夏 休 み 未 来 教 室
春 野 夢 男
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「大吾祐造さんはソード・月岡さんの生まれ変わりなんですよ!」
近くを通り掛った泰治がコインの引き裂かれる物凄い音を聞いて、事務室の中に入って来て言った。
他にもかなりの人数がドアの外に集まって来ていた。
「ソ、ソード大先生の生まれ変わり? アッハハハハハ!!」
嘲笑とも受け取れる笑い方をSH教の三人の幹部達、取り分け吉浜谷はした。
「生まれ変わりだったら、まだ子供の筈、年令的に有り得ませんよ!」
吉浜谷はいっそう強い口調で否定した。
「ああ、枯山河さん、それは言わない方が良いですよ。変人だと思われますからね」
夕一郎は泰治に言った事を少し後悔したが、今更仕方の無い事だった。
「そ、そうですね。し、失礼します」
泰治は結局自分の言った事が逆効果だったと知って事務室を出て行った。本当は夕一郎にお別れの
挨拶をしに来たのである。
間も無くホテルから出る事になっている、漸く大雪の影響から解放された空港行きのシャトルバスに
乗って、日本へ帰国する事にしていたのだった。
ただ、実際には挨拶をしてから帰るべきかどうか迷っていた。カジノで稼いだあぶく銭とはいえ、莫大な
お金を貰っている事に気が引けるのである。しかも随分助けて貰ったりして世話にもなっている。
『本当に、日本に帰って良いのだろうか?』
気持ちがかなりぐらついてもいたのだ。
『商談は時間がかかりそうだし、どうもお別れの挨拶というのは、何かと辛いものがある。もう時間も余り
無いし、さようなら大吾さん! 今度会う時は、きっと私も立派になって、何がしかの恩返しをしてみせま
しょう』
結局、挨拶らしい事は何もせずに、密かにシャトルバスに乗り込み、帰国の途に着いたのだった。
「ソード大先生の名前を騙(かたる)とは言語道断。皆さん帰りましょう。こんな如何わしい者達と契約を交
わしたところで、ろくな事はありませんぞ!」
吉浜谷は激怒して叫んだ。しかし他の二人は承知しなかった。今回の事を大きなビジネスチャンスと考
えているらしいのである。
「まあまあ、吉浜谷さん、落ち着いて。もう一度確認させて下さい。こちらがお金を出す事は一切ないとい
う事ですよね?」
本部長の大岩戸は吉浜谷をなだめながら商談を続けた。
「はい。但し経営の仕方に若干注文があります」
「ほうら、本性を現して来た。何を狙っているんだか!」
吉浜谷は直ぐ批判めいた事を言った。
「まことに申し訳ないのですが、私共はそちら様の経営状態を調べさせて頂きました。そのう、不明朗な
部分が御座いますよね? 悪いとは申しません。事実をお聞かせ願いませんか?」
今度は吉浜谷の言葉を無視して、磯部が言った。
「はい、全ては前のオーナーのスティーブンスのしたことです。彼が全ての実権を握っていて、裏帳簿を
こしらえていました。
しかし、ここから逃亡する時に全て処分してしまって、実態は殆ど分かりません。現在実態の把握に努
めているのですが、相当儲かっているようだという事は分かって来ています。
しかもこのベガシティには特例があって、税金を市の認めた非営利団体に寄付すれば、全額免除され
る事になっていますが、その団体は実質スティーブンスが経営していたので、税金を払っていないのと大
して変りませんでした」
「はははは、何をか言わんやですなあ、もう帰りましょうよ」
吉浜谷はしきりに商談の打ち切りを勧めるのだが、後の二人は動きそうもなかった。仕方無しにその
場に座っていた。
「それが問題になる事はないのですか?」
穏やかな口調で大岩戸は言った。
「何の問題もありません。何故ならば、彼がこのベガシティを支配していたのですから。そして今はこち
らの大吾先生がこの街の実質的な支配者です。先生に逆らえる者はもうこの街にはいないと思います」
ガストンは本気でそう言ったのだった。
「へええ、確かにさっきのあのパフォーマンスを見れば、誰も逆らえませんわね。ですがそれなら何故私
共に? 失礼な言い方かも知れませんが、金も女も思い通りなんじゃありませんか?」
「それなんですが、私は何時までもここの実質的オーナーで居られないからです」
夕一郎は多少本当の事を言う気になっていた。
「せ、先生、それはどういう事ですか? 私も初耳ですよ」
驚いたのはむしろガストンだった。
「私は犯罪者ではありませんが、ある者達に追われています。政府の関係者です」
とうとう夕一郎は真相を匂わせる事にした。
「せ、政府の関係者! ま、ますますきな臭くなって来ましたな!」
吉浜谷は勢い込んだが、相変わらず誰も動じなかった。
「ふうん、それはあれですが、仮にその者達に貴方が捕まったとして、ここはどうなります?」
ますます冷静に大岩戸は言った。
「どうもなりません。私はその者達に連れて行かれる、それだけです。国家機密が絡んでいるので、表
沙汰には絶対になりません。
その時の為にここを任せられる人達を探していたのです。もうご存知でしょうが、ここはカジノと売春宿
とで成り立っているホテルです。
私はそれを続けて欲しいのですよ。SH教の名の下にね。しいて言うなら、健全な娯楽としてのカジノと、
健全な癒しの場としての売春をして欲しいのです」
夕一郎は通常の宗教関係者なら目を剥く様な事を平然と言った。
「ば、馬鹿な! 仮にここを譲り受けたとしてもそればかりはありませんぞ!」
吉浜谷は常識家らしい言い方をした。しかし相変わらず彼の言葉は無視された。
「それが唯一の条件です。私は衛生的で安全な売春だったら認めるべきだと考えています。もしそれを
認めないとすれば、結局非合法の組織が生まれるだけです。
欲望を抑えてみても、無駄だとしか思えません。世界の何処の国へ行っても、例外が無いのがその証
拠です。うっかりすると聖職者がその種の犯罪に走りかねません。このアメリカでも、聖職者と呼ばれる
者の犯罪が、性犯罪が何故か後を絶たないのです。違いますか?」
「ふうん、良く分かりました。その条件さえ飲めば、このホテルの経営権を渡す、従業員の給料や諸経費
を差し引いた莫大な利潤は我々が貰い受けても良いという訳ですね?」
「はい、異存はありません。私はそれを見届けてからだったら、政府関係者に捕まっても良いと考えてい
ます。私の直感ではもう近い所に来ているという気がするのですよ。つまり余り時間が無いのです」
夕一郎は本音を言った。
「しかし、不思議なお人だ。私だったら捕まる前に、ここで思いっきり遊んでから、と考えますがね」
「ははは、わたしは女の人と遊べる体を持っていないのです」
「ええっ!」
夕一郎の言葉に全員が驚いたが、慌てて訂正した。
「ああ、いや、何でもありません。それで、一応の今後のお願いとしては、この乱れたベガシティをSH教
の力で正して欲しいのですよ。
ただそれは禁欲的になることを勧める事ではありません。私はしばしば人に言っているのですが、禁欲
は個人の問題であって、他人に勧めるべき事ではありません。
もっと大らかに、ある程度以上欲望を満たす事によって、人は健全に育まれるのだと確信しています。
無駄なもの無意味なものは元々私達の体には殆ど無いと私は考えます。
性欲があるのはそれが必要だからです。その欲望をある程度満たす事は誰にとっても必要不可欠な
ことなのであって、その為には、売春も当然と考えています。
例えばここにいた、風俗嬢達、彼女達は何か苦しんでいましたか? ガストンさんどうでしょう? もし
苦しんでいたのなら、それは改善の余地ありです。誰も苦しんではいけません。どうですか?」
「ええと、どうでしょう、ハッキリした事は分かりませんが、印象としては楽しそうでしたよ。売春というと暗
いイメージを持つ人も居るようですが、ここには余りその様な人は居ません。
風俗嬢を今集めているのですが、割合簡単に集まりますし、いやいややっている女子は一人も居ませ
んよ。それに、ここでは薬は絶対に使いませんからね。
スティーブンスという男は悪党でしたが薬だけはやりませんでした。私が彼を支持した理由の一つがそ
れだったんですよ。いわゆる暴力団とかマフィアとかとは一線を画する男でしたからね」
ガストンは正直に言った。
「うーん、分かりました。私もその趣旨に賛成ですわ。ソード大先生の教えもそれに近い考え方だったと
思いますから」
売春などには絶対反対を主張する女性も少なくないのだが、副部長の磯部は案外あっさりと肯定した。
「い、磯部副部長、貴方は女性でしょう? 売春は女性を卑しめるものなのですぞ。何を考えておるので
すか!」
吉浜谷は厳しく叱咤した。
「いいえ、違います。例えばメイドの仕事もそれがいやいやながらやらされたのであれば、女性を卑しめ
た事になるでしょう。
しかし自ら進んでやるのならばそれは立派な仕事です。売春で一つだけ問題なのは妊娠の危険性で
す。それと同じ線上にあるのが性病を始めとする各種の病気です。しかしこの世の中にはリスクのある
仕事は幾らもあります。
例えば伝染病患者を扱う医者や看護師は、常に自分もその病気になる危険性、リスクを背負っている
のです。しかし病気の患者をほって置く事は出来ません。
売春も似た様なものと考えれば良いのです。満たされない性欲に悶々としている、つまり苦しんでいる
人々を救済する素晴しい仕事だと思いますわ」
意外にも磯部小町は売春を立派な仕事と言い切ったのだった。