夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「楽しく夕食を食べましょうよ。私はねえ、強い男が大好きなのよ。貴方は最高だわ!」
 夕一郎の心情を知ってか知らずか、マリンはあっさりと愛を告白した。
「ははは、俺の事を聞かなかったんですか? 詩織さん達に聞きませんでしたか?」
 夕一郎は駄目元で聞いてみた。
『ここで不完全な情交をしても仕方が無い。幾ら強い男でも、あっちの方が駄目じゃあね……』
 そう思いながら聞いたのだった。

「うふふふふ、私はあの連中とは違うわ。こう見えても外科医なんですからね。手足の切断も手がけた事が
あるし、軍隊での怪我は、そりゃ普通の人じゃ直視する事も出来ない位酷い場合が、幾らでもあるのよ。
 見せて貰ったわよ。ちょっと遅いと思ったでしょう? 本当はねえ、三十分位見ていたのよ、あの連中が写
したDVD。それと貴方のお仲間の研究員の人達とも話をして来たのよ。
 思った通りだったわ。貴方には元々素質があったのよ。スーパーマン、超人になれる素質がね。他の人
がたとえサイボーグになったとしても、貴方の様にはなれないと思うわ。
 もう、一遍で好きになっちゃったわ! ねえ、他に好きな人とかいないんでしょう? 貴方の正体を知って
尚好きな女なんて、そうそういるもんじゃないわ。私と愛し合いましょうよ!」
 猛スピードで捲し立てながらテーブルの上に焼きたてのステーキとワインを置いて、グラスに注ぎ、乾杯の
支度をしてしまったのだった。

「そ、そうなんだ。まあ、兎に角、乾杯しようか」
 夕一郎は呆気(あっけ)に取られてしまった。
『しかし、どうなのかな?』
 余りに素早いので、少し半信半疑でもあった。

「乾杯!」
「乾杯!」
 マリンは少しも待てないとばかりに、さっさと乾杯してワインを飲みだした。
「ふーーーむ、久々の味覚だ。はははは、これは美味しい」
 夕一郎はサイボーグになってから一度も味わった事の無い味覚を取り戻して、正直言って感涙に咽(むせ)
びそうになった。

「うううっ、はははは、何と言うか、兎に角嬉しいよ。今まで味覚を失っていたからね。今度はステーキを食
べてみよう」
 ナイフとフォークを使って一口ステーキを口に入れた。

「ううう、うん、美味い! はははは、何と言うか、味わえる事ってこんなに嬉しい事だったんだな。うううっ!」
 夕一郎は一口一口噛み締めてステーキを味わい、ワインの香と味を楽しんだのだった。
「よ、喜んでくれて本当に嬉しいわ。うううっ、私まで感激しちゃったわ。今までどんなに辛かったか、よく分か
るもの」
 マリン女史も貰い泣きしてしまった様である。

「ご馳走様でした」
 夕一郎は本当に感謝して、頭を深々と下げたのだった。
「ああ、そ、そんな、頭を上げて下さい。大した料理じゃないのに、こんなに喜んで貰って、私の方こそ、お礼
を言いたいわ」
 マリンは言いながら、夕一郎の側にやって来て、抱き付きキスを求めた。

「これは感謝の印と言うことで……」
 強引なマリンにちょっと付いて行けないところがあったので、キスの口実を言ってから応じた。
「ううーーーん、愛しているわ、夕一郎!」
 アメリカ人らしいというのか、キスとキスの合間に、盛んにアイ・ラブ・ユーを連発する。翻訳機はそれを
愛していると訳してしまうが、本当は微妙に違うのだろう。マリンは待ち切れないとばかりに夕一郎をベット
に誘った。

「ベットでなくてお風呂にしましょうか? どちらでもお好きな方にして。ねえ、どっちにする? うふふふふ」
 マリンはネグリジェを脱ぎながら夕一郎を情交に誘った。
『あああ、これじゃ、誘いを断れないよな。こんなにしてまで貰ったんだし。大好きだと言ってくれたんだし』
 夕一郎は誘いを受ける事にしたが、気分はかなり重かった。

『結局駄目なんじゃないのかな? いや、ひょっとしたら今度こそ!』
 そう思い直して翻訳機を外して自分も服を脱ぐと、ベットに誘った。情交は万国共通に近い。翻訳しなく
ても手真似で大体通じるのだ。
 四つ置いてあったベットは今はダブルベットが一つきりであった。夕一郎は型通りの情交を始めた。余
程嬉しいのだろう、マリンは夕一郎の腕の中で何度も何度も果てたのだった。
 しかし夕一郎は本当は一度も果てていない。

『そろそろ良いだろう。行くぞ!』
 意識スイッチで疑似精液を射精して、果てた振りをした。上手に演技をしたので、マリンは大満足のよう
だった。 

 その後、一緒にお風呂に入って、また何度も情を重ねた。何度も果てた振りをして疑似射精をし続けた
のだった。快感はあったが満足感は無かった。その後マリンと一緒にダブルベットで眠った。
 満足して眠るマリン。その横で悶々とし続ける夕一郎。

『やっぱり、やっぱり駄目だった。ああ、ストレスが溜る! うううう、折角味覚が戻ったと言うのにこれじゃあ
台無しだよ。さて、食べた物を吐き出しましょうか……』
 マリンの熟睡の度合いを見て夕一郎はこっそりベット抜け出して、トイレに入り、食べたステーキやワイン
を全て吐き出したのだった。

『ありゃ、変だな? ああ、そうか、今度は吐き出す時も味が分かるんだな。うへっ! 疑似胃酸のすっぱい
味がする。ううむ、こりゃ不味い。あああ、毎度毎度これじゃ堪らないな!』
 夕一郎は味覚を手に入れた代償もまた手に入れてしまった事になった。しかも当分は逃れられそうも無い。
『どうしてこううまく行かない様に出来ているんだろうな。はあ、普通の人間に戻りたいな。超人的な能力など
要らないから、普通の人だったらどんなに良いだろう……』
 そんなストレスを感じながら何時しか眠っていた。

 朝が来たようである。夕一郎は夢を見た事は記憶していた。暗く嫌な夢ばかりだった筈である。しかしそ
の中身の記憶は無い。
「アイ・ラブ・ユー」
 目が覚めたのはマリンが再び情交を求めて来たからでもあった。濃厚なキスの後また情を重ねた。流石
に朝になった事もあってか、軽めに終えた。
 その後二人は着替えをして部屋の外に出て行った。マリンはクローゼットの中に用意してあった、質素な
研究者風な服を着た。着て来たネグリジェは殆ど汚れていなかったので、そのままクローゼットの中に仕舞
いこんだのだった。

 朝食はここでは食堂で取る様である。専門の調理師がいて作ってくれるので、手間は掛らない。アメリカ
空軍に属しているとは言え、ここは特殊な意味合いを持つ地下研究所である。
 いわゆる軍隊的な規律は余り無い。少々面倒ではあるが、夕一郎はまた翻訳機を付けて行動する事にな
る。朝食が終ると、タイガー青年が側に寄って来て、
「それじゃあ、こちらに来て下さい。ゴールドマン教授がお待ちです」
 そう言った。
「ええと、シュナイダー博士はどうしましたか?」
 夕一郎は博士がいないことが気に掛った。

「済みません、シュナイダー博士は今回のプロジェクトから外されました。上と意見が合わなかったもので
すから」
 タイガー青年は残念そうに言った。

「ええっ! そうでしたか、それは残念ですね」
 夕一郎もがっかりした。
『ものの分かる人だったのにな……』
 そう思っていたのである。

「どうぞ、お座り下さい。色々と厳しいお話もありますので、しっかりと聞いて下さいよ」
 夕一郎が連れて行かれたのは、小会議室だった。何人もの銃を持った軍人がそこここに立って警備して
いた。ゴールドマンは笑みを見せながらも険しい表情でテーブルの向うに座っている。
 その両脇にはベンジャミンとケンピーの姿もあった。夕一郎の両脇には右にマリンが、左にタイガーが座っ
た。

『あれっ? タイガーとマリンは俺の味方と言うよりも、俺の両脇を押える係りみたいだぞ。あっ、そうか、俺
と情を交わしたのは俺が反抗的な態度に出る事を防ぐ意味もあったのか。何だ、そうだったのか……』
 夕一郎はやっとマリンの積極的な態度の意味が分かった気がした。全ては仕組まれた事だったようであ
る。

「先ず、言って置きたいのは、金を出すのはアメリカ合衆国だということだ。今年の末までに、日本円にして
約二百億円出す予定である。君の意思を聞きたい。我々に従うかそれとも拒否するか。
 拒否するのならば、十万ドルをお渡しする。その後は君のお仲間の研究者と共に何処へでも行くが良い。
それ以上一切我々は関知しない。
 もし我々に従うのならば、君にはアメリカ人になって貰いたい。つまり外見を白人にするのだ。そしてある
人物になって貰う。
 詳細は後で聞いて貰うとして、言葉が日本語では拙いのだ。そこで君の体内に翻訳機、超小型のやつ
が完成しているからね、それを埋め込んで貰う。
 そうやってすっかりアメリカ人になって貰うのだよ。そうしておいて、オリンピックに出て貰いたい。君なら
一人で十個位の金メダルを取れるだろう。
 いや、夏と冬のオリンピックの両方に出るから、もっと取れるだろう。それが一つの仕事だ。その他にもあ
るが先ずはそれを片付けて欲しいのだ。どうだろう、やってみないか?」
 ゴールドマン教授は一気に重要な事を話したのだった。物々しい警備は、何か拒否を拒んでいる様にも
感じられたのだった。

「うーん、そうですねえ。えーと……」
 夕一郎は考え込んだ。簡単に結論を出せそうにも無い。その時マリンが耳打ちをした。
「イエスと言って欲しいわ。貴方のセックスが完璧になる様に、私達も全力を挙げて協力しますから。勿論
食機能の方もね。何時も吐き出すんじゃ大変でしょう?」
 マリンはそう言った。こっそりトイレで嘔吐していた事を知っていたのだ。

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