夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「それじゃあ、今度は大切にして下さいよ。念の為に行っておきますが、過剰な事は必要ありませんから。
ただお客様として大切に扱う。ごく普通の事をして貰えば良いのです」
「分かりました。あのう、こんな時にあれですけど、料金はどう致しましょう?」
夕一郎と泰治は2655号室のユカリの部屋を訪ねていた。当座は豪華な2600号室で寝泊りし、必要
に応じて、2626号室で女達と遊ぶ事になりそうである。
「普通に取ってくれ。まあ、その位の金はあると思うからね。通常幾ら位なんだ?」
「はい、宿泊費から食費、プレイ代全部込みで一日3千ドルです。た、高いですか?」
ユカリは遠慮がちに言った。
「いや、それで良いよ。枯山河さん、良いですよね?」
「はい、一月居ても、十万ドル位ですよね。大吾さんの稼いでくれたお金を使うのは気が引けるのですが
お言葉に甘えさせて頂きます。それじゃあ、宜しくお願い致します」
割合簡単に交渉は成立した。
「それじゃ、また後で、まあ、明日になると思うけど、ここの大改革を始めようと思いますのでね。近い内
にね。その時には宜しくね」
夕一郎は笑顔で別れたのだった。
「じゃあ、当分枯山河さんは私が面倒をみると言う事で宜しいですわね?」
「はい、勿論です。こんな別嬪さんだったら文句は無いですよ」
「ふふふふ、それじゃあ、2600号室にご案内致しますわ、どうぞ……」
ユカリは純粋に仕事として枯山河を接待する事にした。2600号室に案内し、サービスとして、濃厚な
キスなどもしてから、自分の部屋に戻った。それから2656号室のフィリーを訪ねて行った。
二人きりになると、早速タバコを吸いながらイスに座って話を始めた。
「ねえ、彼に間違いないわね。本名は大黄河夕一郎。テレビの人とそっくりよ。正確に言うとネットで流れ
た番組の写真に良く似ていた。でも殆ど残っていないのね。散々探しまくってやっと見つけたんだけど、ど
うしてかしら?」
「ワカラナイケド、カレハコッカキミツトカイッテイタ。ハイゴニダイトウリョウマデイル、トイッテイタ。ナニカス
ゴイコトニナッテイルンジャナイカナ?」
「ふうん、どうなのかしらね。……ねえ、怖いから逃げちゃおうか?」
ユカリは逃亡しようかどうか迷っていたが、思い切って打ち明けてみた。タバコは二人とも人前では吸
わないが、人目に付かない所では、部屋中に煙が充満する位吸っていた。今も部屋中煙だらけである。
仕方無しに換気扇のスイッチを入れた。
「アタシハイクアテガナイヨ。ユカリサンハアル? ワタシノカゾクハ、ワタシヲキラッテイルカラネ」
「あたしだって無いけど、何だかヤバそうでさ。多少の蓄えならあるから、一緒に逃げようよ。あいつは明
日来るとか言ってた。逃げるんだったら今のうちだよ。ねえ、逃げようよ!」
話をしているうちにユカリはすっかりその気になっていた。フィリーが断っても自分独りでも逃げ出す積り
だった。
「ワ、ワカッタ。ソレジャ、スグニゲヨウヨ。ジジイノセワナンカシナイデサ!」
「勿論その積りよ。うかうかしていたら殺されちゃうかも知れないからね。一応さ、外に夕食を食べに行く
振りをしようよ。見つかったら、外のレストランで食事をして来るって言ってさ」
話はとんとん拍子でまとまり、金目の物をありったけ小さめのカバンに押し込んで、三十分後位にはホ
テルの外へ、地下駐車場に止めてあるユカリの車で出て行ったのだった。
夕一郎と枯山河に地下の駐車場で出会った時に、女四人で乗って来た車だった。赤い色のかなりの
高級車である。
「ふふふふ、これであの化物ともおさらばだわ。それにねえ、あの人達の乗って来た車を壊したのが、私
達の仲間だ何て分かったら、どんな事になるか、想像しただけで身震いするわよね」
「ソウデスネ。ワタシノギリノアニガ、クルマドロボウノリーダーダナンテワカッタラ、カラダジュウバラバラ
ニサレチャウカモシレナイ。フウ、クワバラクワバラ」
「ふふふふ、意外に古風な日本語を知っているのね?」
「ハイ、ジイチャンガ、ニッポンジンデスカラ、エイキョウガアルノヨ」
そのまま二人は何処へともなく去って行ったのだった。ただ、雪の激しく降る夜だった。
それから数日後、ベガシティから数十キロ離れた山中の小さな湖で、水中に没した車の中から、若い二
人の女性の遺体が発見されたのである。
特に外傷は無く死因は水死と見做された。雪道でスリップした為に湖に転落したのだろうと考えられた。
身元不明者として近くの教会の墓地に埋葬されたようである。
車は赤い高級乗用車だったが、盗難車である事が判明した。しかし二人の若い女性の身元は結局どう
しても分からなかったのだった。身元を証明するものが何も見つからなかったからである。
「チリ一つ落ちていないと思いますがどうでしょうか?」
2525号室の点検をした夕一郎は、
「うん、良いでしょう。良くこれだけ綺麗にしましたね。経験があるのかな?」
そう聞いてみた。
「はははは、無いと言えば嘘になります。拳法の道場の雇われ師範代では食べて行けませんので、ここで
用心棒稼業をしていた訳でして、そうなると、かなりの荒くれどもを相手に過激な事もしました。奇麗事で
は済みませんでしたので」
ガストンは恥ずかしそうに言った。
「はい、それは分かります。ところで明日からここは大改革をします。まあ、厳密に言えばあさって以降に
なると思いますが、私はここをSH教の管理下に置こうと考えています。
まだ海のものとも山のものとも分かりませんが、今日はここに一泊して、明日からSH教の人達と協議し
て管理の仕方等を決めようと思っています。
一応仮の管理人としてガストンさん、貴方に暫くここの経理を任せようと思いますが、引き受けてくれます
か?」
「分かりました。臨時の管理人と言う事ですね?」
「はい、経営者が逃亡してしまったので、当座はガストンさんが責任者になるという事です。今までも片腕
だったのでしょう?」
夕一郎は確信を持って言った。
「まあ、そういう言い方も出来ると思います」
ガストンは謙虚な言い方をした。大変な変貌振りである。
「それじゃあ、ご苦労さんですが、今日、明日中にも仕事を始めて下さい。もし弁護士さんなどの専門家の
助言が必要であったら、頼んでも良いですよ。それから私は普通に部屋を借りて一休みしようと思います」
そこまで言った時、
「部屋を借りるなんてとんでもない。大吾先生はここの事実上のオーナーですから、オーナーの部屋でお
休み下さい。あのう、これからご案内いたしますから」
ガストンはまるで夕一郎の手下の様に振舞った。
「いや、しかし、じゃあ、今夜だけですよ」
夕一郎は渋々承知した。
「オーナーの部屋は意外に思われるかも知れませんが、22階にあります。25階を中心にして、各種の
お店がある事はご存知と思いますが、それも本来オーナーの為のものだったんです。
まあ、風俗店もオーナーが利用し易い様にという配慮から26階に作られたのです。どうして22階なのか、
お分かりですか?」
エレベーターまで歩きながらガストンは言った。
「チンッ!」
エレベーターにガストンや今は夕一郎に忠誠を誓いつつある、元スティーブンスの手下達が一緒に乗っ
た。夕一郎が怖いのか、ガストンを除けば誰も彼の側には寄らなかった。
「どうして22階なんだ?」
改めて夕一郎は聞いた。
「はい、元のオーナーのスティーブンスによれば、一番安全なんだそうです。何があっても22階なら上手く
逃げ出せるそうなんです。火災が起きても大地震が来ても安全に逃げ出せるとか。
私には彼の考えは分かりません。逃げ出すことを考えるんだったら、1階が一番良いと思うのですがね。
ただ彼に言わせると、それでは男のロマンが無いとか。私には未だに意味が分かりません」
「はははは、まあ、人それぞれなのでしょうね。結構不思議な男だったんですね、スティーブンスも」
夕一郎はやや呆れ気味に笑って言った。
「チンッ!」
25階からだったので、22階は直ぐだった。
「実は22階は全てオーナーの部屋なんですよ。愛人の部屋が大半なのですが、まあ、愛人達も何時の
間にか逃げ出したようですがね。
今この階はすっかり空になっています。どうぞこちらです。2222号室。ここがオーナーの住んでいた
部屋です」
「ガチャッ!」
ガストンはポケットから取り出した鍵でドアを開けた。いわゆるスイートルームで、部屋の中にまた部屋
が幾つかあるし、かなり大きなお風呂場や豪華な家財道具巨大なスクリーンの超薄型テレビなどが設置
してあった。
「へえ、豪華な部屋ですね」
しかし夕一郎はそれほどは驚かなかった。金森田玄斎の部屋は更に豪華絢爛だったのだ。
「ここに当分の間済んで頂きたいのですが……」
「うーん、まあ、二、三日なら良いでしょう」
「有り難う御座います。それではこれはキーで御座います。当然の事ですがホテルのフロントに預ける必
要は御座いません。
それから冷蔵庫に様々な食品が入っておりますので、ご自由にお使い下さい。また、このホテルの中
のどの施設もオーナーに限って無料ですので、勿論風俗店もです。
ただ、今回の事件で恐怖心からでしょう、殆どの者達が逃げてしまいました。どうもスティーブンスが
腹いせに女達に恐怖心を煽る様な事を言い触らしたらしいのですよ。その様な男に黙って従っていた自
分が情けないです」
ガストンはうな垂れて言ったのだった。