。兎に角オッケーです!」
虚を突かれた夕一郎は、相当に慌てたが、懸命に気を落ち着かせて、何とか了承したのだった。
「ハアイ! ちょっと待っててね!」
目茶苦茶嬉しそうにマリン女史は去って行ったのだった。
『ふう、まるで台風だね。でも、彼女も多分駄目だろうね。俺の正体を知ったらそれで終わりになる。まあ、
良いかっ!
詩織とのキスは確かにとても美味しかった。一瞬だけど林果とキスをしている気分になった。とても幸福
な時間だったよな。それでも良い。
マリンさんが俺の本当の姿を知らずに好きになっているとしても、まあ良いじゃないか! たとえ偽りの恋
でもその瞬間が楽しければ良い!』
夕一郎は割り切る事にした。いや、そうも思わなければやり切れなかったのだった。何しろあれだけ自分
を好きだという態度を示した三人が、手の平を返した様に自分を忌み嫌ったのだから。
『まだかな? たかがステーキを焼くだけだろう? 三十分で十分だと思うけどね。まさか新しい牛肉を取り
寄せているんじゃないだろうね?』
夕一郎は心配になった。もう一時間を越えているのである。
「コンッ、コンッ!」
ドアがノックされたのは、マリンが部屋を出て行ってから、およそ一時間半後だった。
「はい、どうぞ、お入り下さい」
何時来ても良い様に、翻訳機はずっと付けっ放しにしていたのである。来るとすれば日本語の話せない
マリン女史位だったからである。
「お待ちどう様!美味しいステーキをお持ち致しました!」
予想通りマリン女史がやって来たのだが、
「ど、ど、どうしたんですか、その格好!」
夕一郎は思わず叫んでしまった。スケスケの赤いネグリジェも悩ましいが、下着もスケスケで薄っすらと
乳首やら下の方の毛まで見えるのだ。
しかもかなり化粧が濃い。三十そこそこの年令だと思われるが、赤い口紅が確かに相当に色っぽさを
演出していたのだった。