夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「あああ、ま、また。貴方は強いけど、しかし、こ、怖い……」
 泰治は怯えた。体が硬直して動けなかった。
「早く行きましょう。ここではこんな事は日常茶飯事ですから」
 夕一郎には経験のある事だったので、涼しい顔で、やって来たエレベーターに泰治の手を引っ張って、
かなり強引に乗せた。

「こ、こんな事が日常茶飯事なんですか?」
 動きだしたエレベーターの中で泰治は真っ青になりながら聞いた。
「はい、以前ここに来た時にも似た様な事がありましたから。ここはちっとも変わっていないですね。でも大
丈夫ですよ、私が付いている限りね」
 夕一郎は泰治の気を落ち着かせようと、なるべく安心する方向に話を持って行った。

「はーーーーっ、凄い所なんですね、アメリカって」
 泰治は生きた心地がしなかったようである。それはつまりは命を捨てる覚悟なぞ出来ていないことの現
われだった。
「まあ、さっきはたまたま他に人がいませんでしたからね。他に何人か人がいたら、絶対に襲っては来ませ
んよ」
「ああ、そうなんですか。それを聞いて少し安心しました。じゃあ、カジノの方ではああいう事は無いんです
ね?」
 泰治は何とか安心したかったのだろう。

「はい、カジノで暴れたりしたら、後が怖い事を彼等も知っていると思いますよ。ですからさっきの関門さえ
潜り抜けられれば、どうという事はありません」
 夕一郎は嘘を言った。そんな保証は何処にも無かったのだが、敢えて言って、泰治を安心させたかった
のである。

「チンッ!」
 エレベーターが止り、二人は4階で降りた。
「わあ、スロットマシンがずらりと並んでいますね。でも、さっきの連中をほって置いて良いんですか? 大
怪我をしているようですが?」
 二人で手頃なスロットマシンを探していたのだが、泰治は気になっていた事を言った。

「はい。ほったらかしにした方が良いのですよ。警察となるべく関わりたくないのでね。ここではそれも暗黙
のルールなんです。
 通報したらその人が犯人と見做される。まあ、私は実際に犯人な訳ですからね。その後が大変な事に
なりますよ。
 関係者以外目撃者がいませんから、あいつらが自分達に有利な証言をするのに決っている。彼等のう
ちの一人でも裕福な人間がいたりしたら、裁判でとんでもない事になりかねませんよ。
 優秀な弁護士を雇って、何が何でも自分達の有利にしてしまう。ですが、そんなくだらない事に付き合っ
ている暇はありません。
 目撃者がいれば私達の正当防衛は完璧ですが、いない場合にはどうにかなってしまう。恐らくさっきの、
あの連中はそこまで計算して襲って来たのだと思いますよ」
 夕一郎は推測して言ったのだったが、決して有り得ない事ではない。

「へえーっ、そんなものなんですか。凄く勉強になりました。ところでどの台にしましょうかね?」
「はははは、まあ、どの台でも良いでしょう。ああ、しかし、これは、以前とタイプが違いますね。うーん、こ
れはちょっと拙いかな?」
 夕一郎は以前あったタイプのスロットマシンとタイプが異なる事に気が付いて、少し困った。回転するド
ラムが自動的に止る台ばかりなのである。

「ああ、そう言えば、日本の台の様に押しボタンが付いていませんね。何か拙いのですか?」
「はい。押しボタンの付いているやつだったら、得意の動体視力を利用して、目押し出来るのですが、これ
ではどうにもなりません」
「成る程そういうことですか。しかし、スロットマシンは何か不人気ですね。もっと人が多いと思いましたがね」
 泰治はちょっと肩透かしを食った感じで言った。

「そう言われてみると、確かにそうですね。待って下さい、ちょっと、聞いてみましょう」
 夕一郎は翻訳機を装着して景品交換所の女性係員に聞いてみた。
「あのう、ここは随分空いていますが、今空いている時間なんですか?」
 敢えて聞いたのは、翻訳機の性能のチェックの為だった。
『充電は上手く行ったけど、翻訳の機能に変化は無いだろうね?』
 少し自信が無かったので、英語で話してみようと思ったのである。勿論、翻訳された内容は逐一泰治に
日本語で教えるのである。

「ええと、三階のスポーツマシンに人気が集まって、そちらにお客が取られて仕舞ったからなんです」
「スポーツマシンは以前からあったんじゃありませんか? 急に人気が出て来たんですか?」
「はい。機種を変えたんです。最新式のものに。アームレスリング型の物があって、従来までの物と違う
のは、対戦相手を覚えていてくれるんです」
「へえー、それは器用ですね。それでどうなるんですか?」
 夕一郎はアームレスリングと聞いて興味を持った。

「前回の記録を覚えてくれていて、新記録を出すと、つまり前回の自分と同様の力を出してくれて、それ
に勝てば掛け金が二倍になるんです。
 しかも、何度も勝ち続ければ、四倍、八倍と貰える金額が二倍ずつアップして行きます。掛け金は十ドル
で良いので、気楽に何度でも挑戦出来ますし、上手く力をセーブしながら勝ち続ければ、三十万ドルを超
える事も決して難しい事ではありません。
 実際今迄で最高が百三十万ドル余りの金額でした。但しこれには時間制限があって、二十四時間が限
度となっています」
 係員は恐らく何人にも聞かれているのだろう、かなり流暢に詳しく説明してくれた。

「ふうむ、面白そうですね。行ってみましょうか?」
 夕一郎はここにいても埒が明かないと思ったのか、即座に決断して泰治に聞いてみた。
「まあ、余り良く分かりませんが、兎に角行ってみましょう」
 泰治は夕一郎と一緒に行動する事にした。地下の駐車場のエレベーターの近くで倒した連中の事が、か
なり気になっていた。
『ひょっとして仲間がいて、仕返しに来るんじゃないのか?』
 そんな風に感じていたのである。

 二人は歩いて階段を降りて三階に行ってみた。
「うわーっ、凄い人気ですね。スロットマシンの所とは偉い違いだ!」
 夕一郎はかなり大きな声を出して言った。そうしないと周囲の話し声や歓声等で声が聞こえないのだ。
「随分沢山機械があるんですね。アームレスリングの機械ばかりだ。殆ど空いてませんね、ああ、あそこ
が空きましたよ!」
 泰治も大声で叫ぶ様に言った。

「さて、泰治さんもやってみますか?」
 一応、夕一郎は泰治に聞いてみた。
「いえ、いえ、私はとても。お金は私がお支払い致しますから、どうぞ大吾さんおやりになって下さい」
 そう言うなり、泰治は十ドル紙幣をアームレスリングの機械の紙幣入れに挿入した。

「それじゃあやらせて頂きます。えっと、先ず最初は顔を覚えて貰う所からだな」
 機械には幾つかの押しボタンがあって、最初は顔の写真を取る様である。その作業が終って、先ず一
回戦の始まりである。

「チンッ!」
 ゴング代わりの音が鳴って、試合開始。
『ここでのコツはなるべくギリギリの力で勝つことらしいな』
 そのギリギリの力で勝つ事が意外に難しかった。しかし何とか勝った。今度そのままでやると、掛け金が
二倍になる。そこで終れば二十ドル貰えるが、儲けはたった十ドルに過ぎない。

 一度お金を取り出してしまうと、二十四時間は出来ないが、次の日も同じ様にすれば、また十ドル儲けら
れる。やり方によっては絶対に損をしないマシンでもあるのだ。
 勿論負ければ、お金は没収ということになる。その場合には、記録はリセットされて、一からやり直しで
ある。従って何度でも直ぐ再挑戦可能である。

 もし、そのままにして勝ち続ければ、掛け金が四倍、八倍、十六倍、と増えて行くのである。しかも顔を
覚えているので、一休みして、また後でやる事も可能である。
 その上、データは全てのアームマシンで共通に持っているので、どのマシンで再開しても、続きをやる事
が出来る。
 二十四時間の制限はあるが、これならゆっくり挑戦出来るし、同じ台に並ぶ必要も無い。まことに至れり
尽くせりなので、人気が沸騰した様である。

「でもあれですね、全員が、一回勝って止めてしまえば、ここの経営は成り立たなくなると思うのですがねえ。
その点は大丈夫なんでしょうか?」
 会社の経営の経験のある泰治は少し疑問を呈した。

「はははは、それは大丈夫のようですね。この熱気溢れる場所でそんな事が出来ると思いますか? 兎角
見栄を張りたがる人間の心理ってやつじゃないのかな。
 さっきからあちこち見回しているけど、プライドがあって、とても一度や二度じゃあ止められないようですよ。
結局負けてしまう人が続出している。なかなか商売上手ですよ」
「なるほど、言われてみれば確かにそうですね。これは勉強になりました。絶対に損をする様に見えていな
がら、実際には大きな収益がある。これは大したものですねえ!」
 泰治は商売のやり方に感心して言った。 

「さあ、一回目は楽勝ですね。次は二回目。うーん、殆ど変らない様な気がしますが、さあ、今度は三回目
ですね。
 ……十六回目。上手く行きましたよ。六十五万ドル位になりましたが、これ以上続けるべきかどうか。し
かし、もしもう一回勝てれば、最高タイ記録です。うーん、迷いますね。ええい、良し、やっちゃいましょう!」
「あ、あのう大丈夫ですか? もう止めた方が……」
 泰治は気が気ではなかった。負ければ六十五万ドルがパーになるのだ。

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