夏 休 み 未 来 教 室 


                                              春 野 夢 男

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 時ならぬ大雪のせいで、時々渋滞になるが、そこはパトカーの威力、反対車線をすり抜けたりして、割合
順調に南へ南へ走って行った。
「はははは、なるほどこれは凄い。それにしても頭突きの威力だけでも大したものだ。まるで鉄の頭ですね。
いや、鋼鉄の頭かも知れない!」
 アーノルドはたまげて言った。

「はい、まあ、弾丸が跳ね返りますからね。そんなところでしょう。ところで一つ聞いても良いですか?」
「ああ、良いですよ。何でも聞いて下さい」
「俺の捜索は極秘だったんじゃないんですか? あんなに大袈裟な逮捕劇じゃ、皆に知られてしまうでしょ
う。拙いんじゃないんですか?」
 夕一郎は常識的な疑問を呈してみた。

「はい、確かに大黄河夕一郎という男は極秘に逮捕する予定でした。しかし、大吾祐造は違います。彼は
ガソリンスタンドを襲い、その従業員に大怪我を負わせ、しかも車まで盗んで行った。
 仲間の一人、枯山河泰治と共にピンク・オレンジホテルに潜伏。自らをソード・月岡の生まれ変わりな
どと称し、更に同ホテル内で大暴れし、多数の怪我人を出した」
「な、な、何だって! ちょっと話が違うんじゃないのか?」
 夕一郎は偽りの自分が作り上げられている様な不気味さを感じたのである。

「はははは、話しは最後まで聞いて下さい」
「う、ま、まあ、良いだろう」
「更に彼は、同ホテルのオーナーであるスティーブンス氏を追い出し、自らが事実上のオーナーとなって、
ホテルののっとりに成功。
 それだけでは飽き足らず、SH教の幹部に同ホテルの売却を持ち掛けて、巨額の利潤を得ようとしたも
のである。自らをソード・月岡氏の生まれ変わりなどと称したのは、ホテル売却交渉を有利に運ぼうと画
策した為であろうと考えられる」
「へえーっ、良く考えたものだな。しかし事実とはかなり違うけど、それにしても良く調べたものだな……」
 夕一郎は林果の事も知られているかと思って、内心冷や冷やしていたのだった。

「スティーブンス、ガストン、SH教の幹部、枯山河氏、アームレスラーやガソリンスタンドで大怪我をした
連中等々、全員が我々の手中にあるのですよ。
 特にスティーブンスはぺらぺらと良く喋ってくれた。そこで我々は急遽大吾祐造の大袈裟な逮捕劇を思
いついたのですよ。
 捕まったのは彼であって、大黄河夕一郎では無いとね。しかも大吾祐造は護送の途中で手錠を破壊し
て、車から脱出。
 我々の手で射殺される手筈になっている。これで事件は一件落着です。真相は永遠に闇の中という事
になるのです。なかなか上手い手でしょう?」
 アーノルドは自ら生み出した筋書きに半ば陶酔して言った。

「なるほど、それで手錠を壊させた訳ですね?」
「はい、その通り。しかも貴方の両隣に居る、ボディーガード達をあなたは失神させなくてはいけない。ま
あ、その意味もあってさっき聞いたのですよ、失神させられるかどうかをね。
 更に貴方は銃で撃たれて死ぬ事になるのですが、我々は本気で撃ちますよ。良いんですよね? もし
ハッタリだったら、そう言って下さい。空砲にしますから」
「はははは、それは大丈夫。撃たれて死んだ振りをすれば、良いという訳ですね?」
 漸く夕一郎にもアーノルドの考えた筋書きが飲み込めて来たのだった。

「そうです。我々を空から報道関係の複数のヘリコプターが追い掛けています。交通渋滞を利用して車の
追っ手は振り切ったのですが、ヘリコプターまでは振り切れなかった。
 彼らの目を欺く必要があるのですよ。もうそろそろ、貴方が脱出を図るのに適切な場所に差し掛かりま
すから、スタンバイを宜しく」
「はははは、じゃあ、失神させるのも本気でやるのですか?」
 夕一郎は彼等を気の毒に思った。

「勿論です。筋書きは何処までも真実らしくなくては疑われる恐れがある。しかし貴方の両側にいる男達
は強いですよ。本気で掛らなければ逆に失神させられるかも知れませんよ。兎に角全部本気で行きます。
良いですね?」
 アーノルドの顔は次第に厳しさを増して来た。

「はい、良いですよ。なるほど言われてみればさっきから三台位のヘリコプターの音がしていましたね。そ
うか、私達を追い掛けていたんですね。ああ、しかしもう一つ聞いて良いですか?」
「はい、どうぞ」
「誰かが、私の身元を調べたらどうなります? 相手が報道関係の者だったら、当然調べるでしょう?」
 夕一郎は自分の本当の身元がばれる事を恐れていた。

「それは大丈夫。既に、日本国政府の幹部と協議が終了しています。適当な人物を替え玉として使う約
束が出来ています。
 ご存知かも知れませんが、アメリカの報道関係者は日本ほど外国の犯罪者について詳しくは調べませ
ん。勿論ケースバイケースで、全てそうだとは言いませんが、今回は死者が出ていません。
 また超大物が絡んでもいませんから、ニュースとしての扱いはワンランク低いものとなります。今はホッ
トなニュースとしてヘリコプターまで出動していますが、明日になればもう殆ど報道されません。
 従って、大吾祐造の身元確認は、電話で日本の関係者に簡単に聞く程度。準備してある偽の身元で満
足して終わりになるでしょう」
 アーノルドは自信を持って言った。

「なるほど、それなら完璧ですね。それでその、最後にもう一つだけ」
「はい、なんなりと」
「俺が死んだ後はどうなるのですか? 死んだ振りですから、動きませんよ」
「タンカで一応救急車に運び入れてから、病院へ運びます。しかしその前に、トンネルに入って、その中
で入れ替わります。貴方の偽物は病院に運び込まれますが、既に死亡していたという事で、まあ、死因
は外傷性ショック死とそこまで決まっています。運ばれる人は簡単に言えば貴方のそっくりさんが、死体の
名演技を敢行する事になっています」
「ふむ、それなら上手く行くかも知れませんね。何だか安心しました」
 アーノルドの説明に夕一郎は納得したのだった。

「そろそろ山道に入ります。もう間も無くスタート地点に到達します。打ち合わせ通り上手くやって下さいよ。
先ずは夕一郎さんが、両脇の二人を失神させる事、はい、スタート!!」
 まるで映画でも撮るかのように、アーノルドはそれらしくも真剣な表情で叫んだ。

「バシィーーンッ!!」
「グアーーーッ!」
 ちょっと気が引けたが、本気でなければ疑われるとあっては、強烈な一発をお見舞いするしかなかった。
何処を殴れば良いか考えたが、腹部しか思いつかなかった。
 右隣の男の腹部をやや力を抜いて打った。本気でやっては内臓が破裂してしまう。それでも血反吐
(ちへど)を吐いてあっけなく失神してしまった。

「コノッ!」
 左隣の男は片言の日本語で叫びながら、夕一郎の首を絞めに掛った。しかし、元々呼吸をしていない
夕一郎には全く無意味な攻撃だった。
「バシィッ!!」
 気の毒に思ったが、頬を殴らせて貰った。打ち辛い体勢からであったが、右手の拳が右頬に命中、
「グギャッ!!」
 歯の四、五本は折れただろう。その上に脳震盪を起して、あっさり気絶してしまった。

「キキーーーーイッ!!」
 装甲車並の強固さを誇る車も、内部の反乱には対処出来なかった。運転手は危険を感じて車を止めた。
全て筋書き通りである。

「バーーーーンッ!!」
 車のドアはあっけなく蹴破られてしまった。夕一郎は筋書き通り走って逃げ出した。わざとゆっくりだった。
これも本気だと追跡し切れなくなる。

「パーーーンッ! パーーーンッ! パーーーンッ! ……」
 逃げる夕一郎目掛けて、パトカーから雨あられの様に銃弾が打ち込まれた。ジグザグに逃げる夕一郎
にはなかなか当たらなかったが、一分ほどして、まともに背中に当たった。

「ギャーーーッ!!」
 夕一郎は絶叫してバッタリと倒れ伏したのだった。
「キュウキュウシャヲヨベ!!」
 直ぐケイタイで連絡を入れた。比較的近い所で待機していた救急車が少し時間を置いてから独特のサ
イレンを鳴らして接近して来たのだった。 

 倒れ伏したまま動かない夕一郎の側に、テレビ局のヘリコプターが次々に着陸して、カメラマンが下りて
来る。勿論絶対に直ぐ側には寄せない。少し離れた位置からカメラを回らせるだけである。
 その少し後に救急車も現場に到着して、直ぐ夕一郎をタンカで救急車に運び入れた。テレビ局の犯人
追跡もそこまでだった。

 そこから数キロ離れた所にトンネルがある。一時的に通行止めにして、救急車とそれを追尾するパト
カーだけが入って、トンネルの中で偽の遺体と夕一郎とが入れ替わったのである。
 ただし、実際には救急車の中に居た救急隊員と、夕一郎が摩り替わったので、多くのパトカーに乗って
協力した者達には何があったのか本当の所は分からなかったのである。

 救急隊員の格好に変装した夕一郎は、パトカーの最後尾につけていた普通車両に乗り込んだ。その車
はたった一台だけ逆走してトンネルから出て来たのだった。
 勿論その普通乗用車には、アーノルドが乗っていたのである。運転手は装甲車風の車の時とは別の男
だった。

「さて、これで芝居は終わりです。それにしても本当に銃で撃っても死なないんですね。驚きました。はは
はは、私は人生観が変りましたよ。ちょっとショックで、はははは、何と言ったら良いのか……」
 アーノルドは実際相当ショックを受けた様だった。

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