夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 全身から血が溢れ出はしたが、直ぐに止ってしまった。出血の量も如何にも少ない。
「ええい、何をしている、拳銃が駄目ならナイフがあるだろう!」
 スティーブンスは自分でも訳の分からない事を言っている。それでも手下達のうちの何人かは、ナイフを
取り出して、夕一郎に襲い掛かった。

「ギャッ!!」
「ウグアッ!!」
「バキィ!!」
 顎の骨を砕かれたり、肋骨を折られたり、腕の骨をへし折られたりする者が続出した。ナイフが全く突き
刺さらないのだ。いや、一部刺さったり切れたりしているのだが、夕一郎の動きに淀みは無かったのである。

「ウワアアアアーーーーーッ!!」
「キャアアアアーーーーーッ!!」
 五、六人が瀕死の重傷を負って倒れ悶絶した辺りで、殆どの者が悲鳴を上げて逃げて行った。イスに
深々と腰掛けていたスティーブンスだけが逃げ遅れた。
 夕一郎は逃げた者を追う事はしなかった。しかしスティーブンスの前に立ち塞がって、彼だけは逃さない
様にした。結局イスから立ち上がることも出来ずに、夕一郎と対峙する形になった。

「と、と、と、取引をしようじゃないか。枯山河さんの命は我々が握っている。か、彼を無傷で帰せば文句は
無いだろう?」
 尚もかなり強気であるが、恐怖の余り体中が震えていた。

「金も返してくれるんだろうな?」
「あ、あ、ああ、勿論だ。全額返す。後はあんたの思い通りにすれば良い。それで今度の一件は無かった
事にしてやるが、それでどうだ?」
 何処までも態度は強気だったが、彼の目論見(もくろみ)はあっけなく崩れ去った。

「大吾さん、枯山河さんを連れて来ました。お金も全額返済しました。こ、これで許して下さい」
 ガストンとユカリはあっさりとスティーブンスを裏切ったのだった。他にも逃げ出した者達が付き添ってい
た。力が全ての世界である。夕一郎に比べたら、スティーブンスなど恐るるに足りなかった。

「き、貴様等、裏切ったな!」
 激しい口調で怒鳴ったが、誰も動じなかった。
「スティーブンス、あんたの負けのようだぞ。こうなったら乗り掛かった船だ、暫くここに滞在して、もう少し
健全な場所にしないと気が済まなくなったよ。さっさと田舎にでも引っ込め。それとも痛い目に遭いたいか?」
 夕一郎は犯罪の巣屈になっている、この一体の浄化を考えていた。

「畜生!! お、覚えていろ!!」
 激しく罵ってから、スティーブンスは早足で部屋の外に出て行ったのだった。

「だ、大吾さん。やっぱり助けに来てくれたんだ。いやあ、それにしても殺されるかと思ったよ。私を連れて
行った女達は最初は喜ばせてくれてたんだけど、そのうち本性を現して、キャッシュカードを奪い取られて
しまったんだ。
 スケベ心は身を滅ぼすとも言うけれど、本当だった。いやあ、面目ない。それであの、早速で悪いんだけ
ど飯を食わせてくれないかな。
 昨日から何も食わせて貰っていないんだ。どうやら餓死させる積りだったらしい。ああ、水も飲みたい。
檻の中に閉じ込められて、獣以下の扱いだった。トイレも何にも無かったし。ああああ、体がかなり臭い
だろう? 風呂にも入りたい……」
 枯山河泰治は言うだけ言うとその場にへたり込んでしまったのだった。精も根も尽き果ててしまったの
だろう。

「随分酷い目に遭わせたみたいだな!」
 夕一郎はガストン達を睨み付けた。
「ス、ス、ス、スティーブンスの命令で仕方なくやったんだ。う、う、嘘じゃない!」
 ガストンは必死で言い訳をした。
「そ、そうよ、誰もスティーブンスの命令には逆らえなったわ」
 ユカリも真っ青になって言い訳をした。

 二人以外は英語で何か言っていたが、似た様な事を言っているらしい事は直ぐに分かったのだった。
「ああ、分かった、今回だけは目を瞑る事にする。取り敢えずこいつ等は救急車を呼んで病院に連れて
行って貰え。
 警察沙汰は俺も困るから、今までやって来た様に、口の堅い病院を選べ。あるんだろう? そういう病
院が?」
 夕一郎はその方面にも明るい。金森田との付き合いも長いし、随分大怪我をさせた連中がいるので、
その度に警察沙汰では堪らない。上手くやってくれる病院がある事は良く知っていたのである。

「ま、任せて下さい。それだったら、良い病院を知っておりますから」
 ガストンは胸を張って言った。
「分かった、じゃあ、そっちはガストンに任せる。ユカリ、お前は一緒だった女達を連れて来い。枯山河さん
に謝罪の意味を込めて、暫く面倒をみて貰う。
 それからお前達はガストンと一緒に怪我人の後始末をしろ。部屋の掃除もだ。一切の証拠を残すな。綺
麗に掃除しておけ。後で調べに来るからな!」
 夕一郎は常に持ち歩いている翻訳機を使って命令を下した。

「イェッサー!!」
 男達は英語で答えた。早速作業に取り掛かった。ガストンはケータイで救急車を呼んでいる。
「私は今直ぐあいつらを呼んで来るから。ちょっと、待っていて下さい!」
 ユカリは慌てふためいて、仲間の女達を呼びに行った。

「じゃあ、後は頼むぞ、ガストン。俺は暫く枯山河さんと一緒に休息したり、食事をしたりしているから、ここ
が完全に片付いたら呼びに来てくれ。部屋の点検と、今後の方針を伝える。良いな!」
「はい!」
 ガストンの態度は別人の様だった。他の男達も同様に夕一郎に忠誠を誓う態度を示したのだった。彼ら
の目の色はスティーブンスの時とは明らかに違っていた。
 最初は化物でも見るような目をしていたのだが、今では神を見るような目に変っていたのである。拳銃で
もナイフでも死なないとなれば、最早、神のごとき存在としか考え様が無かったのである。

「うううっ、枯山河さん、申し訳御座いません。もう少しは約束を守ってくれる連中だと思っていたのに、私
の考えが甘かったです。本当に申し訳ない」
 ユカリが戻って来るまでの間、廊下に出て座って休みながら、夕一郎は泣いて謝ったのだった。

「い、いや、私が鼻の下を伸ばしたのがいけなかったんですよ。まさか命まで危うくなるとは思いませんで
したけどね」
 泰治はホッとした気分で言った。その直後にユカリが白人女性を一人伴って戻って来た。

「ご、御免なさい。二人はとんずらしちゃって、フィリーしかいなかったの。ほ、本当よ。嘘じゃありませんか
らね!」
 ユカリの目に嘘は無かった。嘘など付いたらどんな目に遭うか、目の前で起きた惨劇の凄まじさを、忘
れることなど有り得ないのだから。

「ワ、ワタシハ、フィリーデス。ゴ、ゴメンナサイ。ウウウッ! ユルシテクダサイ!」
 ユカリから事情を聞いた白人に見えるフィリーは、片言の日本語で涙を浮かべて謝罪した。彼女の説明
で分かったのだが、他の二人はスティーブンスに付いて行ったようである。

「分かった。過去の事は良い。水に流す。何はともあれ、枯山河さんを風呂に入れて、体を洗ってくれ。相
当に臭うからね。丁寧に洗って欲しい。
 彼が求めるんだったらエッチもしてくれ。一、二時間掛るだろうから、俺はスカイレストランでのんびりし
ているよ。……ああ、その前に俺も風呂に入る事にする。
 枯山河さんと一緒に入る事にする。何しろ血だらけだからね。だけど予め言って置く。俺は絶対にエッチ
はしない。
 君達が嫌いだというのではない。エッチが出来ない訳でもない。特殊な事情があってやりたくないのさ。
その説明はしない。じゃあ、行くぞ。遊び場に案内してくれ」
 夕一郎の説明は何か府に落ちない気がしたが、ユカリもフィリーも特に何も聞かなかった。いや、怖くて
聞けなかったのだ。

「ここです。まあ、日本の特殊浴場みたいなものですわ」
 ユカリが案内したのは2626号室だった。彼女達の部屋も同じ階にある。特殊浴場風な部屋は他にも
沢山あるし、一つの部屋に幾つもの特殊浴場が備え付けられていた。いわば日本の風俗店の様なもの
だったのである。

「ここで遊んでも良いんですか?」
 泰治は不思議そうな顔で言った。
「勿論です。日本でも風俗営業は許可されています。何故なのかは男だったら分かりますよね。簡単に言
えば情欲の処理の為です。
 性欲は適当に処理されないと暴走して危険だからです。至極当然の事です。じゃあ、入りましょうか。君
達も一緒に入ってくれ。さっきも言ったけど、俺は体を洗ったら、上がるからね」
 夕一郎は平然と言った。

「あのう、立ってますけど?」
 ユカリは夕一郎の一物を見てそう言った。
「ありゃ、そうですね。しかし、無視してくれ。さっきも言ったけど、俺には特殊な事情がある。エッチはやり
たくないんだよ」
「でも、変です。本当は私達が嫌いなんでしょう?」
 ユカリは力無く言った。

「はははは、そんな事は無いよ。仕方が無い、少しだけ本当の事を言うよ。俺は普通の人間じゃないんだ
よ。ただその事は国家レベルの機密事項になっている。
 背後にはアメリカ大統領まで関わっている。知らない方が良い。恐ろしい事になるから、本当に知らない
方が良いんだよ」
 夕一郎は少しだけ本当の事を言った。しかし直ぐ後悔した。

『やっぱり言うべきじゃなかったかも知れない。この女達や枯山河さんに迷惑が掛るかも知れないぞ』
 そう思うと、少し喋り過ぎたと思わずにはいられなかった。

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