夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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「殊勝な心がけだな。特製の手錠を掛けさせて貰うよ」
「ガチャリッ!」
 その手錠はかつて自分達の使った物と良く似た、双眼鏡の様に見えるタイプの物だった。以前SH教
で使ったのは、教会独自のものであるが、構造も何処と無く似ている。

「バタ、バタ、バタ、バタ、……」
 手錠が掛けられた途端、夕一郎の周囲は大勢の機動隊員によって十重二十重に厳重に取り囲まれた。
しかも盾を上にあげて夕一郎の姿が外からは見えない様にしたのである。

「いや、警戒が厳重で済まないが、これ位もしないとね。仲間がいないという保障は無いからねえ」
「俺は何処へ行くんだ? 警察か?」
「余計な詮索はしなくても良い。表に待たせてある車に乗って欲しい。今言えるのはそれだけだ」
 機動隊員に取り囲まれながら、二人は歩いて行った。

「おおお、凄い車だねえ。装甲車か?」
「まあ、似たような物だ。何しろ拳銃で撃っても死なないという噂の男だからね。本当かどうか分からん
が、まあ、万一に備えて、厳重にさせて貰った」
「バタンッ!」

 車に乗ると両側にごつい、ごつ過ぎる位の男達が夕一郎を挟み込む様に座った。助手席にはリーダー
と思われるスピーカーで夕一郎に声を掛け、一緒に歩いて来た白人の男が座った。
 その男の一言で車は走り出した。前後をパトカーが数台ずつ夕一郎の乗った車を囲い込む様に護衛し
て走っている。最高度の警戒態勢である。

「分かっていると思うが、もう一度地下の研究所に戻って貰うよ。今度は厳重な監視付ですからね。私
がその責任者なんですよ。これから長い長いお付き合いになると思うので宜しく。
 そうそう、私はアーノルド・シュバルツと申します。何処かの映画俳優と言うか、何処かの州の知事に似
た名前だと思わないで下さい。似ているのは彼の方であって、私ではない。
 それから、貴方の事は相当詳しく調べておりますよ。しかし分からない部分も多い。ただ、私の任務は
大黄河夕一郎君、君の過去を詮索することではない。詳しい話は何しろ車の長旅です。これからじっくり
お話致しますよ」
 アーノルドは落ち着き払って言った。年令は五十才前後。良く見ればその顔は刑事というよりは軍人の
それであった。

「ところでこの手錠はそろそろ外してくれるんじゃないのですか? 私は嘘は言わない男です。今度は逃
げませんから」
 夕一郎の言葉に、実際嘘は無い。
『ほんの少しだけど林果と昇一の顔を見れたからな。もう思い残す事はない。いや、本当なら、正体をばら
したかったけど、しかしそれはしてはならない事だからね!』
 改めてそう思った。

「それは出来ません。貴方の両側にいる男達は、普通だったら、幾ら暴れても、簡単に取り押さえられる
位強い男達だと言えるのです。
 しかし、大黄河さん、貴方にとっては手錠のハンディがあっても簡単にノックアウト出来るんじゃありま
せんか?」
「はははは、まあ、それはそうですが、こうして大人しくしているのが何よりの証拠ですよ。それに私には
手錠など大した意味が無い」
 夕一郎は本当の事を言った。

「夕一郎さん、貴方の言葉を聞いて、貴方の隣の男達が怒っていますよ。ああ、失礼、私の言った言葉
に対してでした。どうです、その二人を失神させられますか?」
「はははは、それは簡単ですが、その手は食いませんよ。そうさせておいて、ほら、やっぱり危険な男だか
ら手錠は外せないと言うのでしょう?」
 夕一郎はアーノルドの心理を読んで言った。

「はははは、これはなかなか手強いですね。しかし今の貴方の言葉を聞いて二人は相当に怒っています
よ。幾らなんでも言い過ぎじゃないのかってね」
「うーん、困りましたね。気絶させても良いと言うのならそうしますが、さっきも言った様に後が怖いでしょ
う? しかし私は本当に約束は守りますよ。もう逃げるのに疲れましたからね」
 夕一郎は弱音を吐いてみせた。

「うーむ、私は貴方の力を知りたいですね。申し遅れましたが、私はアメリカ空軍の特殊部隊、更にその
中のエリート部隊『E連隊』の隊長をしております。
 日本語の他にロシア語や中国語もかなり喋れます。特殊部隊の隊員は少なくとも3ヶ国語は話せなけれ
ばなりません。
 今回の様な場合に特に役に立つ訳です。ただ、少し悔しいのは、今回の任務が隠された部分が多くて、
この私にさえ、任務の内容が良く分からないのですよ。
 貴方が地下の研究所から逃げたということと、超人的な能力を持つという事、貴方の名前の他に私が
知っているのはそれだけです。正直言って腹が立っているのですよ。過去に数々の実績を残したこの私
に、何を隠す事がある。そう思いませんか?」
 アーノルドは夕一郎にとって、予想外の事を言い始めたのだった。

「ふうむ、そうなんですか。これは意外でした。私の超人的な能力を利用して、オリンピックで沢山金メダ
ルを取らせようとしていた事などは、話しても良いと思ったのですけどね」
「えええ、それも初耳です。オリンピックで金メダルを沢山取れる自信がありますか? 簡単な事には思
えませんが?」
「勿論出来ます。手錠を外してくれたら、パフォーマンスを、確かにオリンピックで金メダルを取れるというこ
と、その証拠をお見せしましょう。もう一度言います。私は約束を守る男です」
 夕一郎は手錠そのものは大して苦ではないのだが、翻訳機を使ったりする時に自由に出来ないし、うっ
かりすると手錠を引き千切りたくなって困るのだ。

 手錠に爆発物が仕掛けてあったりすると、周囲に迷惑が掛るし、吹き飛ぶであろう自分の両手を元に
戻すのはかなり大変だ、等と思ったからである。

「しかし、それだったらどうして、地下の研究所から脱出等したのですか?」
 アーノルドは当然に思える疑問を呈した。
「簡単に言えば約束していなかったからです。ゴールドマン教授は私を痛めつけようとしました。しかし私
には痛めつけられる筋合いは無いと思いました」
「ちょっと待ってくれ、ゴールドマン教授? 変ですね、私が聞いたのはシュナイダー博士ですよ? ゴー
ルドマン教授は解任されたと聞いたが?」
「ええっ! それは初耳ですね。どうしたのかさっぱり分かりません。何があったんですかね?」
 夕一郎にも寝耳に水の出来事だった。

「これは予想外でした。全然知らなかったのですか?」
 アーノルドも驚いている。
「はい、元はシュナイダー博士が主導権を握っていたのですが、途中からゴールドマン教授が主導権を
握ったと思ったのですがねえ。
 私を追いかけていたのはゴールドマン教授だとばっかり思っていました。一体何があったんでしょうか?
本当の所は分かりませんが、何か大変な事があるんじゃないんですか?」
 夕一郎は思いっきり想像力を働かせてみたが、それでもさっぱり分らなかった。

「ふうん、これは想像以上に奥が深そうですね。だから私にも真相を教えなかったんですね。なあるほど、
だとすれば、……大黄河さん、本当に約束は守るんですね?」
「はい、私は今は逃げる気がありません。それに、……」
「それに、何ですか?」
「相手が、シュナイダー博士だったら尚更逃げる気はしません。私が逃げたのは相手がゴールドマンとい
う男だったからです。シュナイダー博士は情のある人です。彼だったら信頼出来る」
 夕一郎はなるべく正直に言った。

「そうですか、じゃあ、手錠を外しましょう。いや、貴方の力を是非見てみたい。手錠を自力で外せますか?
 壊しても構いませんから外してみて下さい」
「本当に壊しても良いんですか?」
「はい。絶対に怒りませんから」
 アーノルドは確約した。

「それじゃあ、お言葉に甘えて、行きますよ、そりゃ!」
「ガンッ! ガシャッ!」
 夕一郎は見るからに頑強そうな手錠に頭突きを喰らわした。
「ガンッ! ガシャッ!」
 二回頭突きを喰らわすと、手錠は大きく壊れてしまった。

「ムンッ!!」
 夕一郎が壊れかかった手錠に、気合を込めて力を入れると、
「バキィッ!!」
 手錠は二つに分かれてしまったのだった。更に今度は拳で両腕にくっ付いている手錠を激しく打ち付け
ると、
「ガッシャンッ!! ガッシャンッ!!」
 更に粉々になって、手錠は簡単に夕一郎の腕から取れてしまったのだった。

「オオオオオーーーーーッ!!」
 目を白黒させて驚いたのは、アーノルドばかりではなく、車の運転手も、それ以上に、夕一郎を抑える
役目の二人の体のごつい男達だった。

「いやはや、聞きしに勝りますね。この手錠は特殊なもので、幾ら強くても、またマジッシャンの様に器用
であっても人間には外す事が出来ないと言われた物だったのですが、まさか、これほど簡単に外れると
は。
 わ、分かりました。貴方を信用いたしましょう。ところで、念の為に聞きますが、ピンク・オレンジホテル
で包囲された時、逃げられないと観念したのですか?」
 アーノルドは絶対の自分の自信が崩れかかっている事を感じた。

「少し言い難いのですが、あの程度の包囲では私の逃亡を抑えられませんよ。ただ私は逃げるのに少
し疲れたから、敢えて捕まったのであって、逃げようと思えば逃げられたと思いますよ」
 夕一郎はちょっぴり嘘をついた。本当は逃げる事に疲れたのではなく、林果と昇一への思いを断ち切
る為だったのである。

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