夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 気が付いてみると、二人の周囲には大勢の野次馬がいた。夕一郎は彼等が何か叫んでいる様だったの
で、翻訳機を装着して聞いてみた。
「ここで止めるな! 男だろう!」
「行け! 記録に挑戦しろ!」
 精一杯囃し立てていた。マシンの方を改めて見てみると、イルミネーションがギンギンに光っていたし、大
きな液晶画面に連勝回数が『16』とくっきりと書いてある。更にそればかりではなく、もう一回勝てばタイ記
録であることも大書きしてあった。

『なるほど、これじゃ、そう簡単には止められない訳だ。ふふふふ、本当に上手い方法だな。じゃあ、一丁
新記録を出して終りにしようか。それだったら文句はあるまい』
 夕一郎は気持ちを固めた。

「凄い! もう瞬間的なパワーが300キロを越えているぜ!」
 周囲の連中が、アームレスリングの時の、瞬間最大圧力の表示を見てたまげていた。夕一郎は結局、
18連勝を遂げて、2621440ドルを獲得した所で終了した。
 日本円にして三億円近い金額である。しかもここでは税金は一切掛らない。羨望の眼差しの中、夕一郎
は五千ドルをキャッシュで受け取ると、残りは全額泰治の口座に振り込んだのだった。

「えっ、本当に宜しいんですか? 私が持ち逃げしたらどうするんです?」
 泰治は信じられないといった顔で言ったが、
「あはははは、枯山河さんはそんな事をする人ではないと思いますからね。まあ、逃げられたら逃げられ
た時の事ですよ。
 随分世話になったし、大いに感謝していますから、仮に逃げられたとしても恨みはしませんから大丈夫で
すよ」
 と、笑いながら、あっけらかんと言ってのけたのだった。

 しかし、二人が会場から出て行こうとすると、三人の太い丸太棒(まるたんぼう)の様な刺青のある腕を
むき出しにした連中に取り囲まれてしまった。夕一郎はすかさず翻訳機を装着した。
「ちょっと、待ちな。お前、何かインチキをしただろう? どう考えてもその細腕であれだけの記録を出せる
とは思えない。俺はクルーベという者だが、一丁俺と勝負しろ!」
 取り囲んだグループのリーダーらしい男がそう言って、凄んだ。

「インチキとは聞き捨てならないな。勝負しても良いが、何処でやるんだ?」
 夕一郎は殴り倒す事も可能だったが、少年少女達を殴り倒した後味が悪かったので、なるべく穏やかに
事を済ませようと思ったのだった。

「へへへへ、意外に物分りが良いじゃないか。俺の部屋に来いよ。俺はここのホテルに住んでいるんだ。
ちゃんとアームレスリングの台も用意してあるから安心しな」
 男は率先して歩いて行った。

「ふふん、見かけない顔だな。こちらの方はプロのアームレスラーだ。お前に破られる前の記録を持ってい
たお方だよ。どうせインチキだろうけど、謝るのなら今のうちだぞ。
 謝って儲けたお金を全額俺達に寄付すれば許してやるんだがな。まともにやったら腕の骨がへし折れる
ぜ。分かっているのか!」
 クルーべの手下らしい男が歩きながら夕一郎に向かって言った。半ば脅している様なものである。

「腕の骨が折れるかどうか、やってみなければ分からないだろうよ。それよりそっちはインチキはしないん
だろうね? 三人がかりでやったりするんじゃ話にならないんだけどねえ」
 夕一郎はやや挑発的に言った。金の話を持ち出して来た事に、ムカついていたのである。

「何だと! 口の聞き方に気をつけないと痛い目にあうぜ!」
 別の男が言った。これ以上口を聞くと乱闘になる恐れがあったので、夕一郎は堪えた。間もなくエレベー
ターに乗って、中間の25階で降りた。

 中間の階の24〜26階にはレストランや種々のショップがあって、他へ行かなくても大抵の用は足りる
ようになっている。従ってこのホテルを根城にしている連中は大抵この近辺の階に住んでいるのである。
クールベとその仲間達も同様だった。

「ここが俺の部屋だ。入りな、へへへへ」
 クールベは不敵な笑みを浮かべて自分の部屋2525号室に入って行った。だが思わぬ事が起った。
「あああ、こいつだ!」
 部屋の中にいた一人の少女が指をさして叫んだのである。夕一郎が倒した少女の一人だった。

『しまった、可哀想に思って少し手加減したのが拙かったか!』
 十三才位の一番年下らしい少女だった。
「こいつが仲間を半殺しにしたんだ!」
 少女はありったけの大声を出して叫んだのである。

「へへえ、そうかい。じゃあ、ちょっと事情が違って来るな」
 クールベの目に悪の魂が宿った気がした。
「大事な俺の妹に怪我をさせて、ただで済むと思うなよ!」
 そう言って、凄んだのである。夕一郎をどう料理するか一瞬の間があった。

「仕方が無いな。言って分かる相手じゃ無さそうだ。今までにも相当の悪事をして来ていると見て良さそうだ
な」
 クールベの決断がちょっと遅れたが、何れにせよ腕力だけでは所詮夕一郎の敵ではない。
「ギャッ!!」
「ウガーーーッ!!」
「グエッ!!」
 タフそうな連中だったので、夕一郎も手加減しなかった。三人とも上半身はごついが下半身はそれほど
でもない。
 唸りを立てて夕一郎のローキックが炸裂すると、一発ずつで殆ど立っていられないほどのダメージを受
けたのである。

「キャーーーーッ!! お兄さん!!」
 もう一発ずつお見舞いして、足の骨をへし折ろうとしていた夕一郎は、クールベの妹の悲痛な叫びに、
躊躇した。それが逆に災いした。

「お前なんか死んでしまえ!」
 少女は夕一郎に殴られたダメージがまだ残っているのだろう。やや足を引き摺りながら、デスクに走り
寄って、引き出しを開け、中から拳銃を取り出したのだった。構えがしっかりしているのは、扱い慣れてい
るからだろう。

「パンッ! パンッ! パンッ! ……」
 情け容赦なく撃って来た。六発全弾命中した。しかし、夕一郎は倒れない。
「ガンッ!」
 今度の一撃は相当に厳しかった。情に負けて軽い怪我で済ませた事が、かえって少女を犯罪に走らせ
る結果になった事を、猛烈に反省しての一撃だった。

「ギャッ!!」
 恐らく顎の骨が砕けたらしい手応えがあった。一生涯の傷が残るであろう事は、その場の誰にも分かっ
た。だが夕一郎は後悔していない。いや、してはならないと思った。

『拳銃の撃ち方からして、この少女はもう何人も人を殺しているのに違いない。育って来た環境がどうであ
ろうと、その報いは受けなくてはならない。少なくとも当分悪事は出来ないだろう』
 正当性があると確信していたが、夕一郎の気持ちは少しも晴れはしなかった。

「枯山河さん、行きましょう。長居は無用だ。こんな連中が巣食っているんだったら、もっと前にここを潰し
て置くんだったな」
 先ず後悔の気持ちを泰治に言ってから、
「あんたの妹に免じてここまでにして置いてやる。妹は早く病院に連れて行った方が良いぞ。しかしまた服
が穴だらけになったよ。困ったもんだ」
 そう英語で言ってから部屋を出た。

「ば、化物だ! 化物だ。あいつは人間じゃない!」
「た、助けてくれ! あいつはモンスターだ! 助けてくれ!」
 呆然としているクールベを半ば無視して、腰の抜けてしまった二人の手下がそう叫んだのだった。彼等
の声は夕一郎に届いたが、なるべく聞かない振りをして、替えの服を買いに同じ階にある衣料品店に行っ
た。

「いや、ちょっとふざけて遊んでいたら、服が穴だらけになってしまってね。似た様なのはあるかい?」
 そんな感じで気軽に服を買った。ボロボロになった服は店の人に処分して貰う事にした。六つ穴の開い
た服が、拳銃で撃たれたものだとは、店員は全く想像していなかったようである。すんなりと受け付けてく
れたのだった。

「はあ、当座の資金は稼ぎましたから、昼食を食べたら、そうですねえ、確か隣のマッサーズシティには
アハーラ拳法の道場がある筈ですから、そこに行ってみましょう。ここには余り長くは居たくない」
 夕一郎は当初の予定を変更して、先ずアハーラ拳法の道場に行って様子を見ようと思った。カスミや
アカツキ、ハヤブサ、ライジンといった、懐かしい人々に会える事が凄く嬉しい事でもあり、また同時に怖
い事でもあった。

「はあ、そう致しましょう。それにしても鬼神の様に強いのですね。ああ、私は世界一強い用心棒を持って
いる気分ですよ。で、でも、怖いです。安心と言うよりも怖いです。もし怒りの矛先が自分に向けられたら
と思うとぞっとします」
 最上階のスカイレストランに向かうエレベーターに乗りながら、泰治は顔が引き攣っていた。

「はははは、とんでもない悪党以外には力は使いませんから大丈夫ですよ。私が殴るのは攻撃して来る
者か、そうしようとする者に限られていますからね。今まで全部そうだったでしょう?」
 夕一郎は優しく言った。

「ああああ、確かに言われてみればそうですね。だったら私は安全な訳ですね?」
 泰治はしっかりと自分の身の安全を確かめようとしていたのだった。
「はい。全然大丈夫。さあ、スカイレストランに着きましたよ。何を食べますか? 私はちょっとショックな
事がありましたので、コーヒーを飲むだけにします」
「ああ、そうですか。私は申し訳御座いませんが、スパゲッティを食べさせて頂きます。本当はうどんが食
べたいのですが、無さそうなので仕方がありません」
 泰治はスパゲッティナポリタンを注文して美味しそうに食べたのである。しかしその後で、日本風のうど
んもある事を知って、相当がっかりしたのだった。

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